49 魔酒魔王Ⅰ
「お酒は飲めるの? カゲハル」
「……それ魔物の俺に聞くか? 正直酔いとか関係ないと思うぞ。状態異常無効もあるし」
俺がこの宿に来て頼んだのは、一杯で一リットルある酒だ。
この店には本当にデカい料理しか用意されていないらしい。
主菜から始まり、副菜、デザート、ドリンクに至るまで、全てが俺の想像していたものよりも遥かに大きい。
「量に関しては知らん。一応、二人よりも食べられる……多分」
「でも、私の知りうる限りだと、魔力酒って相当濃度が濃かったはず」
そもそも魔力酒とは何ぞや、と感じるが、実際のところ名前通り魔力を注ぎ込んだ水といった所らしい。
酒とは言え、近いもので例えるなら、炭酸水。
俺の前に実物が運ばれてくる。
ゴトンとジョッキの音が机全体に響くが、その木製のジョッキの中には、紫や青といった毒々しい色が渦巻いていた。
それに、神々しいとも感じられるような煙……というよりは光のようなものが出てもいた。
恐らくだが、この酒の中でちょっとした魔法が発動してしまっているのかもしれない。
魔法は魔力の動きであるがゆえに、膨大な魔力が動けばそれだけで変化を起こしかねない。
それを体内に注ぐとなると、最悪体調不良を起こす可能性がある。
メニュー表の注意書きにもあったが、この酒を飲むにあたって、相当体の強度に自信がないと飲んではいけないと書かれているほど。
「おいおい、あの子。魔力酒頼んでるぜ……」
「飲めるのか?」
「ひょっとするとジュース感覚で飲む気じゃねえだろうな」
辺り一帯に座って食事なり雑談なりを楽しんでいる者は、殆どがゲームでよく見る冒険者らしい。
俺はこの職につく気がないため基準が分からないが、魔物と戦えるほどの者達が心配しているこの現状はつまり、魔力酒が相当ヤバいという事。
手が震える。
自分の魔吸収は実質SPみたいなところがあるから、空腹度であるSPの分を含めてそこにどれだけの物が入るのかを俺は知らない。
因みにSP値は現在9万ほど。
でも数値で言われてもどれくらいの重量なのか。本当に適当だと、そう思う。
(……まあ、俺は所詮魔物。死ぬことはないだろ)
取っ手を握り、唇を添えて、液体が体を流れていく。
ちゃらちゃらちゃら……
舌に感じるもの、それは無限だった。
「ぷはぁ……――美味い。甘い、ちょっと辛い。苦い、酸っぱい、冷たい、濃い、柔らかい。しょっぱい、薄い、熱い、硬い、しびれる、はねる、あばれる。全部まとめて、クセになる……」
口から次から次へと出てくる感想は、もしかしたら魔法の影響か。
色んな感覚を覚えるが、「まずい・マズイ・不味い」という言の葉だけはチラリとも顔を出さない。
「へぇ、流石はボス。魔力酒は俺でも酔うってえのによぉ」
「過剰摂取してない?」
「……大丈夫っぽい」
俺に引けを取らないこの二人が、飲むのをためらう。
その事実だけで、ちょっとは酔える気がする。
自慢にも何にもならないような気もするが。
「よく飲めるな……あいつ」
「あれって本当に人間なのか? 妙に容姿が整っているが…」
基準が読めない異世界からの送られ人は、いつも視線を集める。
しかし、これは本当にクセになる美味さだ。
一滴残さず飲み干す俺。
「お、満腹満腹」
「凄い……全部飲んじゃった」
「ひゅー♪ いい飲みっぷりじゃねえかよぉ。見てると飲みたくなってくるなあ。どれ、俺もでけぇの頼むか」
こいつ、酔うって言っていたような………あ。
「待て待て待て! お前飲んだら――」
「おい店員、魔力酒だ」
「かしこま~」
俺と変わらないくらいの背丈の女店員が、元気よく返事をした後厨房に入って行く。
何も聞かねえこいつら。馬耳東風を体現しやがってからに。
マジでヤバい気しかしない。
「……ねえ、カゲハル」
「ん?」
俺の気持ちを察してくれたのか、と思えばそうでもないらしい。
しょぼん。
「外が騒がしいし、この気配は……」
ミレメルの言いたいことはすぐにわかった。
俺の感覚網にも引っかかっていたからだ。
ただ、今まで気づけなかった自分の不注意が嫌にはなるが(この店の色が濃すぎるのが原因だが)、そんな事を言っている場合でもない。
【フローネ=ロムペンダの接近を確認しました】
初めて聞く名前に、キョトン。
フローネ、何だって?
ペンタゴン?
というよりも詔さん。個体名を言ってもらっても、状況がイマイチつかめないですよ。
【彼は魔王です】
あ、はい。そうですか。
ヴェルディに続いて、俺って魔王との遭遇率高くないですかね。
普通さ、もう少し強くなってから、ゆっくりと会っていくような気がするんだが。
まあ、現実なんてろくなものじゃない。物語のように進むと思ったら大間違いだ。
俺は席を立ち、店のドアを開ける。
「人は、いないか。この店防音性高くないか?」
「そうね。私が叫び声に気付いたのはさっきだから……」
「えっと……あ、向こう燃えてるナウ」
見ると、家屋が一つ二つと延焼している。
どんどん火の手は迫り、こちらへ。
藻掻くようなその揺らめき、どうやら意図的に誰かが火を動かしているらしい。
「この王国の防御性能も意外と大した事ねえな」
「そんなこと言っている場合じゃ……」
「わかってる。あっちはあの子が走って行った方向だし、急いで向かおう」
石レンガで構成される、舗装された大通り。
しかしそこには段々と、朱色の光と灰の煙が占領する。
実際の火事を見るのが初めてのカゲハルは、その光景に唾をのむ。
まじまじと見ていると、火の中から何か出てきた。
『ブボバッ』
言葉を持たない、魔物のフレイムだ。
「おや、ここに来て親戚か。まあこんなに火が動いていたら、お前しかねえわな」
そう喋っている間に、黒い蛇を生み出し、フレイムを丸呑みにする。
「ボボボ……ボボ……―――」
気配が消え、家を焼き尽くした火は依り代となる木材を失い、消えた。
煙も風に乗り、辺りは日中の色を取り戻す。
しかし、光景は変わらず悲惨だった。
「門が破られているのはアイツのせいだったか」
閉まっていた様子が窺える門は木製だったため、思い切りフレイムに焼かれたのだろう。黒いすすのような焦げ跡があり、真ん中に大きな穴がある。
そこからまたサイクロプスの時のように群衆が押し寄せてきている。
「懲りねえな。あいつらも」
相変らずの多さに面倒臭さを感じるが、流石はカゲハル、ゲームと思って飽きを来させない。
今回の軍勢は全てが同じ種族だ。
あれは、ヴァウルだ。狼型の魔物で、以前スキル研究に使った者。しかしその中に、見慣れないものが。
(誰だあれ?)
ヴァウルの白い毛の中、一際目立つ青い髪。
胴の雰囲気から、男だとは遠目でもわかる。
だが問題が一つだけあり、それはその顔。
髪は生えているが、顔のパーツが一切ない。のっぺら坊状態なのだ。
「手袋にスーツって、執事的なテキーラ?」
【あれがフローネ=ロムペンダです】
なんとビックリ、魔王が獣の中にいた。
なんか想像よりも弱く感じてきたのは俺だけだろうか。
趣味としては犬に囲まれているのと同じなので、ずいぶんと可愛らしい。
まあその犬が体長三メートル弱の狼なのはデンジャラスだが。
ん?
三メートル弱?
待て、普通ヴァウルは1メートルくらいしかなくね?
【……あれはヴァウルではなく、プスゥレイトという擬態生物です】
カゲハルは目を疑った。
あれは気配も含めてヴァウルそのものだったからだ。
違いを見分けるのは大きさなどしかない。
知恵の詔の言う通り擬態していた群れの一匹が、急に形を崩し大きく成長した。
変身先はなんと、
「俺!?」
『フンッ』
「おわッ!」
スピードが速い。
先手必勝型だ。
下から銃弾のような拳が飛んでくる。それを俺は反射でギリギリで躱す。躱す必要性はないのだろうが、日ごろから気を付けないと、スキル混じりの拳等の攻撃を受けるかもしれない。それこそ前回のヴェルディ戦のようにならないとは言い切れない。
「カゲハルッ!」
ミレメルが叫んだのが聞こえる。
大丈夫だ。俺は死にはしない。
「魔吸収より、フレイム放出!!」
手が火炎放射器のように見える。
空中の掌に突如生まれた暗闇から、怖い目と口をつけた火の塊が爆発と共に吹き飛んでくる。
その勢いは爆弾石のそれであり、フレイムを出す瞬間に入り口付近で爆発させたのだ。それによる影響で粉塵爆発並みの威力を引き出すことに成功。前方に向けて蔓延する火の海がプスゥレイトの群れを焼き払う。
「火の魔法……いや、これはフレイムだね。魔法では無いね」
「パパパパパパパ!?」
「パッパッパッパ!?」
プスゥレイトの最期の叫びを最後に火は飛散。
しかし、件の魔王を焼き切ることは流石に不可能だった。
執事が身に着けているような綺麗な手袋で、そのスーツをはたいて埃を落とすフローネ=ロムペンダ。
「君、僕の知りうる限りの情報にはいなかったけど。何者だろうね?」
「俺はカゲハルだ。カゲハル=オーナメント」
特に警戒もせずに名乗りを始める俺だったが、ミレメルは怯えて俺の背後に隠れている。
「ではこちらも名乗ろうね。僕はフローネ=ロムペンダ。よろしくね」
顔が一切ないから表情が全く読めない。どういう感情で喋っているのかわからないが、俺としては「ね」という語尾がちょっとばかりキショいと思い始めている。
不思議だ。人って言葉や表情だけで印象が結構決まってくるんだと改めて感じる。
「さて、僕がここに来た理由はわかるよね?」
「……いや、知らんけど」
「ええええええ! そんなー……僕は一度この国に布告したはずなんだけどね」
頭を抱えているようで抱えていない、その空っぽな感情でフローネは、二度目の凝視(目はないようだが)。
「僕の怖さはわかるはずだね。君は僕を知ろうとしているからね。でも近づいてくるね。僕の布告を知らないということは凄まじい無知か、とぼけて近づいているとしたらよっぽどの自信家か、だね」
うすら笑うような不気味を醸し出す。
少し背筋が伸びたが、ミレメルの反応がまだピンとこない。
(……カゲハル、あの魔王を鑑定してみて)
(ん? 能力査定?)
小声で勧めるが、どうしたんだ?
フローネを見てみると、
【ステータス フローネ=ロムペンダ 解析を阻害されました】
名前だけ読み取れるのは知恵の詔の力あってだろうか。
それにしても、何もわからないのは久しぶりだ。
つまりこいつは俺達よりも格上で、今はピンチとそう言う事か。
彼女の言わんとすることがよーくわかった。だが、それがどうした。今まで俺はピンチをチャンスに変えて来たじゃないか。
今更どうなったって――――
「うん。君は両方の、無知自信家だねェ」
俺はヴェルディの時の比でないほど、断崖絶壁に立たされる感覚を覚えた。
目に力が入り、驚愕で眉すら引きつってしまう。
空気が吸えなかった。
足が動かなかった。
腹を下からなぞられるようだった。
俺の目の前に、フローネの顔が迫っており、青髪の中から覗くのは、掌位ありそうな一つ目だった。
「うおおお!?」
「何も知らない君たちにもう一度。――僕はここを陥落させ、知り得た事を主に報告するね」
都市一つ滅ぼすことを職務とするレベルの者が、主を持っているなどありえない。
それは誰なんだ……
どれほどの化け物なんだ……
「カゲハル離れて!!」
「言われんでもぉおおおお!?」
「見通し見貫く!」
ミレメルが俺の裾を引っ張ったことで重心が後ろに傾くと、自然と体が倒れていき、相手の目から出た謎の光線を躱すことに成功。
そのシンプルな直線は、建物を崩れさせること無く綺麗な円形の穴を生みつつ、何の支障もなく進んでいった。
どこまで練り込んだらあのような熱光線を生み出せるのか。そこはやはり、伊達に魔王をやっていないということか。
「避けたね………当たったと思ったのにね」
(っぶねええええ……。知恵の詔さん曰く、今のスキルだったらしいし、耐性無い俺達にはヤバかった……)
魔法ならいざ知らず、詔は、
【今の「見通し見貫く」に当たっていたら、94%の確率で死んでいました】
と言った。
カゲハルが唯一弱点とする部分であり、魔物が多く持つスキル。
正直完全無欠のチートまでは求めはしないが、死ぬことはやはり怖い。
それを久しぶりに体感し、いつぶりか本気で手が震えている。
「あいつの主な能力は高速移動と目からビームか?」
「いや、まだありそう。なんとなくそんな気がする」
にじり、にじり、と迫ってくるフローネ。一つ目がいつの間にやら消え、のっぺらに戻っている。
目を閉じたということは、今は光線を打ってこないのか?
そう思った矢先、今度は触手のようなものが現れた。
「キモッ!?」
「きも、とはよくわかり得ないけど、嫌な反応なのはわかるね。実際僕にはこんな凄い能力なかったからね」
最近能力に目覚めたといった様子。それと同時に、異様な能力でもあるような言い方。
どういうことだろう、と気になった俺は、質問を投げかけた。
「それ、もしかしてスキル……じゃないのか?」
「おや、わかるんだね。………実を言うと、僕はある人の小さな駒に過ぎなかったんだよね。でもきっかけを得てね、これを身につけてからは出世できて、ほっとしているね」
今なおうねり続ける、フローネ背後の触手たち。その内の一本が、鳥並みのスピードで飛んでくる。
感覚強化を発動する余裕があったため、避けるのには苦労しない。ミレメルも同じだ。
だが、当の触手にダメージを与えると、
『ズリュッ』
手ごたえはそこまでない。
打ち消されるような感触があるため、何か別の概念を持っているように思ってしまう。
(もしかしたら、オーナメンタルが言っていた別の「世界線」関係……じゃないか?)
可能性は大だ。
恐らく当人に聞いても詳しい話は分からないのだろうから、とりあえずは倒せるかどうかだけを考える。
あの時の「怨呪害憎怪」が倒れたのか、正直確認は取れていない。あの後にヴェルディと戦ってしまい、そこからもズルズルと忘れていたからだ。
だが、世界線の敵を倒す方法が無いわけではないだろう。
少なくとも、知恵の詔は今も戦い方を検討してくれている。
聡慧さんとまではいかないのかもしれないが、ガイド性能は申し分ないはずだ。
「吸い取らせてもらうね。カゲハルちゃん」
(……落ち着きやがって。何となく爽やかなのがまたキザなんだよなぁ、こいつ。冷静さを欠いたらお終いのこの世界じゃ、最強かもしれん)
今までにないこのピンチ。幕開けから本格的な危機へ。




