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56 支配ノ種

 男は鋭く尖った棒を振り回しながら近づいてくる。

 目は明後日の方を向いているものの、足の動きは反して正確で。

 確実に俺の胸あたりを狙っていた。


「シャァアアッ」

『パシッ』


 俺は相手の武器を捕らえる。自分の影から生み出したシェドラで。


 腹が減っていたのなら、強奪より先にゴマするべきだろ。

 別に他人の巧言令色を貰った所で、嬉しくもなんともないけど。


 相手は汗を拭きだしながらも、今ある筋肉とエネルギーに任せて、体格差で劣る俺を抑え込もうとしている。

 瘴気が見えて来たとでも感じてくれただろうか。男の目には「勝った」と言わんばかりの光がある。


「どうせどっかにまだ隠してんだろぉ?」


 俺の胸元から食材を頂こうとしている。

 だが……


「おい、何気安く触ってやがる」


 え? 俺じゃないよ。口を開いたのは紛れもなく横のバーサーカーです。

 男の腕を掴んだギェリヴは、そのまま蓄積された握力に物を言わせて骨ごと潰した。


 え、怖い。何この子。


「ぎにゃぁああっ!?」


 そりゃそうなるはずである。

 キャンディの袋の結び目みたいになったその腕を、必死に抑えて転がり続ける。子供に弄ばれるダンゴムシのように。


「ボスが俺と戦う前だってのに、何勝手に体力を使わせてんだ。テメェにその権利があると思うかぁ?―――ねぇよッ」


 ご愁傷様です、知らぬ人。彼の言う権利って所有権とかじゃなく、選択権の事ですね。

 触らぬ神に祟りなし。道を踏み誤ったが運の尽きでござぁす。


 しかし、それを見てなお、辺りにいた同種は怯まない。

 それどころか、吐くセリフ。いや、捨て台詞が全て同じだ。


「美味そうに食いやがって、テメェ食事を寄こしやがれッ」

「何度来ても同じだッ」

「ぎにゃぁああっ!?」

「美味そうに食いやがって、テメェ食事を寄こしやがれッ」

「ウッセェッ」

「ぎにゃぁああっ!?」


 叫び方の癖や、持ってるものは同じ。服装や髪型などに微差はあれど、コピペされたような薄っぺらさがそこに。


 幻が顔を青ざめさせながら「手を潰してるよ……」なんてぼやいている間に、俺はギェリヴを止める。


「待て、こいつらおかしい……」

「ボスもそう思うかよ」


 どうやら同意見だったらしい。

 ミレメルもマギーも、もちろん幻も近くに寄ってきて、敵を窺う。


 回り込んで走ってきた者がいた。背後だ。それに気づいた俺は皆の合間からシェドラを放つ。

 正面から突っ込んでくる二人を、ギェリヴとミレメルが迎え撃つ。ギェリヴは蹴り飛ばして建物に打ち付け、ミレメルはライトボウで射抜いた。蹴られた方はピクリとも動かず、射抜かれた方も呻きながら突っ伏したままである。


「つよーい」


 マギーさん……可愛いけど、気が抜けそうだからその棒読みやめてくださいな。

 俺は敵の一人を食べながら思う。

 食べると言っても舌を介さないから、味などない。だが、不穏な感覚は依然残ったままだ。


「キリねぇぜ」


 ギェリヴが青色吐息とまではいかずとも、面倒くささを顔前面に滲みだす。

 他も煩わしさを抱いていることが一目瞭然だ。

 不思議なことに、どこからともなく群は寄ってくる。魔力の阻害の影響もあって、やはり感知しにくい。


 逃げてもいいけど、やはり難問をこなせるようでないと、神に等しい者に挑む土俵のようなものに立てない気がする。それは些細なことでいい。もちろん、死にそうなら迷わず戦略的撤退を優先するけども。


 撤退という文字は否定された。


 俺の体が急に脳の制御を離れたのだ。


「グッ……うおっ」

「ボスッ!?」

「カゲハルッ」


 自分の手がまるで意志を持ったように、己の首を絞め始めたのだ。

 ギチチと断面積は小さくなり、本来なら気道と食道が通る部位があってはならぬ直径に。

 俺に近づくミレメルの、なんとまぁ青いこと。


「さがれッ」


 俺は咄嗟に叱咤で、四人もその場に静止した。

 すると、辺りの男たちも空気を読むように止まり、世界自体が死んだのかとさえ錯覚する。

 一瞬あの傍観者が目に浮かんだが、その時の中を、一人優雅に歩く者が現れたため、現実へと引き戻される。


「どうやら抗っているな。私の『支配の種(ドミネッシード)』を」

「誰っ!?」


 建物の柱の影から歩いてきたのは、すらっとした長身の男性。髪も長く、おっとりとした雰囲気に、戦意を感じさせないが、どう考えても物騒な単語を発しているため、全員が気を引き締めた。

 ミレメルの問いに、彼が答えるのに時間はかからなかった。


「私の名はフォルッタ=ニーア。あぁ、どうぞ覚えなくて結構。処分されるあなた方も名乗る必要はありません」


 完全に見下しているのは、言動だけでなく、態度から。顎がつり上がり、鋭い目尻が中の小さな黒目を惹き立てる。

 かくいう俺も、ヴェルディよりも緊迫している。なにしろあの魔王すら敵わなかった、俺の拘束に成功しているのだから。


【抵抗……失敗。抵抗……失敗。代行措置を考えます】


 詔さんが躓くレベルというのは、相手が相当な強者である証拠。

 未だ俺の首から手が離れない。

 磁石ごっこは止めてほしい……


「さて、対策されそうなのでとりあえず……」

『ググっ』


 聞こえない鈍い音を立て、一人の人物が崩れ落ちた。


「か……カ……」

「おにいちゃぁああああああ!」

「カゲハルッ!」


 ミレメルが膝を落とし、マギーが泣き、幻が滑り込んでカゲハルの頭を支える。

 カゲハルの首が、もう渋柿のごとく潰れてしまっている。


「―――ククッ。これで、厄介者が消えましたねぇ。あとはまぁこの男たちに相手してもらうとして、私は安全圏へ」


 踵を返すとはよく言ったものだ。

 かかとを擦らせながら、男は背を向けることなく建物へ逃げて行こうとする。

 彼の目的はカゲハルの討伐。それが成された今、意味はないと。


「待てや」


 ぴりつく。

 男たちが吹き飛んだ。

 フォルッタ=ニーアは驚いた。眼前にギェリヴの顔が在ったから。


 ギェリヴの拳が下からせり上がってくる。しかしそれをフォルッタはのけ反って避ける。そのままバク転を繰り返し、建物の中へと消えていった。

 建物は壁が一部を除いて崩れ落ちており、柱と天井の影により死角とそうでない箇所がはっきりとしている。


「そんなところに隠れたって、丸わかりだわッ!」


 ある一つの柱をギェリヴは貫き、奥にあるものを手繰り寄せた。

 生活からわかるように、文字通りの野生児だったギェリヴは、感覚がずば抜けて鋭い。

 例え森の中からでも、大木の枝や葉を超えた遥か上空の鳥でさえ、どこにいてどう飛んでいるかわかってしまうだろう。

 そんな勘は確かに、何かを掴んだ。


「かかったなぁ、阿保めぇッ。貴様の名前はギェリヴ。スキルを持たないただの筋肉バカだ。だからこそ嵌めやすいのだァアア!!」


 手に握られていたのは、種。しかし当然普通の物では無い。ドクンドクンと波打っている。


「しまッ―――」

「一手遅れたうえに、違えたな」


 種が瞬時に手に潜り込むように浸透し、神経が侵されるのを感じる。それだけでも恐ろしい吐き気に見舞われる。


「ぐおぉおオオオオオオオオオオオ!?」

「苦しめ苦しめぇ……。っとこの調子じゃ、全員俺が仕留めちゃいそうじゃあないか?」


 余裕が出てきたのは当然だろう。主戦力たるガーディアンみたいな者二人を倒してしまったのだから。

 のらりくらりと体をよじらせ、幸福感に口が緩むフォルッタ。


「俺の支配の種は、種に肌や粘膜が触れた相手を強制的に操作することができるスキル。お前らが魔王を二人も屠ったと聞いたが大したことはないなぁ? ま、俺様も魔王に気に入られるほどの者。じきに魔王すら凌いで、頭角現させてもらうぜぇえ!!」


 人はハイになるほど呂律が回るもの。

 罵るほどにこの男はアドレナリンを副腎髄質から漲らせる。


 幻がカゲハルをゆするも、返答がない。


「カゲハルッ、なぁ起きてくれよぉおおお! お前が起きてくれねぇと、俺ちゃん死んじまうよぉおお……」

「弱気なことは言わないでッ」


 背後からの声に、幻は毛を逆立てて振り向く。

 そこにはミレメルの「わりない(言いようがない)」顔があった。


「あなたが憶病なのはわかる。私も怖い。でも、死ぬのはもっと怖いでしょ!?」


 マギーも無言でうなずく。瞳が潤むのみで泣いていないのは、幼いながらも培われた強さから。

 幻はその言葉を聞いた途端、歯ぎしりした。自分ではわかっているという、その一点に悔しさが集中している。

 そして両手で両頬を叩き、帽子を取った。


「女子には楽しんでもらい、悪漢には罰を。マジックショウは、いつでもどこでも☆!」


 多重人格、彼のもう一人が牙は剥かずに化けの皮を剥ぐ。

 空中に飛び出し、どういうわけか空を飛び、一瞬にして建物の屋上にまで。


「さ、誰でもかかってらっしゃい☆」

「シャァアアッ」

「シャァアアッ」


 男たちが柱を伝って登ってくる。肩車を繋いで梯子のように。蟻の軍隊のように統率を取って。


「登ってこられた君にはご褒美をあげよう。ほら、コブラだよぉ☆」

「シャァアアア」

「ぎにゃぁああっ!?」


 登り切った男は操られているとはいえ、人間。息が漏れる。その時に、上にいた人間がハットから、手よりもでかい顔と頸部の膨らみを持つコブラを出す。

 操られているとはいえ、人間。意志も理性も若干ある。驚きのけ反り体勢を崩し、そのまま梯子ごと落ちていく。


「よーしよし、いい子だね☆ さ、オーディエンス、カモンッ」


 挑発に次々と乗ってくる男を、彼は火や爆弾などでいなす。

 誰も近づくことができずに、彼はポーズをとり続けるだけだった。


(何事だ、一切俺の手下が触れないだと!?……)


 フォルッタは建物の下から驚いた。

 さっきまでの奥の方で怯えていた人物とは明らかに違う。それは目を合わせずとも、声だけで理解できる。人が変わった。


(精神の支配を逃れる可能性がある……あいつは始末せねば……)


 建物の反対から、手下を踏み台にしてよじ登る。

 音を立てないよう、そっと。

 手を掛け、屋上に到達。顔を少し出すと、未だに決めポーズをとり続ける幻。阿保だと感じた。


(今ならいける。背後をつくことができるぞ……)


 そっと、そっとだ。音を殺す。あいつも殺す。

 慎重に、慎重に……


「さ・あ・つ・ぎ・の・て・き・は………」

(なぁ!?)


 くるっと回転していた幻と目が合ってしまった。

 物凄く気まずい気づきだが、これは戦い。


「ああっ、壇上に登られては困りますお客様☆」


 そう言って、急に幻が投げて来たもの、それはナイフ。特に変哲はないが、人をかたどって刺す時に使うような、投げやすい小型のナイフ。しかし切れ味は鋭く、落ちたものがレンガに少し傷をつけた。


「くッ……なッ」

「お静かにご鑑賞なさらない方には、ご退場願います☆」


 そう言って、懐からトランプを投げつける幻。その数十枚。これまた切れ味抜群なもの。躱しきることは難しいだろう。

 かくいうフォルッタも体が背から落ちかけ、受け身どころか防御すら敵わないといった様子。しかし、そこは魔王に認められたと豪語する者。


「俺を守れッ、ギェリヴ!」


 シュパパッ、と音すらしないほど高速で、トランプは一人の男の手に握られていた。

 握った手を開くと、ぼろぼろと紙くずになったトランプの残骸が。

 青年の目は虚ろになり、どうも生きているようには見えない。


「ぎ……ぎたたた……」


 笑い方もぎこちない。当人とは思えないが、間違いなくギェリヴ本人だ。


「一番厄介な奴が敵に回った……しくじってんじゃねえよ、バーサクオーディエンス……」


 パチッと火花が散ったと思った途端、ギェリヴがその場から姿を消し、前方数メートルの幻に正面蹴りを入れていた。


「ふっお」


 建物から弾け飛んだ。宙を舞い、ミレメルのいる所へ落ちた。服の腹部に跡が残るほど。


「幻ッ……『キュアルン』ッ」


 呪いの解除まで可能な彼女の強力な力により、幻は骨折や臓器の破壊を免れた。汗と青に満ちた顔が未だに治らないのは、感じ続ける恐怖からだろう。

 ギェリヴが行う体術の並々ならぬ迫力は、相手の精神すら砕くほど。幻のような一般人の場合だが。


 フォルッタが屋上から顔を出す。それを見損なうわけがないミレメルは、脇の間からそっとライトボウを放つ。


「光矢の陣――『ライトボウ』!!」


 念じるのが強かったか、目では追えない弾丸のようなスピードで矢が男の首横をかすめて行く。


「ぐぅッ」

「当たった!」


 しかし間髪入れずに男たちが襲ってくる。

 マギーと幻を後ろに、ミレメルは必死に魔力弾幕やら迅速球やら、ハイ=ライレイなどで応戦。それでも群は止まらない。どれだけ傷を負っても、歩行不可になるまで追いかけてくる。


「殺したくない……駄目なのに……」


 慈悲の心を持つことは殺さないこと。条件が殺人を行わないことというものであることは既知の事実。それが自然となる彼女にこの状況は酷である。手加減をしつつも守る。技量うんたらでは話にならないほど鬼畜。


「ほーれッ、お前たち、エサがここにあるぞぉ?」


 その呼びかけの少し以前から、彼女は嫌な予感を感じていた。

 背後から突風。


「きゃっ」

「クガァアアアア」


 二頭の羽根のついた蜥蜴。俗に言う「ワイバーン」が現れ、マギーと幻を足で掴んでフォルッタの近くへ飛んでいく。


「しまったッ!」

「ククッ。完膚なきまでに私の勝利だ。わかるかい?……ミレメルのお嬢ちゃん」

「返せッ……」

「おねえちゃぁああん」


 泣き叫ぶマギーの声に、男たちが集まってくる。

 少数の男もミレメルに飛び掛かる。


「ッ!?」


 押さえつけられ、棒を構えられる。

 その瞬間、ミレメルの脳をフラッシュバックする映像が。


『やめてっ、嫌ぁアアアアアッ!』


 過去の悪い出来事だ。もはや今では走馬灯の様で。


 それでも彼女は諦めない。もう、以前の自分とは縁を切った。


「光防の陣―――『ピール=………バリア』ッ」


 ミレメルの中心から球状に広がっていく防核。男たちを押し上げて自分が四つん這いになる程度の空間を確保した。

 ……が。


「意味ないんだよ。そうしたところで出られないし、詰みだ」


 その通りだ。男をどけるほどの力はないし、解除すれば確実に防壁にへばりつく者達が落ちてきて捕まる。

 文字通り「つみ」。積み上がられ、詰んでいる。


「私の力はつよぉオオオイ! 今から貴様らを養分とし、スキルを獲得させてもらうとしようッ!」


 ワイバーンに落とす命令を、ギェリヴに自害を、男たちにもっと積み上がって防核を潰す操作を、させようとする。


 ……


 …………(むっ?)


 フォルッタは、辺りを慎重に見つめる。白髪の女性がいた隣には、さっきまで髪色が独特な鋭い顔をした魔物が倒れていたはずなのに。


 無くなっていた。


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