53 延長戦Ⅲ
その人は、どこからか現れた。
髪はベリーのような色をしていて、この人の言葉はいつもフワフワしている。
そして、自分も今、ふわふわしている。
「さぁ、行くぞ! Are you ready?」
前に顔が来た。
綺麗だが、なぜか怖い。
「……うん」
呂律が、回らなくなるかと思った。
こんな経験が今まで無かったわけではない。
数多の化け物に追われ、逃げては拾い食い。それが彼女の「習慣」だった。
恐怖や焦燥、苦悩や悲哀を感じてはいたが、自然とそれが自然となった。
だからと言って、それが普通か。それはありえない。
というより、もとより、彼女はいつも「何もかもがうまくいかない」ことに泣いていた。
人生は努力すれば変えられる。それはそうかもしれない。
しかし、それを阻害するものに囲まれる。いわゆる「社会的要因」による圧倒的理不尽の前に、その格言も戯言に成り下がる。
(わたし、もうこのせかいにはいらないんだ……)
最終行き着く場というのは、文字通り、終点。
価値が自分に見いだせずに、落胆。
カゲハルに言わせればこの子に価値は十二分にあるのだろう。だがそれはあくまで、彼の考えの中。彼女にその事をわざわざ言うことは無い。
(このひとにも、めいわくをかけて……)
助けられるほど、卑屈になる。何も言われないから、不安になる。
申し訳ないという、責任感がつらい。
しかし、当の本人はそれに気づくわけも無く。
「闇生の陣――――夢幻闇銃鯨」
天変地異のような化け物を生み出している。
この人には驚かされるばかりだ。
正直な所、自分は今なおこの光景を目に焼き付けんとしている。
『フォオオオォォォ………』
クジラ独特の潮吹き、いわゆる噴気はしなかった。
だが対抗するように、鳴り響く叫びは大きかった。
無数に装備された機関銃も、一斉に弾丸を乱れず放つ。
『ダララララララダララララララアラララララッラッラララダッララッ』
城壁の外枠一周を、的確に狙い打っていくその様。
一見、銃によって荒く見えるが、繊細なのは周知の事実。
周知とは言っても、打たれている魔物達はそれを知る前に他界しているわけだが。
「―――――――」
銃声のせいで、一音も生声が聞こえない。
城の枠に沿って空を飛ぶ塊は、一周するだけで全てを蹴散らしていく。
それでも群れは湧くのを止めることがない。
少女は自分の魔力が、いつまで持つのか、不安に感じてきた。
(……これはのろい……)
そう意識を巡らせた瞬間、自分の喉がキュッと閉まる。
「はぐっ」
「え、ちょ!?」
胸から出ていた魔力は、管を破いて溢れるように流れていく。
あまりの苦痛に暴れて藻掻くと、クジラが吠えた。
『フヴァッ』
それは操作の主ことカゲハルが驚いた証。
「おい!? 大丈夫か!」
揺さぶる彼に、少女は意識を朦朧とさせながら、
「……っ」
何も言うこと叶わず。
「くっ……ムー・ヴー……」
カツッと音が鳴ったように、MPが切れた。
「魔力がッ!?」
なんという事か、クジラが消えていく。
「流石にメンブレしそう……」
こうなってしまってはどう対処も出来ない。
少女は息を切らす。しかし、体内ではおぞましく魔力が渦巻く。
どうなっているのか、彼女だけが理解していた。
「……アンバランスな時に悪いが頼む。どうか、頼りない今の俺に力を貸してくれないか」
少女は答えなかった。
その我慢の表情に、カゲハルは、
「……なぁ、お前まさか魔力を、閉じ込めてんの?」
彼女が今しがた溢れる魔力を消したことから察した。
勘の鋭さに、少女は背筋を凍らす。
そう、彼女の選択は自害。
(なにをしても、どううごいても、ぜんぶだめ。なら、もういっそきえてしまえば……だれにもめいわくかけないの)
儚い理想の押し付け。
そのためだけに、世界崩壊魔力の排出を止めたのだ。
それは次第に彼女の容量に耐えられず、無理に抑え込むと、じきにその容器ごと吹き飛ばすだろう。
その我慢の度合いによっては、この町一つが消し飛ぶかもしれない。
誰かが救わないといけない。
このままでは誰も救われない。
この状況では、もう彼女自身での復帰は無理なのは明白。
「もう、だめなの」
少女は己を砕きかけた。
そんな折でも、彼は当たり前の如く、
「誰の、何が、駄目だって?」
彼女の両頬が、彼の長い人差し指と親指でつまみ上げられる。その弱い痛みに、足搔いても逆らえぬ、まぶたの開きがやってくる。
「誰かに迷惑をかけているだぁ? 言わせてもらうけど、俺は迷惑だなんて思っていない」
その眼は、狂いなく少女の脳を見ていた。
「ただ一つ。たった一つ言えることを教えよう。―――俺がお前を、死なせることはない。自分が異端だと、害悪なんだとでも思っているなら、思い上がるな、うぬぼれるな。お前は凄い子で、それ以下でもそれ以上でもないんだから」
真っ向から彼女の意思を全否定。
詰まる所これこそが、彼女にとっての「何も上手くいかない」こと。
少女は、やはり自分にはそういった運命のような何かがあるのだと、悟った。
世界との真理に触れた気がした。
詰まっていた弁が、無理やり剥がされたかのように、溜まっていた物が流れ出ていく。
それをカゲハルは余すことなく回収し、街に魔力を降らせることも無く、彼女を破裂させることも無く、見事魔法を復活させた。
こうして、ささやかながら、一人の命が存命となった。
ついでにクジラも復活し、活気よく泳ぎまわる。
昼の渦中、大勢の人間の命が今救われたのだ。
他ならぬ、人に近しく、人ならざる者たちによって。
(ああ、やっぱり。なにもうまくいかない。おもいどおりにならない)
逆らうことができない宿命。
呪いのお陰で誰かに縛られることは無かったが、それでも自由とは言えなかった。
だから自分は必要とされていないと思って、己の首を絞めようとしたのに。
そこに通達も無く、土足でズカズカと人の領域に入って来ては、何の躊躇も無く手を引いてくる。
(―――――でも、どうしてだろう。すごくしあわせ……)
お姫様抱っこの状態で、空は快晴。
目頭が熱くなり、ホカホカとする。
一瞬、彼が父親に見えた。
カゲハルは空を旋回して飛び、少女を放すことなく、巧みに鯨を操る。
数分すると、一斉射撃が代名詞の生きた物体は、もう打つ先を見失ったらしい。
一潮吹いて、こと切れて、透明に消えていく。
ホウゥ――……
黒い光がシャボンのように散布された後、二人は無風を下る葉のように落ちていく。
カゲハルは降りるときにスキル「浮遊」を使う魔力をしっかりと残していたのだ。
彼女のストックは切れていないらしいが、流石に出る勢いは殆どない。
カゲハル自身のMPストックから見て、そっと降りるのは造作も無い事。
「……その、ありがとう」
「ん? ヘルプされたのはこっちだけども」
「いやその……ううん。なんでもない」
本当は、自分を嫌悪せず肯定し、心を救ってくれたことへのお礼だったのだが、それを直球に伝えるのは何か違うと感じ、伝えるのはお蔵入りにした。
自分の高度が徐々に下がっていくのを体感し、少女は居心地が悪そうにウジウジしだす。
「ねえ、もうおりるの?」
「まだ居たいの? 鳥なんですか?」
「とりじゃないもん」
むっとしている少女だが、その表情の奥にはどこか柔らかいものがある。
自分の名前を言おうとして、彼女は自分が名無しであることを思い出した。
「わたしは………あ……」
「そういえばノーネームだったね。名前、つけようか?」
「うん、おねがい」
即答だった。
何故かミレメルといいこの子といい、信用するのがあまりにも早い。その信用先が謙虚なカゲハルだから良いものの、他人なら危ないぞと心配する当人。
しかし心配はそこだけに留まらず。
「名づけには契約って言うのがついてくるんだけど、大丈夫? というかわかるのかな……」
「だいじょうぶ。しってるから」
どこで知り得るのだろうか。
彼女の情報源が知りたくてヤバい状態のカゲハルだが、一つその文字列を与える。
「―――マギー=オーナメント、なんてどうかな。マギーはドイツ語で“魔法”だけど」
「マギー……わたし、マギー!」
何故カゲハルが「魔法」という単語を知っているのか。
以前にも似たようなことがあったが、「能力査定」に「過去の記憶を保持する能力」があるため、彼は様々なことを覚えているし、その知識の引き出しは多い。
読んだ物は特に残るらしいこの力は、未だ未知の部分も多い。
「マギー……マギー……」
自分に貰ったプレゼントが新しく、物珍しいのか復唱している。
(鳴き声……?)
ちょっと気持ち悪い、そう思ったカゲハルは、その思いをそっと後ろに回す。
濁音が入る名前だけに、少し奇抜に聞こえるのは誤算だった。
だが聞いていると可愛さが出てくるから、これはこれでと落ち着く。
もう山や平原の景色は城壁の外へと逃げていき、二人が手を振るのが見えてきた。
数分の出来事のはずなのに何故か長かったように感じるカゲハルだったが、それはどうでもいい。
「カゲハr」
「ボオオオオオォォスウウウウウウ!!」
ギェリヴの声があまりに大きいことが関与して、ミレメルのか細い声が若干しか聞こえない。
空全体を掴むような両手振りが目立つ男と、片手で振りながら微笑む二人は実に対照的だった。
「ありがとうグラニュー糖。二人とも」
「ボス! さっきのすっげえなぁオイッ!」
「え」
地面に足が着くのと殆ど差は無く、犬歯が妙に鋭い笑顔で囚人の顔が迫ってくる。
カゲハルはたじろくが、意に介さず当人は目が星になっている。
「あの大きな奴と戦わせてほしいんだ! あれボスが出したやつだろ?」
「あのなぁ、アレは使う魔力が多いんだ。無理言ってんじゃないよ」
「何だとぉ……ならボスとでいい、今戦わせてくれ。もう我慢ならねえんだよぉ」
「うるせぇって」
相変らず拳を交えることしか脳に無いらしい。
いや、この男の場合は足を交える、が正しい。
カゲハルは重く温い息を吐くが、同時に心にも同じ温度が宿っていた。
相変らず…それは日常がある証拠。
それをただの中学生、歳としては高校生の自分が、自分の力で守り切ったことに、自分で嬉しくなる。
自分が、と言っては語弊があるだろうか。これは彼女も、そして二人も関わってくれていたから成し遂げられたことだ。
「カゲハル……」
「なぁボスいいだろ? なぁ……ぉぃ……」
騒がしさを掻きわけ、彼女はカゲハルの側に歩いてくる。
「お帰りなさい」
「ボスゥ……ぉぃ……ょ……」
裾に縋りつく獣を無視して、彼は応答する。
「ただいま」
ここはラルシア王国の西門前大通り。
戦闘の傷が深く痕跡を残しており、後に大規模かつ強固な修復が行われることになる場所。
そして、上下移動しかしなかった戦の強者たちが集った位置。
戦いの火の粉は一度静けさを見せていく。
次に彼らを迎え撃つ、その時まで―――
少しすると、知恵の詔が感知した。
【生存者数変化なし。レジデンスの希望ライン……合格しました】
何故か審査を勝手に行っていることを、彼は不問とした。
実際にクリアしている線だから、何の問題もないわけで。
「さ、向かうか」
カゲハルが人々を目で確認しに行こうとすると、服が引かれた。
その正体かつソースはマギー。どうやら人前が嫌らしい。当然だ。
「大丈夫。いざとなったら、庇うから」
「……ほんと?」
「もちろんだ」
一言二言で彼女は日のように明るくなる。
魔物数百、数千体を数刻で屠ったのだ。当然心強い事限りなし、である。
「お? ボス、戦ってくれんのか?」
「ちッげえよ。誰がお前みたいな危険児と衆人環視の中で戦わにゃならんのじゃ」
絡みは変わらず続く。
これは恒久かもしれんと脳が感じた途端、カゲハルはスルーするのを止めた。
ミレメルが鬱陶しそうに睨んで……見つめているのは当人にはもちろん通じていないのだろう。
そんな調子で、奇妙な四人は、不安定な石レンガの道をセントラルに向かって引き返す。
ひとまずは安寧。
とりあえずは事後処理の開始である。
大分遅くなりました。
今後も楽しんで頂けると幸いです。(。~。)




