63 謎の老人
一行は森を進む。
途中いくつかの小川があったが、魚と水を補給した以外は特にこれといった障害も無く旅路を伸ばした。
カゲハルも、元はただの学生だったために、いつもこの大自然に想いを馳せる。
木の幹は日本で見るそれに比べて太く、丸く、明るい色をしており、童話の具体像を描くので、もはや製造・塗装のされたフローリングにさえ思われる。
成っている果実はどれも毒素の少ないものが半数以上を占め、それはまた味覚とそれを都合よく認識する現代脳を持つカゲハルと一味にとって、豪遊だった。
邪魔が無い、ただある自然に身を任せる。
僧やターザンの気持ちが素人ながらにわかる。
もとい魔法やスキルがあるご都合主義では、苦労も無いからなおの事。
「これうまそうじゃね?――シャリッ」
「……ギェリヴ。それ、毒」
「……!? ぐぼぼぼぼぼ」
「ギャアアアアア!? 囚人が死んだぁああああ! ……あ、別にいいじゃん」
「よくねえよ鳩羅、一応味方なんだから。毒って神秘の薬で大丈夫だよな」
「ええ」
ふらふらと泡を吹きつつ、倒れかけるギェリヴ。
だが、途中で踏みとどまる。
「ギギギ、これくらいの毒、効かねぇ……」
「いや、とりあえず飲めこれ」
「ガヴゥフッ!」
「この毒結構強い神経毒のはずなんだけど……なんで立てるのよ。おかしいよこの筋肉細胞」
「あ? 誰が変人筋肉ダルマだ嬢ちゃん」
「いや、ミレメルちゃんそんなこと言ってねぇだろ!」
ミレメルの言葉にギェリヴがキレ、鳩羅が突っ込む珍道中。
カゲハルとマギーは生暖かい目でそれを見ていた。
ちなみにみつりはカゲハルの暴飲内で休憩中。
「それくらいにしとけ皆。そろそろ山だ。あそこのトンネル抜ければ、目的地だ」
「ロンの村ね」
木々を抜けた先には草木一つない岩石に覆われた巨山。
森の出口から、その山にぽっかりと何かに穿たれたような洞窟まで、百から二百メートルにわたって足の踏み場もない針岩が茂っている。
それを目の当たりにしたから、というわけではないが「フラッ」っと、急にミレメルが倒れた。
それを予測していたか、瞬時に支えに入るカゲハル。
「……リハビリって言ったって、魔力を使わないといけないのはむしろ体に負担が強すぎないか?」
「それ、でも……」
「いいよ、おぶるから」
「ミレメルちゃん、カゲハルに負担掛けたくないからって頑張らなくても、こいつの胃の中じゃ重さも何も関係ないんだよ?」
「胃とか言うなよ。せめて部屋って、部屋」
カゲハルの暴食に生き物を入れることに対する嫌悪はもう薄れている、とはいえ身内をそうホイホイ入れたのでは楽しみも何もない。
これは本人の意見だが、ミレメルもまた足の回復もとい「コントロール」の低コスト使用を体に馴染ませたいという意志がある。
だからこうして今も歩いてはいるが、流石に休憩を入れなくては、筋肉痛のように治らない。
「さて、ミレメルの事もあるし、全員一回俺の暴食の中にでも隠れて、この剣山乗り越えてもいいかと言いたいが。逆にここはみつりに頼ってみるか」
「筋トレしないとみつりちゃんも鈍っちゃうしね」
「あ、それもそうだな鳩羅。良い事言った」
「えへへぇ」
「きめぇよハット野郎」
「なんだよぉ! 素直に喜ばせろよッ!」
照れる幻に慈悲も涙も無いギェリヴを無視して、カゲハルは自分の手で陰を作ってそこからみつりを引っ張り出す。
みちみちとおよそ体積が不釣り合いな巨体が、小さな手の中から液体化の如く現れる。
「ミャァ」
「みつりぃ、眠れたみたいだな。早速なんだけど、ここからあの洞窟まで乗せて行ってくれないか?」
山を震撼させるかのような勢いで喚起の咆哮。
そこへカゲハルとおぶられたミレメル、マギー、幻、ギェリヴと続く。
『バサッ』
「うっはああああ!」
「きゃぁ、あははは!」
「ギタタタッ爽快ィイイイ」
「こぇえええよおおおお!?」
ふわりふわりと上下する巨躯にまたがり、気分は正に天国。
いや、おとぎ話を創造した現実が今ここにある。
慣れない感覚に恐怖を抱く幻鳩羅の反応が普通のはずだが、快感を覚えた者しか他にいなかった。
あっという間に岩を越えて行き、そのまま洞窟へ。
山は流石にみつりに乗っても越えられるような高さではない。
証拠に雲を貫いている。
地図や文献に山と書いていなかったらただの断崖絶壁にしか見えないが、抜け道としてこの穴は通っている。
その穴まであと五十メートルもない。
「よし、あと一息だ!」
「グボオオオオオオオッ」
「誰? 今の」
「おいボス……あれ見ろよ」
「ん?……わお」
眼下に、剣山をもろともしない謎の生物が群がっていた。
カニの手が拳になったような見た目だが、その全体の幅は五メートルに届きそうだった。
あまりの巨体とその頑丈さに針山が手も足も出ずにへし折られている。
更に言えば、意図してか拳でその岩を砕いて進む始末。
どうやらここら一帯にはさっきまでこのカニ軍団がいなかったらしい。
彼らが来た方向には、先端が無くなった、針とも呼べぬテーブルが幾つも出来ていた。
「まずい……洞窟に上がってこられたら、流石に相手にしきれない。そう何度も暴飲を使って魔力切れても嫌だし」
「なら、俺が相手してこようか。ギタタッ」
ギェリヴが身を乗り出そうとすると、鳩羅が。
「おい、お前なぁ……下にはあれが」
「貧弱なお前と違って俺の体はかてぇ」
「硬いとかいう事じゃなくてなぁ……お前があれと戦ったらこっちにも被害が、ってもういいよ」
何を言っても強行することがわかり、鳩羅は説得を断念した。
そうこうしているうちに入り口に着きそうになっている。
みつりをゆっくりと進ませて、カゲハルはカニの能力を見る。
――――――――――――――――――――――――――――――――
ステータス アッパーグランキオ 名無し 属・土 体質・硬質
スキル:防御・鉄拳・再生・感覚強化
P0所持中
――――――――――――――――――――――――――――――――
(分かりにくくなったよなぁ……レベル差が分からないんじゃ、迂闊に攻撃できない。この生き物で言えば、鉄拳なんかは俺にも効くだろうし。本質を見抜く力が、まぁ知恵の詔さんいれば大丈夫か?)
【アッパーグランキオの防御は主の攻撃をいくつか耐え抜くでしょう】
(硬くね……?)
あの魔王ですらラッシュとはいえ、倒すことが出来た打撃をなんと道端のカニが防ぐと。
その事実が、世界の広さ、己の蛙感を知らせる。
そんな時間のかかりそうな相手を、数十体相手しなくてはならない状況は、流石に避けたい。
「相手して疲労してもなんだ。一回洞窟で態勢を整えるか」
「よし来たッ」
何が「よし来た」のか。
ギェリヴが降りた。
「……なんでおにいちゃんおりたの?」
「「「ほんっとにそれッ」」」
みつりさえ、頷いているように見える。
風を切って落ちていき、やがては一体を踏みつけて地に沈める。
そのままその囚人が暴れまわると、アッパーグランキオ達も応戦し、大乱闘に。
ただ相手も強固。
ギェリヴの一蹴をもろともせずに殴りにかかる。
しかし、たまに名前に似合わぬ「普通のハサミ」を持った個体、いわゆる変異種だろうか。
それが急に現れて、ギェリヴを掴む。
「ギギギッ。でぇ? こっからどうするつもりだカニ助」
胴を挟まれているはずだが、痛みなどないかのように足をハサミの中に入れて、そのまま化け物じみた柔軟性で開脚し拘束を解いた。
「握力鍛えてから出直してきやがれッ。ギタタタタタッ!」
「……あいつにサッカーやらせたらどうなるかな」
「多分だが、ボールが裂けるか、飛ばしたボールで人もしくはゴールが死ぬ」
そんな地球でしか通用しないような話題に、現実と分離させる。
今はギェリヴが降りた地点から既に少し進み、もう入り口手前だった。
振り返ると、ギェリヴは喜々として戦っていた。
だが、付いて行きたい気持ちもあるのだろう。
もどかしそうにたまに視線をこちらへと向ける。
(子供が無言で物をねだる感じ……)
カゲハルがみつりの影から手を伸ばそうとした。
しかし、急に人為的な物音が洞窟から聞こえてきた。
それは甲高い鉄の擦りあう音。
どうも戦を想像させる音だが、その根源にはただの宝石同士を打ち合わせているだけの実情。
そして、それを行うただ一人の人物は、老人だった。
「早くこっちへ来なお前たちッ」
その行為に、自分たちを呼ぶためだと理由を付けたカゲハルだったが、それは誤りだったとすぐにわかった。
ギェリヴが猛スピードで追いついて、みつりの下で剣山を蹴散らしながら走っている。
その頃カニは一体何をしていたのかと思えば、なんとその老人が出す音に嫌気を示して岩陰の中に退散していったのだ。
イタチごっこ、若しくはもっと加勢するアッパーグランキオがいたなら、ギェリヴでさえジリ貧だったであろう状況を、あの人は紫に光る石で撃退して見せた。
一つ礼を言う隙すら与えられず、洞窟の奥へと案内された。
トンネルとして使われているはずだが、如何せん洞窟と言う事もあり、入り組んでいる。
ゆえに出口も見えない。
距離が長いこともまた一つの原因ではあるが。
「じめっとしてるね」
「そりゃ洞窟だしな。鍾乳洞とか行ったこと無い? 俺は北海道とか岩手とか行ったけど」
「え、そんな遠くに……俺京都とかしか行ったことないからなぁ」
大人であるはずの幻が、カゲハルに慣れの面で劣っているのは、単にジェネレーションギャップや偶然のせいではなく。
バビリアを生き抜いた時点で、暗所・閉所・湿気た場所はもちろん、地下の方の暑さ、山の上の高所、もはや今の彼に遊園地は公園である。
「……ねえ。あなた、その腕は」
ミレメルが急に老人に問うた。
問われた本人は、歩きながら顔を少し上げ、指摘された右腕に視線を落とす。
その表情はどことなく暗かった。
「……ただの古傷さ」
「ただの傷じゃない……なんとなくわかるの。腕動かないんでしょ?」
老人は一つその石を左手に持ち、もう一つ長い方の石を左足に紐で巻いて、それを打ち合わせて音を出していたのだ。
「……腕を折られてね。神経ももう通っていない」
「何があったの?」
「……まぁ、それは後でいい。それよりは、まず―――」
全員が瞬きを終えたと同時、老人がカゲハルの喉元に石の先端を突き付けた。
「「「「「!?」」」」」
「……貴様、人に在らず。何者だ。咄嗟に助けたが、そのドラゴンといいワシはさっきから落ち着かぬ」
両手を上げて戦意を見せないカゲハルの目は、水を見るように念が籠っていない。




