62 神ノ所業
目を覚ますと、世界は停滞していた。
いつぞや見た光景。
空は紫と金色の優美に輝き、カゲハルを除く全て物の動きが止まっている。
厳密にいえば逆再生だが、言わずもがなその動きは亀よりのろく。
「……またか」
≪まただ。どうした、嬉しいか?≫
「ああ。文句言えそうで嬉しいね」
≪私は君に何かしたつもりはないんだが≫
「そういうのいいから。ギェリヴとの模擬戦で体乗っ取りやがっといて」
≪……気づいたか。まぁそう気を立てるな。結果誰も死なずに済んだのだから≫
ギェリヴが感じた感覚の正体が、オーナメンタルがカゲハルを操ったという事実。
怒り心頭したカゲハルは、目の前に輪郭のみ浮かぶ謎の人影を睨む。
「で? 結構近づいて来といて要件何よ」
≪助言さ≫
「?」
≪今、世界は大きくうねっている。君が三人もの魔王を討ったことで……。「無尽軍」が動き出した。じきにお前のことも狙い始めるだろう≫
「むじんぐん? 誰だ」
≪この世の魔を断つ者達だ≫
「……? 何で俺に教える。俺がどう生きるか気になってるだけなんだろ?」
≪無尽軍は、決してお前が思っている程弱くない。軍と言えど奴らは神出鬼没。君に早くにくたばられるのは本意じゃないからね。一応情報を与えておこうと思ったのだ≫
「世間も知らない秘密組織って感じか」
オーナメンタルは言った。
彼ら無尽軍は、このアースの魔物より、世界線からの訪問者を主に消す。
もちろん魔物も含むがゆえに、カゲハルも射程圏内。
彼らが住まう場所はなく、常に世を個々人が渡り歩いている。
軍と言うより部隊。
≪君たちが向かう先のロン村に、一人駐在してる。お仲間と浮かれているようなら、さっさと気を引き締めることだ≫
「あんたと戦うために、引きつらせっぱなしなんだわ」
≪……仲間は重りになるかもしれないよ?≫
「おいどういう意――」
≪ま、忠告はした。また会う≫
「……」
流れを取り戻した世界で、辺りにいた全員が呼気を纏う。
今は就寝中。
夜明けとともに旅立つ予定だ。
ロンの村は誇張なしに広い集落らしく、馬による交通も交易も発達している。
カゲハルは馬に乗ったことが無いため、その感覚を知りたいと、いてもたってもいられなかった。
だが、そんな折にあの嫌な声を聴き、ナーバス。
「……仲間。家族と呼んで欲しいもんだ。こっちに来てから親の顔も知らんからなぁ。親っていんのか?」
シャドーの発生は謎。
影からか、人からか、シャドーが生むのか分離するのか、空から降るのか空気をよじって生まれるのか。
無形魔物の殆どは分裂イコール出産のようなものだが、現場を見ることがあまりないこの魔物の詳細は謎だらけ。
「しかしあいつ、操ることも出来んのかよ……」
≪それだけが能だと思わぬことだ≫
「ッ!?!?」
カゲハルは身悶えた。
正直、何が自分の身に起こっているのか、大体の予想はついたうえ、体に反して脳は冷静沈着だった。
目の前に靄がかっていたのは、さっきまで停滞世界に見えたあの者の輪郭。
それが、今、挨拶でもするかのようにしっかりと色を付けて、確かにそこに生気を発した。
≪「また会おう」とは言っていない。ああ、一応言っておこう。『従順』、これが君を操る正体さ≫
「……別に、言われたって。これで俺が死ぬわけが」
≪随分と落ち着いているが、君はこの状況をわかっているのかな?≫
「は?」
≪声は彼らに聞こえない。その上、君は動けず私の手中。そして私の目的は何だったか≫
「俺を鑑賞…………あ、いやいやいや待てっ!?」
≪理解いただけたかな≫
「皆をッ!?」
≪そう。君がどんな反応をするのか楽しみでね。ま、死体は全部君のエックスピーとやらにでもするが良いさ≫
狂気の沙汰、娯楽の神髄。
≪『災害』『創造』≫
「うッ」
砂塵は今までカゲハルが見たものの中で、過去一番大きく竜巻く。
背後の廃墟が全て砂や石で構成された地面から立ち上がる。
それは斜めに倒れた建物を起こす、と言うよりは「確かな人間が起立する」ことに酷似していた。
いや、厳密にはもう既に人型を模している。
≪能力は明かしてもキリないし、とりあえずは一匹のゴーレムの出来上がり~≫
(地下遺跡にもゴーレムらしきものの残骸はあったけど、精々犬くらいの大きさしかなかったってのに……)
もはや目がどれか、腕がどこに伸びているのかすらわからない。
フォルッタと戦い、魔王ヴィルが散っていった全ての建造物が、広大な荒れ地の中心に集結している。
≪全員、『強制』してあるから目覚めるわけも無く、私の起こす大厄災には気取ることも無く≫
「ぐっ」
≪仲間は、強さへの障害≫
「そんな…ん……仲間は大切にするだろ………普通」
≪普通とはなんだ。私にとってはこれが現実だ≫
無慈悲なオーナメンタルの言葉に、滾るカゲハル。
体が動かない分、行き場の無い熱と怒りが膨張する。
その度苦痛をもよおし、胸が軋む。
≪カゲハルの強さは打ち勝ってこそ伸びる。現に彼らとの関わりで成長した能力は何もない≫
「テメェは親か」
≪そうさ、親だ。そして、鬼だ≫
その親がすることは、反抗期の息子を叱るものとは訳が違う。
振り上げたゴーレムの腕が、月夜に光って。
≪さらばだ、諸君≫
「……ぃ……だ……」
ドズンと、床が波打つ、かと思いきや。
カゲハルは、頭を地面にこすりつけていた。
体と離れなかったはずの腕を、大きく広げて。
≪……『従順』を解いたか≫
「技は会得した。マギーは特に貢献してくれている。もちろん、能力って言うのは単にスキルに留まらない。ミレメルは知識を、ギェリヴは……まぁ体術を教えてくれる。鳩羅は助太刀をしてくれるし、みつりに至っては生前も助けられた。これ全部立派な力だ」
≪……その通り。別にそれは見ていたし、殺すつもりも無かったし≫
「そうだからお前は矛盾を……は? おいちょっと待て」
≪冗談さ、ジョークジョーク≫
その表情の読めない容姿から、代わりにと言わんばかりに体を震わす。
人を惑わすことにおいては、右に出る者はいないだろう。
現にその笑いを体現する動きで、すでにカゲハルがイライラを募らせて、殴りにかかる。
一つ拳を受けたが、バインとポールのように跳ね返って、何事も無く。
「ただの冗談も度が過ぎんだよ……」
≪確かに仲間は重りになる。これは事実だが、要らないとは私も思わない。囮にはできるしな≫
「いやそれ仲間とは言わんだろ。マジで口の滑り止め必要だなイカレローションマウス」
≪いくらでも言っているが良い。私はただ、これを見せに来ただけなんだから≫
そう言い、覆面の人物オーナメンタルは、左手を空へ掲げて握った。
≪『大いなる力による編集』――――これで、レベル、能力値など、査定する対象の一部情報が消えた≫
「!?」
ステータスを開くと、自分の種名や技はそのままに、レベルや攻力などが一切消え失せていた。
「……どういう、ことだ。まさか、これを作ったのは……」
≪私……と言いたいところだが、私はこの方法を見つけただけだ。先人はいる≫
「化け物が……スキルまで消せるのか?」
≪もちろんできるし、何ならステータスそのものを無くしてやってもいい。別に見えないだけで、やってることは君の現世となんら変わりない≫
見えなくなる、とは言うが、見えている状況とは違う。
体力という値があったとして、0になれば生命活動は終わるが、この見えない状況で0になるかは気力と体を保つ……核次第。
他の値もそうだが、アバウトになった。
それこそ瀬戸際の掛け合いは、このオーナメンタル専用のカンフル剤になる。
≪さ、ゴーレムも解体。仲間も開放するさ≫
「……」
≪そう怖い顔をするな。いずれ、殺しに来るのだろう?≫
そう聞く神に、一つ無言で頷くカゲハル。
返す言葉は特に無く、オーナメンタルは姿を消した。
≪……ロンの村は、町のように広い。また一つ、冒険が待っているだろう≫
「予告、どうも」
アレの発言には、カゲハル自身何故か自然と納得する。
どうしてかは理解し得ない。
いつからか、何か繋がりを感じるのか。
重なる部分がどこかにあるか。
声を、誰からか、聞いた記憶。
ヴェールに包まれている。
「―――」
「おい、ボス?」
「おはよう、ギェリヴ」
「早いな。なんかあったのか? 景色変わってるしよ」
「何でもない。さ、全員叩き起こして出発だ」
早朝、鳥も飛ばぬ荒野を、囚人の鳩時計。
カゲハルは空に大きく羽ばたく。
「起きやがれえエエエエ!」
「はうあッ! ギェリヴ!?」
「あれっ、空にカゲハルがいる……」
「おにいちゃん……うるさいょぉ」
「……さあ皆、目的地は山一つ越える。夜までに目的地にたどり着くぞ!」
まだ見ぬ者へ、それは味方か敵か。
ステータスが改変されるという超常現象は、瞬く間に世界を激震。
知り合いも他人も巻き添えに、魔王も世界線も関係なし。
「ミャァアアアア!」
カゲハルとオーナメンタルのイメージイラスト……少し自分の想像の顔とは違うけど、二人ともこんな感じ




