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34 無理ゲー

 ――――その日、世界の均衡は崩れ始めた。


 世界屈指の資源庫であるバビリア山に一際大きな穴が開いた日を境に、そこでの多数の目撃情報が、世界を疑心暗鬼にする。

 それまで、あと、数十分。




 体の後ろが、浸食、腐敗するように真っ黒に染まり、そこから無数の大蛇が顔を出していた。

 その一つ一つが龍のようで、とても禍々しく、凄みがある。

 それを彼自身はこう呼んだ。


「シェドラぁああ!!」


 無尽蔵に湧き出る頭が、魔王目掛けて飛んでいく。それも尋常じゃないスピードで。


「ほげっっっ!?」

『ヴオオオオオオオ!!』

「ぐは、げほッ、おぐっぅ!?」


 シェイドとは、陰。

 ヒュドラとは、ギリシア神話の化け物。

 それを合わせて略称、シェドラ。

 イメージしやすく、シャドーにとっては相棒のような物達。


 今は聡慧がいない。それが心の穴となり、異常なまでのステ進歩はもう出来ない。

 だが、既に十二分に強くなれた。

 聡慧さんの置き土産だったのだろう。そう心に留め、一歩、また一歩と、技を繰り出す。


「もう気絶しない。狂気に身を委ねたりはしないぞ、俺は!」

「あばっ!?」


 目を覚まし、ゲーマーとしての判断能力をフル作動し、一撃一撃を繰り出す。

 彼の右肩から這いずり出てきて、伸び、ばねのように飛んでいく蛇が、相手の肩をかじった。

 それを相手は払いのけ、血を止めるために、すぐに皮膚を再生させる。

 だが応急処置レベルの回復しかできない。だって、休む暇もないのだから。


(∞……とは言っても、狂乱はあまり持ちそうもないし、速いとこケリをつけて、魔吸収内の肉を魔力に還元したいな)


 狂乱も無限に続くわけではない。

 ある程度で解除されて死に至るので、食事は早い方がいい。

 魔吸収内は胃袋のようなもので、食材を意図的にSP(魔力)にしない限り、狂乱は続く。

 しかし、狂乱を止めてしまえば、攻撃力は格段に落ち、夜魔多のオロチの紋をもってしても相手を倒せなくなる確率が高くなる。エンドレスの魔力を持っていようとも。

 無効貫通打撃は、精神系・非物理の魔物を衝撃波で消し去れるため、舐められないし、不屈の紋の「HP1から防御力1000倍になる」効果もあまり意味を持たないだろう。

 そうなると、極限までスキルを打ち込むのが、彼なりの最適解だった。


(夜の内に片付ける!)


「ぐおっ……く、『無効貫通打撃』……『烈火覇気』ぃ……『魔力弾』っ!!」


 HPは異常なレベルアップにより全回復しているが、それでも相手の攻撃をもろに食らうのは辛いので、強化障壁を十枚重ねで対応。保険に防御も発動したが、大差はなかっただろう。


 核を貫けば魔物は一撃で死ぬ。

 それ以外にも、生物的領域か、その外側にある魔力の溜まらない「外皮」を傷つけ続けることでHPを減らすことができ、HPがゼロになる事でも死ぬ。

 しかし、シャドーは核が飛散しているので、一撃で殺される可能性は少ない。それは解析変化体で中央に核を集めても同じこと。

 よって、そこまで心配はいらないのだが、陰繁治は慎重に行動する。


「防いだぜぇ……」

「俺、様の……技が…………!?」


 地面に向かって仰向けに落ちるヴェルディの真上に、狂鬼が。

 その背中には、百の頭がひしめいており、出る幕を窺っている。

 人も蛇も、揃って同じ目をしている。全員白い眼。三白眼ならぬ、四白眼。

 自分を狙って、よだれを垂らすかのように。


「そろそろぶっ倒れやがれ、ヴェルディ」


 その一言が、お預けを食らっていた捕食者を殺気立たせる。

 そして同時に、ヴェルディが最後に聞いた彼の声でもある。


『グオオッ!!』『グガアアァアァア!!』『ゲビャアアアアア!!』

「うっ……ぬぅおおおおおおおおお!?」


 真下に一斉に、延々と続く滝のように、怒涛の猛撃が押し寄せる。

 噛んで、食らって、(かじ)って、(むさぼ)って、喰って、飲み込んで、食べて、しゃぶって、千切って、咥えて、切って、飲んで、噛み砕いて―――――

 終わりなき口が、酸性雨のごとく打ちつける。

 全てが千万超えの威力。

 相手の筋肉を、まるで食物繊維としか見ていないかの如く、美味そうに壊していく。

 掘削の効果もあり、ヴェルディが逸らした一匹が、地面を掘っていく。

 縦に大穴を開けていき、その様子は、地層を調べるボーリングに近い。


「ごほッ、ぐおッ、いっ……ごはっ、ぶ・・がッは・・」


 咄嗟に反撃したとしても、相手の次の攻撃がコンマ差で追い立ててくるため、致命傷になりかねない。

 そのため、ヴェルディは剣を取り出そうと、左手でシェドラを抑えてから鞘に手を伸ばす。

 しかし、攻撃を塞ぐ腕を避けるように、横からまた蛇が現れる。


「ぐっ」


 信じられないほどの衝撃が脇腹を襲ったため、握っていた剣が鞘ごと服から落ちる。

 耳が痛くなるほどの震動と音、それだけでまた、地面が一層削れる。

 岩が弾け、気温は徐々に上がる。

 地表から、どれほど下がっただろうか。遂に、地面が大きく開けた。

 そこは、マグマが貯蓄されている開けた空間。

 地平線のように壁が遠く、別世界のような場所だった。

 マグマ溜まり。地球で言うところの「内核・外核」程深い所には位置していないものの、相当広い。一見、「マントル」の中にある赤いプールだ。


 ヴェルディは受け身すら許されず、ただ虚しく溶岩が浅いところに打ちつけられる。

 しかし、自然影響無効のお陰で、両者とも暑さや熱さに関係なくバトルを続行する。


(……一体俺は何を目覚めさせたんだ?)


 滴り落ち、蒸発する汗。

 それは、スキルの影響で暑さによるものではないと断定できる。

 もう魔力も少なくなってきている魔王。

 ここまで追いつめられるとは正直考えもしなかった。

 復活後すぐに現れた正体不明の魔物が、こちらの喉元を見据えてもう勝算を得ている。

 そんな、クソゲー。


(だが、馬鹿め。今の俺様は最高の状態。紋の力で、俺様もお前と同じ土俵に立つぜ)


 そう、彼は「闘志の魔王」「戦闘狂」の紋を持っている。闘志の魔王は、気分の高揚又はHPの減少により、攻撃力が最大100倍になるというもの。戦闘狂は、ダメージを食らった回数分攻撃力が増し、最大10倍になるというもの。どちらも時間やコンディション次第で元に戻るが、その戦いへの渇望がしっかりと結果に繋がるので、彼にとっては命に等しい能力だ。

 攻撃力は4320。それが殺戮加護のプラス349と合わさり、4669。そこに百と十倍。4,669,000という威力になる。シャドーには及ばないが、一般常識からみれば、この数値は異常だ。それこそ勇者と同じほど。

 しかし、それと同時に、シャドーの抜きん出た強さが示されてもいた。


(流石に本体は魔法を防げても、あの蛇は魔力の塊。馬鹿な俺でも、あれは魔法で対抗できることぐらいわかるぜ。闇殺の陣――――『炎炎滅却』!!)


 親指と小指を伸ばし、内の指を曲げる。

 受話器型のその手で、蜂のように群れる大蛇目掛けて技を繰り出す。

 抉り取るように近くのマグマから火柱が立ち、逆向きに滝が流れた。

 燃やして焼く。

 その威力は凄まじい。

 しかし、その炎を一体のシェドラが犠牲となって受け、相殺した。そして次なる捕食者が、無駄を与えず追撃を。


『ゲタタタタタタ!!』

「ふんっ!」

『グガッ』


 上裸の背中から血を流しつつも、無効すらも貫通する打撃で、蛇を一体吹き飛ばす。

 だが数十を相手取るのは流石の魔王でも無理難題。


「ぐ、丸呑みにする気か!?」


 はち切れんばかりに開いた口が迫ってくる。

 だがそれは違う。

 残念ながら、丸呑みなどという簡単なことはしなかった。


「ふぉっ」


 蛇は口で掴み、そのまま真上に向かって、時速100キロをゆうに超える速さで魔王ヴェルディを投げ飛ばす。

 マグマがその激震で、ミルククラウンならぬミルクエクスプロージョンし、天井は掘ってきた穴とは別の、二つ目の穴を生み出した。

 今も穴を開け続けるヴェルディ。

 そして、それを追い立てるように、下から大量のどす黒い墨汁が。


(くそおおお! まだ俺様ぁ、戦い足りねえのにぃ……)


 歯ぎしりしながらも、その無念を言葉に出来ないでいる魔王は、もう意識をほとんど保っていない。

 人をただの娯楽のステージとし、自分の欲求不満の解消要因としか見ていない彼を、少年は最大限の「絶許」を以て制裁する。


 陰繁治は人間と魔物の狭間。決して、どこにも属することがない孤独な気体。

 だが、元の優しい性格と、魔物としての価値観が交じり合い、今は誇り高く、良い奴なら、誰だろうと許すことができる心を持った。

 同時に自分が悪と思う者を、排除する力も得た。

 仲間の大切さに気付き心を入れ替えた誇り高きバテックゴブリン。

 仲間思いの冒険者たち。妖精たち。

 魔王の復活の盾として、訳も分からず利用された人々の怨念。

 彼らを失い、彼は酷く悲嘆した。

 勧善懲悪。人にも魔物にも善と悪がいるということをしっかりと念頭に置き、ただ平等に判別する。


「ごばっ―――」

「お前がただの筋肉バカで良かったよ」


 実際、あの無効貫通打撃を食らい続けた場合、不屈の紋でコンマ単位のHPを残すことはできなかっただろう。

 しかしそれをしなかった魔王の怠慢、それだけがターニングポイントとなった。


 暗闇から一気に、頂点目指して駆け上がるシェドラが、魔王ヴェルディ諸共外へ打ち上げる。

 それにより山に二つ目の大穴が開き、黒い無数の線が湧き上がる。

 その線群の先端にはシェドラ達の顔と、影の少年と、魔王がいた。

 魔王は足付くことすら許されず、ただ無防備で隙だらけの態勢となり、彼の攻撃をもろに食らう。


「愚鈍すぎて、マジで乙なゲーマーは、最後にゲームにこう言われる」


 鼓膜が、しっかりと音を認識しない。

 シャドーの声が、聞こえない。

 だが、怒りは感じる。

 思考はできない。

 シェドラを手に(まと)ったアッパーが、魔王の顎に炸裂。それが彼の最期。

 千万を超えたダメージがHPを0にする。

 よって、勝負あり。


「ゲームオーバー、ってな……」


 元々陰キャ(自称)だった陰繁治は、たった今、世界の天秤を粉砕した。

 誰にも悟られず、ただ暗中飛躍する。

 それこそが影であるシャドーの、性質だ。


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