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57 形勢逆転

(死体が……ないのはおかしい。私はあの魔物の核を貫いて殺したのではない……シャドーなら確かに体は残らないかもしれないが、私は種の存在をまだ感じている。種は対象が死ねば消えてなくなる。つまりあいつはまだ生きているという事。しかし不気味だ……気配がない上、操作もできている気がしない……何か重大な過ちを犯しているような……)


 慎重に慎重を重ねたのがこのフォルッタという男だ。いかなる時も間違いがないかどうかを常に確かめる。

 手にする武器は研がれているか、靴に綻びはないか、飲む紅茶に入れる糖の量さえも一グラム単位で間違っていないか、などなど。

 神経質とさえ思えるその用心深さが故に、自分のしたいことはなんだって遂行してきた。

 スキルが芽生えたのも早く、魔王の目に留まるのも早かった。

 僅か十歳の時には既に人心掌握し、自害させるところにまで持ち込んだほど。


(このフォルッタに失敗はあり得ない。魔王プロット様は私を配下に置いてくださったんだ。確実な功績を残して、気に入られ、いつか私が代替わりになるこの道筋……)


 にやけが止まらない。平常もままならない。

 でも冷静になるのも束の間だった。目の色を変え、男は辺りを見渡す。

 浮かぶ案は、「見当たらないからこそ、先に始末できるものはしておいた方がよさそうだ」ということ。


「ワイバーン、やってしまえ。ギェリヴ、自害しろ」


 ワイバーンが、その湾曲した口を大きく開けて、対象を飲み込もうとする。

 ギェリヴも気だるげに下ろしていた手を上げて首元へ。


 これで更に成長できるぞ、とフォルッタは寸時の油断。

 その途端、ワイバーン二頭の首が飛んだ。


「なんだッ!?」

『ズバッ、ズバッ、ズバズバズバズバズバババババババッババ』


 魔物二頭、男数十を殺傷、若しくは昏倒させた存在がいた。

 ミレメルはその身を割かれること無く生還し、マギー・幻は空中で回収され、地面に丁重に下ろされた。


「どういうことだ。もう……ここに住む悪党や賊は残っていないぞ……」

「そうか、それはよかった」


 陥穽(かんせい)に陥ったかと思った。

 いや、実際に詰んでしまっているらしいと感じたのは秒だった。

 背中からした、痛いほど冷たい息に身震いするフォルッタ。

 あり得ない。あり得てはならない。


「……何故、私の種の存在はあるのに、洗脳されないのだ……というよりも、洗脳されていたはずだし、死んだはずだッ!」


 疑問は絶えないが、一番はそこだ。

 明らかに首を絞めたはずだ。見ていて確信があった。

 それにたいし、首をもたげて話す魔物。


「そりゃお前、シャドーが首絞めたくらいで死ぬと思うか? あと親切で教えてやる。俺が支配を逃れたのは、そもそも触れていないからだ」

「はぁ?」

「俺は暴飲で、魔吸収っつうスキルの中にその種ごと男を閉じ込めただけだ。俺は消化して魔力、もしくは精力にすら変えていない。だからその反応は操っていた手下のもんだ」


 実際は少し洗脳の影響が来ていたけれど、効果は薄く、知恵の詔さんが解読と解除をひたむきに頑張ってくれたお陰で、無効だと確定した。相手がレジストしないからと言って無暗に食べるのは良くないと学んだわ。

 納得がいったようで行かないような異次元を前に、フォルッタも開いた口がそのまま。

 それに、


「首が小さくなってたのも、解析変化体ってものによる造形。こんな見た目でも、わかる奴にはバレそうだとか思ってたけど、そうでもないな」


 その言葉に苛立ちが隠せないフォルッタ。

 違うのだ。私は魔王からカゲハルの存在を事細かに聞かされたのだ、と。

 知っていてなお石橋を叩いて渡った結果がこれだという現実。

 それが許せないのだ、と。

 それでも動けない。

 なぜなら相手が格上だから。


「さぁ、王手だ。どうするフォルッタ」


 そう言って黒い蛇が男一人を丸呑みにしようとした瞬間。


「ギェリヴッ!! その男を始末しろぉおオオオオオッッ!!」


 声帯が切れるほど叫ぶフォルッタに、若干驚いて殺すのをためらったカゲハルの一瞬をついて建物から落ちる。

 その体からたなびく服を、もう一匹どこからともなくワイバーンが飛んできて掴む。


「ははははははッ! 誰が二匹だけだと言った? まだこいつが居たんだよぉおおお!」


 高らかに嗤いフォルッタは、そのまま指示して飛んでいく。

 手際の良さに、一同は少なからず戸惑った。

 だが俺はそれを見ることもなく、手を挙げて青年を指差す。


「ギェリヴ、俺と戦いたかったら、さっさとレジストしろって。遅刻だぞ」


 その言葉の横で、うーうーと呻く男が頭を抱える。


「ギギギギギギギギギギギ……しゃらくせぇえエエエエエエエエエッッ!!」


 種の音だろうか、ぱきっと謎の反響があり、屋上に煙が立った。

 そこから一直線にワイバーンに何かが伸びた。


「ふぅ、一時はどうなることかと―――ッお!?」


 数十メートル飛んだ時点で、安心と慢心に支配されていたフォルッタ。

 しかし掴まっていた彼の手首に、何か途轍もない衝撃が来た。

 見上げると、ワイバーンの背中の形状がおかしくなり、翼が動いていない。

 空中にいるのにも関わらずに起きた現状は、この個体に刺さるようなレンガが物語る。

 ギェリヴが投げたのだ。


「そんなバカなぁああああああああああッッ!?」


 落ちていく。下にあった男たちの残骸による緩衝で運よく死なずに済んだものの、衝撃で下半身に大ダメージ。

 逆に運悪く瀕死となった。

 力んでいると、着地時の風と共に、よろよろと狂人が近づいてくる。


「ど、どうして……お前は確実に洗脳していたじゃないか……」

「るせぇ、こんなもん普通に抵抗できるわ」


 その言葉が後、綺麗な蹴りがフォルッタの腹に。


「いぐああああああッ!?」

「あと、キメェんだよ」


 悶え、転がりまわるフォルッタ。

 その度下半身の打撲が疼いて仕方ない。

 吐瀉物が流れ出し、その絶望しか残されない状況。気を残しつつもフォルッタは一言も喋らなくなった。


「なぁ、ギェリヴ。別に幻を蹴る必要はなかったんじゃねえか? 別に抵抗を続けてもこいつの殺傷力じゃお前に致命傷を与えるなんて無理だろ」

「……いや、幻がかっこつけてんの腹立ったし」

「あぁそんな簡単な理由なんだ」


 それを聞いてフォルッタも驚愕。

 ただの仲間割れがいい感じに演技として成り立ってしまったという奇跡。

 ありえない。何もかもふざけている。


「さぁ、ありきたりだけど。魔王とかその他もろもろ聞きだすか」


 自分は魔王に身も心も捧げた身。

 俺の独り言に、フォルッタは身構える。

 だが死ぬのも御免だ、とも思う。


「『支配……」

「ん?」

「『支配の種』は……何も精神支配だけではない。“操作”と言っただろう」


 ミレメルが即座に目を見開き、迅速球を放つ。

 俺も胸騒ぎがして、即座に走り出そうとした。


「動き出せッッ、そして膨れ上がれェエエッッ!」


 辺りに倒れていた男衆とワイバーンの残骸が、むくりと起き上がる。

 たちまち風船のように膨れ上がり始めた。

 元々の体積は関係ないのか、無尽蔵に膨れ上がっていく。


「お前らに得はさせない……。逃げるし、どうせ死ぬなら、役立って死んでやるッ」


 俺は、自分の体からまだ使っていない新鮮な魔力が、微量ほど吸われているような気がした。皆も、周囲の魔力が消えて行っていることが分かったのだろう。(二名ほど除いて)


「『プラント=ラナウェイ』ッッ―――」


 死んだはずのワイバーンや、分断された男たちが蘇生でもしたかのように立ち上がる。

 しかし目は動かず、息もせず、声も無く、俺たち目掛けて走り出した。


 ギェリヴが一発蹴りをかまし、俺は強化障壁で残りを受け止める。

 だが、あまりの量に、俺の方も持ちきれそうになかった。

 全て飲み込みたいが、やはり死体とはいえレジストされる。

 それに正直、人を飲み込むのはまだ抵抗がある(さっき飲み込んどいてなんだが)。

 これに関しては、完全に魔物になっていないという点において、ジーンとくるものがある。


「くッ!」


 それでも敵に変わりない。

 しかし殺すこと叶わない。


「ねえカゲハル、俺逃げたほうがいい?」

「おい待て幻手伝えッ」


 背伸びせず、常に悲観的なマジシャンの逃亡を阻止した。

 だからといって彼に出来ることの全てを俺は知らない。

 ミレメルも上から障壁を越えるようにスキルを放ってはいるが、効き目が薄い。

 四肢がちぎれても、その境を血がつなぎとめるかの如く分裂しない。

 痛みも感じず、完全に破壊することなく。

 無我夢中で、というより無意識で戦いを強いられる。

 ……許せない。

 無理やりなんて、ブラックじゃないか。


「マギー、魔力まだあるか?」

「うん! いる?」

「頼む、少しくれ」


 マギーが傍に寄ってきて、手を握ってくる。

 濁流の如く流れてくるものに、俺は今より多くの力を込める。

 そして、影操作で建物の影から線を引っ張り出し……


「闇縛の陣―――立入禁止区域(タブーゾーン)


 死なないのなら止めるまで。

 自分たちの影や建物の裏、床の隙間などあらゆる場所から、腕や脚を拘束する黒。

 遺体は抵抗するが、どう足搔いても身動きがとれなかった。

 だが死んでいる者に、舌を巻くといった表情はない。


「よし、止めてるから、皆はあいつを追ってもらえるかな?」

「大丈夫なの!?」

「ああ。手負いとはいえあのフォルッタ、頭が回る相手だ。いくらでも策を用意している可能性が高い。仕留めるのは早ければ早いほど良い」

「よっしゃ!」


 その言葉を聞き、ギェリヴが拘束された男たちを飛び越えて走っていく。

 ミレメルもマギーと共に敵を横切っていく。

 マギーを行かせたのは、単に俺の手が塞がっているからだ。

 拘束を維持するのは、貰った分の魔力で精々五分が限界かどうか。

 その一方幻は、その場にとどまった。

 何か物言いたげに、俯いて。


「なぁカゲハル、俺に意味ってある?」

「なんだよ急に意味わからん事」


 幻のか細い声が、死臭を嗅ぐ俺の背後で聞こえる。

 面倒臭い内容な気がするけど、聞くだけ聞こう。


「職業柄、子供に感動や高揚を与えるのが使命ってわけよ。でも実際こんな戦いの場で、役に立てるのかって。なんとなく付いて来ちゃったけど、お荷物だったんじゃねえかなって」


 マギーの保護者として俺は認めていた、とだけ言っても彼は納得しないのだろう。

 俺の目的は話したし、それを加味したうえで、戦いに不向きな自分の技術のせいで引け目を感じている、と。


「……それのせいで出来ないんじゃなくて、そのお陰で何もかも成し遂げる。俺はそういう奴だと思って、連れてきたつもりだ。そして、そのポテンシャル、お前の中の相棒が一番分かってるんじゃないか?」


 その言葉を俺が絞り出した時、はたっと音がして、気付くと空から何かが降ってきた。


「さぁ! お集まりいただいたオーディエンスが無責任にもパニックしているようだ。これは、お仕置きが必要だね☆」


 赤色の巨大な布は、敵の集団を覆う。

 風に吹かれてもその位置を大きく変えることはなく、たなびきながら落ちてくる。

 降りて降りて、ついには、地の形を型取る様に敷かれた。


「……え?」

「はい☆ 全員強制送還でございまぁす☆」


 男たちとワイバーン三体の死体が、塵一つなく消え失せていた。

 布がふわりと浮き上がり、幻鳩羅の手に吸い込まれると、次手の上にはもう何も残っていない。

 床も、ただの砂岩やレンガがむき出しの、特に喋ったりすることも無い様子。


「……あいつらどこに行ったんだ?」

「それはまぁ、聞いては駄目なお約束だよ☆」


 そう言いつつも帽子を自然に被る。

 いつものように豹変し、怯える本人が現れる。


「……お前の相棒、余裕過ぎん?」

「何のことだよカゲハルぅ。ってあれ、敵は?」


 息を漏らす俺と、眉をひそめて見渡す鳩羅。

 二人は急いで三人の後を追った。



もーーーーーのすごく遅くなりました……

今後とも楽しんで頂けると幸いです(-_-)zzz

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