other 瘴気の少女
少女のotherで復習みたいな感じですが、物語が少し展開します。
彼女はラルシア王国の大通りに。
傷ついた足で、弱弱しく、それでもがむしゃらに歩いていた。
照る日は痛く、視線も痛い。
朦朧としながらも、どこかを目指して歩き続ける。
「アレなに?」
「なんか出てない?」
「う、おえっ……」
人を見る対応ではない。
どこにいようと自分からは何かが出ている。
そのせいで不都合しかない。
監獄にいたときだってそうだ。
助かったのは良かったが、その後に甚大な被害を巻き起こした事は自分でも許すことができない。
獄容所を逃げてきても、自分から溢れるものを制御できず、人から避けられ続ける始末。
もう何日もご飯を食べていない。
だが不思議と空腹で倒れそうにはならない。疲労だけは感じる。風邪を引いた感覚と似ている。
「だれ……か……」
「可哀そうにねぇ。誰か救ってやれる子はいないのかい」
「あれ何? 瘴気?」
「魔物?」
「……あれは拉致っても何も出ねえな。やめだやめ」
見て見ぬふり、触らぬ神に祟りなし。
第三者しかいない。善悪問わず、話しかける人がいない。
自分は虫にでもなったのだろうか。そう錯覚しないではいられなかった。
彼女は気が付けば、どこかの薄暗い道に放置されていた。
ハッキリと捨てられたと感じ、物心が芽生えたのは、意識が戻ったこの六歳の時。
その日は暗く、雨もあり、どこにも人はおらず、食料になりそうな雑草や残飯すら無かった。
あったのは何もわからないという何かだけ。
不定期に溢れてしまう何かを皆が指して、「瘴気を出している」と恐れられるのは日常となりつつあった。
城下町の外へ出れば死ぬかもしれない、町の中ではこの扱い。ただ彷徨うしかなかったが、気力はとうの昔に尽きていた。でも生に執着できていたのは、不幸中の幸いとも言えるかもしれない。
歩き続け、魔物に気付かれ、逃げ込んだ先で事故を巻き起こし、眠れる猛獣を叩き起こし、今に至る。
―――バフッ
何かにぶつかった。
久しぶりに、動くものに触った気がする。
「うっ」
当たったものが、小さくたじろく。
少女は、当たってしまったことが恐ろしくなり、そのままその場を去ろうとした。
「……女の子? しかも、傷だらけじゃねえか」
「え、ちょっとカゲハル!?」
カゲハルというのか。
彼女が思ったのはそれだけだった。
だが男(?)はそれ以上に興味を持ったらしい。
「ちょっと待って、そこの君!」
背筋が凍った。
自分に話しかける人なんてろくな人じゃないだろう。
でもなぜ話せるのか、それも気になった。
自分が緊張しているから、何かが溢れなくなったのか?
それともこの人があまりにも鈍感だから?
いずれにしろ少しは知っておきたい。
「…?」
そっと振り向く。
そこには、言葉を落としてしまうほど綺麗な人がいた。
厳密には爬虫類顔のようなキリッとした感じだが、この世界にはその言葉は無いので、「独特な麗しさ」という言葉で表現することができるだろう。
「その様子、何があったの?」
凄く優しい声で聞いてくる。
実際親切で聞いてくれているのだが、彼女は人と話した経験不足と、世の中の恐ろしさから、話すことができなかった。
つまり、逃げるしかなかった。
『ダッ』
走る。
人と人の間を、まるでサンゴ礁の間を潜り泳ぐ魚のように。
「あ、ちょっ」
最後に聞いたあの人の声。
勿体ないことをしたような気もするが、リスクを背負うよりはマシというものだ。
そのまま数分。数十分。
体から溢れるものを、とりあえず「気を張る」ことで抑えられることはわかったので、その状態を維持している。
背が小さいことが功を奏したか、特に悪い輩にさらわれることは無かった。
しかし、引き付ける運の悪さだけは、どうしたところで対処できたものではない。
『ボボボボボボボボ!!』
木製の大門がけたたましく音を立て、中心部分が待ちきれんとばかりに赤く染まる。
そして黄色くなったと感じた途端、灰に変わって燃え広がっていく。
真ん中に大きな穴ができて、そこから大きな人型の炎が現れる。
「ぎゃあああああ」
「なあああああ!?」
「うわっうわうわ!」
人は規則的に、法則的に、仲良く回れ右して走り出す。
逆方向に転換した波が、一切止まることを許さない。
自分に向かって流れる恐怖の圧に、物理的に押しのけられる。
「うっ……きゃッ……」
「誰かアアアア!?」
「お助けええええ!」
「邪魔だどけ!!」
利己的に、自己中心に、我先に逃げていく。
そしてある時を境に人は消え、残るは自分だけとなった。
急に襲い来る不安感。人に隠れられないというのもあるが、足の怪我や、頼れる人がいないという孤独感も要因の一つ二つだろう。
竦んでしまい、腰を抜かす。
そうこうしているうちに、あの炎に気が付かれた。
まずい、と動く前に相手はこちらを強く睨んでいる。
蛇に睨まれた蛙。金縛りにあう感じで、体の指すら働かない。
だが相手から見て、蛙は蛙ではなく、ノミ程度見えていた。
(あ、からだからもれて……)
何となくで自分で気づいた「何か」の溢れ。気づくのが早かったために相手が襲ってこなかったと考えると、不幸中の幸いと言うべきか。
魔物、フレイムは我関せずといったご様子で、呑気に家を貪っている。
バキッと柱が崩れる音と共に、レンガ屋根が落ちる甲高い音、火の広がる重い音。
刻一刻と広まりを見せるのは、炎だけにとどまらない。
燃えたために出来た穴から、雪崩れる群衆。
その白い一行が向かってくるのが怖すぎて、流石に足を動かして逃げる少女。
あまりにも遠くに行くには体力が持たない。それを体が直感したか、建物の陰に潜むことを解とした。
(どうせ、だれも……)
関わらない。それはどうか。
好奇の目で見られる可能性だってあった。あの優しい人が助けてくれたかもしれない。魔物達に見つかるかもしれない。
ただ一つ、言えることがある。
彼女は、生まれてから何一つ上手くいった試しがない。
もちろん短い人生の中で語ることはおこがましいかもしれない。だがどう見ても不幸中であるのは間違いなし。
呟く愚痴は、
「おもいどおりにならない……」
今もなお言い続け、悲しみが心の八割を占める。
体のリミッターが外れ、今までにない威力をもって、何かが先走る。
「…――かはっ!?」
一気に爆発。実際に建物を吹き飛ばしたわけではなく、そのごくごく薄い半透明な何かが増殖したのだ。
それは同心円状に波紋を伝え、それは魔物へ、城外にいる魔王のもとへと。
「……なんかいるね?」
「ピギッ」
「ピギギ」
勘づいた彼らは前進を始める。
フレイムは相も変わらず木片が大好きらしい。
少女は自分がしたことよりも、痛みに抵抗するので精一杯だった。
上手くいかない今日この頃。
だが、展開はそこまで悪くはなかったらしい。
「門が破られているのはアイツのせいだったか」
その人は突然やってきた。
前触れも気配も無かった。
ただそこにいて、怪物の群れと対峙する。
「懲りねえな。あいつらも」
ただ緊張感を見せず、特に特異なことも無く。いたって普通だが、あの人には自信があるらしい。
そのことだけは少女も理解し、救いが来てくれたと、そう思う。
後ろから来た白い女性も、どこか芯の強さみたいなものを感じられる。
平穏が訪れる、事は無く。戦況は段々と悪くなる。
「俺!?」
『フンッ』
「おわッ!」
「カゲハルッ!」
「魔吸収より、フレイム放出!!」
あの人に変身した魔物と戦っていたところまではよかった。だが、その後がまずかった。
「うん。君は両方の、無知自信家だねェ」
「うおおお!?」
少女は白いプスゥレイトの群れに恐れをなしたため気づいてなかったが、あの中に魔王がいたのだ。
その事実だけでもこの都市の終了が約束されたようなもの。そこに追い打ちをかけるかの如く、希望の種ことあの人を潰しにかかっている。
飛び交う光、暴れる線。
次々にあの人を襲うものを見ていられない。
その猛攻が数分続き、もう少女には声が聞こえないくらいの位置で、魔王が何か言っている。
聞こえないのがもどかしい。
話が終わったと思ったら、途端に紫髪が宿兼酒場の店に消えた。
魔王はそれを追う。
状況が全く読めない彼女のもとに、更なるカオスが。
「きゃっ!」
―――グラッ
地響きがした。
大地の怒りを呼んだとか、天変地異が起きたとか、神が興味本位でやったとか、そんなものではない。
そこに感情は無く、どちらかというと、雑な……
日が照り、建物の陰がくっきりと浮かび上がる中、柱からそっと大通りを覗き込む。
するとそこには、あの人物がいた。
会ってはいけない、でも会いたかった人が。
「GIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIITATATATATATATATATATATATATATATA!!」
あの、耳にこびりつく恐ろしく気高く、この世の物とは永遠に思えない声。
もしこれを聞く機会があったとすれば、その人はそうとう癖のある旅路を生きているとしか考えられない。そんな稀で、気持ちが悪く、分かりやすい声。
魔王がたじろいている。
少女にはわかった。あの人が今どうなっているのか。
店から出てきた、顔が赤い、足元がおぼつかない。
顔が赤い以外は、あの囚人に当てはまるため違和感はないが、今彼が酔っていることはハッキリと分かる。
そしてこれまたマズイことも。
「ウヴァアアアアア!?」
何故か魔王相手に、形勢逆転しているこの状況。
何が要因なのかは理解し得ない。でも、少女の命が保障されたのは確かだ。
魔王がさっきの門近くまで飛んでくる。
つまりは少女の目の前。
余りある衝撃波がこちらのほっぺの輪郭を変え、口の中にまで空気が進行してくる。
そのお陰でのけ反り倒れてしまったが、バレないように息を潜めておく。
魔王が動悸激しく代謝を上げている。
まるでマラリアにかかった患者のごとく弱弱しく、脚が震えているのが見事に似つかわしくない。
どうすることもできないでいる彼に、果てしない壁がにじり寄る。
「ひっくッ」
やはり酔っている。
まあ、言わずと知れているが。
「あのぉ……おにいさん……」
自分で何をしているのか、正直なところ恐ろしいくらい理解できていた。
魔王に囚人、その中に齢六の子供。小指でスプーンを支えるシーソーのように、バランスが最悪。でも、男は決して意識を飛ばさなかった。
「ひっく。あ? ああ、あんときの嬢ちゃんじゃあねえか……」
「あの、大丈夫?」
心配をしたその時刻だった。
魔王が触手を放ったのは。
あまりにも唐突な、火傷に似た痛み。
少女の体細胞がから脊髄、脳に至るまで、全ての器官が悲鳴を上げて、増大した絶望が、何かとなって漏れいずる。
手で滝をすくおうにも、指の間から。手で雲をつかもうとも、果てしなく遠く。
誰にももう、止めることはできない。
「う、うう……うわあああああああああああああああ!!」
辺り一帯から生命を絶ち、それでも広がる腐の海。
だが、時としてそれは害から益となる。
「毒薬転じて薬となる」。
一般的に、そう捉えられる現象だ。
何か。厳密には魔力。
類は友を呼ぶ式に、魔力酒を取り込んだギェリヴにそれがくっついていく。その上浸透していく。
「ぎたた、ギタタタタ、ギ多多多多多多多多多多多!!」
バグった、とカゲハルなら吐くような動きを平然とやってのける。
町を、魔王を、少女を、全てを混乱させた。
そうさせるほどの動き、原因はもちろん魔力という不思議な気体。しかしこれを過剰摂取した場合、普通は死んでしまう。でも彼が死なないのは、それを体に閉じ込められる筋肉を持っているから。ただの生活では到達どころか、向かう事すら許されない極地。仕上がる技はまごうこと無き妙技。
ロケットよろしく打ち上がった魔王は、二度と降ってくることは無かった。
「す、ごい……」
目の前の出来事による率直な感想などそれしか言えない。
素直な感謝も言いたかったが、激震した心を鎮めるのに手一杯だ。
だがそれも束の間。
お得意の足蹴りであれを仕留めた囚人は、蹴った姿勢のまま動かない。
「……」
じっと見ていると、風のせいではないらしく体が揺れる。
「あ」
囚人は右足を地面に垂直に上げるという、並々ならぬ柔軟さを見せつけつつ、頭から倒れた。
少女が声を漏らした時には既に遅し。
ギェリヴは倒れていた。
「……」
少女は不安になった。
特に理由は無いが、何か嫌な予感がした。
「……いき、してない……」
的中。
ギェリヴが無呼吸状態となってしまったのだ。
更に状況を悪くするのは、先ほど激しく出してしまった魔力。
負は負を呼ぶ、負の連鎖。
魔力が広がっていくことでその濃度は丁度良い濃さとなり、魔物が匂いにつられてやって来る。
時刻は酉の刻を回っている。水平線や空は橙に塗られ、ラルシア周囲が騒がしくなる。
もう何度逃げればいいのか。
人生はエスケイプ。
波乱はもう少し、彼女の命を奪いに来る。
「わたしの、せいで……」
魔物に気付き、ボソっとこぼす。




