other フーアーゼイ? 少女と囚人
刻は午後の七時にあたり、明かり無しでは物が到底視界に映らない。場所はラルシア王国。その中でも重要な施設であるここ、「獄容所」という。今まで犯罪を起こしてきた者が多く収容されている施設で、刑務所に近い。
また重要というのは過言でもなんでもなく、ここには魔物も入れられている。過去に多数の災害を引き起こし、生け捕りにされている者達。それだけ聞くと魔物としては弱いように聞こえるが、魔物というだけで一般市民にとっては死の象徴。油断禁物である。
人は路上から消え、窓からも山からも光が消え、残っているのは街灯に群がる青い蝶や大きな蛾のみ。
いや、それだけではない。その獄容所の牢屋に向かう、三メートルはありそうな影がそこにはあった。
その影を追って、そして、追い越してみよう。
巨漢がもう代名詞と化したそれから、足をもつれさせそうに必死な様子で逃げるのは、二頭身の小さな小さな女の子だった。そして、これまた小さな手の中には一つのキーが握られていた。
「はっ、はっ、はっ」
息も切れかけ、顔も青ざめ、恐怖と疲労で頭がどうにかなりそう。苦く感じるも、ただ一つの希望にかけている。
(にげてきて、かぎをぬすんできたはいいけど……やっぱりこわい……だれでもいいから、はやくたすけて……)
牢屋の巨大な両開きの戸を開けると、下へと続く長い階段が。先は今の夜闇と何ら変わりなく、冷たいのか生温いのかよくわからない風が吹いているため、少女の背筋が一度奮い立つ。
ゴクリ。
「マデ……」
少女は何の躊躇いもないわけではなかったが、体は最適な方へ自然に。滑り込み、角ばった坂道を素足で降りていった。
後ろからはズシンズシンと大きくノロマな足音が、前にはぺちぺちと小さく速い足音が。それは狂気のハーモニー、とでも言うのだろうか。
四角い螺旋状の階段を数メートル降りた先には、薄ら明かりが点いていて、臭気が酷い以外には特に特徴のない廊下が続いていた。
しかし、それではここが牢屋である意味がない。少し進めば、そこからは廊下の両の壁が金属格子になっていて、しっかりと囚人が収められていた。
少女は鍵が牢のどれか一つの物であって欲しいと思っていたため、手あたり次第に錠に鍵を挿していく。だが、鍵先はそれを嘲笑うかのごとく穴にはまってくれない。
「おいおい、嬢ちゃんどこ行くんだ?」
中から、目つきの悪い痩せ細った男が近づいてきた。
「あ……その、すみません。かぎが……」
「だからって俺を放っていくのかよ? 鍵を探してくれよ? な?」
我田引水的な男の、邪な発言は少女の原動力とはならない。
「……その、これしかなくって」
猿でも犬でもわかってしまうほどシンプルな理由である。
「なかったらどうにかして出すんだよ!!」
手が鉄の間から伸びてくる。それが少女が辛うじて着ていたボロ服を掴んだ瞬間、彼女の体が一気に引き寄せられ、金属の棒に頭を打ちつけてしまう。全く以て安全性皆無の動物園だ。
「いッ!?」
「早くしろって」
それだけ言い、スッと躊躇いなく放す。男は何にも気にしていなかったのだろうが、少女の額からは血が出ていた。
出てしまっていたのだ。
「……う、ヒグッ……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ヘルツとデシベル全体的に、この空間一体を黄色に照らし上げるほどの絶望の声。それが音の震動だけでなく、とある物も放出していることに、男は気づく猶予さえ与えられなかった。
「なん!?………お、っぶ」
暫時上げ続けられた声に対し、男が意識を保ったのは刹那だった。白目を剥いて泡を吹いて頭から堕ちた男だったが、被害を受けたのは彼だけではない。そこから続く牢内の囚人の殆どが気絶アンド死亡していた。
少女は気持ちを落ち着かせ、涙が残る目を擦って、何が起きたかわからぬ様子で廊下を進んでいく。囚人のいない牢を試したところで、後ろからゆっくり追ってくる者を倒してもらうことはできない。そんなことはわかりきっていたのは少女も同じ。もう生きている人はいないのか、望みはほんの僅か。
先に進むと、そこにはデンジャラスを危惧する張り紙が。そう、今立っている地点から先は、犯罪のレベルが桁違いに高い者たちの巣窟。齢十にも満たない人がたった一人で出向くには場違い感がありすぎる。
しかし、流石というところか。ここにいる者は全員生存中らしい。
「ここ、なんかちがうかんじ……」
ここから先だけ、妙に生温く、そして肌寒いという錯覚にさせられてしまう。威圧感に挟まれる感覚というのがベストな解答だろう。
少女が振り向くと、階段を下りて来たあの大きな存在が見えた。手には恐ろしくデカい棍棒が握られている。
迷うことなく錠に鍵を向け始める少女は、住人を一切確認しなかった。している暇がなかった。
「ググッ、グルルルルッ」
「グガッ」
数個の牢が駄目。その先からは同じような種族が多数封印されていた。触覚を生やした蜥蜴の人間。蜥蜴族と書いてリザードマンと呼ぶ者達とは違い、それらと別の魔物のハーフ、亜族という者達だった。人と蜥蜴とある魔物、これらが生み出したワンサードはとてもすばしっこそうである。しかしながらどうも共闘してくれそうな感じはなく、今にも奮闘する少女を喰いかねない目つきだ。
だが少女は諦めない。合う鍵が見つかるまで闘い続ける。
「ここもちがう、これもちがう、このかぎもあかないぃ……」
半泣きだが、遂に鍵のセットを発見した。それは挿し込むまでもなくはっきりとわかる。鍵に小さく描かれたマークが、錠にかかれているものと全く同じだからだ。
ガシャっと金に輝く金属が落ち、ドアが耳鳴りのように変な音を立てて開いた。そそくさと中に入ると、そこには衝撃的な光景があった。
「……え」
一人の男が無言で俯き、壁に背をつけ座っている。全体的に黄銅色のぱっとしない布・皮の衣服と、濃い茶髪が特徴的だが、だいぶ痩せているように見える。
少女がただ声すら出せず絶望する意味が分かるというもの。余りにも戦力外。
数秒固まっていた時、それをあたかも鼻で嗤うように、あの大男が牢の中を観察してきた。
「はっ!?」
「オゴッ、イダ、ミズゲダ」
それはいわゆる荒くれ者。しかも質の悪いのが、その存在は魔族という事。魔族は人族と魔物の混種であり、技を使うための魔力を豊富に持っている。魔族というのはそれだけで、特に力のない平凡な人族に比べて圧倒的に力量が上である証明になる。
少し本で読み、不幸にも知識を備えていた彼女は、彼がそれであることを悟り怯えてしまう。男―――というよりは青年のようなその者の側でへたり込み、足がもう動かない。本能とか火事場の馬鹿力とかは無い。ただの無力感で体が拘束されている。
「ひ、ふぁ…だ、だれか……なんでもいいから……たすけ……」
鉄製、よりももっと固いフォーツという鉱物で作られた格子を、いとも容易くよじ曲げて侵入してきた相手は、時間気にせずノーモーションで握っていた棍棒を振り上げる。
そして降り下げる。
「オオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ッ!?―――――」
少女は怯えていても怯んだのではない。この反応は驚愕。
奥には顎を撃ち抜かれた巨体。少女の目と鼻の先に割って入るような存在は、さっき俯いていた男だ。
「ギイイイイイタタタタタタタタタタタタタタタタア!!」
イカれた笑い声のせいか彼が、一瞬獣に見えたのは錯覚だろうか。けたたましく雄叫びを上げ、著しく喜びを見せる。相手を屠ったのがこの男なら、まず間違いなく強いし速い。
そしてよくよく見るとこの男、痩せていたのは事実かもしれないが、体内が繊維のような細い筋肉で構成されていた。無駄な脂肪などなく、ただ純粋無垢な力が備わっているのが素人目にもわかる。言い換えれば力とスピードだけの「暴力」ともいえるわけだが。
「俺、覚醒ぃいい!!」
腕を鳴らして満足げに、宣言とも呼べぬ宣言をする。ひとしきり笑っていたが、男は急に素面な感じに。
「……俺と戦ってくれる奴はどこだ? まさかそこで蹲っているテメェじゃあねえわな?」
何だか機嫌悪そうで、今にもキレ出しかねない様子に、少女は焦った。即座に理解できる事だが、どうやらこの男は戦いたいらしい。その証拠に、もうなんか壁だの格子だのを壊して自分に質問を繰り返している。
「だ・か・ら! なんか敵はいねえのかって聞いてんだ」
「……そ、それは」
この男が唯一人知を超えていない、まともだと言えるところは、牢内の囚人達とバトルを発起していない点だろう。あくまで自分の敵となりうる存在だけを求め、勝負と断定できる試合を欲している。
だが逆に、それを提供しないと自分まで殺されるかもしれない。そんな風に少女は被害妄想を膨らませてしまった。すると、そんな彼女と男を色んな意味で救う展開が。
「グググ、グオオオ」
「オオオオオ!!」
「ゴッガアアアアア!!」
手前の牢にいた多数の亜族が、急に暴れだして格子を破ったのだ。雪崩のように蜥蜴が溢れ出すこの絵図はどこぞのシャドーも体験したが、こちらはどちらかと言えば人に似通っているため、より気持ち悪さが増している。ミステリアスと美しい表現をしてもいいのだが。
「おうおうおう、いいじゃねえかぁ! おめぇは最高の復活祝いを用意してくれたって訳だ。俺が滅多に送らねぇ感謝を、お前にくれておくぜぇ」
それだけを言い、そのまま襲ってくる亜族に突進していった男。結局名前すら聞けず、今の言葉が、彼女がこの場所で最後に聞いた言葉となった。
「GIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIITATATATATATATATATATA!!」
「グガ嗚呼ああ!?」
「アア、ゴガッボガ!?」
「グギガ、ガアアア!?」
最後の奇声と断末魔なら、今のでようやく最後だった。岩を砕くような轟音と裂くような爆音が風と共に飛んで来ただけで、後は段々と静寂が。
あの男――青年は異常なまでに強い。下手すれば、国の騎士か魔剣士、聖騎士なんかにも引けを取らないのではないかと疑うほどに。
実はこの国、もといこの世界では人の強さはこう分けられている。
「凡人・兵士・剣士・騎士・魔剣士・魔導士・聖騎士・賢者・勇者」
左が弱いのは目に見えてわかるのだが、その中でも騎士から上は相当強い。魔物の中でも中の位あたりなら、騎士以上は割と勝てる。もちろん個人の強さや性格、相性なんかで思いっきり戦況は左右されるため一概には言えないが、少なくとも青年は騎士か魔剣士級。魔導士や聖騎士に届いているのかを査定するには、流石に知識不足。少しだけ歯がゆい思いをした少女だった。
シン、と気持ち悪いくらい静まり返った監獄。頑丈なはずの格子は、ダンスでもしているのかというくらい、ミミズかと思うくらい、のたくっていた。
魔法で作られているらしいが、ガタが来ていて点滅する天井の照明。それにより照らされた廊下へ近づく。倒れている魔族を踏まぬよう気を付けてそっと覗くと…
「……なにこれ……すごい」
亜族は、天井や、壁と天井の間などに吹き飛ばされるだけでなく、牢の奥の方へも飛んで行った様子だ。よく見ると、廊下の一か所だけ、ある一定の高さで円状に格子や壁を粉砕した後がある。特別デカい棒をグルグルと振り回したわけでもないだろうに、何故こんな跡があるのか。恐らくみんなが散った原因ではあるのだろうが。
(と、とりあえず、でようかな………)
別にもう襲ってくるような者もいないはずだが、ほんのちょっぴり寂しさと不安が芽生え始めて、足早にその場を去った。
青年も少女も去ったその獄容所に、追加で派遣された警官が遅れてやってきたのだが、牢へ繋がる階段を急いで降りた途端、バタッと倒れたそうな。特に魔法やスキル、悪意を持った攻撃をされたわけでもなく。ただただ死んでしまったらしい。
町の人々に不安を与えないようにと、この事は秘密裏に処理されたが、詳しく慎重な捜査の結果、死に直結した原因は溢れんばかりの魔力だった。
酸素というものが地球の化学では証明されているが、酸素濃度百パーセントの空間に人が入れば、細胞から電子を奪ったりするなどして腐敗死するそうだ。そんな状態が魔力を代わりに再現されてしまったのだ。よって、中にいたはずの囚人たちの姿さえない。衣服のみが転がっている惨状。
全く恐ろしい。だが、それを引き起こした何かを、国家軍事部を始めとする警備機関は数日たった今も必死に探し回っている。とある転生した魔物がラルシアの地を訪れ、冒険譚を生み出すその日まで。




