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69 寄る敵意

「他に負傷者は?」

「これでぜんぶ!」

「ありがと。さぁ、もう大丈夫ですよ」

「おぉ……ありが、とう。痛みが引いたわい……」

「ちゃんと体が修復されてますから、元の動きができるはずですよ」


 その言葉に一人の老父は立ち上がり、涙を流す。


「もうこんな晴れ晴れとした思いなどできぬと思っておった……。ほんとうに、ありがとなぁ……白い子よ」

「いいえ……良かったです」


 人里に頻繁に降りて人と接したわけでもないため、こう真正面から謝辞を述べられるのに何気に慣れていない彼女は、一歩退く思い。

 少し耳を赤くする。

 マギーはそれを隣でニヤニヤしつつ眺めているが、そのまた遠く、井戸の中を覗くギェリヴの面構えは重い。


「どうしたのおにいちゃん?」

「あ? あぁ、ちょっとな……」


 日は徐々に沈んできている。

 過去この村が占領され始めた時に近い。

 農民は夕焼けにあまりいい思い出がないから、恐れはせずとも少し暗い。


「みんなふあんなのかな……もうかげはるおにいちゃんがいってるから、あんしんなのに」

「……それがそうでもないっぽいんだよ。なんか、戦ってる気配がねえのに、殺気だけはどこからか感じんだよ」

「さっき?」


 辺りの魔物は狩ったか、昏倒させている。

 建物のいくつかが倒壊しているため、視界は広く、特に目の届く範囲に危機はなさそうに思える。

 ただ、かの囚人の勘は確かなもので、それが外れた例はない。

 焦燥。


「あぁぁ……気のせいか?」

「たぶんそうだよ! ほら、ごはんさきにたべとこ?」


 そういい、マギーは振り向いた。

 老父が血を流して倒れていた。

 腕がひしゃげている。


「え」


 更に、老父の目の前には血だまりが少し。

 その遥か上には、滴る赤が糸を引く綺麗な脚が浮いていた。

 その更に上には胴が続いており、頭部は巨大な何かに覆われている。

 そこから覗く白い髪を見て初めて、マギーは彼女「ミレメル」が何者かに頭を鷲掴みされていることに気が付いた。


「おねえちゃんッ!」


 風がマギーの顔の横をかすめ取っていく。

 一人の影が地を駆け、夕日に晒され、その巨大なもう一つの影に重なる。


「ギ多多多多多ッ」

「ブゴッ!」


 その巨手は少女を忘れ、痛みに縮こまる。

 落ちてきたその少女に、幼子は語りかける。

 唸るだけの少女に対し、笑いが止まらないのは当然異端児のみ。


「ハァ、いつの間に出て来たんだぁ? 全く気が付かなかったぜ……」


 ギェリヴが対峙するその背後。

 マギーは背筋を氷山に貫かれ、身に穴が開くような失望と恐怖に染まっていた。

 ただ怖いというだけではない。

 聞いていたからだ。

 その黒く光る皮膚を持つ者は、彼のワダが連れていた、あの魔物の特徴と完全に一致した。


「ミノタウロスってやつか? 俺は狩られるだけの牛しか知らねえが、恨みでもあんのか?」

「ジャマダテスル、ケイカクニ、シショウデル」

「へったくそな喋りで何言ってんだッ!」


 言葉と同時にギェリヴは蹴り上げ、その牛の顔を持つ異形ミノタウロスの顎を撃ち抜いた。

 首が九十度上に回り、端的に痛そうだと言わざるを得ない。

 だが、気が付けば、ギェリヴは後方に吹っ飛んでいた。

 意識はあったが、当人はやはり困惑している。

 確かにミレメルを落とさせた際にも、腕を吹き飛ばす気でいたが、それを成しえなかった時点でおかしかったのだ。

 明らかに生物の固さを越えていた。

 勿論それはギェリヴ本人にも言えることだが。


「ぎぎぎ、ギタタ。いいねいいねえ。こうでなくっちゃぁなぁッ!」


 駆け出し横蹴りを入れると、ミノタウロスは構え損ねて家を粉砕しながら飛んでいく。


「お返しだァアアア!!」


 喜々とはしているが、どこか顎を引いたギェリヴの冷静な目。

 マギーは固唾を飲んで見守っている。

 あちらの武器は、言わずもがな拳、そして闘牛を彷彿とさせるあの巨大な角。

 更に言えば、もはやあの堅い皮膚すら、突進する場合には、城が比喩無しに飛んでくるようなものである。

 見た目はそこまで凶悪でもないが、伴う事実は悍ましい。

 瓦礫を放り投げてミノタウロスは立つ。

 そして、一つ咆哮を上げて、低姿勢になり、本物の闘牛と変わりない体勢で襲ってきた。

 本来の牛の十倍などでは効かない規模で。


「うおッ!?――――ギギギギギっ」


 角を持ち、足で踏ん張るギェリヴ。

 持った衝撃で腕の骨を折るかとさえ思えたが、流石に鍛えてはいる。

 スキルに頼らず、身一つで生きてきたその逞しさ。

 間違いなく、力は魔王よりある。

 ギェリヴ、彼は血の滲む努力……と言うよりは天性の戦闘狂で、鍛えられる自分自身が楽しくてしょうがなかった。

 肉体は自然と鋼を越える強度を持ち始め、関わりを持たなかった魔力に対してある意味で拒絶的な性質さえ持ち合わせた。

 フローネが歯が立たなかったのはそこにもあり、ともかく下手な魔王より強くあるのは間違いなかった。

 だが、今回は相手が完全に同じ土俵。

 なんなら生きた年数で言えば、ギェリヴなどまだ青二才と罵られても不思議ではない。

 若き才能。

 天賦の体。

 それを摘み取るかのごとく的確に相性が悪い。


「マギーッ!!」

「は、はいっ」

「ミレメルとっとと起こしてさっさと退けッッ」


 辺り構わず暴れ散らす性分であるはずのギェリヴに、マギーは目を丸くするも、身体が彼の言葉に反応し、ミレメルをゆする。


「がんばって! おねえちゃんっ!」

「うっ……きゅ、あるん……」


 そういい、自分に向けて唱えた彼女は目をかッと開き、マギーに向き直る。


「闘ってくれてるのね。急いで運ぶよ、マギーッ」

「うんっ!」


 雄叫びを背に、老父を回復し腕を肩に回す。

 マギーも老婆と少女、少年らと共に急いでその場を去る。

 弾き返されたギェリヴが柵にぶつかる。

 ささくれ立った柵の一端が脇腹に刺さった。


「ぐっ……おおおおっ」

「ヨワイ。ダガ、アナドレナイ」

「一発で伸せてねえんだから、てめえは弱ぇんだよッ!」


 また走り出す。

 ぶつかっては片方が飛ぶ。

 繰り返し繰り返し、日が沈んでも、それは同じだった。

 攻守は確かに交互。

 だが、明らかに魔物の方が体力のコスパが良い。

 核は心臓に比べ魔力を吸いやすく、血液などを通しそれを巡らせやすい。

 ただの肉体でそれも魔力に頼らない天性の肉体は、もちろんその代償と言うべきか報酬と言うべきか、一般人よりよほど息の持ちが長い。

 だが所詮人族。

 亜族のように魔物の血を受けば話は違ったが、無情な現実。


「グバッッ!?」

「カタイ……、ドウシテ、タダノヒトゾクニ、コンナヨリョクガ……」


 困惑している牛だが、別に焦っているわけではなかった。

 対する青年は吐血し、瞬きが止まない。

 鼻から抜ける息が血で笛を鳴らし、腕や脚の血管が膨れ上がりドクドクと。


(……ボス……もっとあそ、びてえょぉ……言う事聞けや……この体よぉ……)


 視界が点滅し始めた。

 いよいよ不味い。

 彼の意識が朦朧としてきたとき。

 急に金切り音がした。

 だがそれは明らかに、金属が物を断ったとか、そんな単調な音ではなかった。

 どうも、連続して金属面を擦るような、不可思議な音だった。




 □□□




「はぁ、これ、核無いんだけど。どうしよ」

「うーむ。こりゃ無視してええんちゃう?」

「地上に出したくないんだよ。この上の村は守るって約束で」


 さっき復活しようとしていたスケルトンは、鉄骨の柱に縫い付けられていた。

 頭蓋の口から棒が伸び、再結合を阻害するようにあばら骨や骨盤なども刺したり縫ったりして散在。

 もはやこのままでもよさげだが、俺の矜持が許さない。


「はぁ、仕方ない。飲み込むかぁ」

「え?」


 そう言い、俺は暴飲に骨を仕舞う。

 骨は墓まで持って行くぜ……って俺の腹が?

 ジョークは驚くというよりは、嫌そうな顔してるけど、失礼な。

 俺だって好きでやってない。

 そんな思考とはまた他所に、俺は生きたものを入れること専用のスペースにその骨達を放り込む。

 そこにはかつてのデスターなんかも入っていて、もう俺という壺で蠱毒を作っているようなものだ。

 混ぜに混ぜ、最後に残ったのが最強だと。

 別に勝手に殺し合うのは構わないけど、何と言うか、それでレベルが上がったりして何らかの成長で俺自身を内から食い破られても嫌だ。

 生きたまま無限の闇に入れてやるのが可哀想と言うのもあるが、それだけではない。

 だが、知恵の詔曰く、その心配はないらしい。

 常にこの力が解析しているし、たまに俺も意識的に覗いている。

 この調子なら杞憂だし、何より俺が葬っている奴は何人も殺し続けている事実がある。

 別にその人達に深く同情はしないが、ミレメル曰く、可哀想と思うのはお門違いではないかと。

 言われてみれば、そこまで重く強い者以外は入れていないし、このままでいいと納得した方が気が楽なのではないかと。

 魔物になった影響か、徐々に無慈悲になっているような気もするが、気のせい……だと信じたい。

 心は失いたくはない。

 人を止め、己まで失うのは流石に誇りが無さすぎる。


「うん。先に進もう」

「? どした?」

「……いや、なんでも」


 納得しない様子のジョークを背に、更に奥へと進む。

 整備が行き届いている部屋も多いが、全体の半分くらいはサバイバルホラーなんかで見る、寂れた廃墟って雰囲気が言葉として合う。

 点滅を繰り返す明かりが確かに平然とした心を逆撫でる。

 ふと、背後で音がしたような気がするけど、ジョークも気づいていない様子。

 知恵の詔に含まれる存知に当たる機能も、何の熱反応も捕らえない。

 嫌な予感がして、俺は二人を触る。


「どしたんや、カゲハル」

「……止まってて」

「みゃ?」


 すると、物凄い勢いで、目の前に大穴が開いた。

 向かっていた扉が、接続していた壁ごと丸くくり抜かれている。

 何かがすり抜けていったのだ。

 そのことを認識するのは、俺のが当然早かったわけだが、二人、特にジョークはより困惑している。


「え、どうなってんの?」

「俺達全員透けさせたんだ」

「は?」


 やはり納得がいかないらしいが、それどころではない。

 奥は明かりも吹き飛ばされ、真っ暗闇になっている。

 だが、その中に光がちらちらと不規則に揺れている。

 どうもそれは目ではないらしい。

 なにあれ。

 いや、光っているのは俺達がいる側にある電球の光だ。


「避けた……確かに、喰らったと思ったが。おかしい。ふふふっ」


 不敵に嗤った瞬間、ヤバいと思った。

 真霊化していても、スキルは防げない。

 二人を引っ張りながら後方へ飛ぶ。

 すると、扉付近を中心に、どんどん空間が出来上がっていく。

 いや、元あったものが無くなっていくと表現する方がしっくりくるだろう。


「『大蛇千輪(だいじゃせんりん)』……これも気取るか。ふふふっ」


 やっと全容が見えた。

 それはおっそろしくでかい、蛇族(メデューサ)

 いわゆる蛇の頭部に当たる部分から人の上半身が出てきてるキメラ的なもので、大きな分類で亜族の一つ。

 髪は一つ一つが蛇に成っているのが特徴だが、俺の想像より細い。

 ってか、もうあれ髪だわ。

 なんかよく見たらフワフワ浮いてきていて、静電気みたいになってる。

 そのことにちょっと吹くかと思ったが、堪えます。

 横目に見ると、ジョークは相手の全容に……え、惚れてないこの人?


「はへぇ……」

「おーい鼻の下のばすなぁ」

「おいおい、少年よあの美貌が目に入らんわけやないやろ!?」


 言いたいことは分かる。

 確かに腰部から胸部にかけてのくびれ、首と頭に至るまでの均整の取れた美貌。

 目や腰下は蛇のものだが、腕等の筋肉も太すぎず、だが密度はあると言った様子。

 これに長髪とくれば確かに癖に刺さる奴もいるかもしんないけど、殺されかけた相手にそんな余裕俺にはないです。

 あなたは色んな意味で変態ですジョーク兄さん。

 俺が言いたいのはそんなことじゃない。

 あの女の下肢、蛇の部分だ。

 表面の鱗が鏡面のようになって、こちらが映っている。

 正直、異能バトルで鏡ってあんま良い予感しねえんだよなぁ。

 そして、こういう感はよく当たる。

 なんか、危ないと警告が体の芯から出てる。


「洞窟でトカゲどもに石化させられた記憶が蘇るわ……やなこって」


 一対三。

 互いに睨み合う。

 辛い空気がその場に充満した。


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