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41 名付ケ

「ようっし! 飯・完・成!」


 日が完全に落ち、空は藍色と黒色が混じり合う。もう魔物だのなんだのが出回る時間帯なので、とある亜族の家に転がり込んだ俺ことカゲハル。

 別に外にいて俺がどうにかなる事はないだろう。夜魔多のオロチで魔力は無限、攻撃力は増強されるため、負ける要因がない。

 それでも、ここは人があまり来ないくらいには強い生物が多い。それにオーナメンタルが言う事が本当なら、別の世界線からまた厄介なのが来ないとも限らない。

 一人なら気兼ねなく戦えるが、亜族(ミッカ)の彼女とその家があるなら話は別。守るついでに居候することに。


「ありがとう。……私、果物とかしか食べないから、とても新鮮で、とても嬉しい」

「そうか。なら作った甲斐があるよ」


 居座る理由は他にもある。

 俺は文字を含め、この世界に疎い。旅をするとは言ったが、できるだけ情報を集めてから強くなる旅をしたいというのが本音だ。近くに町もあるし、そこに今度向かいたい。それらの旨を彼女に伝えると、快く共棲の許可を与えてくれた。


「頂きます、だっけ?」

「そう。頂きます」


 今夜のメニューは肉と果物を炒めたもの。ソースは甘くて旨い、照り焼きに使いそうな調味料を独創して使用しているため、とっても美味い。


「はふっ、はふっ。はむ………おいしぃ……」


 アツアツに焼けた熊の魔物の肉を、息で冷やして味わう。肉汁がたまらなく旨味を提供し、熊肉の脂っこさを果実とソースが味わいに変える。


「……俺、料理上手くね?」

「うん。とても上手」


 美味くないわけがなかった。

 食事はあっという間に終わり、ピカピカになった皿だけが卓上に残る。ソースすらも胃の中だ。


「じゃ、同居させてもらう祝宴はここまでとして、さっさと洗ってとりあえず寝ますか」

「そうだね」


 料理はできずとも、それをするだけのものは作っているらしい。台所や冷蔵庫が作られている所からもそれが窺える。流石に水道は無かったが。

 それでも、魔法の知識が豊富な彼女は何でもこなす。


『ジャバジャバジャバジャバジャバジャバ』


 外に出て、何もない所から多量の水を生み出し、皿を洗い始めた亜族の娘。


「おお、それは?」

「これは『万能操作』。適性属性の魔力を自由に操ることができる」


 そう、彼女の真骨頂と言ってもいい。

 自分が適性とされている属性。彼女の場合は水・風・光・土・雷・竜・聖の七属性の魔力が操れるわけだが、これは実質最強だ。確かにスキルより威力は劣るものの、日常生活や戦闘の補助にはうってつけである。

 それに、操れる属性が多いというのは、混種だからこそのアドバンテージでもある。多くの血が混ざり、適正属性が増えるというのはそれだけで強みだ。

 彼女はその水の属性の魔力で原子から変えていき、水を生み出し皿を洗っている。


 興味津々で綺麗になった皿を見つめる俺。でも視野角の縮小から気づくことができなかったことがある。それは、何故か亜族の少女が手を止めて顔を強張(こわば)らせていたこと。

 彼女は、俺に今まで聞けなかった領域に踏み込む。


「本当に、守ってくれる?」

「え――――あわッ!?」


 急に顔を目の前に持ってこられて、屈み姿勢だった俺は思いっきり尻から落ちた。彼女の翠眼が自分の深淵を覗き込んでいるようで、無いはずの心臓がキュッとなる。


「……『殺戮加護』の紋は、沢山倒した証。どれだけ殺したのか……別にそれが悪いとは言わない。でも、聞かせて。あなたの経緯を。そして……私を利用したりは、しないのかも教えて」


 今まで相当な差別をされ、心も荒み切った中、やっと見えた希望に縋っているのだ。

 たとえそれが魔物だとしても。

 そして、“裏切られた”こともまたしかり、あったのだろう。


「さてと、どこから話したものか」


 俺は、長々と語った。


 前世は人間だったこと。

 両親他界の友達少数、大家や店長たちに生活を助けてもらい、みつりや羽田たちが心の支えだった人生を送ったということ。

 今世は魔物のシャドーになったこと。

 今までの道中で運よく強くなり、仲良くなれそうだった者を失い、魔王ヴェルディを倒したこと。

 強くなる過程で人の姿を取ったこと。

 聡慧なる謎のスキルの存在。

 オーナメンタルや世界線の存在。


 自分に関与する殆どを語った。

 これで贖罪になるとは思わないが、出来るだけ正直に、赤裸々に。俺が言おうとしたことも。

 彼女は驚くばかりだったが、飲み込んだ。


「やっぱりあなたは優しい魔物。でも、寂しかった」


 空を仰ぐカゲハルに、少しだけ微笑む少女。


「……ねぇ」

「ん?」

「名付けを……してほしいの」


 急な提案に面食らう。


「……それは、君を拘束することになるんじゃ」

「あなたは私の会った人の中で一番優しいから」


 シンプルすぎないかな。

 俺は不安になった。


「あなたに名前を付けてほしい。“自分”を持っているあなたに」


 少女の目は至って真剣だ。その圧に負け、俺は首をかいて、


「わかった。奇しくも名前がいるとは俺も思っていたから、もう考えていたし」

「え、そうなの? どんな名前?」


 目が宝石になる彼女。応えるように満を持して、カゲハルは名前を発表。


「ミレメルだ。ミレメル=オーナメント。雪が少し水になった(みぞれ)と、エメラルドからもじって、ミレメル。君の白髪と緑の目が丁度連想させてくれたんだけど、どうかな?」


 顔を覗き込む。すると、


「ミレメル……とっても、いい感じ」


 どうやら満足したらしいミレメル。途端に胸の奥でなにかの繋がりを感じたが、安心以外は抱かなかった。

 満天で満点の星空の下、満面の笑みで浸るミレメルとそれに和む俺。


「これで私たち、家族ってことになるのかな」

「……家族、か」


 ふと、自分の頬が生温いと思った。


「なんで泣いているの?」


 彼女にそう尋ねられて、ようやく自分でも泣いていたことに気づく。取り乱しつつも涙を拭い、咳払い一つで応答する。


「……いや、嬉しくって」

「ならよかった。それに、私の方が感謝し足りないくらいだし」


 右も左もわからない自分に出来た仲間への感動と、彼女の俺に向かう感謝。

 似ているのだろう。


(そういやこの子、1500年生きているんだっけ。彼女のステータスの文字を脳内で追ったら、母型の祖母がエルフだったからなぁ)


 エルフ。耳が長く長命で、森での生活に長けた種族。これまたスライムのように異世界ラノベのテンプレだった。この娘の場合、エルフだけでなく、多くの血が混ざっているわけだが。


不躾(ぶしつけ)かもしれないけど、ミレメルの親御さんたちは……」

「もちろん故人よ。それも、殺されて…。違う種と関わったから、異端者だって蔑まれて。元居た集落の人たちに……」


 全く以て勝手な奴らだと思う。好きなものと結婚して何が悪いのか。森人と人族が結婚して、生まれた子供が彼女の母親。地球で色んな物語を読破してきた俺にとって、この恋愛差別はいつもおかしいと思う。


「………私も、汚らわしいのよね」

「え、どこが?」


 どこをどう見たらそういう感想が排出されるのか。

 誠に勝手ながら、俺は彼女が美人と主張したい。


「俺は、ハーフとかクォーターとか、それで人の価値が見定められると思う奴はいねぇと信じたいね」


 ミレメルが自分を過小評価する現状をどうにか打破しに行く。


「旅は道ずれ世は情け。俺だって君と非難を浴びることになるだろうし、そんときゃ庇うから、気にしない方が身と心のためだ。そもそも、家族にそんなこと言われたら俺が許す根拠がないし、この世界を作った奴の方がベリーバットだから」


 そう言い、若干空を睨む俺のことを、アレはどう思っているのだろうか。

 何も気に留めていないだろうが、多少怯えてくれたらいいなと淡い期待。

 対するミレメルは愁眉(しゅうび)を開いて、口角を上げる。ベリーバットが何かは分からないが、ついニヤけてしまうほどに、彼の言動は亜族として格好良いと自然に感じた。


「ありがと……」


 それは波動にもならないような小声だった。

 枷が外れたように横に倒れこむミレメル。緊張が解けたかに見える。隣には俺がいて、丁度良く肩枕になってしまう。ただ己の睡眠欲に負けていた。


「……懐かしい。これが平和(ピース)かぁ」


 とても幻想的なシチュエーション。何気ない日常。それがいい。ここにみつりを混ぜればもう満足。死んでもいいとすら思える充実感。

 俺は、守ろう、と無難に決意しておく。


『………ガサッ』


 それは前触れを知らない。

 木々が一気に払いのけられ、闇の中から一際濃い黒が飛んでくる。


「ゲヒャヒャヒャヒャ! なんか騒がしいと思ってぇ、はるばる数キロメートルから来てみればぁ、旨そうなのがいるじゃぁねぇのぉ! 来た甲斐あったぜぇ!」


 どうやら魔族というやつらしい。

 魔物と魔族の違いは殆どないが、人族が言うには「別種の魔物のハーフであり、人に限りなく近く、会話できれば魔族」らしい。因みにミレメル情報。

 俺は魔族を見て、そんなことを思い出していた。別に魔族を気にも留めない、留めたくもない。邪魔されたくない、この場を。


「さぁさぁ!! 大人しく俺様の胃液を喰らえぃいい!! 『貪る悪魔の胃液(ガストリック)』ぅううううッ!!」


 太くそれでいて筋肉質。悪魔のような羽根を生やしている。ステータスを見ると、種名は「魔族(アズモーディエンス)」。更に何の気なしにその字を脳内で触ると、トロールと悪魔(デビル)のハーフであることが分かった。

 まあ、今の俺にとって、そんなことは塵よりも些細なことなのは明白だが。


 今のこの魔物独自の攻撃もそうだが、スキルや魔法は、未だ多くの謎に包まれている。

 固定のスキルである「体力回復」「体力即時回復」「体力即回復」のようなものがあれば、「解析変化体」のようなオリジナルも無数に存在する。技名もこの世界の者が自由につけるため、この世界線の技数は、星の何倍も多い。奴のように、ルビ付きの技名があればなおの事。


 醜怪が放った長い技名のこのスキル。一見ただの臭い吐瀉物(としゃぶつ)だが、これは魔法やスキルを何もかも粉砕して5秒は物を溶かし進むモノだった。人が食らえばまず即死、クソゲーに相応しいふざけた威力。

 だがしかし、彼には関係ない。


「……きたねえなぁ。自我があるならもうちょい配慮できねぇのか。俺の安寧を邪魔すんじゃねぇよ! あと家にかかる」

「ふひょッ」


 俺が出した、一匹の蛇によって液ごと頭を吹き飛ばされる大男。デビルに相応しい翼がピクリとも作動せず、そのまま地面にズシンと落ちる。一瞬断末魔が聞こえたが、当然の始末だ。

 ミレメルは彼に腕で支えてもらっていたため、何も気づかず、不用心にもそのまま寝ていた。


「……ミレメル、起きて。汚れていないか確かめて、体洗ってベッドで寝たほうがいい」

「……」

「はぁ……どうすんのこれ。溶けてないから汚れては……いないようだけど」


 スヤスヤ極楽といった曇りのない寝顔。起こすのは忍びないものの、如何せん髪の毛で肩や首がこそばゆかった。風呂には入らせた方がいいという文化人的思考が走るが、彼女は1マイクロも臭くないので問題ないかと諦めた。


 心配事は確かに絶えない。だが、それが一つ減ったうえに、新たに得たこともある。それは、彼女がようやく異世界で出来たかけがえのない仲間だということ。みつりや貞治や笹峰はいないけど、その寂しさをミレメルは魔法のように消してくれる。たった一つの事実であり真実だ。


 始まりは何でもない。ただ何の気もなく、空が輝く気がして上を見る。

「今後もずっと、共に暮らせる」。そんな願いを本当に叶えてくれそうなほど巨大な流れ星が、右から左へ、空一面を金色に染め上げた。


 孤独と寂寥は一変。賑やかで、充実となった。


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