48 弟子ト飯
現在、俺の影操作で一時的に避難中。
ここは静かで最高だ。移動するときにたまに使っていただけだったため、そんなに気にしたことはなかったが、本当に落ち着く。
例えるならば、田舎の図書館くらい?
「ふがっ……」
「わろい寝息だな」
「……わろい?」
気絶して寝ているので、どうしてもいい音を奏でられない、まごうこと無き戦闘狂。
その本名「ギェリヴ=ワーグナー」。
こいつ、スキル見たら正しく脳筋だったわ。
この世界ではスキルや魔法は鍛錬されるのだが、スキルレベル表示なんて利便性が無いからその実力を測るのは難しい。
でもこれだけは言える。恐らく長い間これを使っているから、並大抵の力じゃない。
それにスキルだけじゃない。
「力」と名の付くスキルは、自身の筋力を魔力で補って一時的に増強するというもの。
つまりは下地となる筋肉がいるわけで、それがほぼ攻撃力などに直結する。その地盤がこいつはガッチガチすぎる。いやマジで。
ひょろいように見えてその実、中に蜘蛛の糸をソーセージのごとくまとめた繊維状の筋肉がびっしりと。
端的に言って、スキルがない世界ならまず間違いなく俺は死んでいた。
正直あのウザい観賞人に、シャドーに転生させてくれたことを感謝しないといけないレベルだ。
「……んがッ!? 俺は負けてな――」
「やっと起きやがった」
遅えよこのボケナスと言いかけて、一歩食い止める。
流石にミレメルの前で、そんなほいほいと暴言なんぞ吐きたくはない。
心意気はクールにスマートに。そうする俺を一目見て、当のギェリヴはというと。
「……お、まえ……ビンタの……」
ワナワナと現在進行形で震えている。
どれほど物理としての強さを持っていても、総合的に勝るこちらは恐怖として目に映るのだろうか。
そんな突拍子も無い事を考えていると、自分の遥か斜め上を行く反応をされた。
「すぅ……っげえええな、てめえええ! このギェリヴを一撃で倒したのはお前が初めてだぜ! いや、お前などおこがましいったらありゃしねえな……」
急な温度の上昇に、こちらが変に火照りそうだ。そんな元テニス選手な圧力はいらないんだけど、と言っても伝わるわけがない。
更にこちらに有無も言わさず、反応も許さず、ギェリヴの言葉は加速する。
「あんたは俺の最高の目標だ! 師匠って呼んでもいいか? 今後も俺と戦ってくれ!!」
崇拝が、要望が、重なり連なり織り成していく。
ミレメルが、珍しく自分を嫌悪しない人(見ていないだけ)と会えて少し楽しそうだ。だがなミレメル、俺はちっとも楽しくねえよ。ごめんだが。
「ボスはやめてくれ……それにお前と戦っている暇は――」
「ええー! いいじゃんかよぉ。その強さ学びてえよお!」
うるさすぎる。
駄々こねる子供ってこういう事なのだろうか。まあ、学びたいという姿勢はいたくまともなのか。
このまま食い下がる気か?
「駄目だ」
「頼むぜえぇ……」
「無駄だ」
「たのむって……」
「無理だ」
「た、たの……」
陰の世界から出ようかとも思ったが、こいつ俺の服ごと引っ張ってまで食いついてきてる。
この調子じゃ話は平行線か。
「はぁ…。まあ、ミレメルに対して悪く言わないだけ、ある意味お前はまともなんだろうし、その変なのに付き合ってやるよ」
「……ほんとか!」
目を輝かせて、現金な奴だ。
「ただし条件がいくつかある。あくまでお前を俺は仲間とするから、俺やミレメルを殺すことは許さない」
「ミレメルってのはそこの意外と強い嬢ちゃんか。当然、俺はお前らと戦いがしたいだけだからな、殺すなんて考えもしねえな」
「ならいい。それと、お前戦いたいって言うけど、そんなに相手もしてやれんと思うぞ」
「むしろこんな強い人に戦ってもらえるのが俺的には本望なんだが」
まじで戦いにしか興味を示さないことに、若干引いてきた。今更だけど。
「そしてもう一つ。俺はいずれ、神様みたいなやつと戦う」
「は?……神?」
「それってオーナメンタルの事よね?」
「ああ。そいつは……まあ遠い所に住んでいる。恐らくだが相当長い旅路だ。ただ、あいつは敵ってわけでもないから、そんなに急いで近づくことも無いだろう。こんなノープランな一向に加わるかどうか。それはお前に決めてほしい」
ノープランが伝わったかはさておき、ギェリヴは熟考している様子。
だが、実は考えていなかったらしい。
急に笑い出しているのだから。
「ギ多多多多! こりゃあ良い! ほんとにいるって顔してるから、いるんだろうよ神。俺はマジで幸運だ……そんなすげえ奴と戦えるってんだからよぉ!!」
「……」
「いずれ戦えるなら、俺はボスと戦うだけだ。――無理にでもついていく。無駄にでも、ついていってやるぜぇえええ!」
無駄にでもの意味がよくわからないが、決断の変わらない、軸のぶれない人間だという事はよくわかった。
無論、面倒臭いことに変わりはないのだが、これは俺にも利があることだ。
実力持ちの戦闘狂、これはつまりミレメルを守る要因が増えるという事。この旅は実質、差別から逃れ、いつの日かオーナメンタルを倒し、平和に暮らすことを根幹に持っている。その大きく長い目標を達成するには、カードが多い方がいい。
よって、この切り札というのは手放すことがとても惜しいのだ。
「んじゃま、よろしくな、ギェリヴ」
「ああ、よろしくだぜ。ボス」
こうしてギェリヴは、世界が黒く染まる住宅の陰の中で、奇怪な家族加入(仲間入り)を果たしたのだった。
「……因みにボスの名前はなんて言うんだ?」
「ん? カゲハル」
「おお、かっけえ名前だなあ。ボスカゲハルか……そして嬢ちゃんがミレメルか。よろしくなぁ」
「よ、よろしく」
どこかやさぐれているから、ぱっと見は恐ろしく見えるこの男。
だがその中身は生粋の戦い好きの馬鹿であり、決して怖くはなかった。
「さ、ここから出るか。……あ、あとギェリヴ。ミレメルは迫害を受けている。決して彼女のフードとかを人目につくところで剥ぎ取ったりすんなよ」
「ああ、あの馬鹿どもか。んなもん気にすっとこっちも馬鹿がうつるぞ」
馬鹿に馬鹿と言われれば世話なさすぎる。
「それでも、いろいろ面倒なの。ミレメルも過去に怖い思いしてるんだ。彼女の気持ちを察して気遣うのも強さの秘訣だぞ?」
「お! そうか! なら隠し通してやるぜぇえ!」
ちょろいのか、危なっかしいのか。よくわからない。
不安ではあるが、とりあえずと思い、路地裏の陰から出る。
眩い光に包まれて、暗い世界が少し暗い世界に代わる。
それと同時にとてもうるさい。これは俺たちの声ではない。
「……ま?(マジで?)」
「いた! 英雄様だ! 捕らえろー!!」
皆の心と安全を救い取ったみんなのヒーローに投げる言葉じゃないじゃん。
矛盾だわ!
だれか俺を助けてください……
そんな俺に朗報が。なんと英雄が現れた。
「ええい、邪魔だ邪魔だアアアア! ギタタタタタタタタァアアア!」
俺が真横で目から鱗してると、地面を手で蹴り、槍のごとく足が警備兵に当たっていく。
なんか、ろっ骨折ってるんだけどこの子。
え、怖ッ!?
「おわあああああ!?」
「な、こいつ、あの囚人か!」
「ぎやあああああああ!」
「ギェリヴだああああああ!?」
錯乱する人たちを、バッタバッタと蹴り飛ばしていく。
ただでさえ狭い路地の住宅壁に人々が飛んでいき、めり込んで重なって更に狭くなる。
近所迷惑だとか倫理欠損だとか、それだけに収まっていない。
荒れ狂う人ごみに紛れて、俺はギェリヴを引っ張って去る。
「あ、おい。俺はまだ暴れたりな――」
「ちょっと頭冷やシンス」
小さく布に包まった愛くるしいミレメルは、ギェリヴを担ぎ上げた俺に隠れている。
完璧に一般人。
うん。
「おい、俺が悪かったって言いてえのと、この体たらくじゃ逆に注目されねえかと言いてえんだが」
「……ギェリヴにしては冴えている」
「カゲハル、悔しそう」
「悔しくはないけど……なんだろう。解せぬ」
自分を改め、ギェリヴを下ろす。
周囲の目は段々と気にならなくなり、もう追ってこないだろう。あくまで俺が真霊化で透明になっていることを前提条件としてだが。
そこからは順調に街中を進み、ついに食品の市場に到着。
飯を探すことも目的としていた俺は、その店で見つけたものに驚愕する。
「これは……塩?」
「ああ、ソルティアか。確か肉にかけっと、えらくうめぇんだよな」
「これはカゲハルが探していた物?」
「……そうだな。塩で合ってるのか」
「うん、塩の一種よ。『ソルティア』って名前の同じ植物の果実汁を熱すると出てくるの」
塩は塩でも海水の塩や、岩塩ではないらしい。
これはまた新しい、そしてありがたい。
元日本人としては調味料にこだわりがあるから。
(醤油はなさそうだし、ミレメルの持ってた調味料も買っておくか)
野菜炒めを作った時に使った物。それはとても美味だったので、リピート欲が出てくるというものだ。
しかしながら店員は、ミレメルとギェリヴが誰と話しているのかよくわからなかったが、当人たちはそれに気づいていなかった。
「じゃあ、これとこれと、あとこれください」
「あいよ…」
金銭を渡し、物を買う。
以前ミレメルからこの世界におけるお金を聞いたが、日本と大差はなかった。
ただ紙があまり普及していないことも相まって、基本通貨は全て硬貨となっていた。
鉛銅銀錫金とあり、それぞれ一十百千万という位になるらしい。つまり銀十枚に錫一枚で1010円となる計算だ。
買った塩を魔吸収に収め、他はミレメルが翠眼に仕舞う。
出店を離れ、大通りを進む。
「すまんな、買ってもらって」
「んん。気にしないで。私の方がよっぽど救われてるから」
「そう? ならありがたく」
日頃のお礼といった所で頂けたこの塩、大事に使おうと決心。別にそんな大層なものでもないのだが。
「なあよぉ、ボス。飯食わねえか? 流石の俺も戦い疲れが出てきてるんだわ……」
「そうするか。ついでだし、宿も探すか」
「なら私に任せて。この街の土地は割と把握しているわ」
ガイドこと美少女ミレメルに、紫髪と茶髪の二人組は案内される。
その場所はいわゆる居酒屋と宿が一緒くたになった、雰囲気のいい建物だった。
基本は石やレンガの土台につるっとした木材で覆われており、お洒落とも言えるし、店のあちこちに少し見える年季の入りようから、老舗のような親しみやすさもあると言える。
「よし。ここにするか」
「ああ、そうだな。さっさと入ろうぜ、腹が減って仕方ねぇ……ギタタタ……」
いち早くギェリヴが入って行ってしまう。一応元囚人なんだから気を付けてほしいものだ。まあ、そいつを連れている自分もなかなかにヤバいのは承知の上だが。
「一応俺としては、魔物を倒してくれるしミレメルを忌避しないからいい奴ではあると思ってるんだが…………うっ」
思考を急に覚まされる。自分の脚に何かが当たったからだ。
ミレメルは俺の横だし、じゃあ何が……
振り返ると俺に当たったらしい人物が、足元おぼつかなくしてヨロヨロと歩いて行っているのが見えた。
「……女の子? しかも、傷だらけじゃねえか」
「え、ちょっとカゲハル!?」
俺の足は既に動いていた。
ゲームではこういう気になるものに限ってイベントが起こることがザラにある。そんなシチューだと、運命が俺に興味を持たせたのだと、そう思う。
その子は身長が百センチくらいか。俺らの衣服など比べ物にならず、ましてやギェリヴのものより酷いのではないか、と思えるようなボロボロさ加減の服。
何をどうして誰が何をしたらああなるのか、想像がつかない。だが、これだけは言える。あれはまず間違いなく数日で死ぬ。
「ちょっと待って、そこの君!」
ゲームでは無関係な人にホイホイ話しかけられるが、現実的に見てこの場合誘拐犯じゃねえか、と日本的謙虚さが出てくるが仕方ない。
「…?」
「その様子、何があったの?」
そう聞いた途端、驚いたのはこちらの方だった。
『ダッ』
逃げた。
エスケイプした。
「あ、ちょっ」
そこまで速くはないが、小回りが良く効くらしい。人ごみの中をあっという間にすり抜けていってしまった。
当然追えるはずもない。知恵の詔なら何とかしてくれそうだが、人が多すぎて行動制限を掛ける必要が出てくる。
「超心配……」
「どうしたの?」
駆け寄ってきたミレメルの方がよっぽど心配顔だ。
「ああ、いやすまん。なんか傷だらけの子がいたから」
「傷だらけ……ならそれは負い子かも」
「……負い子?」
「そう。無理やり働かされる子供の事。別称は奴隷」
世も末とはまさにこういう事を指す。
無性にあの子を追いたい気持ちが来る。
それはあの子を助けたいからか、それとも制度を生み出したものを排斥したいからか。
「カゲハルがしたいようにしたらいいと、私は思う」
「ありがとな。だが、とりあえず今は腹ごしらえしよう。こう見えて、欲張りの紋のせいで狂乱しちまいそうだ」
次第に起こるレベルアップと戦いの戦利品で、飢えを一時的にしのいではいたものの、やはり足りない。
自分の体が魔力で出来ているから、正直なところ魔力さえ吸っていればそれでいい。
だが、空気中に漂う魔力はあまりにも薄く、スキルによる魔力回復ではMPしか回復しない。SPが尽きて狂乱し、MPで体を維持しても、狂乱状態のときに喰う魔力が回復量を遥かに上回っているため、どうすることもできない。
狂乱時に意識を保てるとはいえ、一歩間違えれば普段のスキルが攻撃力を増して殺戮兵器と化す。油断大敵である。
「おっせえよボス、ミレメルの嬢ちゃん……」
「ごめん。というかお前が早えんだって」
「んなわけあっかよ。どう見てもボスも腹減ってんぞ」
「ギクッ……ばれたか」
店の椅子にもう既に座って待っているギェリヴ。逆に注文をもうしているのかと思ったが、そうではなかったらしい。
まあ多分、お金なかったんだろうけど。
「で、ミレメルは何がおすすめ?」
「う~ん。いつも私はこのサラダを三杯食べているわ」
「これ、大盛りじゃね? それを三杯も?」
「うん」
「それだけ?」
「うん」
何とオールサラダのミレメル。
美はやはり野菜から来るのか?
「そんな草ばっか食べてるから、チューリドゥみてえにひょろいんだよ、嬢ちゃん」
「んな……チューリドゥって……」
チューリドゥとは、いわゆるネギのような植物である。
「俺みてえになるにはやっぱ肉だな。これなんかどうだ? 『ギョモール牛の胴焼き』って」
イラストには、マジで四肢と頭と尾っぽを除いて皮を剥ぎ、臓器を取り出した丸太の牛を焼いたものが。
こんなのアニメどころではない。ましてや人が食う代物なのか!?
「これ因みに重さは……」
「500キロだな。小ぶりな牛だから実体重がそもそも600くらいしかないが」
(ジーマーで500もあんの!? それ人間じゃねえ……)
唾が咳と共に外に飛んでいく。
真の驚愕を目の当たりにするとやはりむせるんだなと久々に痛感した。
そもそも大食いタレントでもそんなに食ってなかったような気がする。というよりも、そもそも人が一日に食える最高量が三桁も行っていないような……
「というか二桁すら……うっぷ……」
食べる前から吐き気がしてきた。別に俺は魔物であり、魔吸収にはどれだけ収まるか知らないほど、腹の容量は大きい。それ故吐くことも無ければ、実際この量では少ない可能性すらある。だが人が食う物としては、これは食世界の魔王のよう。
「じゃ、俺はこれだぁ」
「ふん、チューリドゥでもいいもん」
それぞれ全く異なる料理のはずなのに、規模がデカい。
人間の頃の俺が少食だったみたいじゃないか。
「……じゃ、じゃあ俺は」
そういってメニュー表を、汗吹き出しつつ見る。
よく見ると、ギェリヴが選んだものはこの店で最高重量だった。ミレメルが選んだサラダに至っては、サラダの中でではあるものの、トップクラス。
何となく存在感を残したいなどと変なプライドが出てきてしまい、つい震える手で俺が押してしまったものは、
「………『魔力酒』で」




