other 魔会
コツッ、コツッ、コツッ、コツッ、コツッ、コツッ――――
硬い床に硬きヒールが打つ音は、この場にとっては異彩を放つ。
その履物を身につけた人物は、これまた異色の衣装を身にまとっている。
妖美というよりは妖艶というような雰囲気。
この魅力、はたまたその強さを所以に、軍門に下る者は多い。
「フゥ……退屈ね」
溜息を漏らすのも無理はない。
彼女がいる場所は、とある地下百層を超える恐ろしく長い建物の最下層。
……のどこか。
自分が集めたもの以外は特に何もない部屋。
集めたものと言えど、椅子やベッドなどの家具、鏡、絵画程度。
およそ女性の住む部屋とは思えぬ寂しさだ。
コツコツコツ。ぼふぅ……
「ふぅぅぅぅぅぅ………」
彼女は退屈が嫌いだ。
だが、悲しいことに、自ら率先して動くことも嫌いなのだ。
そのため今もこうしてフカフカの、王が座るような椅子に一つ腰を掛けている。
足を組み、肘をつき、目を虚ろにさせる表情を見るのは、たった一人。
「大丈夫ですか? ヴィル様……」
眉をひそめ、上目遣いで覗くは、小さな石造りの傭兵。ゴーレム、ロボット。そういった何か。
「止めて、ヴィルって呼ぶの。私のことは『チェリー』って呼んでって、言ってるよねぇ?」
「あぁ! 初めての部屋担当だったので慣れず! ぶ、無礼をお許しくださいヴィル=チェリー様……」
「……まぁ、別に何でもいいけど」
やはり姿勢は無関心。
その種族は「亜族」。
血族は、人族、そして氷を纏う無形の魔物「ブリザード」、さらに夢魔。
炎や幻惑を得意とし、また混種として天性の魔力も強くて膨大だ。
そして、彼女は――――魔王。
(はぁ……早く始まらないかなぁ。魔会……)
別に完全に今日が暇というわけではなく、彼女なりに暇つぶしは用意していた。
それが、魔会。
それは、ありとあらゆる魔族が一堂に会する恒例行事であり、その発足権を持つのは魔王。
言わずもがな、その権利を行使したのは彼女の他におらず。
時間は他の魔王と合わせるために、遅らせてある。
それが一番情報を得ることに繋がり、ひいては彼女自身の脳の渇きを潤すことにもなる。
ついていた肘を解き、勢いよく腰を上げると、ヴィル=チェリーは部屋の戸を指でなぞる。
部屋に入ってきた兵は、その様子を眺めてはいたが、何をするのか知らず。
指は不規則に動いたようで、そうではない。
意図して書かれた読めぬ文字を重ねて書く。
重なる中心を最後に彼女が押すと、戸が怪しく光りだす。
扉の色が茶から紫に変わり、ドアノブどころか自動ドアですらない、ドア自体が消え入り口が現れた。
「ッオ!?」
開いた暗い先。
流れてくる圧に、兵のゴーレムは圧倒される。
「じゃ、留守よろしくね」
首に髪がマフラーのように巻かれた彼女は、軽快な足取りで敷居を超える。
その背にあるのはこれから知らされる何かへの昂奮か。
しかしそれが一度落ち着いたと思ったら、チェリーは振り向いた。
「ああ、あと『ミツ』にもよろしくね」
彼女が呟いた。
兵は一礼して、煙のような魔力に巻かれて消えた。
ドアもつられるように、元の部屋の扉へと戻る。
これをカゲハルが聞いていたらどんな顔をしただろう。
だが、いずれ知ることになる。
様々なものが交差する場所、それがここだと。
□□□
暫時、潜った先のこの通路は時の流れを感じない。
通じる先は資格ある者しか通さない鹿鳴館。
刺客が現れる舞踏会。
魔窟と題する、魔物の巣窟。
「――――」
彼女が次に見たのは、人ならざる者が食を囲んで雑談をかわす光景。
そこでは特に争うことは無く、およそ常識を持たない存在とは思い難い。
だからこそ彼らは常識が通用しない、つまりは常軌を逸す。
彼女が歩けば、その圧に魔物は道を開く。
自分で存在感を消すことも可能だが、それをするとこの場ではなめられかねない。
そうなれば目的の情報源にありつくのが面倒となる。
「ええと、ご令嬢? このタルトでも如何かな?」
「ふーん」
チェリーはタルトを手に取り、下からそれを丸呑みにした。
香ばしい生地からサクッと食感、乗っていたクデアの実が途轍もない甘みを放つが、それを閉じ込める酸味ある薄味のコーティングが丁度良く中和させる。
調和とはこのこと。甘いというよりは、舌に優しい「旨味」が近いのかもしれない。
「やっぱり来て正解だなぁ」
タルトを渡した者は少し寂しそうに、場を後にした。
この会において彼女の目的は魔王に他ならない。
他のものなど、ただのフードとインフォメーション。
向かう場所はただ一つ。
幾年も生きてきた彼女には、この館の構造は見るまでもない。というより今いる部屋は人が百人や二百人入ろうがゆとりのある大広間。回転テーブルが規律よく配置された、ただの直方体型の間取りでしかない。迷うわけも無く。
ドアから最奥、そこに彼はいた。
「……ひっさしぶりぃ、『ユーズ』!」
「変わらんな。その衣装も、態度も」
「そんなことは良いのぉ~。私は面白いことがあればそれでいいの」
欲求第一、彼女は行く先々を一期一会と感じながら、知る全てを大切にする。
今回もまた、いつも以上に良い獲物が得られそうだと、冒険者のように若々しく対応する。
そんな彼女に魔王プロット=ユーズは一つ。「面白いことが二つある」と、切り出す。
首を傾げつつもその眼にある色を変えないチェリーに、彼は話を続ける。
「ヴェルディが死んだ」
「……え?」
「知らなかったか?」
「いや、知らなかったって言うか。あいつ封印されたのよね? そもそも死んだようなものじゃん」
彼が敢えて「死んだ」と表現するところに孕まれた意味。
それが自分の想像を上回りそうで、驚きと興味が絶えない。
「お前には気配察知の類が、生来のものしかないのだったな。だが私が知る限り、あいつは一度復活している」
「自力?」
「どうだか。なんにせよあいつが封印されて十年程度。勇者もお粗末だったというわけだ。あの馬鹿を仕留めそこなっているのだから」
「勇者のことはどうでもいいよぉ」
出てきた単語を即座に選別。
一万年にわたる戦いを、「どうでもいい」で片づける辺り、魔が垣間見える。
「そしてお前が喜びそうなことだ。フローネの反応が消えた。それも上空で。多分だが死んだ」
「え―――えぇ!? マジ? え、うそぉ!!」
喜ぶ彼女に、若干引き気味のユーズ。
魔王が死ぬというのはどう考えても異常だ。この数万年、それどころか自分たちすら知らない遥か昔、祖先の時代ですら魔王が死んだという記憶は片手で数える程度しかない。
この短期間で二人と言うのはおかしい。
それを恐らく承知の上で、彼女は恐れるどころか昂奮している。
「それって、つまり同じ何かに殺されたってこと?」
「……どうだかな」
「相手は? どうせ位置とか掴めてるんでしょ?」
「それが全く。俺もそこから反応を探せていない」
ユーズは表舞台には滅多に顔を出さない重鎮。
だからこそその武器は索敵やプランニング。策謀や操作。
卑怯を肩書にしたような彼は、捉えた対象を逃すことはほぼない。
「……がっかり。もう少し欲しかったなぁ。情報」
「欲張りめが。貴様はもう少し我を抑えろ。そして交渉術をもって人脈を使え。そこからようやく情報は得られるものだ」
「ならあなたは嘘をついてるの?」
「……はッ。どうだか。それを知るためにも商法を学べ、と言いたいとこだが、今回は情けをかけよう。誓って私は全てを話した」
目は凛々しくこちらをのぞいている。
チェリーは、その素直そうな目、というよりは実力でユーズと戦ったところで煙に巻いて逃げられるのがオチだとわかっていたから、これ以上の追及も脅迫も出来ないと見て、諦めた。
「そう」とだけ言って帰っていく彼女の背は、いつもより痩せて見える。
大きな椅子に腰かけ、整った頭髪にスーツ、それと青い手袋をつけた彼は、不満げに彼女を見つめる。
(勘のいい女め……。これだから他の魔王は嫌いだ。私は私のしたいようにさせてもらう)
孤独を好み、孤高を愛す。
ユーズは、誰にも縛られない。
(カゲハル=オーナメント。貴様はもう私の術中に嵌まっている。気が付いたときにはもう遅い。私の心の負担が軽くなるよう、精々魔王どもの前で暴れてくれよ?)
全て明かす訳がない。
そもそもそこに利点がない。
利くものを用いると書いて「利用」。
我田引水な彼にとって、その言葉が良く沁みる。
不敵を装うその顔は、果たして素か、それとも―――
≪今、対象は遺聖堂に滞在中です≫
知らせを聞き、「そうか」。
(遺聖堂といえば、あいつの……。ふん、帰って来てからも変わらず働いてくれる。流石は我が能力)
優秀な部下を持った上司という態度で、その「スキル」に話しかける。
(――――「聡慧」よ。私をもっと高みへと導いてくれ)
≪御心のままに≫
男の背後に白いオーブのようなものが多数浮遊する。
そしてユーズの何倍も大きな、髪まで紫に光る何者かが彼を包む。
もちろん会場にいた全員が気づかない。
誰にも、悟らせない。
親年あけましておめでとうございます!……ってもうだいぶ経ちましたね(1月22日汗)。ですが、現時点で数十人がブックマークしてくれている現状に改めて、感謝を。




