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64 苦い過去

「……ごもっとも。よく俺が人じゃないってわかったな」

「前置きはいい、何なのだお前は。ワシは今もお前さんに怯えてしもうとる」

「……」

「やめて、カゲハルは不用意に人を傷つけない」

「いや、この人の反応が普通だ。俺が人でもこうなる。すまん、正体を晒そう」


 カゲハルに威嚇しつつ腰は引けている老人に、ミレメルが割って入ろうとする。

 しかしカゲハルが動いた。


「これが、俺の本来の姿だ」


 カゲハルのシャドーとしての容姿は、あまり使用頻度が高くない。

 人のフォルムの方が不都合が少ないからだ。

 故にミレメル以外の者はほぼ初見のようなものだ。


「うおォオオオッ! ボスが見えねぇ!」

「いや、真っ黒な……霧!?」

「ふしぎー!」

「ミャァアア!」

「変幻自在なこの体。シャドーっていうのが俺の種族名。説明するまでも無くただの魔物だ。もちろん普通とも言えない。俺は転生した元人間だ」


 包み隠さず明かした。

 その容貌に見惚れる三人と一匹とは別に、老人は怪訝そうな顔を止めない。


「……まぁ、凄く直球に言うとあなたに俺が切れるとは思えないんで、どうかその石を仕舞って欲しいです。互いの安寧のためにも」

「……」

「何なら……よっと。腕切って見せてもいい」


 人に戻ったカゲハルが、髪の毛の中に手を突っ込み、中(暴飲)から剣を一つ取り出して、そのまま左腕を落とした。


「あちょっとカゲハル」

「「「「「ッッ!?」」」」」


 腕は地面に落ちる寸前で、霧散した。

 それは黒い粒子となって、そのままカゲハルの影に戻る。

 そしてまた、無くなった腕が再生した。


「あ、別に落とさなくても、そのままこうやってロケットパンチみたいに戻るんだけどね」


 そう言ってもう一度切り、切断面が磁石のように戻るというデモンストレーションを見せた。

 しかしその軽々しくも恐ろしい光景に、二名ほど洞窟の隅で震えてしまった。


「だーいじょうぶ大丈夫。マギー、鳩羅。死なんから」

「だだだだだからってそんな簡単に切んなよぉおお……」

「かげはるにいちゃんのばかぁ!」


 半泣きというかトラウマである。


「……もういい十分だ。お前さんがワシを殺さないのならそれはありがたい。敵わないようじゃしな。過去の出来事から少し神経質になっておるのだ……すまんかった」

「ふぅ……良かった」


 老人は石を革製のバッグに仕舞った。


「でも見えてたとはいえ、その速さに驚いたよ。あんた、何者なんだ?」

「……ワシはあの村の村長だった。名をチーガフと言う」

「だった? なんだか不穏だな」

「察しがいいな。ワシは追放されたのだよ」


 空気が重くなる。

 チーガフと名乗る彼に同情を寄せるか、懐疑の念を抱くか。

 それぞれ思惑はあれど、話を続かせたい皆の意思。


「……こんな老いぼれの身の上話など暇だろうに。その興味津々の目に免じて事の顛末を話そうか。……ワシの住んでいたあのロンの村は、もとは広い井戸で有名な穏やかな農村だった」


 指差したチーガフにより、皆が反対側の洞窟の出入り口に向かう。

 光が差す広い穴から、山の麓に村があるのが見える。

 しかし、その村におよそ活気は見て取れない。

 チーガフは座ったまま話を続けた。


「もう二年以上前になるか―――」



 □□□



『チーじいちゃん!』

『どうした? カリア』

『いどのそこがね? ひかったの!』

『底が? んなわけないだろう』

『ほんとだもぉん!』

『カリアまた騒がしいぞー』

『もぉ!』


 栗色の髪のカリアという少女とチーガフは話していた。

 その日話題に上がったのは、村の名物である人三人は余裕で入ろうかという井戸。

 カリアは人当たりが良く、はしゃぐ様子が可愛がられるが、今回の話題ばかりは皆聞き流していた。

 他の村の子供も大人も真実を疑い笑っているため、村長が仕方なく耳を貸した。

 果物屋のヤタおばさん、鍛冶屋のオルヴィア兄さん、本屋のニュリス姉さん、フィリス家と飼い犬のアルディアス……

 皆賑やかに、働き食し生きている。

 そんな村の合間を縫い、その一角に見えてきた件のもの。


『まぁ、もし何か眠っているのなら、この村も話題になって繁盛するな』

『なら、おおがねもちだ』


 しかし結局井戸が光を放つことなどなく、カリアは不満と無念を顔前面に乗せて帰って行った。

 チーガフが「暗くなってきたから」と放った言葉はあまり響いていない様子で、言った本人も少し虚しい。

 それでもこんなのどかな日常が、これからも続くのだろうという固定観念が常にあった。


 ――――その日の夜、村は襲撃に遭った。


『うわあああああああああああああ』


 村の一人の男の悲鳴が全ての住民を叩き起こした。

 全員が住居のドアを開け放ち、見た空は赤く光っていた。

 声のした方を見ると、家一つ浮いていた。

 その下にはもぞもぞと蠢く黒い影。


『ウゴオオオオオッッ!!』


 魔物の声だった。


『キャアアアアアア!?』

『にげっ―――』


 幾人かの声が途中で止まる。

 魔物が暴れる声と反対で、何かが起こる。

 村長チーガフもドアを開けて出てきて、その光景をその目に焼き付けてしまった。


『―――カリ…ア?』


 村の通りの一番奥。

 村の入り口ともいえるような位置で、巨漢が一人立っていた。


『落とせ、ミノタウロス』

「ズガァアアアアン」


 魔物がどうやら家を振り下ろしたらしい。

 その事実が、住民全てを悟らせた。


『カリアァアアアアアアアアアアア!!』


 チーガフは目一杯叫んでしまった。

 男が持っていた物が既に亡くなっている当人だから。

 ドサッと地面に落とされた亡骸。

 刺し傷がなく、殴打によりひしゃげた腕と痛ましい顔が残酷だった。


『この村は俺ことワダの物とする。村長は居るか? って、あんたっぽいなぁ?』


 村一杯に聞こえるその大音量。

 それに臆さず、すぐ駆けて栗と赤色の髪の少女のもとへチーガフは行く。

 持ち上げた少女はもはや元生物だったとは思えない。

 洒落にもならない静物として存在していた。


『何ってことを……まだ年端も行かない少女だぞ……』

『……? 俺の商売品見られちまったからなぁ。いっそ消し炭にした方が良かったか?』

『腐ったことをッ』


 持っていた小ナイフを突き立てる。


『あ?』

「ゴキン」


 表記しきれない声をチーガフは上げた。

 ワダの一般人の三倍はありそうなその手で、一瞬にして右腕を折られたのだ。

 とんでもない痛みと共に、恐怖が体を覆った。


『別に刺さってねえからなぁ、寛大な俺が一つ慈悲をやる。村長の座を俺に譲るならお前抜きで全員殺さず支配下に置く。抵抗するなら皆殺して物資だけ頂戴して去る』

『既に手に掛けておいて……』

『抵抗と、とっていいのか?』


 辺りから翼や舌が異様発達した猫や植物のような形をした魔物がわんさかと群れてくる。

 しかし一様にそれらは男の指示で統率のとれた動きをする。


『……本当に、私がどけば』

『ああ、神なんて信じてねえが、誓ってやる』


 そう言い、村を後にするチーガフ。


『さあお前ら、家に入ってろ。改造すっからよ』


 そのワダの一声で、村の人は従う。

 子供たちを必死でなだめ、恐怖で唇を噛み切りそうになりつつ。

 ミノタウロスと呼ばれた魔物が、村を出る。

 それもチーガフの逃げた方へ。


『逃がす訳ねぇだろ。当然――――』



 □□□



「―――結局この穴まで必死に残った三肢で逃げ込み、ミノタウロスの巨体がこの洞窟に入らなかったことが救いとなって今に至る。逃げた感じになってしまったゆえ、当初は自害しようとしたこともあったが、責任をいつかとらねばと死ねずにいる。反対側は比較的穏やかで、あのカニもなぜか金属や石が擦れる音を嫌う習性から、果物にも困らなかった。その末なんとか命を繋いであの村の様子を常に見ているのだよ」


 想像を絶する回想に一同口が思うように開かない。

 マギーはミレメルが連れ出そうとしたが、聞きたいと言って駄々をこねたため仕方なく聞かせてしまった。

 聞いたのを後悔しているのか、強い子マギーは泣かずとも目の色が死んでいた。


「信じられない……どうしてそこまで」

「こ、こんの広い洞窟に入りきらないの……マジ? 俺ラルシアに帰ろうかな」


 鳩羅がぶつぶつと言葉を漏らす。


「よえー奴いたぶって何か快感得られんのか? 俺はボスみてぇな奴と戦いてえが」

「ギェリヴ……とりあえずその感覚はズレてないと思うから、そのままでいてくれ……」


 カゲハルは言葉を詰まらせつつも、何とか言い切った。

 ギェリヴの常識に近いものが一般論に少し近くて、ミレメルたちも安堵。


「カリアさんのことはお悔やみ申しあげます……。で、村の方は今どうなって?」

「あの大男の声が頻繁に聞こえるものだと思ったら、そうでもないから詳しくはわからん。行けば何かしでかすに違いないし、迂闊に見に行くことが出来ないのだよ。まぁたまに聞こえる物騒な内容には、自分も身をもがれる思いさ」


 その濁し方に察しつつ、カゲハルは意識を集中させ知恵の詔にて村の様子を探り始めた。


すみません凄く忙しくてなかなか続きが書けずにいて……今後も不定期ですがこの作品を楽しんで頂けると幸いです。ブックマーク・評価・閲覧してくださってる方々ありがとうございます( ;∀;)

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