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32 影キレル

「ヴェルディ?」


 そう尋ねる少年(?)に対し、大柄な男は、大剣を背の(さや)にしまいながら答えた。


「そうだ。どうやらお前は知らないらしいから教えてやる。この俺様は一応だが、魔王の中でもトップクラスに強い、そう言われてきたんだ。凄いだろう!」


 その鍛え抜かれた筋肉は、文字通り金属であるかのような光沢を出しており、その硬度に並大抵の技は通じない。

 それこそ魔王と称される者の中でも、倒せるものは限られてくるだろう。

 そんな力を持っているのに、人を救わない。

 理由はない。ただ楽しければいいという、楽観的な気質。

 それが彼という人。いいや、種族「獣魔人」だ。


「トップクラス……俺も貞治も、あのゲームではそんな立ち位置だったっけ……」

「ゲーム? お前は誰かと遊んでいたのか?」

「そんなこと、あんたにはどうでもいいだろ」


 そう、シャドーに彼と来歴を語り合う気はない。

 彼は怒っているから。

 せっかく異世界へと転生を果たしたのに、その結果は、ゲームでも大した目立ちは無かった魔物……

 これならまだ、ドラゴンとかオークとかサイクロプスとか、悪魔とか天使とか、オーガやゴーレムなんかの方がよっぽど良かった。

 極めつけは、攻撃力が上がらない、狂乱時は意識が途切れる、腹が空きやすいといった謎や欠陥の数々。

 正直、楽しんだ記憶も思い出もない。

 確かなのは自分がここにいるという事。

 夢ならば覚めてくれと、何回かは願った。しかし、今はどうしても起きたくない。


「あと一つ聞く。あの化け物はなんだ? 「怨呪害憎怪」とか言ったっけ?」

「ああ、あれは……」


 シャドーは魔吸収で爆弾石を打つ直前、相手の心情などを読み取った。

 この心読みは、正直便利だと彼は思っている。

 しかし、そこで読んだもの。どうもあれは魔物でもなんでもなく……


「―――人間だな」


 その一言が遂に彼の体を食った。

 相変わらず涙を流しているが、その原因は心読みにもあったのだ。

 それが確信に変わった今、どうしようもない痛みが襲う。

 痛覚耐性では抑えられない痛み。

 それは何処までも永く、まるでこの洞窟のようだった。


「俺様は勇者に封印されて、ただの宝玉と化したが、十年で復活した。封印状態じゃ、ろくな技も出せねえから、試行錯誤の際に、盾として使っていたのがあれってわけだ。たまたま見つけたから使ったまでで、詳しいことはよく知らんがな。まあ、こんなこと言っても、もうお前も終わりだから関係ないな」


 嘲笑い、冷笑を浮かべ、その凶悪な顔が一層悪人じみていく。

 指を鳴らし、筋肉を張り、足を地面に打ち付ける。

 震動で床にはひびがまた入り、一層廃墟感が増す。


「ああ、そうだな。俺には関係ない」

「そうだろう? だから、俺様と闘い、俺様に快楽与えてから死んでくれ」


 その一言一瞬で、魔王ヴェルディの姿は掻き消え、もう目の前にまで迫っていた。

 そのスピードは常人のそれを凌駕して、達人を限界突破させたものよりも洗礼されていた。

 音速で近づき、寸分狂い無しの猛撃が繰り出される。

 その拳、恐らくは日本の大仏やアメリカの自由の女神くらいなら粉砕してしまうのではないか。

 そう思わせるのに十分なエネルギーを籠め、突き刺す。

 しかし、拳は空を切り、気が付けば相手はいなかった。

 瞬き許さないその一瞬でしゃがまれたのだ。

 その勢いで闇に消え、そのまま音もなくどこかへと移る。

 その数秒後、死角からの黒い一撃が飛んでくる。

 それを魔王は一瞬で振り向き、痛み恐れずに殴り散らかす。

 魔力の塊だけに、そのミキサーに粉砕された針は綺麗に散った。


「シャドースピアってところか? 俺様の貫通攻撃の前に、無力よ」


 彼の拳は、ただの手ではない。

 魔物に限らずこの世界の者は、能力査定などのスキルを持たずとも、何となく自分が何を持っているかはわかる。

 「自己顕示」という非表示のスキルで。

 そして彼も、自分の強さの起源を知っている。

 自身の所持スキル「無効貫通打撃」、それが基本にして最大の武器。

 彼はそれだけで大抵の場面を乗り越えてきた。

 その強さは字面からも理解できるように、無効を貫通。

 つまり防御系統の技を完全無効化するというものだ。

 補足だが、もし「スキル無効」なんてものがあったとしても、この(たぐい)の技だけはそれで封印できない。

 耐性貫通・無効貫通のスキルはそれだけで無敵に等しい。

 対するシャドーはまさに格好の餌食。

 魔王はそれを知らないが、シャドーは知っていた。

 では、その彼が見た魔王のステータスを、ともに覗こう。


(魔王のステータス、見せてくれ聡慧)


――――――――――――――――――――――――――――――――

 ステータス 獣魔人 ヴェルディ Lv349 属・火闇 体質無し


 攻力10320

 防力6050

 体力5700

 魔力21340

 精力7230

 俊敏2055


 紋:闘志の魔王・戦闘狂・殺戮加護


 魔法:炎炎滅却・ファイラドーム・ファイアストーム・ジャドラ


 スキル:体力即時回復・魔力即時回復・物理攻撃耐性・魔法攻撃耐性・自然影響無効・無効貫通打撃・苛烈球・存知・突進・機敏・剣術・腕力・脚力・腹筋・握力・強化障壁・烈火覇気・防御・脳超加速


 P210所持中


――――――――――――――――――――――――――――――――


(……)


 その能力値に、「ワッツ!?」と叫びたくなった。

 流石に今は(いきどお)っているため、そのテンションもないが、誰が何と言おうと、あの魔王は強すぎる。

 恐ろしく、強力で、狂気だ。

 間違いなく危険な相手で、自分のアドバンテージである「無効」系も意味を成さない。

 それを知り、自然と汗が噴き出てくる。

 形成した偽りの肉体から。


「そろそろ出てこい。無駄だぞ? 感覚強化でお見通しだ」


 相手も相手で感覚は鋭い。

 獣を血筋に加え、その上魔物とも交わることで生まれたこの猛獣は、人族の何万倍も感覚が鋭い。

 それがスキル以前に、元の本能的な遺伝子に備わっているのだから、笑えない。

 すぐさまシャドーを見つけ、天井目掛けてガン飛ばす。

 魔力を集めて練って練って、粘度を高めて粘土状にする。

 手を握り、ギチチと鳴らし、手をいわゆる受話器型にして対象へ向ける。

 スキルも魔法も、高等なものにするためには型を見つけると効率がいいが、何故その型なのかは謎。

 この世界に電話などないのだが。


「火殺の陣――――『炎炎滅却』! 俺様の高揚の象徴にして最高の勝利を――――『ファイラドーム』!」


 二つ同時発動の魔法が周囲を燃やし尽くす。

 詠唱は違うものだが、どちらもイメージの具現化に大いに貢献していた。

 異常気象を巻き、洞窟の空いた天井が更に広がるほどの干渉を与えた。

 地面が揺らめき、マグマのように高温となる。虫一匹寄り付くことができない、誰にとっても苦境となる環境がそこに出来た。

 しかし、それを知っていたようなスピードで、少年(?)は下がりつつ魔吸収で撃たれた炎の一部を喰らう。


「ほほう! お前、空属性の魔法とか使えるのか。なかなかすげえじゃねえか! 人族ってば、魔法に長けてても、そんな技すら使えない奴多いからなあ!!」


 魔吸収は闇属性だし、彼は人間でもないが、そんなことは魔王の知ったことではない。

 そして当たり前のように相手が魔法を無効化したことを、魔王は特に気に留めない。

 それほど強くなければ、自分を楽しませてはくれないから。


「さぁて、どんどん行くぜ!」


 すぐさま両手を受話器型へと変形させ、正面に炎を集める。

 炎々と燃える円。いや、奥行きも考えればその全体像は球となる。

 シンプルにして、強力。

 炎弾の上位互換である「苛烈球」だ。


「嬉しいことに魔法は効かないらしいから、俺様のこれを食らってみてくれ!」


 喜々揚々と手の形を握り拳へと変貌させ、腕を引き、前へ突き出す。

 それだけで風が衝撃波となり、赤い球が一線を引く。

 それをシャドーは、新しく取得した強化障壁で防ぐ。

 無色とまではいかずとも、ほとんど見えない薄い膜が、火を何とか消す。

 それと同時に壁は消え去り、彼の魔力も大分少なくなってしまった。


(スキルは魔吸収じゃ吸えない……聡慧、勝てるかな。俺……)


 そう問いをする。心の中で。

 しかし、それはただ、自問自答するしかない結果を導く。


【「聡慧」に該当する能力を所持していません】


 返ってきた返答は、声色がなかった。

 人の感情を失ったような、悪い意味で払拭したような。

 そんな静かな声だった。

 紛れもない。

 能力査定だ。

 「ないわ」「がんなえ」「メンブレ」「無理ゲー」「しょんどい」……

 軽々しく優しい若者の言葉と違い、今浮かぶ彼のこの言葉は、最大限の重みを含む。

 元々影が薄いものが、更に影を濃くすることで、寧ろ目立ってもいるような。

 魔王には、彼が憔悴に似た表情をしているように見えた。


「どうした、かかってこい? 勝てない、と俺を強く認めてくれるのは良いが、やる気をなくすのは気に食わねえぞ」


 その自己中な発言を、彼はただある影のように無視。

 無言なただの人間に、魔王は虫唾を走らせる。

 活力が無い事ほど、面白くないものは無い。

 だというのに、強そうだったこの者がなんと、暗い。

 地球で言えば、パリピ・陽キャ、相手を尊重するという点ではスポーツマンシップなどの単語を結びつけそうなこの大男は、退屈を感じ始めた。

 イライラと、十年越しの小さな(もや)が膨れ上がり、破裂する。

 熱され、体積を増やした水のように。


「はあー、もういい、消えてくれ……」


 その最後の言葉通り、俊敏2055の爆速が、機敏で加速され、魔王自信が枯渇しそうな魔力を超えて使用される「無効貫通打撃」が、相手の顔面を打ち散らす。


『ビシャッッ!』


 轟音と共に、辺りの塵が消え、出した拳の先に少しばかり煙が立っていた。

 日は夜。薄暗い中で、ただ、頭を越えて腕が伸びるシルエットが浮かぶ。

 人に擬態したとはいえ、頭部が大きく欠損したそれは正に正視に耐えない。


「……まあ、俺様のこの技が、お前の最強に通用したんだ。俺を讃えてくれたってことで、この洞窟は記念に残しといてやるよ……」


 そう言い、悪は振り返り、去っていく。

 その血管が浮き上がる筋肉は、なかなかどうして、寂しそうだ。

 目頭と目尻、もう目全体から、必死に涙が溢れていた。

 強さを求めるあまり、強者が、同類が少なくなっていく。

 最早誰も自分に勝てないと踏んだ瞬間、久しく忘れていた感情が感じられた。

 勇者がいたらなあ。

 魔王は、一瞬「人を救いたい」などと思った。

 目まぐるしい成長。

 影は、いたるところにある。

 夜は最大限闇を与える。

 光の裏は闇。

 夜は全て影。


【危機判断により、技で精力を消費。精力が一定値を割り込みました。これより、狂乱します】


 闘志の魔王の唯一の誤算は、彼を影を操る人間だと思ったことだ。

 振り向いた先のそれは、全くもって人族などとはかけ離れている。

 頭に大穴を開けていながらも、その首を床に下ろすことがない。その無機質な感じ、マネキンの模倣、それはどこか不気味。

 そして、男は少年を見て、全身の毛を逆立たせる。


「く、ははは……お前、なんだそれ?……おかし、いや、面白すぎだろ……」


 シャドーは、顔の再生を始める。

 グツグツと、じわじわと。

 その身体は、黒い霧のようなヘドロのような物に包まれ、所々人の部分が露見している。

 着ていた皮は闇に飲まれ、代わりに黒い鱗のような、被膜のような、そんなアバウトが包み込む。

 こめかみ辺りから生える、手のような髪を丸ごと、顔を撫でてかき上げる少年。

 そして目が再生し、少し傷の残る美顔が、半分ほど蘇った。

 かき上げた髪から覗くその眼の奥底には、途轍もなく殺気が立ち、途方もなく蒼炎が続いていた。


「……もう**誰***も、失*****……*わ……ない・*……俺***は、弱い影を****逸脱……する!!!……**……」


 生存可能性微レ存の、超鬼畜糞無理ゲーなこの世界で、一人身の根暗男子が牙を()く。

 生物と無機質の間。

 中途半端なモノは、具現化する。

 厳密に、人間へ。

 それでいて、魔物へ。


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