65 気を配れ
「元居た家に皆一応住んではいるけど、一家に一匹は魔物がいる……」
「見張ってるってことか? なら労働させてる感じか」
「その線濃厚だな……」
鳩羅が戦慄した表情で村を見つめる。
(井戸……あった、これだ。でも流石にこの距離では細かくわからんなぁ。井戸の下に何か居るのは何となく分かるが)
カゲハルの感知能力も本人の欲が強いだけで、そもそもギェリヴのような勘でも無ければ、ここまであらゆるものをネタバレすることなど不可能であり、十二分に便利である。
ただゲームマスターに勝とうと考える彼は、チートと称される物を身につけないと話にならないため、どこまで行っても満足できない。
「凄いな。この距離から音を聞かずに察知するとは」
「もっと詳しく見たいけどな……体術剣術、スキルとかもまだ伸び代がたっくさんあるんだ。歯痒いのよ」
鳩羅が「そもそも俺は伸び代さえないけどな」といった皮肉じみた視線を送るが誰も気にしていない。
ミレメルがチーガフに問う。
「ねぇ、ワダって何者なの?」
「あ、そうそう俺それについて言おうと思ってたんだ。俺暗器を使うからその手の物を売ってる友達が教えてくれたんだけど、ワダって貴重貿易商社バルパドルって組織の幹部らしいな」
答えた幻鳩羅のツテに対する驚きはこの際置いておき、「貴重貿易商社バルパドル」という名が挙がる。
この社はアース全体に広がる、裏社会の一角を担う巨大組織で、名の通り他では流通しないような宝石から武器、違法物、古代の遺物まで多岐に扱う。
組織の構成などは詳しくは知られておらず、鳩羅も「構成員が頻繁に交代する」という噂以外でこれ以上の情報は持っていない。
「そのカリアって子が殺された時何かを見たって言うのは、多分その商品……か」
「カゲハル……相手は全世界に根を張ってる。通信できる物でも持ってたら、間違いなく今後付け狙われる」
呟くカゲハルに、ミレメルがいつにもなく不安気に忠告する。
「俺はとりあえず宝石とか売ったり、人から何かしら世界線の話を聞くために旅してんだ。行く手を阻むなら、全て消し去るまでよ。たとえ相手が組織だろうと心配はいらない」
世界線と言う単語にチーガフは首を傾けるが、それ以上に……
「助けてくれるのか……」
「あくまで通りすがりの掃除屋さんだよ。人助けで悪い気はしないけど、とりあえずは強くなりたいんだ」
「そういう事なら、いつでもワシの体術を教えよう。本当に村を救ってもらえたなら、それだけじゃ足りないが……」
「チーガフ爺さぁん、それって更に報酬が出せるってことぉ?」
鳩羅が黒い顔をして問う。
カゲハルたちは少し引いたが、チーガフは何気も無く答えた。
「報酬ってお前さん。あのワダのことだ、たんまり貴重品を持っておるだろう。その全てが報酬だ。食料・財宝・武具・絞り出せるなら情報さえたんまりあろう。元は食い繋ぐことのできる農村。別にワダのお情け無しで生きて行けるのだよ」
一同はその気前の良さに敬意を自然と持った。
少しくらいは欲しくなるものだろう。
もちろん元村長一人の意見なので、あの村の人々がどう反応するかはわからない。
「ワシでは不十分かもしれんが、村の者に反対されれば対処する……今はそれ以前の問題だが」
「よーしわかったもうウダウダ考えるのは止めだ。チーガフさん」
「!?」
「ワダは倒す、以上」
宣言を残し、カゲハル、ミレメル、鳩羅、マギー、みつりが洞窟から抜け出す。
後ろですすり泣く声が聞こえたカゲハル。
しかし、それに浸る前に不味い状況である。
「………ギェリヴは?」
「おにいちゃんなら、はしっていったよ?」
「どっちに?」
「ろんのむら? …に」
急いで後を追った。
□□□
「出てこいやァアアッ、ワダアアアアアアッ! ギタタタタタッ」
村の入り口で叫ぶ声には、計画性などはなからない。
乱暴で迫力に満ちた声が、近くの家の戸を開けさせる。
中からは、首に爪や鎌や舌を巻かれた住人が出てくる。
当然その後ろにはそれぞれ、大小様々な異形が。
「ウルル? ウルルルッ!」
「は? 何言ってっかわかんねえよッ」
「おいあんた、だあれの許可とって入って来てんの? 門番いたよね?」
「あ? いねえよそんな奴」
ギェリヴの後ろ、村の入り口で人が倒れている。
「ではそいつらがなんだと?」
「……あ、これ人か」
「知らずに殴ったのか!?」
「殴ってねぇ! ぶつかっただけだッ!」
「よりヤバいわッ!?」
ワダの味方と思しき女性は、ギェリヴが人を助けるような目的で来たのかと思ったが、その人としての感性を全て消し飛ばしたようなネジの外れ具合に、調子が狂う。
「も、もういい。邪魔をするなら、こいつを殺すぞ!」
「おう、勝手にやってろッ!」
ゴウッ――――
強烈な蹴りがその女の腹に入る。
(い、いつの間にッ)
気が付けば、反対の家の壁を突き破って中にいた泥人形の魔物にぶつかっていた。
骨が著しく粉砕されている。
「脆い……よえー奴と戦うのはやっぱおもろくねぇ……」
「ウルッ!」
液体から鎌が生えた魔物「スリッド」が住民の女性の首を掻っ切ろうとする。
当然ギェリヴは気にする筈もなく。
「た、助けてぇええええ!?」
ザクッ――
「あいたっ!?」
女性と鎌の間に何かが現れ、鎌が途端にその動きを止めた。
「うわッ、首にめり込んでんじゃん」
「ひっいッ……っぁ………」
目の前で首を切断されかけているその者を見て、女性は失神。
それに気づいた人型の魔物は、鎌を押しのけて彼女を支え、申し訳なさそうに寝かす。
「はぁ……人質取れるくらい頭いいんなら、そんなことすなッッ!!」
ドパン―――
スリッドの体がシャボン玉のように弾け飛ぶ。
無効貫通打撃と影操作で纏った魔力によるただの殴打。
無理くり合わせ技とすることで単に威力は増すので、燃費をよくしようというのが彼の中で一つの課題である。
また、技を変え、流れるように近隣の魔物を黒い針で葬り、彼は人質を匿った。
「あ、ボスッ! すまねえな、ワダと戦いたくって先に来ちまった!」
その者、カゲハルが、ギェリヴの方へと歩いてくる。
しかしその足音は、どうも怒気を孕んでおり……
パァン―――
ギェリヴの頬が赤く染まる。
突然のことに、当然焦点が合わない。
「強くなりたいってずっと言ってるよなお前。なら何が足りないか教えてやる。“気配り”だよ!」
カゲハルの怒髪天を突く顔に、ギェリヴはぎょっとする。
唾を飛ばしながら怒るカゲハル。
「現状を認識するって意味でもそうだし、誰かを思いやるって意味でもある。お前が誰かと戦う時相手が何を考えてるかってのを想像することにさえ気を配れってんだ。だから弱いんだよッ………いやある意味強いけど」
単に強いから言いにくい所もあるが、冷静な判断、常識・良識的な行動ができない事を指摘する。
「別に善意で人助けしろとまで言わない。だけど、被害を出すな迷惑をかけるなッ。面倒ごとを増やすなら、お前とは一切関わらない」
「えっぅぇ!?」
まくし立てられ、何も言えなくなっている。
「うっわ……ギェリヴとカゲハルが言い争ってる……この世も終わりだな。ありがとう母ちゃん、俺を生んでくれて」
(いや、カゲハルが真剣に怒ってる、ギェリヴに対して一方的に。珍しい……)
影操作及び暴飲の力により、洞窟から草木の影、村の柵や家の影などと繋がっている女性の影から出てきた一行。
シリアスな場面に会い、少し息をひそめる。
神妙な表情で見つめるミレメルのその目には、狼狽え涙ぐむ男。
「わ、わーったよぉ……優しく助言してくれたと思ったら突き放すの止めてくれよぉ」
「別にわかったならもういいから、最善を尽くしてくれ……」
「うおおおおおお! 大好きだボスゥウウウウッ!」
そう言い、カゲハルにギェリヴが抱き着く。
するりと体を分解してかわすカゲハルだったが、そのギェリヴのスキンシップハラスメントは彼が飽きるまで止まらなかった。
犯罪紛いと捉えられかねない状況、幸い誤解しない人間しかいないのが救いである。




