72 歩く刀身
この世界の動物の肉体に存在する外皮とその内側「生物的領域」。
基本的にこの空間に魔力による干渉は発生しない。
だからこそ、内側から魔法を放って破裂させるといったことが、普通は出来ない。
だが、ワダはサイボーグ。
いわゆる機械人間。
この世界に恐らくそんな技術は元からない。
世界線を越えた存在と予想できる。
無機質な物に領域は存在せず、故に陰として体の穴と言う穴から体内に繋がっていれば、影操作が使える。
「ゴボッ……なるほどなぁ……少しでも暗けりゃ不味いってか。だが、それがどうした?」
「!?」
「いくらでも体を増やせば問題ねぇよなぁ?」
壊した時に出来た体の穴から、機関銃のようなものが出て来たと思えば、間髪入れずに無窮の弾丸が溢れ出てきた。
避けようと思ったが、その前に体を弾が通り過ぎ、特に体に害はないただの鉛だとわかり、その場に立ち尽くす。
生身なら木端微塵だな……
そして、その銃は役目を終えたとばかりに重い音を鳴らして床に倒れ、代わりにワダの体がパズルのように分解された。
宙を舞い、更に壁や天井から鉄のプレートが飛び出してきて加わり、一気に収束。
新しい体を構築した。
もう船自体が彼の体の一部が集合したものらしい。
「なんかよりデカくなってないか?」
「なんなら小さくも出来るが、ま、あくまでデカくしたい矜持だな」
「尊大なことでッ」
俺はシェドラで追撃。
ワダは躱して俺の背後に回る。
羽交い絞めにされ、また煙を出される。
それを察知してするりと包囲を抜け、天井を突き破って外に出る。
「おいおい、開放感ある操縦席にしてくれちゃって」
「埃とガスまみれの部屋の空気が澄んで美味しいだろ感謝しろ?」
「ぬかせッ! 俺の趣味じゃねえよ」
ナメクジかよこいつと言いたかったけど、今はそれどころじゃない。
もう船は地下の層を脱し、既に空と地面が見える。
日は落ち、更に、雨も少し降っている。
どうも落ち着かない天候だ。
そして、村の様子は依然騒然としていた。
いくつか避難している人の反応はあるが、いくつか村に残っている反応がある。
……だが、おかしい。
「……なん、だ……あれ」
「おいおいどうしたカゲハル。もう諦めて投降するか?」
明らかに様子がおかしい。
村の中心に近い位置に円が出来ている。
いや、もっと細かく言えば、建物なんかを含めて円形に削り取られている。
そして、大きな血だまりが見える。
よく見れば、ジョークが顔を青ざめてある一点を見つめつつ後退している。
その視線を追う。
円の更に中心に二人人影が見えた。
誰だ、というか、あの二人の内の一人……なんだあれ。
俺が言いたいのは、なんというか存在感というものだろう。
魔力とかじゃなくて、ほんとに目を通って脳に直接圧してくる。
オーラ、威圧感、覇気……いや、むしろ何もないのか。
何も感じなさすぎるのが逆説的に怖い。
真っ白な長髪と和服に身を包むその女。
腰に刀一本。
傍にはすこし小柄だが、マスクを着けた寡黙そうな男が一人。
そちらも中々の手練れに見えるが霞むのだ。
(ッ!?)
よく見たら、ギェリヴが血を流して倒れている。
血だまりとはまた別だ。
……まさか―――
俺は船を飛び降りた。
村に一直線。
兵器なんてどうでもよかった。
『ザッ』
「っ! ……か、カゲハル」
「どういう状況なんだ……」
足元でギェリヴが息をしていない。
見渡すと家だった物の陰にマギーが寄りかかり泣いている。
よく見ると横には血を流して気を失っているミレメルが。
「ミレメルッ……!?」
『キンッ』
改めて、俺は押し殺していた感情を取り戻す。
そっと横に目をやると、気が付けば眼球の前に鋼が添えられていた。
奥には生きているとは思えない程冷たく暗い表情。
その者の目は傷で両方閉じている。
だが、胸の奥まで見通されている感じがする。
「待て」
「……すみません、通してください」
「魔物よ、このお方の言う事に従うべきだ」
「死ぬまで後悔はしたくないんだ。頼む、もう一度言うからとお―――」
え?
顎から下が無くなっていた。
「ッ!?!?!?!?」
白い女は刀を収めていた。
音はしなかった。
なんでだ。
「別に殺してはいない。そっちの男は知らないが、敵意が無い者を目的もなく無暗に殺しはしない。魔物風情と同じにするな」
なんて冷たく合理的な言葉だろうと。
なんとも言えない雰囲気だ。
一歩間違えれば、まず殺されるのに、無駄に生かされている感じ。
顎から首くらいまでとりあえず体を伸ばす。
「……どうしたらいいんだ俺は」
「まずはあの船を止める。そこからだ、話は」
「……そうか」
そうこうしていると、これまた大きな音が背後で。
振り返ると、金属アクセサリーが入った袋を振り回すような音で、裏社会の幹部がそこにいた。
その表情は想定される苦悶に耐えるような硬い表情。
「……おい、そこに牛がいたはずだ」
「あー。多分それあの血だまりやで……」
ジョークがとりあえず言うとばかりに指差した。
ワダは目を見開き、ジョークを張り飛ばす。
「おいっ!」
咄嗟に叫んでしまった。
だが、身体を即座に生やして構わずジョークの元へ駆け寄る。
「ふざけたことをしてくれる。俺の計画はもう既に取り返しがつかないとこまで来ることできてるってのに綺麗に去らせてくれねぇ。どいつもこいつも」
勝手に喋っているが、どうでもいい。
正直に言おう。
多分だけど、あの女の人が居れば、敵味方関係なく死ぬ。
俺は正直、今どうやってこの場を離れるかで頭がいっぱいだ。
今までごっこ遊びやってたんだなって。
せめてチーガフ爺さんのとこまで飛びたい。
「女。お前だな? ミノタウロスはどこだ。そんなすぐにやられる奴じゃないはずだ」
「……そう。ようやく見つけた。ワダと言う者は、大きな牛を用心棒に連れていると聞いた」
「あ? だ―――」
俺にはもはや濁点くらいまでしか聞こえなかった。
ワダの体が木端微塵に、というか勢いよく蒸発したような感じで消し飛んだ。
情報も報酬としてあの村長に提示されてたのに。
勿体ない気がしたが、まあここで口開いたら野暮。
「それで、あの船はどうすれば止まる」
「いやぁ、俺に聞かれても。というか、そいつに聞く予定だったし」
「……」
白い女が聞いてきたけど、その後しばし沈黙が流れる。
え、なに俺が悪いんですか?
そんなこと言われたって……
「一応、船のあの窓が付いている位置にKDウイルスっていう物が詰まった爆弾みたいなのが配置されてるのは確認したけど……対処法と言うか、そういうのワダに聞こうと思ってたんだけど」
「……お前、魔物なんだよな?」
「はいそうですが?」
男が聞いてくるから淡泊に答えておく。
俺はワダとの戦闘前に大体のあの船の構造は把握した。
あれ以外には船を動かすであろう動力とかその関連の物しか見受けられなかった。
それを包み隠さず伝えると、女の方が少しこちらを向いた。
「……名は?」
「カゲハル」
「……そうか、少し待ちなさい」
すると、女の人は消えた。
よく見ると船の下まで走って行っている。
未だ船は落ちることなく彼方を目指して進んでいる。
操縦者無しでも自動で稼働するらしい。
標高は優に数百、数千メートルの位置。
およそ人のたどり着ける高さじゃないはずなんだけど、なんか点になったあの人が地面を離れて船に向かっている。
空でも飛んでいるようだが、魔力みたいなものは感じない。
「来た来た。あれが噂に名高い『刃の忘失』か」
どうやら男はあの女の人とほぼ初対面らしい。
だが、有名人なのか、その技名を強調していた。
さっきワダが消えたときに見ていたが、女は腰の鞘に手を添えて、刀の鍔に指を添えたかと思ったら、それを弾くと同時に金切り音がした。
だが刀は既に鞘に収まっていて、彼女がそのまま手を下ろしたら、次の瞬間には……
要するに刀さえ抜かれることを忘れる、瞬間の抜刀ってことかな。
なんなら常人には鍔を弾いたことさえ見えないのだろう。
俺でも、二度行った内の一回を脳超加速で見て、唯一分かった程だ。
あーあ。
なんてことだろう、船だったものが、雲のように形を変えていく。
なんていうか爆音と共に、火とか緑色のガスとか出たりすること無く、風だけ吹き荒んで来てる。
ウイルスも切ってるってこと?
……どういうことだよ。
辺りの木々が少しばかり折れて行く。
台風に近い突風が吹く時がある。
気が付けばもう、大きな粉の群団は風と共に宙からゆったりと降りてきていた。
(粒子レベルで切り刻むって訳か。だから俺の体も寸分の狂いもなく切ってたのか……ステータスも阻害される……世界線越えか、はたまたこの世界出身か)
身の毛が弥立つとはこのこと。
毛ではなく、細胞みたいな球の集まりだけど。
だが、貴重貿易商社バルパドルの計画の一端は文字通り「瞬く間」に潰えた。
ある意味では義賊的に人助けできたのかなと。
ここからは、俺が死ぬかどうか。
命運は全て相手に委ねられている。




