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38 迫リ来ル

 その悲惨な現場の数分前――――

 そこは森の中心に近く、木造で二階建ての、立派とまではいかずとも趣のある綺麗な一軒家が立っていた。周囲は背の低い鮮やかな草花が咲き誇り、辺りの大木の葉の間からは光が差し込む。幻想的、それが表すのに相応しい単語。まず間違いなく空気が旨いだろう。

 そしてそこには数百年も前から、人が住んでいた。


 この森はラルシア王国に程よく近く、森林の恵みを求めて、多くの者が訪れていた。

 しかし、その侵入者を拒むが如く、魔物の数も多かった。

 そこまで強い魔物はいないものの、中の下か中の中ほどの者は割と頻繁に出没しては、人を追い払っていた。

 そんな魔物や獰猛な野生動物と共に、その住人は過ごしていた。


 住人こと、その少女。

 白髪に、耳まで隠れる帽子をかぶり、その身は細かった。その細さは女性としてのものではなく、栄養が足りていないような感じ。流石に森の実りだけでは賄えていないらしい。顔に出るほどの失調感は無いが、元気はない。

 そんな矢先……


 ドンドンドン……


 ドアをノックする音。外には恐らく複数人いる。足音が多いからだ。

 自分は耳がいいから、大体何人いるかわかる。

 少女は恐る恐る扉を開ける。

 そうしないと、無理にでも入ってくるだろうから。


「ようやく出てきたか。さ、そろそろここから消えてくれないか? 混血種が居座るとこちとら迷惑なんだ」

「……ここ私の家。前に、私は危害を加えないし、その代わりに駐留するって約束した。来ないで欲しいって言っ―――」

「お前の意見はもう聞かない。どうせ俺達には敵わねえよ。装備新調して、鍛えてきたからな」


 しつこく、かつ嫌味たらしく、少女に圧をかける男。その周囲の鎧を着た男女達も、冷たい視線を浴びせていた。


「そんな……」

「だいたい、人族(ヒューズ)森族(エルフ)蜥蜴族(リザードマン)猫族(マウ)、それぞれハーフの更に間の子。クオーターだったか。汚らわしいなど超えて珍しいくらいだが、結局は人の紛い物。今も嫌われ者なことに変わりはない。町の人も怯えてるんだ」

「勝手な……」


 キッと男を睨み返す少女。

 男に比べれば小柄な故、そのギャップが逆に強烈だが、それは相手を苛立たせるだけだった。


「文句があるなら、ここでいたぶって口を塞いでおこうか?」

「………ッ!?」


 男の後ろからもう一人の男が割って入り、少女の胸倉を掴んで外に放り投げた。

 ズサッと地面に叩きつけられ、衣服が汚れる。力が強かったか、足には傷もできていた。少女は元々右足が少しだけ悪く、魔法で足の補強をしていたため、今の状況では歩くことすらも厳しい。

 力が抜け、光っていた右足から魔力が消えた。


「くっ……」

「おや、そういえば足が悪かったんだな。なら、逃げることも出来ないから、魔物に殺されたって不思議じゃないよなあ?」

「あ、あなた達、こんなことをして、国王が黙って…」

「黙るも何も、俺達は秘密裏に動いているから、国王も知らねえよ。まあ、混血が悪いという風評は町の常識だから、別に責められることもないが、国王はお人好しだからなあ……」


 そう言いながら首をかく辺り、男含め、この集団はクズだ。

 そして集団で少女を取り囲み、花を無下に踏みつつ、少女を蹴る。

 あざができ、鼻血が溢れ、気が遠退(とおの)いていく。


「ふがっ……ごはッ!………ぐっ……」

「おら、おらぁ! 切るだけじゃあ勿体ないからなあ?」


 地獄絵図である。

 いたいけな少女を、四人で蹴り続ける。恨みなどないのに。

 四人は笑っていた。四人は満悦そうだった。


(だ、誰……か………)


 声にもならない聲。

 舌が乾き、目が霞み、もう感覚が無いにも等しい。

 遠い先、希望はあるのだろうか。もしも存在するのなら、小さなピースほどでも欲しい。

 欲しい、欲しい、欲しい。


「そろそろ良くないか?」

「いいやまだだ。こいつは人族とはかけ離れた存在。敵に変わりないからして、どれだけ痛みを与えようとも足らん」


 無限、永遠、永久、恒久、悠久。限りなんてものは何処か遠くに捨て置いて。


(助けて!!)


 ただひたすらに少女は願った。果たして、その望みは叶うのだろうか。


 いや、もうその望みは他の四人が受け継いだから、叶うはずもない。


「ここまで気づかれないとかワロタwww」


 耳元で囁かれた煽りは、極限まで軽蔑と侮蔑を帯びていた。

 それを聞き、少女はようやく目を開けた。光に目を細めながらも、瞳孔に映る景色は―――


「………へぁ?」


 リーダー格の男が、プライドや誇りを微々も感じさせない腑抜けた声を発する。その直後、体をどす黒い何かが覆い、気が付けば自分は奇声と共に泡を吹いていた。ついでに吐血していた。蛇が体中に(まと)わりつき、体当たりと噛み付きを繰り返していたからだ。

 最期にはヤクザにでもボコられたかのように、顔を腫れさせ、鎧が砕け、白目を剥いて気絶していた。


「ひ、ひぃぃぃ!?」

「おだずげ……」

「げふ!? ごぶはッ!!」


 四方八方から、弾丸のような速度で線が飛び交い、弱者の体を綻ばせていく。

 それに太刀打ちしようと剣を持てば、斜め後ろから弾かれる。

 魔法を放てば、蛇に食べられ魔力が影に呑まれる。

 木の下、石の裏、木の葉の隙間、家の中。あらゆる方角から攻め立てられ、成す術もなく三人は撃沈する。


「ぶばああああああ!!」


 最後の一人が蛇から頭突きアッパーを食らうという、イマイチ状況が読めない謎の光景により、戦いは打ち切られる。否、そもそも初めから戦いではなかったし、終わりまでもまた、ただの暴力だった。


「ハイ、ざこぉwww」


 ピクピク震えながらも気絶を続行する四人を、一笑してほったらかす。

 少女はその光景を潰れかけの目でしっかりと見た。

 助けてくれたその人は、濃い髪色に中性的な顔立ち、目は優しくもキリッとした良い眼で、対する皮や鎖帷子(くさりかたびら)を見に纏った格好が違和感満載だった。

 少女は助けてくれたことに安堵し、気が付いたときには気絶するという、半ば矛盾的な行動を自然にとった。


「えーと。君、大丈……夫?」


 カゲハルの問いにもちろん答えられるはずもない。だが、ス~ス~と寝息を立てて、汚れた顔で健やかに寝ている。


「……とりあえず、回復水と…あとはこの水洗いしたビーバー野郎の毛皮で顔とか拭いてあげてっと」


 家事を一人でこなしていた頃に磨いた一人暮らしスキル、その内の身支度関連のものを異世界でフル活用。医療は消毒液と絆創膏しか使わなかったため病気には太刀打ちできないが、この子は病気じゃないし、回復水とかいうリンゴ並に医者も真っ青な万能薬があるので問題ナッシン。

 流石に見ず知らずの女の子の体中を拭くのは気が引けるので、まだ回復水を浸して拭いてあげる段階で我慢した。衣服が透けるのと、風邪をひくのを考慮し、毛皮を羽織らせておく。まじ、ビーバー様様だと、カゲハルは至極満悦。


「部屋の中に上げておくか……」


 そう思い、少女を持ち上げる。


「軽ッ!? 女の子ってこんなもんなのかな……」


 お姫様抱っこなど愛猫みつりでしかしたことがないので、筋肉とか大丈夫なのか心配だったが、どうやら問題なかったらしい。この変化は魔力構築なので筋肉をつけようと思ったら何とでもなるだろう(ちなみにまだ未検証)。だがそれでも軽々と少女を持ち上げられたのは、どう考えても少女側に問題があるから。


「いいや、これは軽すぎる。なんならみつりの方が重かった気がする……」


 みつりは雌なので、どこかで怒っていそうだが、そんなことはどうでもいい。まずは何か食べさせないといけない。


「お邪魔しまーす」


 静かに家へと入り、近くにあったお手製らしきソファーに少女を下ろす。家の中はとにかく埃っぽく、床には本が山積みになっていた。


「ひでぇなこりゃ」


 思わず驚嘆と吐息が混じる。

 他には家具がちらほらとあり、本棚が何個も常設されていて、俗に言う「本の虫」の家にしか見えなかった。


「この本……駄目だ、全然読めん」


 文字は日本語ではなかった。ローマ字、ないしは英語でもない。助かったのは音声のみらしい。

 残念ながらそんなに簡単に異世界物のテンプレは起きなかった。いや寧ろこちらの方がテンプレか。


「そんなことしている場合じゃないな。……食材あるのか? この家」


 そして見た感じが台所らしきところに、如何にも食料がありそうな箱が。

 木製の箱なのに、中は結構冷えていた。


「……なんじゃこれ」


 冷蔵庫、と呼ぶには少し違う気がする。冷凍庫もないし、それに箱の中にはいわゆる魔法陣、のようなものが描かれていたからだ。これは電気でもなんでもなく、魔力、魔法で動いている。

 そして、少女の持ち物であろう本を少し読んでみると、絵からして恐らく凄い魔法関係の本なのだろうと察する。


「この世界で冷蔵庫が普及しているとしたら冷凍庫も作るはず……でもそれがないってことは、これは恐らく独創。この子が作った?……だとしたら天才なのでは!? 最&高なのでは!?」


 俺は、この魔法に長けた子を見て、みつりを探しやすくなる手掛かりを得られた気がして、手が震えた。

 少女を死なせまいと、急いで家を飛び出す。冷蔵庫(仮)には何も食材が入っていなかったからだ。


(野郎ども、何故テンアゲで少女をいたぶっていたのか。あの子すげえ腹空いていただろうに)


 せわしなく、諦めず。少女のために森を奔走する。

 意識は戻るのか……

 彼女の前に俺の腹も大丈夫か……

 不安は尽きない。何かがすでに始まっている気がする。


「だあ! 洞窟出てすぐこれだ。これもオーナメンタルの仕業か? まあいい。あの子は何も悪くないし。悪いのはあの子をほったらかしにした誰かだ!」


 自立して行動力があったから良かったものの、と適当なことを思いつつ、片っ端から食材を集めていく。

 しかし、その焦燥がまた少し俺を進化させていく……


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