31 闘志ノ王
「おいおい、どうした? さっき、凄えもん打ってたじゃねえか。ほら、俺にやってみろ」
煽るような提案に、俺は一切応じなかった。
放心状態を素直に体現し、守ったはずのものに手を差し伸べている。
しかしその祈りが届くことはなく、屍はそのまま。微動だにせず、横たわり、同じ色しか見せない。
体を焦燥が巡り、手足の感覚すら覚えない。
またもや涙が流れる。
「はあ、お前、もう少し俺様に、興味を示せよ……」
そう教えても、振り返ることはなかった。
それを、ヴェルディは予測していたがために、一歩踏み出す。
「そんな興覚めには、こうだ!!」
振りかぶり、音速で放たれた剣の峰打ち。
それが一転の狂いもなく、背中にめり込む。
ぐぐぐっと入り込み、運動エネルギーはもろ一直線に走り出す。
ホームランの野球ボールのような、迫力と共に、奥の壁に飛んでいき、その岩ごと貫く。
「……」
ガラガラ、壁に横向きに打ちつけられた体は、床へ落ちていく。
元気はなく、そこにはもう、ただの湿気た空気しかないかのようだった。
「はあ……せっかく十年かけて脱出したのに。おもろくない。まあ、十年はそんなに長くもねえがな」
「……」
頭を掻き、これからどうするかを悩み始める。
彼はそう、縛りから解き放たれたのだ。
一万年も続いた戦い。十人いた魔王の一人「ヴェルディ」と勇者「ケーリー・バレンシア」の二人は力互角で戦いあった。永く辛い戦いを。
当事者である魔王は、寧ろ戦いに飢えていたため、面白がっていたが、勇者にとってはたまったものではない。
たった一つの、自分たちの衝突で、町や村が消え、魔法を放ち合えば、たちまち国が陥没する。
それに胸を痛めて、それでも戦った彼の気持ちはどうだったか。
言わずもがな、凄惨だったはずだ。
「さてと。強い奴と闘いてえが……いねえな。そんな野郎」
この魔王でも悲しむことはある。
狂者で強者の悩み事。相談することはできない。彼が強すぎるから。
そのために、多くの魔王が干渉せず傍観し、ほったらかす。
そのために世界はどれだけ脅かされたことか。
「強え奴も、苦労するもんだ」
溜息を一つつき、眼下に注目を向ける。
足元には、二人の屍骸が。
(別に、反応しないんじゃなあ……)
足先でちょんちょん突く。それでもやはり、自明している。起きて楽しませてくれるわけがない。
こんな辺鄙でそこそこな洞窟。来る者も千差万別。そうそう当たりを引くことはない。
まだ、どこかの国に攻め入った方がマシというものだ。
「さてと、俺は行くかな」
足に力を入れて、ドカンと一蹴り。
それだけで、地層が二、三層ほどめくり出され、亀裂が巡り、洞窟の損害率をまた引き上げる。
空に飛んで、そして、重力の赴くままに、降りる。
そして、この洞窟の上、「バビリア山」に乗り、辺りを見渡す。
そこには方角によって異なる景色を見せる地平線が広がっていた。
草原や荒野、川に海、森、林。
様々な色を見せるこの地だが、そんなものは魔王にとってただの情報でしかない。
「ほう、流石に十年ではなんも変わらんな。ま、俺が凄すぎるのが原因か。ははははは!」
朗らかな笑いが、山全体に響き渡る。
それにより、多くの動物が逃げ出し、一気に山を下り始めた。
たった声一つで、生態系に影響を与えるその存在は、正に凶暴の象徴。
筋骨隆々。それを見せつけてご満悦。
しかし、どこか虚しく寂しい。
それも全て、彼らが悪いのだ。
(そうだ、そうさ。俺様は悪くない。俺様が強いのではなく、世界が弱すぎるんだ。封印の中でも磨き続ける俺が、世界に勝てないわけがない。今の俺は絶好調ではないが、本当に、個々は弱い。やはり、勇者のような恐るべき「個」がいないものかな……)
そう考え始めると、途端に先程の者たちに腹が煮えくり返ってきた。
単純な怒りが、その矛先を穴に向ける。
そして一気に波は押し寄せる。
「ああ、もういい。ここごとぶち壊してやる。世界変えてやる。俺様は魔王の中でも恐れられる存在だからな……いつだって強く在ってしまうんだよ!」
戦いたい。闘いたい。その一心不乱な性格が、矢の雨のごとく結果をお届けしようと、穴に落ちる。
ズドンとまた復活。
日が差し、その光が洞窟内を反射し、少し明るくしている。
改めて見れば、幻想的とも見える空間だ。
(はあ、飢えている。戦いてえなあ………………あぁ?)
急に、咄嗟に、唐突に。胸の奥で、何かが疼く。
本能的に察し、ただの獣でも気づく。
さっきまでとはどこかが違う。大きく変わっている。
(なんだ? 何がある? おかしい……何が?…………いや、なにも無くなっている!?)
気付いた。
死体がない。
ただの腐食や風化で消えたり、さっきのジャンプで吹き飛んだり埋まったりしたわけではない。
本当にそこにない。
一切の形を残していない。
ではどこに行ったのか。
「……あいつだな」
体の芯が震えて、燃えてくる。
分子が震え、原子が疼き、体の細部から感情が高まるのを感じる。
何故そこまでするのか。
答えは単純。
(それに、まだ奴は近くにいるッ!)
そう、感じるのだ。
存在を。
しかしどこにいるのかは一切見当がつかない。
遺体がないのも恐らくアレの仕業。だとすればそんなに遠くにはいないとも想像できる。
「さあ、出てこい。思う存分相手してやる。俺様を楽しませてくれ!」
地形すら変えてしまえそうな大声が響く。それに反して、発声後は恐ろしく静かになる。
静寂に包まれるとはまさにこのことである。体全体を無音が抱擁する感覚。
しかし数十秒、数分経っても、来る気配がない。
洞窟は相変わらず茶色や青の、単調で淡泊なカラー。
それにより、かえって人を見つけにくい。
だがしかし、そんなことは魔王には関係ない。
たとえ目を閉じていても、彼はアレを見つけるだろう。
(…………む、影の中か! 面白いねえ!)
すぐさま発見した。
いや、魔王がここまで気づけなかったため、ある意味「すぐさま」という表現は相応しくない。
だが、見つかったことに変わりはない。
ヴェルディはその気迫に満ちた拳をグッと握り締め、垂直に地面を叩いた。
マグニチュードで表現すべき震動は、洞窟一帯を埋め尽くし、崩壊寸前まで追い込む。
すると、そこに……
「誰なんだ、お前」
影の中から、その者は現れた。眼は赤く、怒りを見える形で伝えていた。
顔は中性、というより美男子、美少年。女性と言われても違和感・遜色無い風貌で、背景の洞窟と、些かマッチしてはいない。
手を握り、歯を食いしばり、眉間に力が入っている。
どうやら楽しませてくれそうだ、と思った魔王。
「聞こえなかったか。ならば俺様の完膚なきまでの、勇ましいこの名を心に刻め。名は、『ヴェルディ』だッ!」
改めて、戦火は切られる。
火花を散らす、その暇もなく。




