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55 陰ト休憩

 冷たッ……


 俺の頬に何かが落ちてきた。

 なんてことはない。沁み水だった。


 どうやら俺達は幻このマジックによって、未曽有の半地下エリアにやってきたらしい。

 俺が半地下と言ったのは、ワープ先が建物の地下一階だったからだ。


「わっ」という声のする方向に咄嗟に手を伸ばして、マギーを受け止める。

 マギーが転びかけたところだったらしく、二人して溜息。


 するとさらに横で、


「いてぇ。……誰だ?」

「ひぃいい!?」

「テメェかッ」


 なんてプリズナーとマジシャンの会話も聞こえてきた。何やってんだか。

 皆極細の窓から差す光のみで薄暗いから、足場がおぼつかないらしい。

 とりあえず……外に出なければ。


 俺はと言えば、知恵の詔様々だ。ここまで暗くても、含まれる「存知」の能力のお陰で、大体の空間の形を認識できる。まあ、そもそも影の魔物だからか、人よりは暗闇に目が慣れているから、あまり不自由を感じることはない。気休めな視界に確実な感覚が加わることで、視界が格段に良くなったような、相乗効果って感じ。


 俺は一切迷うことなく、少しの階段、金属製か木製かもよくわからぬ古びたドア、そこからもう一つの扉、と進み、ついに外を拝んだ。


(眩しッ……)


 日照りはそこそこ。

 外はどうやら、「さびれた古の町」というか。俺がスラム街とか遺跡に似ていると感じたのはここからだった。


「わっ。外」

「カゲハル、追手は?」

「どうやらいなそうだ。俺の感覚が及ぶ範囲にそもそもラルシアが無い。大分遠くに来ちまったかな」


 幻がギェリヴに耳を掴まれながら出てきて、俺に言う。


「イデデデ……。ぁあ、カゲハルぅ、俺はとりあえず八百メートルくらいは移動したぞぉ?」

「八百……方角は?」

「すまんこれ行先ランダムだからわからん……イデデッ」


 ランダムなマジックってそれもうただのパンドラの箱じゃん。

 もし一歩違えれば、崖に落ちたり、モンスターハウス的な場所に行ってたんじゃ……

 耳を強く握られながらも、幻は続ける。


「大丈夫。これ、魔物がいないところに行くようにはしてるから」


 だからといって安心……なんだろうか。

 俺は締まらぬ顔をして、「そうか」とだけ。


 町はツタ程度の緑しか無く、生気よりも瘴気を認識させる。

 流れる川の水も濁り、無駄に照る日だけが、なんとかこの廃墟街を町たらしめている。


「ひび割れた壁に、苔や蔓に覆われた建物。人いるのか? ここ」

「どうだろう。私の持っている最後の知識じゃ、ラルシアの更に西に今は使われていない小さな町の跡地があったはず。でもここなのかどうか……」


 存知には若干人がいるように映っている。だが、どうしてか、反応は歪んでいる。人とは思えない。

 知恵の詔に聞いても、【高濃度の魔力により、辺り一帯の検知に手間取っています】といった内容が帰って来るのみ。

 高濃度の魔力。警戒は常にしているが、特に何か始まる気配もない……


 うだうだしていても始まらない。まだ移動してきた建物の前にいる現状はすぐ打破するべきだろう。


 そんな風に頭を悩ませている折、


「ぐぅぎゅぅ……」


 人の声ではないのなら、もうプロミスされたテンプレみたいな。

 マギーがお腹を空かせていた。顔を赤くしている彼女だったが、「ボス! 腹減った!」なんて後ろで叫んでいるギェリヴに比べれば随分上品な方だと思う。


「飯にすっか」


 俺達は愁眉に似た建物街を少し歩き、広間に出た。

 噴水なんて洒落たものは無く、屋台なら開けそうな円状の空間。

 建物に周囲を囲まれているため、誰かに見つかる心配は少なそうだ。


 俺はそこに腰を下ろし、魔吸収から食材を取り出そうとする。

 すると、


「ふぅ……」


 ミレメルの低い息づかいが聞こえる。

 よく見ると顔から汗がどっと噴き出ていて、熱でもあるのではないかと。


「ミレメルっ! 大丈夫か!?」

「へ、平気……これくらい」

「これくらいじゃないだろッ」


 つい口調が荒くなってしまった。

 ミレメルがぎょっとしているが、自分の癖になっていることに気が付いたらしい。

 我慢という習慣(クセ)に。


「あぁ、すまん……。足を動かすための『コントロール』の使い過ぎか?」

「うん」


 これも対処しなくちゃあなぁ。

 決めていたことだが、少し休憩しよう。


 俺は床の土を払う。

 ギェリヴは柱の側にドカッと座り込む。

 ミレメルを安静にし、マギーも座らせる。

 そして俺達は、幻が買っていたサンドイッチの形をした料理「フリッテン」を片手に、今までの各々の身の上を話した。




 曰く、

 幻は「幻鳩羅」という元(現)日本人。それは知っていたが、なんとマジックを利用した有名サーカス団の団長を務めていたらしい。ちなみに俺が一度見た団体もそこだった。

 しかし運悪く、トラックにはねられた。そして気が付けば、この世界に飛ばされていたらしい。なんともこれまたテンプレな。


 魔物の俺とは違い、元の世界のままこの世界に来たらしい彼を、俺は恨む。

 なんだよ、あの美貌。いやイケメンというよりは優しい顔立ち。今も昔も、俺はあんなに輝いていなかったぞ。髪も含めて艶感がヤバい。


 まあ容姿は置いといて、技能もなかなかのものだ。

 一切のスキル……つまりは魔力に頼っていない。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ステータス 人族 幻鳩羅 Lv10 属・なし 体質なし


 スキル:表裏一体


 P0所持中


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 表裏一体というのはあの多重人格の事。

 スキルになってるが、これは前世から引き継いだものらしい。

 まともな戦闘経験が無いからPも戦技も何もないが、それがマジックの凄さを裏付けてもいる。




 曰く、

 俺が「マギー=オーナメント」と名付けたこの子は、天涯孤独だったそうだ。気が付いたころには残飯あさりは当たり前。その影響は能力に顕著に表れている。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ステータス 人族 マギー=オーナメント Lv22 属・なし 体質なし


 攻撃力8

 防御力220

 持久力104

 俊足力150


 紋:世壊魔力


 スキル:強胃・魔力即時回復・大魔容量


 P0所持中


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 強胃というのが、読んで字のごとくどんなに汚れたものを食べても支障がないというスキル。これは免疫の上位互換みたいな代物。食事を介す害だけを防ぐとはいえ、この結果自体が非道で酷い。ファーストコンタクトも、奴隷を想起させるあの様子。救えてよかったというのは紛れもない本心だ。




 曰く、ギェリヴは山育ちだった。

 それも山奥の小屋のようなものに住み着いていたらしい。

 父親はおらず、道具すらない状況の中、常に食料調達は己の肢体のみで行っていた。

 日々重なる日課という名の訓練により、彼は常人ならざる力を得た。

 特に足。

 前にも見たし、しつこいようだが、この足は異常。

 スキル云々の前に、実は魔力切れを起こしたとて体力精力持つ限りその蹴りの威力が衰えることはないらしい。

 それは実戦でカゲハルもよく見ている。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ステータス 人族 ギェリヴ=ワーグラー Lv278 属・なし 体質なし


 攻力15320

 防力8000

 体力9500

 魔力2350

 精力9200

 俊敏4010


 紋:戦闘狂・無慈悲な拳・戦欲覇者


 スキル:腕力・脚力・腹力・握力・強靭・感覚強化・状態異常耐性・痛覚耐性・血液凝固


 P500,000,000所持中


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 スルーしていたが最大の問題点はPだ。

 五億ってもう……なんだ……使えよ。

「Pは?」と聞いてみるも、「……ぴーってなんだ?」と返答された。

 こんな具合だから、多分使わないんだろうなぁ。

 能力査定どころか、スキルが存在しないから、確認しようがないんだろうな。

 ……というか、みんなどうしてるんだろう。

 余らせてるのか?

 そう思ったが実はそうではないらしく、話によると「急に声が聞こえて、必要な時に必要なスキルをPで取ってくれる」らしい(一名を除いて)。

 これはスキルではない標準搭載のようだ。


 まぁその一名(脳筋)のことや、ステータス表示が標準じゃないことも含めて、やはり、Pの存在自体は未だに謎めいている。聡慧やオーナメンタルの件もあるし、どう考えても俺の周りには一層不可思議なことが散在している。

 いずれ明かさなければならない気がするが、少なくともPが存在し、無意識でそれを消費している事実が知れただけよかった。

 必要と感じたら使うのだとしたら、ギェリヴも肉体強化の能力を取ればいいと思うけど、出来ないなら仕方ない。

 Pに意識がそれたが、ミレメル、俺、と語りを進めると、皆ミレメルの足の事や俺の転生に興味を示した。


「嬢ちゃんその状態で俺にヤキ入れて来たのかよ」

「うるさい……。私はまだあなたが怖い」


 ミレメルは嫌悪するが、ギェリヴの方は一応尊敬の念があるらしい。

 自分に立ち向かう強者を好むのだろう。


「いいよなぁ、カゲハルは。転生の仕方がお洒落じゃん。俺なんか初期のラノベのテンプレみたいなダサい死に様よ?」

「墜()事故をお洒()と言うか……大体そっちは前世の姿のままなんだろ?」

「いや、魔物に転生して美人になったからいいじゃん。前世の容姿、嫌いだったんだろ?」

「まぁな?」


 同じ日本人として、幻と俺は意気投合した。

 元々見知っていたマギーも彼に親しげだし、いい仲間が増えたと思う。

 しかし、俺は一つ不思議に思った。

 幻は魔物に怯えて俺達について行くと決めた、と言った。

 マギーも多くの魔物に追われたこともあった、と言った。

 “魔物“である俺に。

 俺が魔物であることは、もう伝えた。


「……なぁ。みんなは、俺が魔物だと知って何故倒さない?」


 極素朴な疑問だった。

 シャドーは詔やミレメルの持っていた知識を聞く限りだと、人知れず人間をさらうような性格だ。

 そんなものを何故こうも野放しにするのか。

 その途端、俺は逆質された。


「なんでって、逆に何でだよ」


 幻がこいつ阿保かって目で見つめてくる。


「かげはるはいいひと、だよね?」


 マギーの純粋無垢な言葉と眼差し。


「ボスは、ボスだろ?」


 ギェリヴ……は相変わらずだな。

 なんて思っていると急にミレメルが俺の座っている前に正座した。


「私の意見は変わらないけど。カゲハルは、あのラルシアの誰一人殺さなかった。そして、死なせなかった。それが覆しようのない理由じゃない?」


 ――――そうか。

 まだ、俺は人間。

 その言葉で改めてハッとした。

 性格がどうとか性別がどうとか言語がどうとか、そんな差別が嫌いな俺が一番自分をわかっていなかった。

 俺は元・陰繁治、今はカゲハル=オーナメントその人だ。

 何を血迷うことがあったか。

 何も関係ない。

 今はあの傍観者に一矢報いて、安寧を取り戻す。

 その意志を持った、人間以上、魔物未満。

 変えられぬ“俺”だ。


「……そうだな。すまん、変なこと聞いた。ま、これからもよろしくってことで、食べようか!」

「うん」

「もちろん☆」

「はぁい」

「ボス話長ぇからよ、腹減っちまったぜ」

「お前さっきフリッテン三十個くらい食っただろ」


 他愛無い日常。こんな急ごしらえでもいいもんだ。

 これを守るためにも、さっきみたいに自分を見失わないようにしないと。

 ……だけどやっぱ、落ち着く場所、拠点は欲しいな。



 □□□




 食事中は今後の方針を考えつつ、俺は意識をステータスへ。

 そこからさらに魔吸収に意識を向けると、中には蠢く反応が。

 「デスター」だ。

 気になっていたからこそ覗いたのだ。何故魔吸収が生者を捕らえるようになったのか。

 魔吸収は元々、無機質なものしか入れられないはずなのに。


【スキル「魔吸収」は、「暴飲」へと進化しております】


 暴飲……なるほど。上位互換か。

 って、暴食ではないんだ。

 もしくはそれと合わせて更に「暴飲暴食」とか作れるんじゃないか?


【ご明察です。しかしPも経験も足りないため、取得は不可能です】


 経験かぁ。

 この世界HPゲージ無いくらいアバウトだからなぁ。

 大食いとかしたらいいんだろうけど、その場合どこぞの体内四次元のピンクボールの食事競争になりかねないからなぁ……絵面的に、カタストロフィ。


【「暴飲」及び「魔吸収」は取り込むモノの大きさが変化し、「暴食」及びその下位にある「魔収納」は取り込むことのできる量・個数が変化します】


 暴飲暴食は名の通り何でも吸い込んで、次々と溜め込むってことですか。

 ウーム。かっこいいけど、なんかこうキモイんだよね。

 今はもう慣れの境地だけど、やっぱデスターみたいな訳わからんのを閉じ込めとくのは怖い。

 内から破壊されかねないんだもん。

 対策案は練っとかないとねぇ。

 何かあるかなぁ……

 食事も終え、片付けが進む中で、俺の思案顔など他所に、雲行きは怪しさを増す。

 まるで、呼び寄せるように。


「――――おいッ、ボスッ」

「あぁ。わかってる」

「「「!?」」」


 俺は知恵の詔、ギェリヴは元来の強い感覚神経。

 それで感じ取るは、辺りに湧いて出てきた何者たち。

 その数ざっと三十ほど。

 濃い霧のような魔力に陰キャ状態でいたのはこいつらだ。

 建物に囲まれているから安全、と言うのは嘘だ。逆に死角が多すぎる。


「美味そうに食いやがって、テメェ食事を寄こしやがれッ」


 俗に言う「ホームレス」だろうか。

 ……俺らもじゃね?

 いやまぁそりゃミレメルの目ん玉の中に家の材料はあるけども。


 でも、それよりも何よりも……


「食事終わってから来るとか、頭悪くない?」

「ぶふッwww」


 おい、笑ってやるな、幻クン(笑)。

 何か理由はあるんだろうけどね。


「なに笑ってんだ、シャッ‼」


 男が一人、切りかかってきた。


凄く遅くなりました!

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