45 ラルシア王国戦Ⅱ
「生きていないからじゃねえの?」
それは半分事実であり、半分嘘である。
生きるという定義を「血と同じ役目をするものが巡回する」ことだとすれば、彼は―――というより“それ”は、魔力が循環する魔物であるから生物であると言える。
「生キテイナイダト………ソンナコトガアリエルカ! オ前ガ少ナクトモ魔物デアルコトハ、コイツラヤ魔王様カラ聞イテイルノダ。意思アル魔物。イイヤ、オ前ハ半人半魔。ナニヲシタノダ!?」
その冷徹そうな見た目は火に焼かれてはいない。しかし、精神は汗をかいている。
問いただす死神と、佇む紫髪のコンビは如何せんシュール。
「何をしたも何もない。ただ答えを言えば、分裂しただけだ」
「ブ、ブンレツ……ダト」
なんの事はないと、ケロッとした顔で答えた彼に対し、ワナワナと手を震わせるデスター。
「この魔物に転生して恐らく数週間。その期間、俺が未知の攻撃を想定しなかったわけじゃない。実際、違う世界線から来た奴に一回遭っているからな」
あれはこのデスターより強いのか。それは彼にとって問題ではない。だってカゲハルは勝算を得ているのだから。
「あんたの攻撃は効いた。確かにクリーンヒットした。だがそれは、俺の核が分裂した二体目の俺だ。この魔物は核が飛散しているから、当然魔力があれば無限に増えられるってわけだ。もっとも、空気みたいな魔物だから、どこからどこが俺なのか自分でも混乱することもしばしばだが……」
「ソ、ソンナ……マサカ……」
「でも、どうやら俺達ではお前を殺すことはできないらしい。それはお前、若しくはお前の世界線の要素がこっちより大規模で強いってことだからまあ、誇っていいんじゃないの? そんなに落ち込まなくても」
敵に気遣われる始末。笑えてくる。
それを耳に入れた瞬間、デスターの中で何かがプッツン――――と。
「フ、フハハハハハハハ!! ソウカ、私ハ強イカ、ソウカソウカ。………ナラ、シネエエエエエエ!!」
強いと言われたように聞こえたが、そう言っていないようにも聞こえる彼のイントネーションに、感覚を狂わされたデスターは嗤って彼に襲い掛かる。
何がしたいのだろう。
何を求めていたのだろう。
自分で自分が分からない。
「あー……お気楽思考のミスター・デスターに、チョベリバなニュースがちょっとツイートされているんだわ」
そう言い、手を出し広げてストップさせるカゲハルを、間抜け面で眺めるデスター。顔はフードで見えないわけだが、何となく間抜け面だと周囲から一目瞭然。
「ハェ?」
声が抜けてしまった返事を返したからだ。
「『別に殺さなくたって、俺が食べちゃえばいいんじゃない?』と、第二の俺はツイートした。バズってファボって結局、ウィナーはこのカゲハルですねと」
肩を透かし、拍子を抜かせ、力を奪い、何もかも。
くろーい渦が刹那、デスターを丸呑みにした。
この能力が、生きているものを飲み込まないはずなのにも関わらず。
「魔吸収ゥウウ―――!!」
「ナアアアアアアアア!? やめr―――――――――――」
ボンッと消えた。実にあっけなく。素っ気なく。
何故取り込めたのかという疑問もあるが、その仕組みをカゲハル自身が深く考えることはなかった。
「す、すごい……」
驚きが顔に出ていたミレメル。あれほどの存在を、飲み込んで終わらせてしまうのだから当然だ。
だが、カゲハルの顔は体と同じく明るくない。
「……何も凄かない。俺はこいつを倒せなかったからな。ただ取り込んだだけで、完勝したとは言えない」
飛んでくるゴブリンを払いのけ、そのまま影の蛇で消すカゲハル。決して吸い込んではいない。
「俺はあまり生きている奴を中に閉じ込めたくないんだ。いくらこのスキルの容量がデカいからって、何かが体内にいるのは寄生虫を飼ってるみたいで気持ち悪いんだよ……」
「ふふ、確かに。でもそれって、何もない空間にずっと居させるよりは倒してからっていう、カゲハルの慈悲でしょ?」
家族が優しいことを再確認したことで嬉しく、ミレメルは褒め言葉を与える。
確かに何もない空間に居続けるのは、宇宙にいるのと何ら変わりない。もしカゲハルがそれをしたとしたら、よっぽど怒っているか、敵を精神から粉砕してやりたいと悪だくみしていることだろう。
前に洞窟でバテックゴブリンの魂を取り込んでいたが、アレに関しては魔石に精神が残っていたという事でノーカンとしているカゲハル。そのあたりの分別は曖昧でアバウトである。
生物を体内にいさせたくないという拒否感が根底にはあるが、慈悲というのもあながち間違っていないので、カゲハルはすぐに答えた。
「ま、そうともゆー」
深々と首肯し、手を振り、飛んで来たヴァウル一行を一撃で消す。容赦などというものはゴミ箱かドブに捨ててきました、と言わんばかりの余裕は流石にどうなのだろうか。
一方ミレメルは光の雨を降らす「ハイ=ライレイ」や、切れ味の良い空気を飛ばす「迅速球」を駆使して、豚の魔物「オーク」や鬼の魔物「オーガ」をはじめ、数多の魔物を倒していく。しかし中には、デスターと同様に世界線をまたいできた奴もいて、彼らの対処には少しばかり苦戦する。
基本、あいつらにこの世界の技は通じないと考えたほうがいい。だが、カゲハルが持つ「欲張り」の紋による狂乱や、聖界の光線など、強力な技で倒せないことはない。実際のところ、デスター以外の異世界生物はそこまで強くはなく、ミレメルも苦戦はしても対処には至っていた。それこそ不幸中の幸いだ。
「もうっ、このっ…………きゃッ!?」
「シェドラ―――!!」
脳神経は超速を記録し、世界の速さが遅くなる。ミレメルを襲った蜘蛛型の魔物への最短ルートを、リアルの一秒で考えて、もう一秒で込める魔力量を考える。そうしてシェドラを的確に放つ。
実は魔力を込めすぎると対象を超えて遠い所で技が発動することがあり、カゲハル自身、これには過去に悩まされていたのだ。技を使い始めて長い今、短時間で長く考えられるため、技の精度は百発百中をマーク。問題なしである。
よってミレメルを助けることは確定条件。
「助太刀、友達、命大事に!」
「ジュルゥ!?」
「俺達ファミリー。強くて不敗―――ってラップ口調だなこれ……」
気付けばマイク片手に歌っていそうだが、戦場を楽しんでいる証拠だ。安心も出来ないはずだが、鮮やかな姿勢でミレメルの側によって背中で支え合う。
「でーじょうぶか?」
「……うん。ありがとう。ちょっと油断した」
「雑魚の集まりとはいえ、俺も夜じゃなけりゃ武器に頼る他ねえからな。ま、スキル以外の攻撃を無効化する俺を盾にでもして、安定的に仕留めていこう」
半ば自虐的な発言をする彼に、ミレメルは心をギュッと締め付けられる。家族を欲していたのはカゲハルだけでない。彼女もまた、孤独に怯えるのだ。
「だめ……盾には絶対しないの」
「お、おう。俺だって死にたくはないから、あくまで最終手段ってことな。でも、君は俺の家族で女の子だ。ホントに死にそうなときは俺を身代わりにしてくれよ? 俺だって死んで欲しくないんだ」
結局、共に生き続けたいという感情に変わりはない。話は平行線。安定はしている。
「つまりはいつも通りと」
「ザッツライト。ドントチェンジ。相も変わらず平常運転」
カゲハルはその手に陰から生み出した剣を持つ。基本、自分の一部のような物なので、殴るのと何ら変わりないが、これだと叩きやすいという利点がある。反面、これを維持するのに魔力を浪費するが、そこは無限の魔力に問題なし。
ミレメルの圧倒的な火力に蹴散らされる魔物達。
カゲハルの影に喰いこまれる魔物達。
ミレメルは数値にして5400、カゲハルは人化と夜魔多のオロチを掛け合わせて、25×100で2500の攻撃力を持つ。カゲハルの方が若干少ないものの、無限に生み出されるスキルの蛇は継続的なダメージを与えることで、ほぼ嵌め殺しとしか呼べない攻撃を行っている。よって一呼吸置かないといけないミレメルより、カゲハルの方にダメージレースでは軍配が上がるのだ。
チート、猛毒、そんな攻撃を連想させる蛇に太刀打ちできるのは、唯一デスターだけ。そう思わせるが、実はそうではない。
魔物があらかた片付き、勢力がカゲハルたちに傾いてきたその時。自分たちの周囲が暗くなったことに気付いたカゲハルが、ミレメルを抱えるようにして一瞬で地を駆け抜ける。同時に降ってきた陰の元凶である攻撃からも、抜け出すことに成功した。それは世界樹をベースにして作っているのかと思わせるほど巨大な棍棒。お馴染みのルックスだが、その威力は武器が持ち上がった後の地面の惨状からも分かるというもの。
「なんか遅かったけど、最終決戦みたいでいい雰囲気だな」
「ガウアアアアアアアアアアアア!!」
一番初め、この場に現れたボス格とも呼べる存在。その獅子色の皮膚と一つ目は、場にある全てを押しつぶすかの如く存在感を漏らしている。
何度も言うようで飽きてきそうだが、サイクロプス。普通なら油断ならない敵である。
「……さっきから牽制はしているの。でも駄目。固すぎる」
ミレメルの不安がる様子。魔法やスキルに関しては圧倒的な知識と実力を彼女は持っているはずなのに、臆させるほどの差が相手にはあるということ。
「……地味ーに奥に回復する奴がいるからではなく?」
カゲハルの言う通り、サイクロプスの両脚の間。詰まる所、股から覗く位置にそれはいた。
何というか、純粋に緑の服を着ているだけのシンプルな術者である。だが、ただの術者ではなく、彼は多くの魔力を持っていたのだ。人は魔物に比べ、魔力量が少なくスキルも殆ど使えないとミレメルがカゲハルに教えていたが、それを根底からひっくり返すような量の魔力で、あのデカブツの体力を補っているのだ。
「あ、ほんとだ」
彼女も能力査定で術者を捉えたが、今までサイクロプスに集中していたため、あの者の存在に気付くことができないでいた。それもそのはず。サイクロプスが数十メートルあるのに対し、人だから一メートルちょっとしかない。猫の下にいる蟻に目を向けろと言っているレベルであり、猫の大きすぎる存在感に揉み消されている。
だからこそ、自分の失態に落ち込むミレメルを、カゲハルはそっとフォローする。
「大丈夫。こっちに被害はねえから、今は戦いに集中しよう。……ミレメル、あいつに傷がないってことは回復速度が上ということか?」
「いや、それだけじゃない。あれ、筋肉増強系のスキルやカゲハルの強化障壁みたいなスキルのせいで、もはや全身が防御核になってる……」
ただでさえデカい上、固くて体力回復付き。リッチなホテルに住みつつのんびり攻撃してくるようで、とても腹が立ってくる。
「とことんチキンだなおい。さらに純粋な攻撃力は今の俺らよりも高いって、エグイな……」
鬼畜を具現化したような権化に、立ち向かう方法などあるのだろうか。そんな考えが頭をよぎるミレメルだが、それは一瞬で払いのけられる。
「さてと。始めるか」
シャドーはそのMPではなく、SPを使用して影操作を行う。シャドーであるが故に、SPも魔力量を示す。SPが尽きれば魔物に限らず生物は死に至るが、彼は違う。シャドーは魔力を体とするため、MPがあれば無限に生きられる。そして夜魔多のオロチは無限にMPを維持する。
意味するイコール、即ち不死。
「凄い量……でもカゲハル、SPが!」
「問題ない。任せろ」
焦るミレメル。静かなカゲハル。
蛇が巨漢の目に飛んでいくが、手で薙ぎ払われて消える。
しかし、あれらは囮でしかない。そして、力の蓋でもあった。
「無限に魔力を生み出せなかったら結構危ないこの力だが、今回はいい戦闘ができそうだ」
自我は失わない。確実に強くなっている。
殺戮加護、解析変化体、欲張り、夜魔多のオロチ。それら全てを掛けることで生まれる威力。数値にして1880万。サイクロプスが10万ほどであるが、話にもならないというのはこういう事だ。
『ズウウウウン』
紫髪の少年を中心に、辺り一帯が押しつぶされるようなプレッシャーに見舞われた。




