70 リューネル
「名なぞ興味はない。あたしは戦が好きゆえ、さっさと戦いましょう? ふふふっ」
「……俺の名前はカゲハルだヨロシク」
「えー……」
ジョークが先に言われたと言わんばかりの顔でこっちを見る。
止めてくれ、俺ただ皮肉っぽく言いたかっただけなの。
あんたみたいにウケ狙ってんじゃないの。
「そう、カゲハル……ん? 聞き覚えがあるような。ま、いいわ」
一瞬気が逸らされたらしい。
俺は空かさずラグビーボールを打つように地を蹴る。
自分の陰から音速並みに黒い一閃。
だが、その針の先には誰もおらず。
「ふふふ、血気盛んね。いいわぁ。好きよ、そういうの」
「速いな……」
気が付けば少し高い鉄骨がはみ出した上に、闇の中佇んでいる。
瞬く間にその存在が消えてしまうその速さ。
常人には追えず、何人も食べられているのだろう。
亜族にして、あからさまに人間を食いに食っている。
その証拠に気兼ねなく、懐から出した人の腕を貪っている。
「……おい、お前戦闘中やぞモテてんちゃうで?」
「おっし分かったジョークあの人俺のじゃないから落として見せろ」
「え」
俺はジョークの背中を叩いてみつりと一緒に一歩引く。
「え、あ、えと。ど、どうもぉ。どう? このあとお茶でも一杯」
「ごめんなさいねぇ……あたし華奢なほどタイプなの。『大蛇千輪』」
「ひっ!?」
天井が瓦礫を伴って降ってくる。
大蛇千輪。
回転しながら前方を大きな口で噛みながら進むだけの技だが、厄介なのはそれがスキルであり、口に見える魔力の流れは魔吸収や暴飲と同じで腹の中へ繋がっているという事。
喰われれば消化されて終わり。
俺も核もろとも食べられる恐れがある。
結構危険だが、ジョークは持ち前のしなやかな動作で慌てつつも躱す。
「流石仕事人。落としてくれた」
「やっかましいわ。急に振るなよ」
「ふふふ。行くわよ?」
脳超加速を持っている俺は相手の猛攻を防いでいく。
手で捌くには圧倒的に膂力不足だから、基本はすれすれの所で躱す。
相手もそれに応じて髪の毛を伸ばしてくる。
一本一本が変幻自在に伸び、それ自体に殺傷能力はなくとも、障壁を適切に張らないと、その髪の蛇が主と同じく「大蛇千輪」をかましてくる。
流石に相手も字面以上の百戦錬磨。
俺の能力による速度に余裕でついてくる。
それも、同じ脳超加速で。
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ステータス 蛇族 リューネル 属・竜空 体質無し
紋:不屈の蛇・横柄・戦闘狂
スキル:石眼・魔力即時回復・体力即時回復・大蛇千輪・魅了・真実を見せる鱗・突進・機敏・腕力・脚力・腹筋・握力・熱耐性・防御・脳超加速・物理攻撃耐性
P2000所持中
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属性の相性はあまり効果なし。
体質も問題ない。
だが、攻めきれないのは、スキル「真実を見せる鱗」。
相手も戦闘中ながら、時折ステータスの詳細検索を妨害して来る。
ほんとに手練れている。
「覗き見は面白くないわよ? 正々堂々行きましょう?」
「何やってんねやカゲハルよぉ?」
「別に……」
こっちは慢心せず、出来る手は全て打つ。
後の事を考えて、余力を出来るだけ残しながらだが。
薄明りはあるが、蛇の体が壁を抉る際の火花で、辺りはそこそこ明るい。
どれだけ硬いのか見てわかる。
移動中のアレを触ったら終わりだ。
手首が吹っ飛ぶ。
俺の場合は大丈夫だとは思うけど。
ジョークが遠くからピストルで牽制。
すかさずリューネルも髪を伸ばすが、俺はそれをシェドラで切り飛ばす。
生きているからか、髪は思った以上に脆い。
だが、切られた当人は、落ち着いた様子。
どちらかと言えば、微笑んでいるような…
「ふっ」
リューネルが上体を逸らした。
俺は一歩下がる。
すると彼女はその下肢をとぐろ状に回した。
鞭のように広がってくるその体を俺は迎え撃とうと咄嗟に殴打する。
無効貫通打撃、無効スキルの貫通だけでなく、ただの打撃の威力が少々上がる。
少なくとも耐性の段階で止まっている彼女には効くはずだと、身体が動いた後で思った。
後悔した。
ステータスの妨害により、詳細が分からなかったスキルが、牙を剥いたのだ。
(……俺!?)
彼女の鱗全体が一つの鏡のようになり、俺自身やジョーク、周りの物全てが反射した。
そして、恐ろしいことに、自分が放った打撃が、百八十度回転して戻ってきた。
「ぐヴっ!」
「うおっ!? なんやッ!?」
ジョークは自分の弾丸を寸前の所で躱した。
だが、俺はあまりの至近距離に、もろに顔へくらってしまった。
顔の形が少し歪み、仮初の血が溢れる。
変化体の修復を急いだ。
「凄い回復力ね。感心……」
「なんだ今の。これが『真実を見せる鱗』……か」
「全て跳ね返るの。ただそれだけ。正直、遊び感覚でしかこれは使わないけど、これを超えるくらいの相手でないと、もう楽しめないのあたし」
映る者へ攻撃が繋がる。
鏡の中の物を殴る真実。
……へぇ。
「さぁ、これをもろに受けるようでは、話にならないわ。結末を知りましょう。お互いに」
「……そうだな、ワダの事もある。さっさとしよう」
俺は真霊化する。
相手は来たとばかりに辺りを見渡している。
俺は真正面にいるというのに。
これは殆ど存在が消えるレベルの技。
俺自身でも詔さん無しでは多分見えないと思う。
だが、相手はそんなこと関係ない。
石化の目がある限り、その有効射程から逃れなければならない。
「ジョークッ、逃げろ!」
「えっ」
「丸聞こえよカゲハルッ」
リューネルの目が光る。
体をかすったが、核が分散している俺は灰となった体一部を捨てるだけで完結。
核はまたいずれ回復する。
俺は弱点と言わんばかりの上半身を狙い打った。
黒い手裏剣のようなものが、彼方此方にある暗闇から襲う。
リューネルの頭目掛けて、回転しながら直進するそれは、見事に空を舞う。
「やっぱり魔法やスキルの速度では……」
発動速度、魔力の進む速度、それらはどうしても、彼女が下肢で上体を隠してしまう速度に劣る。
いくつか体に当たった影操作の手裏剣が、高速で体に帰ってきた。
「ふふふふふっ」
「つ、強すぎんだろ。カゲハルが言ってたのは石眼とあの鱗か……悔しいが、今俺にあるもんじゃ多分攻撃できひんしなぁ……」
ジョークが尻込みしている様子が分かる。
当の俺は、あの後石眼を思いっきり受け、身体の大半を持って行かれた。
人間の体を形成しても、所々欠けてるし、薄い。
痛い、色んな意味で。
「ふぅ……策も身体能力も申し分なかったけど、足りないわ」
「……ふぅ」
うーん。
鏡でもありゃ、勝てんのになぁ。
どっかに手頃な……
『ドスッ』
俺の目前に、鏡、と言うよりは鏡石?が降ってきた。
精錬された銀のようなその鉱物は、文字通り鏡となる。
面で割れやすい原子の立体構造のお陰もあるが、崩れ落ちた面が結構平らだったらしい。
部屋の壁を鏡張りしているダンサーの部屋みたいな、巨大な鏡が出現した。
因みにこれはバビリア洞窟にもあったもので、知っててよかったと心底思う。
「すまん、なんか光ってたから、蹴っちまった!」
ちょっと聞こえないが、ジョークが開けたのか?
丁度いい。
俺も、リューネルも、映ってる。
ジョークに向かってサムズアップでも。
「……あ? 鏡ッ!?」
「お先ッ」
俺は回復が一段落したところで、隙を見て走り出す。
相手より一歩速かった。
抜かれたら鏡を割られて終わりだけど……大丈夫そうだな。
(俺の体を構成する精力を担う魔力を全てシェドラに込める……)
紋「欲張り」が発動する。
攻力が上がり、身体は解析変化体で初期の攻力はゼロじゃない。
更に、これは幸運だが、日が暮れて「夜魔多のオロチ」も加わった。
狂乱したとて、こいつを食せばいい。
邪魔するものは全員敵だ。
「はあッ!」
壁一面の鏡石にひびが入る。
あの真実を見せる鱗は、殆ど常時発動している。
辺りの空気中の魔力を経皮して発動でもするんだろう。
俺が鏡を割る、正確には鏡の中のリューネルを叩いたように見せる。
それはそっくりそのままリューネルの鱗へと返っていき、真実を映す。
『ピッシィッ』
「ぎぃやああああああああああああああああああああああ」
巨大な蛇がリューネルを内から食い破った。
下肢の至る所から黒煙が走り、人の上体と蛇の下肢を分断した。
どさっと落ちたリューネルは、か細く不規則な息をする。
「……どうだ。足りない男の一撃」
「……ヒュー、……ヒュー、……まさか気づくなんて。想像以上」
目が定まっていないが、表情は明かる気だ。
まるで戦いの中で誉れ高く死ぬ武士の風貌。
「……ワダを追うのよね。ならもう遅いかも」
「は?」
「彼、もう船を動かしてるかも」
『ズズンっ』
「ほら」
地響き。
俺の知るところでは地震と近い。
だが規模が違う。
震度7とかそんなもんじゃない。
何か全体が動いている感じだ。
「早く行きなさい」
「最後までは止めないんだな」
「別にあたしは……」
□□□
リューネルは、行く当てない孤児だった。
父親の蛇の魔物が母親を食い、当の彼も近くを通っていた騎士に討たれた。
彼女はあまり悲しいという感覚はなかったが、死を恐れて逃げた。
髪は母に似て普通の髪だったが、その詳細は蛇の集合体。
あまり蛇たちを立てないようにし、下の蛇の足は布で包んだ。
ある時夜の街路で輩に襲われ、髪を引っ張られ、相手が振ってきた剣を避けた時に髪が切れた。
その途端力が湧き、輩が己の拳一つで吹き飛んだ。
近くで生き物が死ぬと力が増す紋「横柄」が働いたのだ。
操れるとはいえ、彼女の髪は半分生きているようなもの。
つまり髪が切られれば切られるだけ、力が増すというわけであり、その髪は言わずもがな数えるのが馬鹿らしい数。
バッサリと切られた髪は、彼女を奮い立たせた。
そのことに快感を覚えたが、それと同時に、彼女を見ていたワダにその力を買われた。
「味を占めただろ。相手を用意してやる」
彼は衣食住、そして力の練習台を用意する代わりに、力を防衛に使う事を提案した。
彼女にとっては自分を隠すことなく生きられるのは、居心地が良かった。
行く日も行く日もバルパドルを取り締まろうとする憲兵、衛兵、調査団、その他多くの者がその矛を向けてきた。
だが誰も彼も、彼女のその天賦に散った。
いずれ彼女は、力を持て余す。
平和に生きられればいいと思っていたのに、その心はいつしか「戦い」ばかり望んでいた。
強すぎて、虚しい。
自分の行く末に意味が見いだせず、もう死にたいと思うようになる自分がまた怖い。
彼女は戦を理由にし、縋った。
「リューネル? ああ、あいつな。戦う事しか脳ないからな、下手に話に行かない方がいいぞ?」
いつしかワダが言ったこと。
自分がどうも避けられていることに気付いた。
完全に強者と決めつけられ、離れていく。
孤立した。
ワダは一応恩人だから傷つけるわけにはいかない。
戦いたい、この靄を晴らしたい。
だが、誰も来なかった。
バルパドルは人員を増やし、根を広げ、末端すら人を平気で撒き切る完璧な工作員となった。
暇と言えばそれまでだが、実情は奥深い。
何がしたいのか。
ただ象徴のように、置かれているだけの我が身が何か特別なのか。
悩む彼女にとって、カゲハルはちょっとばかり勇者に見えた。
□□□
「……ワダは居場所をくれただけで、あたしは別に誰からも愛着は持たれてなかったからね。両親も覚えてないし、別に誰にも思い入れなんてあったもんじゃないさ」
「……」
俺は、彼女の断たれた部分に回復水をぶん投げた。
「何をっ!?」
「………俺達は敵だ。それは変わんない。ただ少し勿体ないなって思っただけだ。世界はもっと広いんだし、戦いだけが全てじゃない。邪魔にならないなら俺はどうだっていいし」
駆け寄ってきたジョークが無言で俺達を交互に見ているのが分かるが、何も言うまい。
リューネルは、徐々に再生される下半身に力を込め、人の足を出した。
「……戦い以外に楽しい事ってあるのか?」
「ははっ。こんなだだっ広い世界で、楽しみがそれだけじゃ、俺自殺する自信すらあるわ」
俺は手を振りながら彼女が進んできた場所をたどる。
ジョークも慌ててついてきた。
「とりあえずは能力で体を粘土みたいにして遊ぶもアリだろ。美味い飯を探したり、あとは続けたいなら闘技場にでも行くんだな」
「ねぇカゲハル何であの子生かしたの? ねぇ」
「あの人の美貌が失われるのをお望みで?」
「いやぁ?好きなのかなって」
率直すぎてうるさいよおじさん?
背後からすすり泣く声がする。
別に泣かしたわけじゃないから、おじさんよ、そんなに睨むな。
そんなこんなで難を退けた俺達は、まだ揺れる道を進んで行った。
(……あの子、魔王倒したって奴かぁ。もっと残虐だと思ってたのに、あたしをあの人呼ばわり。人に見えたっていうの? 末恐ろしい……)
ただ彼女の感情を読んだ上に、亜族に少し思うところがあるだけだが、言わないシャドーである。




