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40 翠眼亜族

 相手はどうも、根暗を般若にさせる天才なのかもしれない。

 まあ、物語のキャラクターじみたセリフを吐ける今の俺は、感情を曝け出せる陽キャ同然だから根暗ではないかもしれないが。

 このいたいけな少女を「汚い」と称したうえ、剣を喉元に突き付けている下種。

 それに対して沸騰する己は、謙虚な日本人としては異常か?

 そんなわけない。


「はぁ……今何時だ?」


 不意に意味不な質疑。

 相手は意表を突かれたようにギョッとする。

 少女も腹に手を回されて苦しそうだが、その質問に少し目が開く。


「は? どういう事だ? 今は夜……六くらいだろ」


 相手が「何時」で伝わっていることから、この世界では日本と時間感覚は変わらないらしい。


「そう。影が沢山出来るグッドナイツだ」


 そう話す自分の顔はどう表現したらいいか。

 嬉しくも哀しいような物。


「だ、だから何だよ!?」

「あーあ。残念無念また来年。俺が直接手を下せないのがとても悲しい」


 手を上げ、肩を落とし、ため息混じりにその場に座り込む。

 俺の戦意が全く見えないことに、男は驚愕した。

 明らかに襲ってくると思ったからだろう。

 オセロの白に対して黒のように、真逆の反応。意思とか無い。

 しかしながら、襲ってくるのは意思ある魔力の塊ではなく、意志なき空気と闇の混合物。


「あ、扉に引っかからないように…いい子だ」

「は? 何言って……」


 俺が見ていたのは、男の背後の家の扉。

 男はそれに気づいて瞬時に振り向く。

 目が在った。

 目が合った。

 目に遭った。


 家の中から、人、ではなく鬼のような獣が現れた!


『フシュー……』

「ひ、ひぃいいいい!?!?」


 小さな白い眼があるのはシャドーと何ら変わりないが、その筋骨隆々の細い巨体と角が威圧感マックス。

 俺自身のイメージを最大限利用した、最高の恐怖仕様なため、ただの魔物とは全く違う奇怪さがあり、怖くないわけがなかった。

 あまりの衝撃に男は誤って少女を手放してしまう。

 そして脊髄反射で後退(あとずさ)る。


 家を破壊しないように鬼を動かす。

 ぬぅっと這いずり出てきて、ずしん。

 家の中からよく出られたというほどの圧倒的存在感。それを前にして、もはや人質や利益など関係なかった。


『……クワセロー……ハラガヘッタゾー……』


 その音は俺が変化(へんげ)で喉を物理的に太くして、小声で出した声。

 あまりにもへったクソで恐怖を煽らない脅し文句に、自分でも笑えて来る。

 しかしその危機的状況を前に男は、鬼が喋ったようにしか聞こえなかった。


『バリッ』


 鬼が未だ気を失っている者達を手に取り、食す。

 この鬼自体、魔力の塊であるがために、触った瞬間にじわっと相手の体が溶ける。

 というかこれは魔吸収と影操作の応用だから、そもそも触れただけで俺自身の体内に取り込まれるわけだが。

 触れた瞬間に寝ていた対象は悲鳴を上げるが、うるさいので近づいてビンタ。

 相手は気が遠のき、再び気絶……というか当たり所的に死んでいるらしい。

 鬼が少女を手に取らなかったところ、魔物と協力しているところ。

 それを見て、男には逃げるという選択肢の他無かった。

 それこそ他の道があったのなら、世界はきっと狂っていただろう。


(無理だッ! 無理だッ! 逃げる逃げる逃げる! 逃げるうッ!!)


 やけくそに、無謀に、無暗に走る。

 目的地などない。その場から離れろと脳が断言している。

 本能的衝動。自動的心理。

 だが、遅すぎた。


 脳超加速を頻繁に発動していた影の魔物にとって、相手の行動を予測するなど、容易(たやす)い。

 男を恐れさせて安全に彼女を救出したいという目標。それを実際に出来たのは良かった。ただ、ビビらせすぎたのは俺の中で少し懸念ポイント。


「あんな遠くに。めんどくさぁ……」


 追いかけるのも躊躇いかけたが、仕方なく男を止めにかかる。

 よっこらしょ、と腰を上げる。


「鬼をもう一体、作り出すか。……粘土みたいで地味に楽しいんだけど、こんな血生臭いことに使うのが勿体無くて仕方ない…」


 逃げる男の足元から、生えるように手が伸びる。

 その勢いで喉元を掴み、足を浮かせる。

 男は掴む腕を掴み、足をバタつかせるが、掴んでくる腕は大木のように微動だにしない。

 某有名ホラー映画の女性みたいに、下から現れる化け物に男は失神と錯乱を混ぜたような化学反応を示す。


(そ、そもそも人の紛い物なんかに関わったのが間違いだったんだ……)

『ゴガアアアアアアア!』

「んッぐぁああああ!?」


 掴まれた喉をそのまま振り上げられ、もう片方の拳が降ってきた男の顔にクリーンヒット。

 唾や血の飛沫と共に、夜闇に吹っ飛ぶ。

 男は地面に、ダサく無慈悲に打ちつけられた。

 骨は確実に折れたし、息もしていない。


「……乙かれ」


 鬼を消すと、その場には静寂だけが残る。

 危うく少女を手に掛けられそうになった不甲斐なさと、守れた嬉しさが相殺しあい、今はとても冷静だ。


「はぁ……」


 あの集団が言っていたことから推測するに、恐らくこの子は忌避の対象。

 いわゆる亜人差別というやつなのだろう。

 異世界転移・転生・召喚モノのエンタメが確立されて十数年。

 多くのノベル・コミックが世に出回ったが、その半数以上に奴隷や差別といったどす黒いものが登場する。

 もちろんそれは読者を楽しませる演出であり、空想に過ぎない。

 だが、実際問題地球にも奴隷は存在したし、ここはまた一応その現実の一つだ。

 それも、空想を真似ている悪趣味なもの。

 俺は悪が完全に嫌いではない。

 理由は、独自の哲学的に悪は消えないことを知っているからだ。

 生きるためにある程度の弱肉強食は存在する。

 しかしその過程で人間は知能を得、ありもしない善悪勘定を勝手に行う。

 自然の摂理の中で、何が善悪なのかなど話にならないのも事実。

 善悪はどの立場にいるか、自身の背景に何があるかで決まる。

 そして自分もまたそんな人間(元)で、悪は認めるし、親しき者に害をなす悪は大嫌いだった。

 とはいえ、俺が十数歳の頃か。

 いつだったか喧嘩(いじめ)を二度ほど発見し、胸を痛めたことがある。

 止めたい気持ちはないでもない。

 ただ当時は筋力も話術も無かったうえ、関わりたくないという気持ちが大きかったのが事実。

 そこまで親しくないこともあったし……

 卑怯卑劣と罵られても仕方ないが、後悔混じりの自責をした。

 どうしても社会のモブに徹してしまう。

 第三者とは結構残酷だ。

 だが今は、力がある。

 何か大きな転機を迎えることで、人は変わる時と変わらない時があるが、俺は前者だった。

 面倒ごとに多少首を突っ込むようになった。

 倒れている少女に寄り添い、抱き抱える。

 相変わらず軽いが、女性特有の芳香が鼻腔をくすぐってくる。

 ちょっとあれだけど、いい匂いと言うか香りと言うか……

 彼女は寝ている。

 気絶に近いが、寝顔が小動物みたいだったのでそっとしておく。

 白髪。

 銀髪とかプラチナ髪とかそういうものではないが、老いを感じさせない神秘的な魅力がある。

 バニラ…みぞれ…雲…のような。


(二次元にミートしたって改めて感じるなぁ……いや、二・五次元か?)


 過去のネット動画を見ていた記憶を元に端的に言えば、CGとリアルの間という感じ。

 しかしリアルだからこその違和感の無さが、逆に心を刺激するが、間を置き心を鎮めていく。

 食事を与えないといけないという切迫感の中、何気なく少女のステータスを見る。


――――――――――――――――――――――――――――――――

 ステータス 亜族(ミッカ) 名無し Lv52 属・水風光土雷竜聖 体質無し


 攻撃力5400

 防御力200

 持久力530

 俊足力680


 紋:慈悲の心・魔法書の管理者・混種の血統


 魔法:キュアルン・ピール=バリア・ライトボウ・聖界の光線・コントロール・ハイ=ライレイ


 スキル:能力査定・成分調査・魔力即回復・体力回復・感覚強化・万能操作・迅速球・魔力弾幕・痛覚耐性・強化障壁・翠眼


 P0所持中


――――――――――――――――――――――――――――――――


 見た感じは、攻撃特化で貧弱体質。

 家の中にあった多くの魔法書(?)からも、おおよそ「運動できない魔法オタク」だと推測できる。

 そして俺はすぐに存知で再確認した。

 この娘は右足が不自由なのだ。

 それを物語るように、彼女は空属性の「コントロール」という魔法を設定している。

 この魔法は言わば念動力・サイコキネシスに近い技で、単純に魔力で物を操ることができる。

 彼女はこれを使って右足を支えていたのだ。


「可哀想に……っていうのは違うか、彼女も彼女なりに頑張ってるんだし、むしろ逞しいのかな。それにしても、障害者問題はこっちでも深刻だな……」


 社会的に弱い者たちが尊重されない。

 俺が地球を美しくも醜いと思う要因の一つだ。

 体の部位に問題があるだけで、日常を引き裂かれる、それって超がん萎え。

 テレビで見かけるだけで、そんな人達に対して何の力にもなれなかったが、こっちではせめて何かしたい。

 そんな野心を、捨てることはない。


「みつり達を探す道中で救えるものは救いたいし、救えたものが仲間になってくれたらぼっちの俺にはとても心強い……」


 この娘は一人で冷蔵庫を生み出し、魔法に精通している。

 もし仲間になってくれたら、将来的にも凄い力になるだろうが、何より放っておけない。

 もちろん無理やりは良くない。

 あくまでも彼女の同意・許可・賛同を得ない限り、自分の旅路に巻き込むことはできない。

 何しろ、ここは異世界。

 そして未来の敵は冗談でもなく神だ。

 安堵などない。


「ま、助けることは決定事項…ってこったな」


 急いで彼女の家のソファーに、少女を運んでおいた。

 日が昇り、明るい屋内で、羽織る毛皮を整えて髪を耳にかけ、闇から食材を無尽蔵に引き抜く。

 台所で影操作を駆使し、集めてた時の記憶をフル活用して食材に含まれる毒の有無を見抜き、安全かつ至福の料理を作っていく。

 味の下見に、前世の一人暮らしスキル、思考を加速することによる作業効率の向上。

 出来ることは尽きず、一つの料理(男メシ)があっという間に仕上がっていく。

 流石に男メシとは言っても、サラダや果物料理はできる。

 未知の食材を前に、味覚を頼りに一歩も退かない。

 出来上がった物は、およそ男子作とは思えないほど綺麗だった。

 男子でも料理ができる人はいるが、それでも何も情報なしでここまでできるのは天才かもしれない。

 そう自負していると、声が。


「………んっ、ぅ。あ、れ? ここは……家?」

「起きたか。大丈夫か?」

「……あ、なたは?」


 殆ど気絶していたからか、カゲハルをあやふやにしか覚えていないらしい。

 初対面のような反応をされた。


「俺はカゲハルぅ………………オーナメントだ」

「?」

「い、いやぁ、気にしないでくれ」


 言えない。

 あの神(仮)に腹が立って、苗字ことファミリーネームを言いたくなかったなんて言えない。


「一応回復水をつけているから、痛みはないと思うけど。疲労感や倦怠感は無い?」

「え、ええ。大丈夫。……その、ありがとう」


 彼女は俺をひとしきり見た後に、机に荘厳に並べられた料理に目を移す。


「………あれって」

「ん? ああ、ごめん。君のスタミナが尽きそうだったから飯作っちゃった。知らない人に作られたものだし……信用できなかったら捨ててくれても―――」

『グゥゥゥ……ギュルルルル』


 何という事でしょう。返事を声ではなく音で返された。

 その音の出所をすぐに察し、何となく無言になる。

 対する少女は顔をえぐいほど赤くしている。

 何か言ってあげないと、紳士が(すた)ると思ったが、


「……い、頂く! そもそも、こんなに親切にしてくれるなら……信用できるし」

「お、おう。なら、喜んでくれると嬉しいよ」


 そう言い、亜族(ミッカ)の娘を椅子に誘導する。

 足が不自由なのを知っていたので、そっと手を差し伸べて支えてあげる。

 しかし何故傷がすぐ塞がるほどの回復水をかけても駄目なのか。

 これは何かありそうである。


「気づいて……」

「まあね。大変だねって労う事と、こうやって支えることしか俺にはできないけど」


 少女は手を握り、恐る恐る立ち上がった。

 そして呟く。


「……気持ち悪くないんだ」

「え何で?」


 俺は手を取りながら、呆け顔。

 少女はこの反応に対して、同じく目を丸くする。


「あ、ありがとう。もう魔法で歩く」

「いやいいよ。今は無理しない方がいい……多分」


 魔法とどちらが好ましいのかはよく知らない。

 実際、このミッカの方が知っている情報量は多いだろうから、この娘が言うようにする方が正しいのかもしれない。

 それでも魔法の行使自体、疲労が溜まる気がするので、あえて物理的に支える。

 彼女の手を取り気遣う少年。

 見た目は美男か美女で、支えられる方も負けず劣らず羞月閉花(しゅうげつへいか)だから、相当眩しい光景だ。

 別にそれを誰かが見るわけではないから関係ないが。


「…お言葉に甘える」


 そうしてゆっくりと椅子に向かい、そこからはもう、ただひたすらに腹を満たす。

 よほど腹が減っていたのだろう。

 口に一杯果物を頬張って、リスどころかもう蛙みたいになっていた。


「美味しい……」

「お粗末様~」


 彼女があまりにも様になっているので、前に座って食事を眺めるだけでも案外楽しいものだ。

 俺は数十分を数秒に感じられるほど、親中毒になっていた。


(異世界クオリティ………マジ万歳)


 そうして彼女のSPとその他の値が息を吹き返し、右足以外は健康的になった。

 痩せこけていた顔も、ふっくらと生気を取り戻している。


「恵みに、感謝……」

「俺も感謝しないとなぁ。ご馳走様」


 手を合わせるミッカに、合わせるシャドー。

 久しぶりにご馳走様を言ったような気がする。

 人と話すのを嫌えば、言葉を忘れやすいから。

 まあ、転生後は食事形式とかそんなこと気にしている場合ではなかったが。


「えっと……カゲハルさんにも。改めて、ありがと」

「おう。ドントウォーリー、気にしないで」


 謙虚を忘れずに微笑み返すことで、なんとか上手くコミュる俺だが、当人が凄い勢いで頭を下げまくるので追い付けない。


「本当に、ありがとう。あのままじゃ、殺されるか、飢え死にするところだった」

「……亜人、亜族差別か」

「そう。もう、どうしたら、いいのか……」


 少し涙ぐんでいる。鼻もすすり始めている。知らないところで相当苦労したのだと窺える。

 俺は、彼女の目すらも少しこけてきたように錯覚した。

 よくよく見たら翠眼(すいがん)なんだと気づいたが、今はどうでもいい。


「私は無暗無益に人を殺したくない……ただ、そっと暮らしていたいだけなのに……」

「なら、守ろうか?」

「…え?」


 その言葉により、希望がそこに日光として窓から差した。


「俺はさっきみたいな悪が好きじゃない。なるべく救えるものは救っておかないと気持ちが悪い(ターチー)でね、君の救出も俺のポリシーに従ってやっている」

「ぽ、ぽり?」

「だが、俺にも目的があってね。恐らくあちこち旅するかもしれない。それにとても危険だと思う。だからその、俺と、旅をしてくれないか? そうしたら君を守れる……と思う」


 殆ど誘拐に近いが、ここは異世界。

 実際に殺されかけている人を護衛するのは親切というもの。

 日本の法律など関係ない。

 今までの状況、俺の行動や人情。

 それらから彼女は備えられた明晰な脳で判断を下す。


「――――本当に、守ってくれるの?」

「ああ、絶対に」

「な、なら、ついていく! だからどうか、どうか私を…護って……」


 懇願された。

 いつぞやバテックにも化け物退治を頼まれたが、その時は不注意で彼ら知り合いを失った。

 一人は好きだが、未知の領域で協力者がいるのは心の支えになる。

 それなのにその最後の柱さえ壊れた。

 だが、今は戦い方を身につけ、魔王も一人屠っている。

 仲間が欲しくも何かを守れる自分、孤独が辛くて差別から守られたい亜族。

 利害の一致。


「りょ。これからよろしくね」


 ビシィッとグットを手で押し出す。


「よろ……じぐっ……グズッ。ごべんな、ざいぃ……」


 気絶していたとはいえ、本能的に気を張っていたのだろう。

 安心感と共に泣き崩れてしまう少女。

 異世界転生して、何気に初めての感情的な涙を見た。

 肉体的にも精神的にも膝から落ちそうになった彼女の体を支えたとき、何故か自分も泣きそうになったことは秘密にしようと思った。

何だか少し長くなりました(困惑)。

これからも、大体一話三千文字を目処に進めると思いますが、長くなる回数が多くなるかもです(気にせず書きます)。

なんだかんだで目に触れてくれる人が割といてありがたいです。今後も宜しく~

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