58 美ノ魔王Ⅰ
(スキルの効果が及ばない範囲外に、駒が消えたッ!?)
フォルッタが異変に勘づいたのは早かった。こちらに向かってきている三人で無いにしても、恐らく原因は独特な髪色の人を象った魔物だろう、と考える。事実は当たらずも、結果としては非常に厳しい。
足をもつれさせつつ、折れたあばら骨の痛みを我慢し、汚れた顔を屈曲させる。
(あそこに……確かまだ居たはずだ)
走る先には、砂で所々埋没しているものの、柱と下る階段を包む建造物がはっきりと窺える。中は仄暗い明かりが震えているらしい。
「あ? んだありゃ」
「入り口かしら……」
「おたからのにおいがする!」
目を輝かせるマギーを横目に、二人は疑惑。
カゲハルが言った通りなら、あの男が無意味な行動をしないというのは周知の事実。
向かっている場所には何かがある、というか居る、のだろう。
(あいつ怪我してっから、もう追い付くな)
ギェリヴは一足先に地を割って走った。
二人が砂塵にむせている間に、ぐんぐんと距離を詰める。
そして、ついに相手の背に触れた。
「のろまがぁ! GITATATATA!」
「ぐおッ!」
速すぎたと、気付くのが遅すぎた囚人。
男諸共転がり、二人は階段下へ落ちて行ってしまった。
「けほっ――あ! おにいさんおちた」
「速いって……」
どうすれば止まってくれるか。それを考えるだけで半日かけても無駄だ。
あまりの速さに追いつこうにも、
(うっ。足が……やっぱり魔法安定しないなぁ)
コントロールは慣れたものだが、それでも完璧ではない。
カゲハルに叱られたこともあるし、対策しないといけない。
そう考えながら、たどり着いた階段手前から見下ろす。
「なんて派手に行ったの……」
二人が転がった場所は跡ができている。
階段の奥は既に人が使っていたのか、そこまで塵芥は無い。
暗い下階を覗くと、微妙な感覚が伝わってくる。
でも恐らく今の戦力差であの狂人が死にはしないだろうと、どこかで落ち着く自分が居る。
いつものように可笑しな笑い声をあげると。
「おにいさんは―――」
言いかけたミレメルに対し……
「ミャァアアアアアア!」
笑い声、ではなかった。
奇声が地下から飛び込んできて、耳がどうにかなりそうだった。
決して何かが上がってきたわけではない。
「……ねこ?」
「みたいに聞こえる。なんなの?」
とにもかくにも降りるしかない。
あの人に任された限りは。
□□□
長い階段だった。
何十段あったか。
しかし、何よりも驚くべきは、今目の前に広がる惨状だろう。
ギェリヴが壁に突き刺さり、フォルッタが宙吊りになっている。
息をしていないそのマインドコントローラーの上には、光る目が二つ。
「……ドラゴン」
「っ……」
二人して息を呑んだ。
唾でさえ、忍ばせるのに苦労する。
薄暗がりでもはっきりと分かるその高さ、硬質な鱗。
それに加え、常にまとわりつく覇気、佇まいがこちらの腹にどっしりと腰かけて来る。
怯える中、その巨躯の下からヒールの音が、「カツッ」。
「いるんでしょお? 早くおいでよぉ」
語尾が緩やかに、甘い声が聞こえる。
行くわけがないが、行かなくても殺される。
言葉の奥、意味や口調に含むものがある。
理不尽は不意に訪れる。
余りにもあっけないフォルッタの死に様、それが物語る。
「わざわざ地下ふかーくからこの子も連れて来たんだから、構ってよぉ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ミレメルもマギーも鳴り響く臓器が制御を離れる。
フォルッタが居ればもはやマシだったとさえ。
「早く出てきなさいッて言ってんでしょうがッッッ!」
流石に不味い。
恐る恐る階段の影から、フロアへと入る。
そこは円柱状の空間で、地上とは比べ物にならない程暗い。
辛うじて見えるのは松明のお陰だったか。
何とも原始的。
だが、相手の言う内容からすると、こんな部屋が下に幾つも伸びている。
そのことが何を意味するか。
それを象徴する竜が今目の前にいるわけで。
「あなた……目的は何? 少なくとも、私たちは初対面のはず」
「確かにあたしはあんた達を知らないけど、目的なんて楽しいからだし、だから何って感じぃ」
この女のタガが外れているのは、言動だけでなく、オーラが無い面も含む。
「……魔王、ですか」
「あら? わかっちゃう? わかっちゃったら仕方ない。魔王『ヴィル=チェリー』とはあたしの事。どう? 恐れる?」
相手に恐怖の確認など、された側としては返答に困る。
きゅうっと服が伸びる感覚を得たミレメルは、マギーを見る。
唇を噛み、感情を押し殺している。
服を無意識で掴んでいる所にやはり拭えない不安があるのだろう。
それはミレメルも同じだ。
「……逃げても無駄なのはわかるし、もう恐れない。それに、カゲハルの道にはあなたのような人は多分邪魔」
「言うねぇ。面白いわぁ。ちなみにカゲハルって誰? ま、その剣幕じゃ、教える気なんてないんでしょうけど」
両者が睨む間、ドラゴンはフォルッタを宙に飛ばし、落ちてきたところを丸呑みにする。
ごきゅッと喉越し、消えていった。
「あ、紹介するわ。ペットのミッチェリーよ」
容姿に不相応な可愛すぎる名。
頭を下ろし、魔王の手に擦り付けていることから、懐いていることが瞭然。
「なんかね、この子が急にフロアの中心くらいに現れてねぇ。同時に名札みたいなのが落ちて来たの。よくわからない文字だったけど、能力査定のスキルであたしは読めた。『みつり』と書いていたわぁ。そこから着想を得て名付けたの」
今はそれどころではないが、ミレメルとしてはありがたかった。
無駄話、与太話、世間話。
あらゆる時間稼ぎが、自己の寿命を決める。
「……どう手懐けたんですか」
「そんなのは聞かなくていいのよぉ。どっちみち逃げられないしねぇ」
ふと、空気の流れが止まった。
そこで初めて風が来ていたことに気が付き、さらにもう一つの事実を悟る。
さっきまであった筈の階段が消えて、壁になっていたのだ。
「とじこめられた!」
「そうよぉ、おちびちゃん。さ、踊り狂ってねぇ」
急にドラゴンが加速した。
等加速度運動か、次第に速さが増すその巨体。
一秒で最高速まで到達したか、気が付けばミレメルが壁に押さえつけられていた。
背骨が砕け、打った頭から血が落ちる。
苦痛に声を出そうにも、出るのは無音と唾だけ。
強化障壁で何とか喰われる状況は免れたが、壁との挟み撃ちでもう瀕死。
「ぐっあ」
「おねえちゃんッ!!」
「あぁ、がっつきすぎないの。餌は沢山用意するから、おもちゃは壊さない。ね?」
ずずっと壁から離れていく。
厳密には壁に同化したミレメルから。
しかし、
「……す、『翠眼』」
彼女の目から、幾つもの紙が現れた。
その一つ一つに何かセンテンスが書かれ、その文字は独特の色を放っていた。
「あれはッ、スクロールッ!?」
「侮った……それが敗因」
光がその空間を目一杯反射し続ける。
「『強化障壁』!」
「ミッチェリーッ! その体で盾となれッ!」
両者が防御態勢をとって、一秒も無い後。
ハリケーンを模倣する強風が吹き荒んだ。
スクロールと呼ばれるその紙切れは、著者から魔力を消費して、文字に何かしらの作用を持たせることが出来る。
もちろんただの紙切れではなく、特定の木から抽出してくるため、価値は高い。
「うぅ……」
マギーが風に煽られて鳴る障壁に慄き、小さな悲鳴を上げる。
ミレメルが用意したこのスクロールが放つ魔法は、彼女の迅速球と同じものだ。
つまり、彼女は自分でこのスクロールを製作していたということ。
(……風の属性は基本、水にしか効果が強くならない。相手は魔王だから、出し惜しみしなかったとはいえ、もしかしたら……)
風は地下にあるこの建物の壁を削り取りながら、徐々に効力を失っていく。
スクロールもその魔法に揉まれて消えていった。
結果はどうなったか。
ふと彼女は気づく。
「竜に風とは馬鹿よねぇ」
彼女の予想は、完璧に的外れだった。
属性の根拠は、現代のアースにおいて明確ではないが、風と光から来る「竜」の属性は風に対して強さがある。
そのことに魔法発動中の半ばで気づき、ミレメルは即座に動いた。
「ありがとうミッチェリー。あなたが傷を負うような物じゃなくてよかったわ」
ドラゴンは嬉しそうにその頭に生えた猫耳を揺らし、尾を振る。
「さぁて、白髪の子、もう手札はつか……ってあれ?」
目線の先には彼女が居なかった。
どうやら、下に降りたらしい。
「はぁ……面倒なことを。何が面倒って、彼女たち……死んじゃうかもってことよねぇ」
下にはより厄介な物がある。
それは住人がよく知っている。
だからこそ、魔王は悲しむ。
同時に、身を襲う昂奮がやめられない。
「ま、追いかけましょうか」
「ミャァオ」
カツッ、カツッとヒールで歩く音。
階段はフロアの壁に沿うようにあり、下へと伸びている。
ドラゴンもギリギリ通れる幅はあり、女性二人など余裕で落ちる広さ。
あの白髪の判断と行動力はただ町で暮らしていた物では無かった。
もしかすると、最下層まで逃げていくかもしれない。
その可能性は、歩みを進める増強剤に他ならず。
だが、そこにリラクゼーション。
『バゴッ!』
「ッ!?」
さっきまで塞いでいた壁に、急に穴が開き、微細な光が漏れてきた。
そこから覗くのは、一つ。
いや、覗くというのは表現が違うか。
―――飛んで来たのだ。
「ば、爆弾石がッ」
「誰が死ぬのか、教えてもらいたいが?」
声が一瞬目の前を駆けて行ったが、瞳孔に降り注ぐ光はその行方を瞬く間に眩ませた。
そしてさっきとは比べ物にならない風と、加えて熱。
「……ッ……ッ…………ッ」
「ミャァアア……アアア」
この地下遺跡が固く作られていたことが幸いし、下層の陥没は防がれた。
「なぁ……ミレメル達多分この中だったぞ?」
「一応位置は把握しているから、投げた石は五個くらいさ」
「五個でも十分ミサイルくらいあったろ今の……」
「いやぁ、崩れてもここ暗いし隙間も多いから地下に降りて二人を守ったさ」
さっきまで魔王がいた部屋に、石の壁を叩き二人の人物が侵入して来る。
それは容姿端麗なタッグ。
紫と黄に染まる、人と魔物。
「何をしていたか、吐け」
「……き、さま」
黒焦げになった竜と女性がそこに平然として立つ。




