52 延長戦Ⅱ
俺は懐かしい、喜々とした心境に立っていた。サーカスを見るのはいつぶりだろう。
今じゃ過去の場所だが、日本や多くの国では今もサーカスは行われているだろう。
俺は幼少期に一度あれを見た記憶がある。
あの時は感動すらわからない状況だったが、少なくとも印象には残っているのだから、それだけ深いものだったらしい。
それが分かるだけに、今見てみた感想としては、「凄い」しか言えない。決して語彙力が低いとかではなくて、見惚れてしまって言葉を失うのだ。
「よッ、ほッ! どうだい、オーディエーンス!☆」
右手で隠した左手からボールを取り出し、それを空中に投げれば花火が上がり、くるっと回転すれば服の色が変わり、指を鳴らせば空中を舞った。
「次は俺っちのペットだよッ!☆」
それだけでは、この異世界では通用しないと考えたのだろう。
彼は、その小さなハットの口を空に向け、手を入れてからそれを抜く動作を見せつける。
するとあら不思議、中からたくさんの銀鳩が。
『バタバタバタ』
乾いた音が忙しなく響く。
本当にどこから出て来たのか、後ろから見ていた俺さえも一切構造が理解できなかった。
種も仕掛けもございませんとは言うが、恐ろしいのが、この人が魔力を一握りも使っていないことだ。
鳩は利口にも旋回し、彼の帽子の中へと規律正しく帰っていく。
全てが帰るともう帽子の中には何もおらず、最後には指を一つ鳴らして、何もない所から紙吹雪を出現させた。
しばしの余韻の後、ショーの幕が降りてくる。
「ご観覧、どうもありがとう!☆」
そう言って彼はハットを深くかぶった。
すると……
「―――はっ!? 戻ってきた……」
彼の表情が再び暗くなった。
返ったと言うべきか。
どうやら、彼は「解離性同一症」、いわゆる多重人格者らしい。
なんか俺の周り、足の怪我だの戦闘狂だの、濃い奴が多くないか?
あの時見かけた少女も、知恵の詔曰く魔力発生の根源らしいし。
一度整理したいな……
そんなことを俺が考えていると、スタンディングオベーションが既に起きていた。
「すごーい!」
「綺麗だったぜ」
「面白かったー!」
不安が少し和らぐ。それだけでも十分笑うことができる。
ほんとに、彼は十分な結果を残してくれた。
この調子ならもう俺は向かってもよさそうだ。
「ありがとう。不安そうなところ悪いけど、その調子で頼めるかな」
「えちょいまち嘘でしょマジで言ってんの何言ってんの?」
凄く嫌そうな顔をされた。
俺も陰キャの系統だから、こんなにグイグイと何かを乞うのは得意ではないから、そんな顔されるとちょっと……
「じゃ」
「そんな人任せな!?」
俺は空を舞った。
左折し、元来た道を戻っていく。
俺は彼らを放って、あの二人を迎えに行く。
(ごめんな、ミレメル。出せなくて)
(いや、こっちの方が安心するからいい)
即答された。
なんか俺ん家の愛猫みつりがこたつから離れなくなった時と同じ感じ。
そういやこたつは大家さんの部屋から借りて来てたっけ。
まあ結局その温もりも、もう感じることができなくなったわけだけど。
寂しいかな寂しいかな。
「えぇ~と、アレがそうだね。飲んだくれと魔力の根源。あ~あ。あいつぶっ倒れてるわ」
どうやらギェリヴは飲みすぎから来る昏睡に似た症状にあるらしい。それでも元来の肉体の強さがあるのか、心拍は安定している。
というか俺もう医者いらずだな。空からでも人の心音が分かるから。
「知恵の詔様様ぁ……」
【恐縮です】
珍しいね。口を開いてくれた。
寡黙な所があるけど、やはり少し意志があるっぽい。
でも、あの聡慧みたいにまた消えられると、ちょっと怖い。
今回はそうならないといいけど。
……聡慧。どうなったんだろう。
「ま、気にしたら負けかな。続行続行」
俺は浮遊を解除し、地面に降りる。
降り立った瞬間、少女がこちらを振り向いて凝視してくるが、俺は気にせず酔いどれに。
「ほら起きろー」
「……グガッ………ZZZ……」
俺は一分間に三百回ほどのペースで、思いを込めて往復ビンタ。
流石のギェリヴも痛覚を感じたか、寝起き特有の体の痙攣が起きている。
「ふがッ!?」
「遅えって」
「どこだここ?」
「は? この惨状はお前のせいだよね?」
ギェリヴは何事か未だ把握できない様子で、脚の屈伸から生まれる衝撃を使って起き上がる。
そうして鳥の如く首を回したが、結局何も思い出せなかったらしい。
「駄目だ。思い出せねぇ」
鳥頭だったのだろう。
「えっと、君の名前、聞いてもいい?」
「……わたしの、なまえ……」
俺が無視して少女に問いかけると、彼女は言葉を詰まらせた。
ミレメルと同じか。
恐らく親どころか、休む暇も無かったのだろう。
彼女の溢れる魔力から感じるこの「寂寥」が、それを物語っている。
「まあ、無いなら無いで良い。とりあえず今は生きることを考えよう」
「え?」
そういう俺に対し、応えるのは野生児。
「なあボス。俺ら、囲まれてねえか?」
「ああ、その通りだ。湧き続けているから断定できないが、数万から十数万いるらしい」
知恵の詔をもってしても、限界はあるものだ。
脳に収まる容量の敵じゃない。
どう考えてもおかしい。
どこから生まれているのかわからない。
「さて、どうしたものか」
今まで数が多い敵とは戦ってきた。
ビーバーに始まり、蜥蜴や魑魅魍魎。
だが今回はその規模が違いすぎる。
自分の手には負えない気がする。
知恵の詔で認知はできるが、どう考えても今の俺のMP、SP量では足りない。
スキルの回復量では恐らく尽きてしまううえ、夜魔多のオロチの無限魔力も使用不可。
この場合どうするべきか。
俺に心当たりがないわけでもなかった。
(魔力酒……もしくは、この子、だよな)
ここに来て、魔力量の多さで張り合うのはこの二つだ。
酒に関しては、すぐに俺の容量を埋めてくれるほどの、常人には飲めない力を秘めている。正直今は店員もいないため盗むことは可能で、誰にも身体的負担をかけないのはこの方法だ。
しかしながら、対する少女は―――――
「紋、『世壊魔力』………か」
呪いとしか思えない、刻まれてしまったもの。
だがこれは決して欠点ではない。
彼女の生活に何らかの支障はきたしていたのだろうが、逆に彼女が生きているのはこれのお陰でもあるのだろう。
こんな近場に無償で落ちているボーナスアイテムを、ゲーマーがみすみす見逃す可能性というものがそもそもない。
利用できるものは何でも奪う。
「ねえ。君は魔力を出せるんだよね?」
「ま、りょく…?」
どうやら魔力などとは思っていなかったらしい。
戸惑っている様子から、俺は自然と彼女がそれを瘴気のように感じていたことを推測する。
「そう、君のその溢れ出るものは魔力だ。決して悪いモノじゃない。そして、今俺はそれを必要としている。だから、それを俺に流してほしい」
俺が彼女の気持ちを当てたことよりも彼女は、魔力の事実や今後について何かを感じているらしい。ほけぇっと顔が固まってしまっている。
でも、すぐさま気がづいて、
「な、がすってこんな?」
そう言い彼女は手を伸ばす。
俺はそれを取り、目を閉じる。
すると、面白いくらいMPが増えるのを感じた。なんかSPも増えてる、と思ったが当然だ。俺は気体なんだから。
「そうそう、その調子で。ありがとう。あと、ちょっと高く飛ぶけど、いいかな?」
「とぶ? ……とべるの?」
「ああ」
肯定してやると、彼女の瞳孔が小さくなった。
少女の艶やかな瞳。
昔、子供と触れ合った記憶が少し蘇って、懐かしい。
あれは、どこで、誰だったか。
まあ、それはさておき、もう行ってしまおう。
(ミレメルいいか?)
(うん)
俺の陰から彼女が飛び出してくる。
足の怪我を魔法で支えるのが少し大変そうだが、何とか着地した。
「とりあえず、俺が飛んだ時にコントロールで俺のことを空中で維持して欲しい。頼めるか?」
「もちろん。任せて」
こうすることで俺は浮遊のスキルを使うことなく、攻撃に集中できる。
そして、
「ギェリヴも頼む。俺を空高くまで吹き飛ばしてくれ。お前の筋肉なら出来るだろ?」
「おお! 任せてくれ、ボス! だが褒美に、あとで戦ってくれよ?」
早く空中に行くためなのに、余計な注文をされてしまった。
クソぅ、戦いたくないんだけど……
俺は肩を落とし、
「仕方ねぇな……」
「やったぜッ!」
思いっきりガッツポーズ決めてやがる。どれだけ嬉しいんだ……
今は考えないようにしよう。うん。
俺は気を取り直して、彼女へ視線を移す。
「こんな小さな子にこんなことを聞くのもあれだけど。準備はいい?」
問われた彼女は、少し俯いていた。
だが少しして、
「うん」
いい返事を返してくれた。およそ子供の精神力ではない。
それなのに俺は、ギェリヴに言っていながら、自分の方が怖くなってきた。
「行っくぜぇえええええ! ボスゥウウ!!」
俺が少女を抱えてジャンプし、足をそろえてギェリヴの上に。
対してこいつは頭がグルっと地面を向き、片足を俺の足裏に打ちつける。
瞬時、俺は彼女を放してしまうかと思ったが、そこは腕力で何とか持ちこたえる。
真面目に体がシャドーに戻るかと思った。
それほどまでの衝撃と共に次に見たのは、円形になっている城の壁。恐ろしく高く、何とか高い所に慣れた俺でも、少し竦む思いだ。
彼女は少し恐れつつも、興味津々と言った様子。その調子を保って魔力を流してくれているから、相変わらずこの子には驚かされる。
驚くべきはギェリヴにもある。
これだけ高く人二人を平然と飛ばしてしまう事もそうだが、彼が見事に高度調節を行ってくれていることに俺は驚いている。
魔王が飛ばされたのは明らかにあいつによるものだったが、アレは俺のスキルが及ばない範囲まで飛んで行ってしまった。恐らく宇宙に出てしまったのではなかろうか。
そこまで飛ばせるのに、あいつが見せたのはこの丁度いい高度。
完璧だ。正に己の体のことを熟知している。
少し癪だが、任せてよかった。
「おっ」
体が宙で止まった。
言うまでも無くこれは、彼女だ。
流石と言わざるを得ない。ここからではもう互いが認識できないというのに、彼女はその翠眼で捉えて離さない。証拠に少しのズレも無く、俺達は静止している。
(信頼できる、人間……)
ガイドは決して一つだけではなかった。
二人、いや、三人。
こっちに来て、正直に自分は恵まれていると、そう思う。
「さぁ、行くぞ! Are you ready?」
「……うん」
そう言って俺は手を空にかざす。
どこからともなく黒い蛇は、俺の腕を沿って昇る。
昇った蛇はそのまま竜の如く空を飛び、俺を中心に、空にうねっていく。
曲がったり、回転したり、直進したり、交差したり。それを数十、数百回繰り返すことで、彼らは空に黒光りする魔法陣を形成した。
城を含むラルシア王国の天空に突如として出現した、謎の模様。
それはどことなく禍々しく、ときに魅力的。
そして、全体が怪しく光ったと思ったら、魔法陣から下に向かって何かが伸び出る。
「!?」
少女は驚いた。その、メカニカルな音と、その騒然たる光景に。
魔力が固まって、練り込まれて、生み出されたモノの影が、町に降り注ぐ。
出てきたのは……
「闇生の陣――――夢幻闇銃鯨」
俺が生み出していたシェドラの何倍あるだろうか。
正直自分にすら、どれほどの大きさなのか理解し得ない。
だがこれだけは言える。
百倍などでは済まない。
「かましてくれ。お前がもたらすべきは、ドンジャムの確キルだッ!」
その巨体は空を、体格からは想像もつかない速度で走る。
そしてその体表に無数に生えている機関銃が、城壁の外付近を目掛けて火を噴く。
『フォオオオオオオオオオオオ!!』
『ダダダダダダダダダダダダダダダ』
『バババババババババババババババ』
風を粉微塵にし、魔物も同様に。
地面にいる者達はどう感じているのか。よくわからないが、ミレメルが動じていないことは理解できる。
対して、腕の中の少女は、現在何が起きているのか理解できない様子。
黒い鯨が体に纏わる銃を撃つ。
影操作の応用から生まれた、これは魔法だ。
技名・夢幻闇銃鯨
消費魔力は一秒間に、値にして数千。
俺のMP量では数十秒で空になってしまうほどの、膨大なもの。正直、SPをこれに使ってしまえば、狂化することが瞬きと同然になってしまう。強化したとしても、体の維持と、魔法の維持で挟み撃ち。一瞬で枯れてしまう。
だからこれは、最終奥義。
夜なら可能だが、昼の今、彼女がいたからこそできたこと。
彼女は必要不可欠な存在だったのだ。
暴雨が、始まる。




