35 猶予 ~リバス・ディレイ~
空中。
最後の一撃で、魔王は息絶えた。
シャドーこと、陰繁治の苛烈なシェドラは、この世界の力量ランキングを俊敏に駆け上がる。
もう手を付けられないほど強く、逞しく、成長していく。
(……え、待って。これ、落ちるよな?)
今しがた、己がいる位置をしっかりと認識した繁治。
上空何十メートルなのか、それすらもわからないほど高く、高く、高い。
普通の人間は、この高さでパラシュート無しなら確実に失神していることだろう。
しかし残念なことに、この繁治は、どこにでもいる普通の男の子だ。
重力の赴くままに体を引っ張られる。
「うおおおおお!?」
物理が利かないため、足がグチャっとなることはないだろうが、それでも高すぎる。
跳躍と、魔力の操作により、自身すらも高く打ち上げたのは純粋に魔王を倒したかったから。
無我夢中だったというわけだ。
しかし後先考えないから、結果怖い思いをする。
でも、今は高所に怯えつつも、酷く冷静で。魔物だからか?
(と、とりあえず、魔王を魔吸収に仕舞うか。もう死体だから、これに入るし……)
そう思い、手を魔王に伸ばす。
同時にスキルをイメージ、アンド、ユーズ。
もう光が彼方の山から差し、見事な朝日がその姿を現し始めているため、影操作が使えない。
よって今できるのは、素材を無駄にしない事と、屈せずに地面へ降りる事。
「よし、入った。あとは……」
山には二つの穴が開き、その奥に赤い液体が見える。
溶岩など、旅行で阿蘇山とか富士山に行かない限りなかなか拝めない。
それを再認識し、空から眺める。
高すぎて、まだ怖いけれど……
「朝日片手に火山観光、か。シチュエーションとしちゃ、マジ最高なんだけどな……」
一人虚しく空で呟く。
そして、地面が、死ぬ間際に見た飛行機のように、高速で近づいてきたことに少し委縮。
ズドン、ではなくストンと、山の頂上に足を下ろす。
「ふぃー。足が粉砕することなく無事着地成功」
よくよく考えると、どこかしらの陰から影操作で足場を作ったり、試せていない浮遊のスキルを使ったりすればよかったのだが、そんなことはアフターフェスティバルである。
繁治は胸を撫で下ろし、周囲を見渡す。
辺りの平原には、動物が一匹たりと残っていない。
影操作と魔吸収と存知の応用。殺し、収め、糧とする。
自分でもここまで上手くいくとは、微塵も思っていなかった。
「それにしても、あの魔王。自分で最強自称してた割に、呆気なかったような……」
そう、生まれてたった数週間。レベルも三分の一程度の一匹の魔物に、あれがやられるのは、どう考えてもおかしいはず。
そう考える繁治に、一つの違和感が体を襲った。
自分が、壊れた威力の攻撃を無限に畳み込んだ、という事実。
無限などありえない話だ。
魔法やスキルはイメージできるほど強いと、繁治は日本の異世界ノベルで学んだが、それらが無限に放てるという記述は少なかった。
勿論、魔法や妖術、錬金術は一概にこれが正解というルールはない。だって実際に存在せず、空想であり妄想だからだ。
力に底がないキャラクターだっているにはいるが、魔法を科学で考えた場合、必ずギブアンドテイクが存在する。無限に技を使おうものなら、必ず代償が伴う。
それは錬金術も同じことだ。
無から有は生まれない。
価値が等しい物にしか変わらない。
ではなぜ?
スキルだから?
ゲームだから?
何をしても許される?
そうか? 本当に?
そもそも、この世界は、未知のゲームなのではないか――――
「やめだやめだ。深く考えると頭痛くなる。もう出来るものは仕方ない。ノープロブレム! ドントウォーリー! の精神で行こう」
半ば強制的に思考を破棄し、顔面を両手で二度叩いた。
現在、胃(魔吸収)の中にある餌をSPに還元したため、狂乱しておらず、夜魔多のオロチも朝故に解除しているため、全然攻撃力がない。
解析変化体で人間の姿を取っていることで、25という数値の力量を得ている。
先程に比べれば、雀の涙どころかフケが等しいほどの値。
悲しくなるが、ステータスが飛躍的に上昇したことは嬉しい。
(……ステータス)
――――――――――――――――――――――――――――――――
ステータス シャドー 名無し Lv163 属・闇 体質無し
攻力25
防力6080
体力9200
魔力16300
精力19000
俊足力23100
紋:不屈の影・欲張り・殺戮加護・夜魔多のオロチ
スキル:能力査定・解析変化体・霊化・体力即時回復・魔力即時回復・痛覚耐性・自然影響無効・魔法攻撃無効・存知・掘削・影操作・魔吸収・腐食毒無効・防御・浮遊・脳超加速・忍耐・強化障壁・眠気耐性
P2000所持中
――――――――――――――――――――――――――――――――
攻撃力の伸びが凄まじく悪いが、他がぐんと伸び、スキルも充実してきたことをまずは喜ぶべきだろう。
実際、夜にSPを使い果たしてしまえば最強になれるだけ儲けもの。
決して普段から強くあって欲しかったなど、思っていない。
決して……
絶対に……
「はぁ」
一つ、吐息混じりの深呼吸。
結局のところ、防御はスキルを除けば敵なしでもあるため、そこまで気を落とす必要はない。
しかし、仲間になれそうな者を失い、挙句の果てにはただの脳筋に絡まれる始末。
異世界での望み、期待したわけじゃないと言い切れない。
ただ、心の支えになる誰かが欲しかった。
(死と隣り合わせ、か。いや、そんなん当たり前。俺は一回心を入れ替え、コミュ力上げたんだ。今更心機一転して前を向くなんて、容易い事じゃないか)
男子中学生とはいえ、今はもう精神は高校生や大人に差し掛かっている。
挫け、いじけ、子供みたいに泣きじゃくるほど幼稚ではない。
別に泣くことは悪くない、が、しっかりとしたい。
その心意気で、彼は洞窟の泉へと足を向けた。
相変わらず、草花と回復水が綺麗な場所で、いつまでも居られる心地良さがある。
時を忘れてここで寝るのも最高だろうし、本を読み、食事をするのも良い。
旅の疲れを癒してくれる、宿のようなところ。
そして、そんな場所だからこそ、墓所には向いていると思う。
浄化的な意味で。
「蘇生術も潰えた今、俺に出来るのはこれくらいか……」
そうささやき、掘削を駆使して土のような地面を掘り返す。
回復水が染み出てきて、土が一層湿っていく。
植物の種など植えたら、一瞬で芽が生えてくるだろう。
力漲るその場所に、スワイフ、ペルシ、そして、戻ってくる際に探して見つけた残り二人の遺体も、埋めた。
仲が良かったらしい。全員防具に同じ模様を彫ったり塗ったりしている。
四足歩行の輝く龍のイラスト。
このパーティーの紋章なのだろうか。
せっかくなので、しっかりと毛皮やここの水で磨いておいた。
そして、土で埋めるのはなんとなく心苦しかったので、壁や岩を削って蓋を作り、穴の上にそっと乗せた。
「俺は仏教よりの無宗教者みたいなもんだから、埋葬とかよくわかんないけど、とりあえず、これで、いいかな……」
両手を合わせ、祈る。
これはあくまで推測だが、核を持たない「~族」は、魂がすぐに飛散する。
魔王の体内を見てみたとき、核ではない心臓に似た器官があったからだ。
よって、もう既にあの世に行った、若しくは俺のように転生しているだろう。
冥福を祈る。
そして願う。
良い転生先が見つかるといいな、と。
「この人ら、知らずして俺に、辛さに耐える強みを与えてくれたのか。そう考えると、これは冥土の土産って奴か」
そしてそれは聡慧も同じことだと思い出す。
なんなら、一番の貢献者はあのスキル。
何故消えたかは知らないが、今は感謝しておこう。
「そういえば、魔王も俺に新しい技を使わせてくれたって意味じゃ、貢献してんのか? 解せぬ……」
「誠に遺憾」とは、こういう時にこそ使うのだろう、そう再認識した。
気に食わない、が事実は事実。受け止めるしかない。
苛立ちを振り払い、追悼、黙祷する俺。
屈んでいた姿勢から立ち上がり、洞窟に自分が開けた穴へと向かう。
そして、浮遊のスキルを使うために、魔力を体に流す。
自然と足が持ち上がり、身が軽く、無重力を体験。
足が着かず、少し不安定なため肝を冷やしかけたが、徐々に安定感が増し、直立して浮遊することができた。
そのまま、俺は非正規の出入り口から洞窟を抜け、ようやく異世界をこの目でしっかりと拝む。
転生後、決めていた目標の一つ、洞窟からの脱出。それが叶い、感銘。
しかし、それと同時に、蘇生ができず、聡慧も消えた、ただ一人だという孤独感が胸を埋め尽くす。
「……みつり、いねぇかな」
同じく、魂という概念を以て転生したなら、あの子がこちらに来ていてもおかしくはない。
その一途の望みを掛けて、今よりようやく旅を始める。
≪一つの話の終わりには、読者を注目させるため、何かが派手に御出ましする≫
声がした。
肉声ではないような音声。
しかし、機械ではないため、聡慧や能力査定は関係ない。
「!?」
反射的に空中で背後を振り返る。
しかしそこには舞う花も鳥も何もなく、ただ虚無感しか残らない。
右を見る。左を見る。下を見る。上を見る。
そして気付く。世界の時が止まっていることに。
≪その刻を、「猶予」と呼ぶのだよ≫
世界は、恐ろしくスローに巻き戻る。
それはカタツムリよりも、ナマケモノよりも遅い。
ほとんど止まっているし、動いてもいる。
風も吹かず、日も登らず、動物も軌跡を追うように止まる。
世界を逆遅延するこの力を使うその存在は当然、並の生物を軽く超越している。
「……だ、誰なんだ、お前は!?」
≪ふふふ。君、それわざと言っているだろう≫
何気ない驚愕に、思い出したように吹き出す存在。
wwwと表記する。
≪そんな、主人公に邂逅した悪役みたいに……くくく……流石は、私が見込んだ役者だ!! ここ数日で、一気に開花したねぇ! 中学生とは思えない…≫
勝手気ままに言葉を紡ぎだすその存在は、空を金と紫に染めるだけで、その容姿を現さない。
≪君と、私のこの文字を見ている貴方達に、自己紹介をしてあげよう。とは言え……私に名はない。だから「観賞する」ということで、オーナメンタル、と名乗っておこう≫
「格好つけてるつもりなら、頭イカれてるぞ。面とも向かわずどこかで一人でぶつぶつと……誰に喋ってんだよお前……」
疑問への解答は凄まじく早い。
≪繁治君と、私らの言葉を読んでいる×××に、喋っているよ≫
そう言い、字面に向けて指を差す。
オーナメンタルは、君すらも観賞している。




