61 戦ノ跡地
「こりゃ、下層も見事に潰しちまったぞ」
「ま、どうせ休息中に襲われただけだし。探検するつもりも無かったが」
今は既に夜。
砂塵も舞わぬ静寂な闇。
カゲハルと幻鳩羅は、元遺跡の入り口で、陥没して大きな穴となった跡地を見下ろしていた。
彼らの感じ取れる範囲には生命反応はなく、魔王も何も居ない。
廃虚街の方も人っ子一人おらず、月夜が神秘的に平穏を告げていた。
「にしても凄いよな。カゲハル平気で演技するんだもん」
「ああ、なんでだろうね。なんか、敵の罠にかかったふりするのが癖になってるかも」
「本当に不味い時は言えよ? つってもわかんねえけど」
「ははっ」
事実カゲハルのその騙しが功を奏した場面は幾度となくあった。
作り笑顔を振りまく本職の鳩羅でさえ、呼吸するように演ずる彼の性格を畏れていた。
「スゥ………」
「いい顔して寝てるよ全く」
ミレメルとマギーは、ミッチェリーの毛の生えた柔らかくも強かな皮膚にもたれて寝ていた。
長旅が祟ったのだろう。
両者ともクマが出来ていた。
隣にはギェリヴも胡坐をかいてイビキをかいている。
「グガァァァ」
まるで獣だなと鳩羅が見ていると、奴の顔がピクリと止まったので、鼓動が止まりかけた。
「なあ鳩羅。この世界に、魔王は何体だ」
「……町にいたころに聞いたんだけど、十人くらいらしいぞ」
ミレメルに聞いてもよかったが、今は寝ている。
鳩羅曰く。
獣魔人ヴェルディ、人族フローネ=ロムペンダ、夢魔ヴィル=チェリー、小人族トニタン、竜族ゾディ、種族不詳のドドヤド、亜族マークルマン、極魔影ムル、吸血鬼プロット=ユーズ、人族アカイザカ。
最初の三人は返り討ちにされた。
カゲハル一向に害をなす存在がまだ挙げた中にいるならば、世界の序列はまた大きく揺らぐ。
だが彼にとってそれは些末。
ただ一つ気になったことを除いて。
「……あかいざか?」
「ああ、そいつ数年前に急に魔王になったらしいんだわ。そもそも魔王って完全にかまちょで、自分が強いってことを誇示したいがために世界に自分が魔王だって名乗るらしいんだよ。だから、息をひそめて強くなった奴でない限り、そんな称号身を亡ぼす足枷でしかない。だが俺は直感してる。アカイザカはそんな奴じゃない……なんとなくな」
鳩羅の勘は案外的を射ているらしい。
(どう考えてもあの赤井坂だよなぁ。いや、他人かもしれないけど、少なくとも同じ苗字はあの山椒校には居なかった……)
カゲハルは心底、と言うほどでもないが、気が気ではなかった。
何となく、知人が死ぬのは気が良いものではない。
だからこそ、力を少しでも持った自分が救うべきだと。
(……いや、救う? オーナメンタルと戦うって場合、こいつらも置いて行かないといかないかもしれないし、自分の手でそうホイホイと拾い上げるのは流石に無理ってもんだ。うぬぼれは身を亡ぼす……赤井坂じゃないが)
「おーい?」
鳩羅に頬を叩かれて現実に引き戻された。
相当思い詰めているととられたか、すぐに寝ろと言われた。
「俺、寝れねぇから」
「……そっか」
カゲハルはいつものように、空を眺めて夜を過ごす。
皆が寝ても、それでもなお、虚ろ気に。
星を数えて月を見て。
そして気づけば夜が明ける。
気が付けば鳩羅は彼と同じ石壁にもたれて眠っている。
首を変に曲げていたため、起床後すぐ痛そうにさすっている。
「さて、飯にしよう」
今日も今日とて、騒がしい一日が始まる。
ラルシアの町で買った分も底をつき、流石に次の町へ移らなければならない。
稼ぎは宝石等売れば足しになるからと、地図を広げながら。
「……こっからなら、ロンの村が近いな」
「ロン? でもあそこって……」
「うん、近くのクオリア国からの迫害民が形成したから、多分警戒されると思う」
起きてきて話始めたのは亜族と日本人。
ミレメルと幻のこの世界に関する知識量が圧倒的で、カゲハルはただ聞いていることしかできない。
旅の目的のために、もっと知らなければならないと常に思う。
「まぁ行ってみよう。とりあえずはここでちょっと準備と休憩だな」
「ゥァアアアアア! ようやくだアア」
ギェリヴが急に叫びだし、一同は目を見開く。
いつの間に起きていたのか、マギーもみつりも飛び起きてあたふたとしている。
頭がおかしくなったかと思ったが、それは元からだなとみな思考を破棄した。
「ボスッ早くやろうぜ!」
「………………あっ」
完全に忘れていた、わけではない。
脳をチラつく嫌悪は、確実にゆっくりと記憶に媒介する。
彼はかつてないほどそれを理解した。
言うな言うなと、ギェリヴの忘却を願ったが暴虐が待ち構えていた。
「しゃあねえな……」
こうして、カゲハルとギェリヴの模擬戦闘が始まったのだった……
□□□
ギェリヴはただ貧しいとすら感じることも許されぬ、山奥の家に生を受けた。
母が一人で育てていたが、その食に至っては名も知らぬその山から調達するため、得られるものは千差万別。
彼の肉体が強度や免疫の面で狂人に育ったのはそれも原因だ。
だが、何を差し置いても彼の根本にあるのは、彼が母に内緒で山の生物と戦っていたという事実。
ある夜、彼が家を飛び出し、ボロボロになって帰ってきた日があった。
母は怒ったが、無事でよかったと泣いた。
ギェリヴはその時、なんとも言えない感情から、目を輝かせていた。
彼は、生きていたことを喜んだ―――
違う。
彼は、母の涙を噛み締めた―――
違う。
彼は、次の日外に出て―――知った。
彼は前日怪我させられたガルティッシュを殺し、その上で、かつての感情を取り戻した。
彼は、戦いを欲していたのだ。
□□□
『ゴゥ』
(なんてこった。肉弾戦じゃ、死なんとはいえ俺多分勝てんぞ……)
当然だ。
スキルを放たなかった時は、ことごとく遠くまで蹴り飛ばされる。
スキルの影で立入禁止区域をしようにも、ことごとく力でねじ伏せられる。
脳筋に拘束は効かず、かといって生半可な技は鋼鉄の肉体に傷すらつけられない。
とはいえ無駄にデカい攻撃は殺しかねないからできない。
都合のいい加減などできないため、ギェリヴの攻撃を躱すことがこの戦闘の意義となった。
「来るならもっと来いッ」
「いいねえ! 流石ボス、俺の攻撃がいなされてばっかだァ。ギタタタタ!」
挑発しなきゃよかったと、涙ながらに応戦する。
飛んでくる蹴りの速度が上がった。
手で地面に支えを付け、プロペラのように足が回っているが、その独特な形から岩を砕くエネルギーが生まれている。
おかしい、だが強い。
脳超加速を頻繁に使い、少量の魔力で長期行使できるように、カゲハル自身も特訓。
もっともっとお互い強くならないといけないから、カゲハルもこんな野蛮な試合を受け―――
「ウゲッ!?」
『ドゴッォオオオ』
「あ」
「「カゲハルッ!?」」
「おにいちゃんっ!?」
「ミャアアア!?」
腹に途轍もない圧を感じたと思ったら、砂に埋もれていた。
息ができない……なんてことはなく。
体を分解、地面から出ている脚の影から上半身を生み出す。
「へへ、面白れぇ体だよなあボス。羨ましいぜ」
「阿保言ってる場合か。さぁ、どうだ? 満足か? 少なくとも、俺は肉弾戦じゃお前に勝てん。てか、スキル使ってもギリだぞ」
「ボス本気出してなかったろ? 出されたら俺もヤバかったろうよ。ま、ちょっとはスッとしたぜぇ」
(こいつ、絶対「またやろう」とか言い出すんだろうなぁ)
カゲハルは下半身も生み出して、しっかりと砂地に立つ。
戦いの終わりを合図に、ミレメル達が彼のもとに走ってくる。
「大丈夫? 痛くない?」
「ああ、物理は効かんから問題ない」
「なぁ、この世界マジ不思議だよなぁ。物理が効かないって言ったって欠陥が強くなったりするわけでもないだろうに、痛みは感じないって……」
「痛みを感じる神経を麻痺させるんじゃないか?」
スキルは本当に不思議だ。
とはいえ、彼の体は元より、拳などすり抜ける。
蹴りも魔力を纏わぬ武具なども、貫通して何も起こらない。
煙を切るかのごとく。
「みつりも一緒にやりたかったか?」
「いやいや、元はただの猫―――」
「ミャア!」
鳩羅が下瞼をヒクつかせたのは、一匹のドラゴンがカゲハルの声に嬉しそうに答えたからだ。
マギーも「わぁっ」と叫びながらカゲハルの懐に飛んで来たので、さっきの一戦の足元にも及ばない“じゃれ合い”が始まってしまった。
「みつりッ! マギーを乗せて飛べぇ」
「ミャァアアア」
「あはははははははは!」
喜々とした声が土地に馴染む中、ギェリヴが汗を拭いて、鳩羅たちの所へ歩いていく。
影の攻撃で少なからず傷がついていそうなものだが、一切見当たらない。
本当に硬い、上質な筋肉だ。
「さっきまで俺を殺しにかかってきた人とは思えねぇなぁ」
「殺そうとはしてねえだろ、あのカゲハルが」
「いや、一回殺意を込めた一撃があった」
「……? 俺らからはどの攻撃も同じに見えたけど?」
ギェリヴは見た。
確実に一度だけ、喉を掻っ切りかけたあの手とうを。
だがボス本人だったかどうか、というギェリヴには分かりかねる曖昧な違和感。
ボスが逆光により黒一色に染まった瞬間だったが、どうも外装だけが染まったようにみえなかった。
「あぁー……気のせいか。楽しかったことに変わりねぇし、どうでもいいぜぇ」
彼は考えるのを諦め、ぼうっとボスと呼ぶ者を眺めた。
何かが足りないというのは、その者に負けた己がよく自覚している。
それは何か。
ボスが楽しそうに仲間とはしゃぐ。
自分にはわからない。
それの何が楽しいのか。
飯を食う喜びも、戦いの高揚も、冒険のスリルも、わかる。
でも理解し難い。
「どうすりゃ勝てっかなぁ」
「……別に肉弾戦じゃ勝ってるからいいじゃん。俺なんか戦力外だぞ?」
「へっ。雑魚にゃわからんわなぁ。全ての力でもって勝利する……これがいいんじゃねえか」
「……全て。姑息な手もアリなのか?」
「もちろんだ。それすらも完封するのが求める強さだ。ま、強すぎても退屈かもしんねえけど、ボスに届くにゃそれくらいしねえと足りねえ」
「それは同意見だ」
たった数日しか同行していないが、カゲハルの魔物と人の部分が織りなすその破壊力は一見に明白。
二人は理想像を彼に描く。
「ははっ……はぁ。遊び疲れた。そろそろ準備終わらせよう。そして、明日には出発だ」
こうしてその日は野営した。
だが―――――
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≪あぁ、文字が聞こえてなかったらしいな。読者諸君≫
≪オーケー、こうして介入してきた私に今更名を聞く者は居まい≫
≪さっそくだが今は世界が布に包まり、鼻から風船出している時間だ≫
≪だが、それに抗う私のフェイバリットボーイがそこにいる≫
≪言いたいことはわかるか? まぁ理解は求めない≫
≪私は今から、彼を襲撃する―――――――――――≫




