33 蛇ノ戯レ
相手が殴りかかってきた時、精力は使えるのかと博打したのは良い発想だった。
俺が狂乱できた理由の五割は、万が一オーバーキルとかされないように、脳超加速を併用しつつ、防御で精力の分の魔力を使ったから。
残りの五割は、不屈の紋があったから。
結果は上々。
精力が尽き、欲張りの紋で狂乱、不屈で耐えた。
相手も、俺が思考を加速させていてギリギリ躱せる程のスピードで攻撃してくるものだから、結構危なかったが、俺の判断のほうが一枚上だった。
咄嗟、と表現した方がまあいいわけだが、結果良ければ全てよし。
計画通り……かな。
身体が元々魔力で構成されているんだから、それを使用したところで当然変わりはしない。ではなぜ体が残っているか。単純に、MPの魔力が体を維持しているからだ。
ホントにこういう時、シャドーって便利なんだなと、思い知らされる今日この頃である。
空腹感が体力的にキツく、挙句の果てには俺の頭に大穴が開いた。
視界が消えたが意識はあるという、半ば植物人間的な状態だったため、生きた心地がしない。
でも、もう大丈夫。
相手は不屈の紋にも気づかなかったし、恐らく狂乱にすら気づいていない。
二度目の博打だが、こいつになら勝てるかもしれない。
「……それで生きているのはすげえぜ……もしかしてだが、お前も人間じゃないクチだな? 面白い、面白いぞお前! 心行くまで楽しもうじゃないか!!」
いいや、勝てるかもしれない、じゃない。
絶対に勝つ。ただ自身の快感のために、人を粗末に扱う奴を、俺は許せない。
別に他人が他人をどう思おうが、知ったことではないんだけど、俺の前で人を無下に扱うのはどうもいけ好かない。
まあ、その対象俺だけど。
この道徳・倫理を俺が抱いているのは、俺自身が、両親を始めとする「周囲の人」を大切に思っていたからだ。
悲しいことに他界した両親は必死に働いていた……らしい。俺に物心が付いたころにはもう居らず、大家さんから聞いた話なので、具体的には知らない。
人の寿命にケチつけても、意味なんてないけど、他界が“早みざわ”過ぎると思う。
二人が揃って死んだ理由は「過労死」らしい。ということは、会社はそう、「ブラック企業」。
俺の人生、波乱万丈すぎだ……
けど、そうなのだ。会社が両親をただの社畜とやらに見立てていた。それが許せなかった。
当時、齢十歳の俺が泣きじゃくるのを、大家とみつりは慰めてくれたなあ。
アルバイト先の店長にも説明してみたら、大泣きして背中をさすってくれたし。
世の中、醜さもあるが、反面、暖かさも存在する。
人の温もりを知った。そのお陰で、このむさ苦しい男に対して「キレる」ことができているわけだ。
俺は顔を修復し、体力魔力を回復させる。スタミナも狂乱が解けない範囲で、魔吸収内の肉を精力へと変換して、万が一に備える。
それでも即回復ではないので緊迫する。
相手とは呉越同舟……じゃないな。拮抗? 睨みあい?
そんなことはいいと、俺は思考を放棄して、集中。
【免疫が一定になった。スキル「眠気耐性」を取得した】
今、聡慧改め能力査定さんが赤裸々に語ってくれたこれは、狂乱時の対策だ。
狂乱時の意識遮断に、全力で耐えることで、取得したが、本来なら敵からの催眠に抵抗することでゲットするんだろうな……
徹夜でゲームしているときの感覚に近く、痛覚耐性をもってしても、変な疲労が体に響くから辛い。
シャドーは苦痛の際、ヴェルディへの怒りから、制裁を食らわせるために絶対に寝ないと誓った。その意志が呼び、結んだ物は、自我を持つ影の鬼。
狂い咲く、黒獣と人の混沌と言うべきか。容姿がごちゃごちゃしているため、曖昧だ。
元々の存在が抽象的なため、これだけ具現化できているのは、彼の意識による要素が大きい。
日が完全に落ち、明かりもないこの洞窟は、月の光がただ一つの生命線となった。
「さあ! 来い!! 俺様は今、戦いを乞うぞおおお!!」
無駄に口が塞がらない、お喋りな魔王は、待ちきれんばかりに、苛烈球を打ちまくる。
残るPを全て使い、「魔力弾幕」も取得。
魔王としての膨大な魔力を回復次第使った。そのためその位置は爆ぜて燃えているわけで……
「くははははは、いやあ、初手で昂っちまったが、許せ。そしてお前なら何とか生き残って―――――なぁっ!?」
眼の瞳孔をくすぐる、衝撃的な光景。
それは相手がどうこう以前に、まず有り得なかった。
攻撃したはずのその場所が、一切合切、塵一つすら舞っておらず、綺麗だった。
魔王ヴェルディは相手の背景に焦点を集めていたが、いざ集中すると、その相手の威圧に、全身の血が十周するかと思うほど、ヒヤッとした。
烈火覇気や、闘志の魔王の紋を持つ、もはや勝者とも言うべき大男が、汗が顎から滴り垂れる。
ヴェルディは、戦いに飢えてはいたものの、死ぬような戦いに身を投じたかったわけではない。
己の高揚心酔、それを味わう、いわばゲーム。これが彼の生きる意味だった。つまりは相手が格下ということが絶対条件であり、実際今までは自分が強かったがゆえに、その条件が成っていた。
しかし、今は状況が違う。
相手は、強者も弱者も平等に相手取る、どこにでも居る普通のゲーマー。
それは魔王に伝わらずも、等しく手強いと証明する。得体のしれないドロドロとした謎と共に。
「……夜闇に群がる……仮に言うなら群蛇って、ところか」
目前には、人影から幾つも伸びる、大きな蛇の頭が蔓延っていた。
その全てが、食を欲し、飢えた状態で。もうそれは、単に地獄だった。
俺が何をしたのか。
答えは単純、途轍もない執念と根性と根気で、影操作して作った。
それが導いた結果がこのヤマタノオロチ。まあ、異常に頭多いし、ギリシャ神話のヒュドラが近いけど。
長く、はち切れんばかりの意識を紡ぎ、体中の魔力を自己流に操り、臨機応変・変幻自在に変えていく。
それにより、俺も聡慧さんの真似事ができるようになったのだ。
聡慧さんの使っていたこの技は兎ベースだったらしいけど、俺はなんとなく、竜や蛇を連想させるこのフォルムがお気に入り。
眷属、とでも呼びたいが、イマイチそうも言えない。これただの魔力の塊で、言っちゃえば粘土工作だし……
小学校の図工かよ!
でも、これ小学生が作ったらその子絶対芸術しか向いてないでしょ!
……しかし、これを継続するにはやはり、相応の魔力が必要。
ではどこでそれを補ったか。
答え合わせと洒落込もう。相手も技が利かなかったことに困惑しているらしいし。
俺は今も謎の肉声を発する大蛇を全方位へと向ける。
上下左右前後斜め。あらゆる方向にウニのように飛ばす。いつぞやのゴブリンを思い出すな。
ご愁傷様、ゴブリン君。君の犠牲は無駄にならんかったで(南無阿弥陀仏)。
訳ワカメな音と共に、ゴゴゴゴゴという土砂崩れ。
轟音騒音爆音でお隣さんに訴えられても、文句は言えた口じゃない。
そんな攻撃のようで攻撃じゃないものを相手は受け流していく。
スキルの腹筋や強化障壁、防御があるとはいえ、これは魔力の塊だ。流石の魔王にも下手の横好きレベルのダメージはあるでしょ。
……そう思った時期が俺にもありました。
相手の筋肉が一枚上だった。いや二、三枚かな。
軽傷とは言えないが、全然重傷にも見えない。
崩れで砂煙が満ち、視界を奪ったかと思えば、月光が差してきて周囲が幻想的に映える。
この洞窟は、バビリア山の中から、斜め下に低高配で伸びる形をしており、丁度今いるところは山のほぼ地表付近。よって上に大打撃を入れさえすれば、すぐに崩れて大スクリーンとなる。
見えたそこは無駄に広い草原で、木の一つもまともにない、ある意味虚無な空間だった。
否、木は少しあったはずなのだ。
しかしそれがなく、ただの平地と化している。草木も生命の一端も感じられないほど。
何故なのか、何が起きたのか。
「おいおい、ここはもう地表と同じ高さだからって、山の端吹き飛ばすこたぁないだろう? 何をそんなに怒って――――」
「キレてはいるが、俺は今わざとここを開けたんだ。なあ、見えるか魔物?」
「あ? 見えねえな…………………お前!?」
そう、俺は外にいる存知範囲内の魔物全てを消した。
夜には魔物が増えるらしいというのを存知で知り、夜の暗さの中で影操作が使えることを知ったため、躊躇なく。
こんなだだっ広い場所で影操作を使えば、まず間違いなくマナ切れで死ぬと推測できた。しかしやるしかなかった。
それが、魔王を討つ、最終手段だから。
俺はどんな手段でも、己を肯定するものを選ぶ。必勝を掴むために、貞治と歩んだゲーム道は伊達・なまくらではない。生死すら関係がない選び方。
心を鬼にして、死を恐れずに賭ける。
脳超加速時に、巡る演算で、最適解を導き出した。
その努力が報われたか、覚悟を認められたか。
頭の上から無心な声が。
【紋「夜魔多のオロチ」を取得】
そう、技を使った刹那に、俺はまた紋を獲得したのだ。
これ、実はトンデモな代物で、効果のほどは「夜に魔力が∞になり、攻撃力が100倍になる」というもの。
正直、俺は今すぐに神様に信奉してって懇願されたら、即信仰する。そう思えた。
紋のお陰で、俺は辺り一帯の生命反応を正確に影操作による針で討伐。
勿論、遠隔操作で魔吸収。お残しは許しませんの精神で、大量の資源を抱えてしまった。
心中嬉しい悲鳴を上げました。
そしてそれにより、俺のレベルはぐんと上昇し、異常なインフレ後、21から137となったため、ステもキモイ成長を見せていた。
これで、俺の攻力は……
(殺戮加護+解析変化体)×欲張りの狂乱×夜魔多のオロチ
=(137+25)×1000×100
=16,200,000
実は解析変化体の変身でも、少し攻撃力が増える。
25という数値だ。
恐らくは魔力を構成してできた体だから、純粋に体が剣のように攻撃部位となる……みたいな?
そしてこれはステ表示時の基礎的な攻力だから、今計算したものは現状出せる最大火力。
あくまで数値だから、毎度のごとくあまり参考にならないが、それでもいい。
「異世界に無理やり転生させられて、一時はどうなるかと思ったけど……どうやらひとまず安心できそうだ」
金色の月光が、見えているだけで十五は超えそうな蛇を輝かせ、その根元にある影の人間を際立たせる。
しかしそれすらも、ただの彩り、囮、目くらまし。
最強はいつでも、ふと気が付いたら身近にいる。
(……さっきまでとは魔力量が桁違いに増えた……俺様より弱いと思うのに、何故だ……この悪寒―――)
「まあ、俺はこのクソゲーで安心慢心なんてしないけどな」
「んッ!?!?」
気が付けば、顔の前五センチもない位置に、相手は立っていた。
気が付けば、中指と薬指を折った状態の右手を、腹に当てられていた。
気が付けば、そこから莫大なエネルギーが、渦巻き捩じれ出ていた。
相手は霊化した。
相手は魔吸収を応用した。
相手は脳を超加速した。
人生最弱は精神最強。そこに人生劣悪プラス。結論、精神限界突破。
陰繁治は、シャドーとして、人として、この世から魔王を一人排斥するため任務を遂行。
「マジ、卍!! アーンド、マジ、チョベリバ!!」
「ふ、ぐっぐ、ぉおおおおおおおおおおお!?」
魔王はその全てをかけてこの爆炎をせき止めようと藻掻いた。足が地を踏ん張り、前に倒れる状態で魔王は全力で球を押す。足が地面を必死に押さえつけることによる、地面のひび割れと浮き上がる石。それをも燃やし、溶かす熱量。
皮膚が熱い。痛い。
これが痛みか。
浸り、悟ってしまうほどの威力。
耐えきれず、ヴェルディは真上に炎を蹴り上げる。衝撃波が洞窟の穴を広げ、力は垂直に赤い柱を生み出す。
それはどことなく綺麗で、奇妙で、不可思議だ。
「ぐっ……これしきぃ……俺様は挫けないぞお……」
チョベリバ、超ベリーバットの略。
とても嫌な時を意味する言葉で、同時にそれはシャドーからの暗示でもあった。
ヴェルディ、お前を許さない、という意気込み。
中二病が、異世界では本領発揮するんだろうけど、俺はシンプルにお前を倒す。
詠唱などせず、ただ邪物として、影として、人として。




