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44 ラルシア王国戦Ⅰ

 前方約数十メートル。敵は巨大。そして恐らくあれだけではない。傷口のように開いた大地からはまだ多くの魔物が姿を現し続けている。その全てがサイクロプスより小さいのは、喜んだらいいのか悲しんだらいいのかは、人によるのだろうが。


 出てきたのは、スライムやフレイム、ゴーストといった形の無い者。少し前にカゲハルが戦ったヴァウルやビューリーを含め、動物型の魔物。どれも数が多い。そして何より厄介なのが、ゴブリンシャーマンという魔術師……でなく、サイズが周囲の中で真ん中ぐらいのフードを被った黒い奴。顔が一切見えないその様子は、暗殺者か黒魔術士かに似ている。


「あ、あれは……」

「ドゥーユーノウ?」

「……ドゥ?」

「ああ、すまんこんな時に。あの黒い魔物、知ってるのかってこと」


 カゲハルは一切屈していない様子。そのせいで生じる間の悪い問いに、間髪入れず返答するミレメルもまた落ち着いている。


「……話でしか聞いたことないけど、あれは多分『デスター』。死神が近しい存在らしいけど、あれとはまた別の存在だと思う」


 彼女の話を聞いていたカゲハルだったが、何となくムズムズした感覚に陥っていた。同時に、「冥界神ハーデスっぽいな」とか「死神でよくね?」とか考えてもいたのだが、それは内緒事。


 そんな折、この門とは反対の城外にもう一体サイクロプスが出たらしいことに気が付いた二人。警備員の二人も気づき、街の中の集団に囲まれていた元囚人も動き出したらしい。


「どうやらピンチってやつかな」

「……そのようね」


 カゲハルは振り向いたとき、城壁から顔を出すサイクロプスを見て、どこかの大ヒット漫画を思い出した。が、そんなことを気にしている場合ではなく。


「ま、この街にはまだ興味がある。それに、警備員が素直に動いてくれた恩は返さねえと、つじつま合わずに矛盾しちまう」


 城壁の内側で慌てつつ二手に分かれる警備員たち。カゲハルはそれを一度視界に入れた後、敵たちを見つめる。

 すると、奥の方から勢いよく何かが突っ込んで来た。


 見えたのは猿だった。


「うーんと、あれは『ガルティッシュ』って言うのか。基本性能は速さ体力重視。スキルは『脳超加速』『跳躍』『腕力』エトセトラ……ノープロブレム、モーマンタイ」


 朱色の眼光激しくけたたましく、キャーキャー叫びつつよだれを顔目掛けて飛ばす。

 ところが、濁った液体は空中で幕を張るように静止した。そして流れ落ちていく。彼の前で。


「よしっ、もうお前は俺に近づけまい。乙かれさん」

「ギャッギャッ!」


 目の前にある、見えない壁。いくら引っ掻き回そうとどうも崩壊する様子はない。あからさまに格上を意識してしまい、ガルティッシュは冷や汗をかく。


「はい、臨終」


 自分の足元からシェドラを生み出し、ビンタさせることで猿は勢いよく飛んでいき空中で死亡。その亡骸はミレメルの視線に一瞬止まるものの、もう見向きもされない。


「んじゃま、先手とられたけど、突っ込みますかね。ミレメルには後方支援してもらって良き?」

「うん、わかったわ。……気を付けて」

「了解・オーライ・戦い放題!」


 草上を走り、地面を蹴り、空を駆け、地面に向かいシェドラ。

 地面が晴れてクレーターが出来たところに着陸してシェドラ。

 もう帰っていただいてシェドラ。


 殆どの魔物は彼の敵ではないらしい。だが、中には屈強かつ強固なものも。

「ガルティッシュ」の進化系こと「ガオラ」というゴリラはシェドラを叩き落とすことに成功。

 甲羅がとげだらけの「スティッカブ」という亀はシェドラを受けても後ずさるだけ。

 まさに自然が生み出した天才だ。


(こうもアニマルズにしてやられるとは……いいねえ。それにしても、狂化せずに普通に戦えるのは高揚感が違うわ。さいっこー……)


 夜ならもっと無双できるが、別に狂乱してまで苦戦する相手ではない。確かにそれはそうかもしれなかったが、相手の中に異質なものがいたがために、版は乱されることになる。


 イケる!

 そう思ってはいた。

 だが、それはカゲハル自身の怠慢だった。


 人化による基礎攻撃力があるとはいえ、その値は三十に行くか行かないか程度。精々殴って「うおっ」と言わせる程度でしかない。この世界では魔力を使えば、威力は数値にして千に達するとはいえ、全ての魔物に通用するわけではない。


「うっし、このまま――――――ングッ!?」


 急に首元が熱くなった。痛い。

 この苦痛は自然影響無効や状態異常無効を突き抜けてきているため、どこから来ているのかがわからない。


 何が起きた?

 どうした?

 それは脳超加速した彼の塵並みの自問。


「アナタデスネ。転生者」

(!?)

「イヤ、波長ヲ乱ス部外者カ……」


 それはさっき話題に上がったデスターとやらだ。

 何をされたのか一切わからないままだったが、恐る恐る首元に視線を向けると、なんと無数の手が自分の首を絞めてきていた。腕が細いためカゲハルの胴体が隙間から見えているが、首をホールドする力は並大抵ではない。抵抗するも枷のごとく外れない。


「か、ハッあ! お前、これスキルか!?」

「アア、喋ラナクテ結構デスノデ。モウ長クハ生カセマセン。アナタガ夜強クナルノハ知ッテイルノデ」


 どうやら、いつかどこかで見知ったらしい。一方的に。

 このストーカー野郎!……などと突っ込めるほど彼は冷静でなかった。肝も内臓も関係なく、自分の芯が氷柱に変質させられたのかと錯覚するほど気色が悪い。ミリも動かせない。


「モウアナタニハ用ハ無イ。私ノチカラデ掻キ消シテクレル」

「お、……おあが、ぶっふは、い……ああっ、おがッ……」


 顔を青ざめさせる。

 変身が解けず、意識がもうろうとする。こういうの久しぶりだと、怖い。

 ああ、死ぬんだな。その意識をした瞬間だった。


「ライトボウ!!」

「ッ!?」


 急な空からの阻止。それは聞き慣れた優しい声であり、契約者。デスターは身を引いたため、カゲハルから手を放さずにいられなかった。


「大丈夫!? カゲハル!」

「サンキュー……大丈夫だ、ぐっ……」


 足を立たせ、解析変化体の人化を解除する。ミレメルにとってシャドーバージョンは初めての御対面だったためか、凄く興味深そうに視線を向けてきているのがひしひしと伝わってくる。だが、それを気にしている場合ではないと彼女も向き直ったらしい、とカゲハルは悟った。


 デスターの方はと言えば。


「私ニ対シ、攻撃……」

「あなたは私が許さない。カゲハルに手を出したこと、許さない……」


 形相が鬼と化した亜族は、決して妥協をしない。だが、それは相手も同じこと。


「実ハ私ガココニ来タノハ最近デネ。“スキル”ガ私ニドレダケ効クノカ知ル必要ガアルノダ」

「だから、敢えて私の弾幕を避けた?」

「……実験シタイ。私ノ腕ニ攻撃シテミロ」


 何をほざくのか、一切何がしたいのかピンとこないまま、ミレメルは指示されたとおりに手を向ける。

 すると突然、カゲハルが前に出てきた。


「待て、ミレメル。こういう場合先手必勝とは限らない。相手はスキルを知らないと言うが、知っている可能性も大いにある。もし本当に知らないなら、別世界の住人って線もあり得る。もしその世界に強力なカウンター攻撃があってみろ、ミレメルは一撃で致命傷だろうよ。攻撃力高い代わりに、防御力低いんだから」


 カゲハルの説得に、一旦冷静を保つ彼女だったが、じゃあどうすればと目を向ける。カゲハルは向き直って、デスターに対して言う。


「なあ、デスター」

「ナ、ナゼ私ノ名前ヲ……」

「おや? 驚いたか? 知らないと思った?」


 カマかけで、相手が自分たちの持つ情報を知らないという事がわかった。


「隙ありぃ!」


 寝首ではなく普通に首を掻く。

 出したシェドラがデスターの顔目がけて飛んでいく。

 しかし、カゲハルが出した蛇は、あろうことか相手と融合するように、飲み込まれていた。


「ホウ、コレハ、アナタノ技ガ私ニ効カナイトイウ事ノ証明デショウカ」

「なあッ!?」

「カゲハルッ! 逃げてッ!」


 次の瞬間彼女が前に飛び出して来た。それに呆気にとられたカゲハルは、無念にも尻餅をつく。


「翠眼!」

「!……フム、無効デスネ」


 効かない。吸い込まれない。

 本当に常軌を逸した幽霊なのではないか、と彼は思ったが無理もない。だって相手のステータスは「対象外」。いつぞやの怨呪害憎怪と全く同じなのだ。


「フハハハハハハ! モウ怖クハナイ。モトイ、私ニ恐怖ナドトイウ感情ハ備ワッテイナイガナ」


 明らかに調子が出てきたデスター。だが、ミレメルは攻撃の手を休めない。ありとあらゆる攻撃を試していく。だが、その全てを無に帰す相手。強すぎる。


「だ、な、なんで……」

「痒サモナイ。ヌルイ。ヌルイ、ヌルイヌルイヌルイ!!」


 狂気的なってきた相手に、今やっと恐怖がせり出してきたミレメル。

 どうしようもないのか、周囲の魔物も注目するだけでは物足りないのか、近づいてきている。

 絶望。絶叫。絶縁。絶句。


「私自身、魔王ニ救ワレタ身。恩ハ返サナイト、ネェ?」


 ミレメルが間も与えずスキルや魔法を放つが、あたりの魔物が庇うように防ぎ始めたり、デスター本人が無効化してきたりすることにより、一切手が打てずにいる。

 余りにも酷い状況。ピンチにリンチである。


 振り上げられたか細く不気味な腕が、どんどん、どんどん、近づいてくる。

 目の近くまで、ズンズンと。


*#☆>€〆%(逆らえぬ呪いの猛襲)


 言葉の意味は理解できるのに、何を言っているのか理解不能。

 体の中を洗濯機にぶちまけられた感覚とでも呼べばいいのだろうか。

 何も抵抗できなかった。


 カゲハルッッ!―――――


 幻聴ではないと信じたい。

 目が霞む。何故、気体である俺に攻撃ができるのか。まあ、何となくスキルかそれ以外の、自分が無効化できないもので攻撃されたことだけは理解可能。

 それが分かれただけで大収穫じゃないか。


(ありがとう、ミレメル。俺に希望を見せてくれて……)


 バタッ……

 そんな音もなく、倒れるどころか、風化した。


「そ、そんな……」

「コレガ、岐路。コレガ、帰路」


 辺りにいた知性が高いモンスターが、


「おいおいこんなものか」

「こいつ誰だったんだ? ローブ野郎よぉ」

「魔物だったよな? そのくせ人側についてたってのか?」

「紛い物」

「異端者」

「あぶれ者」

「はずれ」


 などといった罵倒や軽蔑、軽視する発言をした。

 許せなかった。除け者にされて、腫れ物扱いされた己を認めてくれた彼が、こうもあっさりと殺されるだけで留まらず、踏みつぶされるなど。


 膝から崩れ落ち、涙すら出なかった。余りの出来事に我を忘れてしまった。自分がどこにもいない。空気と化したようだ。彼のように。


「デハ、アナタモ、送リマショウ。私ハ死ヲ司ッテモイマスノデ、シッカリト彼ノモトヘ連レテ逝カセテアゲマス」


 再び黒い骨のような手が、艶やかな肌と髪に近づいてくる。

 デスターはデスを運び、空は藍色に。


「*******」

「ぐっ」


 唇を噛み締め、祈ることしかできず。

 デスターの方を一瞬見てしまったが、そのフードから覗く白く青い目が、喉元を喰いつきそうで縮み上がってしまう。

 もうどうすることもできない。


 ミレメルは思い出す。この数日間を。


『……あ、なたは?』

『俺はカゲハルぅ……………オーナメントだ』


『恵みに、感謝します…』

『俺も感謝しないとなぁ。ご馳走様』


『――――本当に、守ってくれるの?』

『ああ、絶対に』


『自信持てこの別嬪が』


『りょ。これからよろしくね』


『もし利用されそうになったら守ってやっから。安心して誇れ』


 想起した中で、彼は泣いてもいたが、殆どの時を笑って過ごしていた。純粋に楽しいからか、はたまたミレメル自身を励まし、気を遣ってくれていたからなのか。今となっては何も聞けないが、少なくとも笑い合っていた数日間に“意味”や“意義”といった物はあった。


 彼からはまだ聞けていない深い過去があるはず。それを感じ取っただけで苦しさが増す。ハートがキュッとなる。


 戻ってこないのか。本当に、戻ってきてはくれないのだろうか。


「***………呪イハ完成シタ。オ前ハモウ、助カラナイ。ツイデダカラ、オ前ガアノ町ヲ攻撃スル呪イヲ施サセテモラッタ」


 最近頬を頻繁に伝うものがある。ツー…と、静かに。

 しかしあまりにも泣きすぎだと、なんだか白けるような開き直りをしたミレメル。

 そのお陰か、相手のセリフが妙に強く聞こえた。


「最後ニチカラノアリソウナアナタヲ、精一杯利用サセテモライマスネ」


 何と言ったか。

 利用? 利用といったのか?

 自分が散々されて、もう苦痛にすら感じないほど麻痺して辛く感じなかったそれ。しかし彼と会ってやはり辛かった、もう逃れられると思ったそれ。そして、それから守ってくれると、過去に彼は言った。


 急にミレメルは黒いデスターの背後に、より(くら)い靄を見た気がした。

 その翠色に輝く目でみる。

 すると、その者はデスターよりも酷い目をしていたことに気付く。


「誰が、誰を、利用するだってぇ?……」


 外は下校時よりも暗く、花火や星が見えるほど。

 それは夜魔多のオロチを呼び覚ます。


「Say it one more time」


 バックトゥー・ザ・冥界してきたのは、過去の齢十六の者。

 さらっと灰になった筈なのに、サラッと帰ってきた。

 どういう理屈か、どんな法則か。不思議の集合体であるこの世界で、より奇妙なことが起きている。


「ガメオベラ」


 手を合わせ、中指薬指を折り、他の指は腹どうしを合わせて、異世界人生二度目の爆弾石爆破。それは辺り一帯を燃やし尽くし、地面をドリルのように削り取る。

 辺りで嗤っていた有象無象、魑魅魍魎(ちみもうりょう)も、息一つ許されず無に帰す。

 サイクロプスも歩みを止め、目の前を通り過ぎる赤い炎の線を警戒する。この巨体は足が遅かったため何とか足を負傷せずに済んだから、運がいいとしか言いようがない。


「ナゼ、イキテイル?」


 状態異常無効で眠らなくなったとはいえ、狂乱の影響で少し乱雑な性格になったカゲハルは戦場に足をつけた。

 フラァ、フラァと酔拳のような足取りで、睨み付けるとこう言った。


「生きていないからじゃねえの?」


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