47 戦狂囚人
コソコソ……
俺は忍び足で建物の裏路地に隠れる。なぜこんなことをしているのか、気になるのはどこのどいつだー?
いや、ほんと苦労が絶えない。こんな調子じゃミレメルの迫害問題から逃れるどころか、俺の美食道(目的違う)のための調味料も探せやしない。
「例の謎の英雄様は見つかったのかい衛兵さん?」
「それが…未だに」
「おーい、こっちはどうでや」
「いねえ……なんでだぁ?」
「せめてお顔くらい拝見させてほしいもんだ」
「精一杯お礼したいのにね」
辺りが騒がしい。探しているのは、当然この俺。
「なあ……」
「……なに?」
「……だるい」
「う、原因が自分だけに何も言えない……」
「ははは……いや君のせいじゃないし仕方ないんだけども」
隣にはミレメル。
現状は至ってはシンプルで、俺達が戦っていた様子が瞬く間に町中に広まったことにより、俺を一目見ようと群衆が探しまくっているという事。その容姿もあの玄関口の衛兵が覚えてしまい、筒抜け状態らしい。
何とか俺は霊化、ミレメルは以前来ていた時と同じだという大きな布を頭まで被り、素性を隠して撒いている。
その綺麗な純白の髪が、フードからこんにちはしそうなときは流石に俺も焦ったが。
「どうやら引きそうにない。少し面倒だが、そっと路地裏を進んでいくか」
振り返ると、お先は真っ暗。動物の動きどころかそもそも屋根のせいで光が全然入っていない。東京の街にもこんな場所が無数にあるのだろうか。
壁を伝い、足元に気を払いつつ着実に進んでいく。
右左、左左右。右往左往しながらゆくと別の道に出た。光が差す明るい道を行きかう人は皆、やはり俺を探している。よくよく見るとあのときの門の会場係の二人も。
「なあ、やっぱりあいつら捕まえないとダメなのか? 俺たちを救ってくれたんだぜ?」
「……それでもやっぱり白髪のあの女の子はどう見ても禁忌だし、王に言わねえわけにもいかんしなあ……。いっそあの子がフードでもかぶって俺達に気付かせないようにしてくれてたらよかったが」
兵としては有能と言うべきか。
その感覚強化を持って二人は耳より聞いていた。
「いい衛兵さんだ。ここにはミレメルに対する加害者への報復もあって来たが、どうやら現実はもう少しマシなのかもしれん」
「そうね。……はあ、やっぱり気が重いわ。人のいるところ」
「ガンバ。さあ、探すのに血気盛んな奴らは行ったし、そろそろかな。いつも君が買っているようにさっさと済ましちまおう」
スッと出て、屋台が並ぶ市場へ急行。
相変わらずの人の多さだが、ミレメルの背後を透明でそっとついていくカゲハルは、所々床に出来ているクレーターが気になった。
ここには魔物は押し寄せていないはず。その証拠に屋台は平常運転、人もそれをこけないように踏んで行っている。
ということはこれは、あの警備兵が言っていた囚人の物だろうか。
「確かもう一方の群れを一人が相手してたよな?」
知恵の詔で俺はその一人を戦闘時に察知していた。
だが今はどうだ。わざと気配を消しているのか、それとも人族だから一般人に埋もれて察知できていないのか。全く消息が掴めない。
「うん」
「ミレメルはどこに居るかわかるか?」
「カゲハルが感知できてないなら、私には無理。長年魔法やスキルを研究しても上達するわけじゃないから」
そうだよなあ、と頭を掻く。
すると、
【その囚人の位置。たった今わかりました】
知恵の詔が喋った。
(本当か!……どこにいる?)
【あなたの目の前です】
え。
疑問形の俺は、たった今この瞬間で状況を完璧に理解した。
知恵の詔ですら見失ったのは単純に、こいつが人族であるのと同時に、潜む、つまりは戦闘経験が生んだその呼吸を抑える技術があったからなのだ。
「よぉ……」
「……」
「よそ見してんじゃねえよ」
「…私ですか」
「は? おめえじゃねえ。後ろの奴に言ってんだよ」
どうやら透明だろうが何だろうが、気配を読んでこちらを見透かしているらしい。
なんて野生感。
こんなのありか!?
「よくわかったな」
「へッ。やっぱいたか。いやあ、流石に俺も気づけたのは奇跡だぜ。ついでに言えば幸運だ」
奇しくもその蛇のようなほっそい眼を、強くこちらへ向けてくる。
服は荒れているが、保温機能はありそうだ。それを秋のような暖かい気候とはいえ身に着けている時点でもうひねくれている。
「一応聞くが、お前が囚人ってことでいいのかな」
「お? なんだ知ってんなら話は早え。戦えお前、俺と」
「はい?」
次の句を言おうとしたら、もう上に相手は飛んでいた。
軽く十数メートル飛んでいる。速い。そのせいで辺りにいた人が吹っ飛んでいる。
俺が構えたら、ミレメルが急に防ぎに来てしまう。
「空操の陣―――――『コントロール』‼」
足を支える魔法を最大限利用する。途轍もないサイコキネシスで、男は空中に静止した。
「ギギ………」
「……」
ムスッとしたご様子でミレメルさん。
あまりにも話が通じなさそうである現状にむしゃくしゃしているのだろう。
だが俺はそれよりもフードが脱げそうなことを心配する。
「おお、髪出るぞ」
「ギギギギギギ」
「ッ!?」
急に空中で風船が割れるような衝撃が。
なんと、コントロールが破られたのだ。
「ひゃッ!」
「ギタタタタァアアアア! 邪魔アアアアア!」
「おいKY」
男の足蹴りを、スキル「腕力」でもって止める。
男の足がミレメルに届かず、片腕一本で止められている状態で、辺りの人々も騒然とした。
彼女は隙を見て俺の背後に隠れる。
「けーわい、ってぇなんだぁ?」
「空気読まないってことだ」
「否定はしねえぜ。だって俺は強いからな」
その姿勢から体を後ろに倒し、頭から地面へと向かう男。
俺は一瞬ヒヤッとしたが次の瞬間、男は掴んでいた俺を、逆立ち姿勢で投げやがった。
一直線で男が来た方向に吹っ飛んでいく。受け身姿勢じゃないため、俺は久しぶりに死を感じた。
『ボヴン』
「カゲハル!?」
「よっと。うーん、期待外れか。思いの他軽かったしな」
目の前からカゲハルが消え、ミレメルは体の微々たる毛が全て逆立った。怒りでという意味ではなく、恐怖という風で。
「さて、あいつにもう用ないし、ずらかるかな」
「ちょっと待って」
女の子の声に、振り向く男。
「あぁ?」
「許さない。『ハイ=ライレイ』!」
宙から黄色い雨が降ってきた。
それ一つ一つがツララのように鋭く、当たったらひとたまりも無し。
しかし、
「おお、祝ってくれてんのか? なんか最近良いこと多いな」
まるでシャワーや紙吹雪を浴びるがごとく楽しそうな表情。
完全に気にしていない。
敵とすら見ていない。
「くっ……フグッ……」
胸の苦しみに藻掻きます。
純粋無垢に辛いです。
何故か格の差を思い知らされる。
一応の足掻きに、能力査定。
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ステータス 人族 ギェリヴ=ワーグラー Lv173 属・なし 体質なし
攻力8200
防力7829
体力8122
魔力1350
精力7800
俊敏3200
紋:戦闘狂・無慈悲な拳・戦欲覇者
スキル:腕力・脚力・腹力・握力・強靭・感覚強化・状態異常耐性・痛覚耐性・血液凝固
P500,000,000所持中
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半透明のプレートに浮き上がる文字。そこにはあからさまに一途な性能が示された。
基本性能はミレメルを上回るものの、魔法は愚か、スキルも大体がドーピング系。
強靭と言うスキルは攻撃軽減の汎用性大といった代物。
まずただの脳筋といえる。
(な、なんなのこの内容……ここまで単純なものを私は知らない。でもこれだけは言える。強い…!)
魔法の全力使用で肩が上下している。
鼓動が速くなっている。これは萎縮ではなく疲労と憤慨。
「翠……眼……」
「あれ、雨が消えてる……おお?」
浸っていたギェリヴを無視して唐突に発動。
不意を突かれてギョッとしたが、何の気なしに本能でガードの姿勢をとる。
だがしかし、それは無意味となる。
「グオッ!? 足元の地面ごとッ!?」
キイイイイイイイっと高まる甲高い音。やかんが沸騰する音とはまた違った、例えるなら戦闘ロボが放射式のレーザーをチャージするといったところだ。
だがこの場合、打つのではなく吸い込んでいるのだが。
風がギェリヴの後ろから押し出してくる。
煽られるようなその無形物にそこはかとなく苛立ってくる。
しかし、今は目の前にいる、自分と互角かもしれないこの女子に興味が表れる。
敵としての興味が。
「ギェハハハハハハ! いいねいいねぇ。それに吸い込まれたらどうなるのか気になるが、今は止めておこう………おらッ――――」
「ストップミレメル。怒りに任せてる」
「か、カゲハル……」
後ろから急に現れたのは紛れもない俺。
何とか復帰できて一安心。
対してギェリヴは目を輝かせている。
「ほーん。やっぱり気配消しているだけあんじゃん。俺の期待を裏切らねえ……」
「あー。言っちゃなんだが、もう止めねえか?」
「あ? ッんでだよ!」
半ば強引に中止に持ち込もうとするカゲハルに、男がキレる。
「お前じゃ俺達に勝てない。それに、周りに迷惑だ」
「うるっせぇ。戦いに水差してんじゃねえ」
「だからその抑制効かないのがお前の弱さだっつってんの」
「あああ!! うるせぇうるせぇうるせぇ!!」
一向に聞かん。どうしたらいいんだこれ。
姿現してしまってるからか、周りが妙にざわつき始めた。ミレメルのフードももう男の圧で脱げてしまっている。再度被ってももう遅い。
「ああ! 英雄様ってこの人じゃない?」
「そうね。衛兵さんの証言と一致するわ」
「おお。あの方が! ……しかし、横にいるのは禁忌じゃあ……」
「ええ! 嫌だ!」
「なんで? 汚らわしい……」
もう言いたい放題だ。誰も聞く耳を持っちゃいない。
ミレメルが肩を落とし始めている。
俺はそっと手を添えて、元気づける。
だが、周りの目が変わることはなく、むしろ悪化する一方。
片付くことは恐らくないのかどうか。
はぁ~……めんどくせえ。何かで簡単に静まらねえかな。
「俺が好敵手と認めた相手になんだその物言いはよぉ?―――ア゛? もっぺん言ってみろや……その足複雑骨折してやってもいいぜ? なんせ俺は無料で提供できるからなぁ」
「ひぃいいいいい!?(泣)」
近くで言っていた人間の喉元に、食らいつく(精神的に)。
俺の願いが一瞬で叶ってしまった。
「おめえだけじゃねえ。そこのてめえもだよ。お前も、お前も、そいつもあいつも。どいつもこいつも……アアアアア気が済まねえええええええ!!」
どむっと地面が歪んだ。辺りの屋台も液状化したような地面に沈み始め、人々もその圧に気圧されて逃げ出す。強すぎるただの戦闘論。いや、スポーツマンシップか。
それよりもなんて脚力だ。怒りに沿うように足の力が増えている。その気になればミレメルを殺しかねない。
「ああ、その……いったん落ち着け」
「これが、落ち着いていられるかァアア」
「……」
「うおおおおおお!」
未だに地団駄を踏む格好。男の変なプライドがあまりにも邪魔すぎる。
苛立ってきた俺は空かさずスキル「影操作」で手を作ってビンタする。
知恵の詔さんのお陰か魔力の操作に慣れてきて、流石に俺も上がってしまった。
勢いが強すぎて相手が気絶してしまった。
「…か……あふ……ぎ、ギタタ……」
これはもはやどうしようもない。
とりあえず俺は、ギェリヴとミレメルを抱えて影操作で陰に消えた。
その後警備兵の二人やほかの住人がこのことを聞いて騒ぎがより強くなってしまったが、いたたまれない自分に、闇の中で慰めの心をかける。
「ふぁいと……いっぱあつ……」




