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30 予想ノ外

「うぅ……く……っ……ひぐっ……」


 泣きじゃくるその無邪気な少年に、多くの者が驚愕の眼差しを向ける。

 莫大なエネルギーを、その内に抱え、そこから放つ謎の攻撃。それが何なのかすらも、一切理解できない。ただはっきりしたのは、この者がただの魔物ではなく、恐ろしく人である事。


 両手を顔面にくっつけ、溢れこぼれる涙をひたむきに拭う。ただの毛皮をはおり、その肩を上下させて。影の少年は、守ったものを振り返らなかった。


「……なんだ今の。って、あああ!?」


 毛皮が落ちかけたのを、スワイフが急いで止めに行く。

 手を伸ばし、すんでのところで落下を抑える。


「あ、あぶねえ……」

「……グズッ……俺男だから、別に……」

「あ……そういえば、そうか……」


 そこにはかつてないほどの沈黙が流れた。気まずい。

 そう、隠すべきものはない。男同士ならなおのこと。水入らずの裸の付き合いが普通。今は風呂時ではないが。

 しかし人化した繁治もなかなかの美形だから、スワイフの反応も納得がいく。


「あ、そうそう、今のはなんだ? それと、君の名前は……」


 スワイフは心機一転。

 疑問の核心へと、言の葉の歩みを進める。

 それに、シャドーは顔を一層拭いきって、呼応する。


「今のは爆弾石……それを打っただけ……」

「爆弾石!? それであんな威力が……」

「まあ、爆発させたのは五十個くらいだけど」

「んな……」


 スワイフと、その後ろをついてきた者達も、その言葉に驚愕した。

 数量に限らず、爆弾石はたった一つでも、人の体の半分の傷を負わせられる。それを五十ともなれば、洞窟の天井に穴が開くのも納得がいく。


「で、俺の名前だっけ? ……俺の名前……」


 名前?

 なまえ、なまえ……

 そういえば、こっちの世界に来てから、一切考えていなかったと、シャドーは思い出す。

 何かしら持っていた方が、今後都合もいいかと、そう再認識させられた。


「思い出した。俺、名前無かったんだわ。だから、つけてくれないか? 君たちで」


 その提案に対し、答えたのはハイ・フェアリ。


「待ってください。それはつまり、契約ってことでいいんですね?」

「は? 契約?」


 契約という名に違和感を覚える。

 そして、陰繁治は思い出す。異世界物の物語の魔物に、“ネームド”のような名札付きがいることを。


「知らないで言ったとは。命知らずですね」

「そんな言い方ないでしょ。一応言っとくけど初対面だよ俺ら?」


 ハイ・フェアリの皮肉じみた対応に、冷たさを思う。

 肩を落とすシャドーに、彼女は語る。


「名づけの契約。つまり、魔物が相手に気を許し、契約に許諾を入れると、それが行われて形として互いに守りあうべき存在になる。逆に言えば、死ぬその時までこき使われる可能性があるってこと。そしてこれは人間でも通用する。まあ、神の嫌がらせってところでしょう。それを実施するってことでいいのですか?」


 重苦しい空気が流れる。


「契約ね……ま、それによるメリットもあるんだろ?」


 詮索を入れた。


 俺の考え方もとい哲学論に、「物事に完全無欠はない」というものがある。それは、全てがメリットになるものはないという事。

 例えば、魔法を使えば魔力を消費してしまう。化石燃料を燃やせば地球温暖化が進む。

 これらのように何もかもができるものはない。

 言い換えれば、代償は報酬を呼ぶ、ということ。錬金術とも少し似ている。


「もちろん契約者も被契約者も、互いの力を与えたり、互いの能力を両方が使ったりできますね」

「なるほど」


 それだけ聞いて、納得の意を示す。


「契約してくれ」

「!?」

「え……」

「……するの?」


 冒険者二人もびっくり。

 妖精女王は声帯を詰まらせた。どうしてそこまで簡単に信用できるのか。自分は今も、疑っているのに。


「なぜ?」

「え、だって、俺を殺してないし」


 そのたった一言で、片づけられた。


「ふん。不思議ですね。やはり魔物でもないし、人間でもない」

「あったりまえのことを、今更だな……」


 呆れ顔の魔物に、たじろく女王。

 冒険者二人も、それは知ってると顔をそろえる。

 ハブられているのは女王ただ一人だった。


「あ、名づけもだけど……これ、蘇生できないか?」


 その時取り出したのは、バテックの魔石。

 いまだ綺麗な状態で残り、魂を閉じ込めているらしい。実に幾何学とかの域を超えているが、ファンタジーに常識は通用しない。


『お、おい。出すタイミングおかしくないか……?』

「おいおい、恥ずかしがんなって」

「これはッ、バテックゴブリン!?」

「……凄い」

「綺麗な石だな」


 三者三様のお言葉。

 しかし女王だけが難色を示す。持っているそれが上の中の危険物だと知っているからだ。


「……一応聞きますが何故?」

「……こいつの熱意に、ちょこっと情が……ね」


 それだけの理由で。

 だからこそ、彼が魔物で人間である所以(ゆえん)だが、妖精女王としては困りものだった。

 それを復活させたとして、その勢いで勢力を拡大され、この洞窟をこの種が掌握するのは気に食わない。

 生き様が良くても、魔物は魔物。

 本能は隠せない。

 間違いなく、人とは相容れにくい。

 そしてそれ以前に、彼女はまだ蘇生可能な「キュアレイト」まで、回復魔法が進化していない。


「それはできませんね。いえ、洞窟を守ってくれた故、命は狙いませんが、この者に洞窟を掌握されても困ります。それに私の力ではそもそも蘇生ができません」


 意見は割れたが、どうしようもない。

 方法もないのだから。


「はぁ……生きにくいな。情がある人間は」

「……少しは同意します」

「割り込ませてもらうが俺もそう思う」

「……私も」


 珍しく、意見が一致した。

 いや、珍しいというほど、付き合いは長くないが。

 それでも、この辺りでとりあえずは考え、落ち着くことができる。

 大まかな行動は、あとで会議すればいい。

 そんな具合に、俺は思っていた。

 だが、そうは問屋が卸さない。

 魔吸収内にまだ、魔石を入れていなかったその時。


「キンッ」


 その音一つで一瞬で、自分たちを過ぎるように斬撃が走った。また同時に、洞窟の壁に亀裂が入る。

 それにより、洞窟が少し崩れ始めたが、止まった。

 言うなれば、地震が起きた後の学校のような状況。瓦礫が散乱し、おもむろに地下水があふれ出す。


「な、何が起き……て……」


 シャドーは手を見て、そして周囲を見渡す。

 そこには、女王達、妖精の姿はなく、地面には息もなく倒れる二人が。

 そして崩れ去った魔石が。


「あああああああああああああああああああッッ!?」


 もう拾い集めても遅い。

 ミリ単位で形の残っていないものはもうどうしようもない。為む方無し(せんかたなし)

 どう足搔こうが、抗おうが、進もうが無駄。

 それを真実として、胸に突き刺すような現場だった。

 真っ二つに腹を両断された二人は、衝撃のせいか酸素が巡らなかったらしい。本当に、息も無く倒れている。


 唖然としたまま立って数秒後、空いた穴から、何かが降ってきた。

 それによる風で、舞っていた粉塵が消え、新たなる衝撃で逆に土が舞った。


「ふむ、俺様ならば、斬撃を入れるだけで消せると思ったが、どうやら見誤ったか」


 その図太く、無慈悲な声。その肉声は間違いなく強さを持っていた。積み重ねられた重みだった。

 その容姿はとにかくゴツゴツとしており、鎧のような服と筋肉に覆われている。

 眼光鋭く、その目の襟すらも切れ味がよさそう。

 腕も太く、鍛え抜かれた抜群の威力を物語っていた。

 握り締めるは大剣。しかしその刃は歪で、どうもただ切り裂くだけでもない。殺傷能力に長けている。


「嬉しい誤算……初めましてだなぁ。俺様は魔王! 最強の魔王! そして復活せし魔王!!」


 自意識はとにかく過剰。

 その自信は底を知らず。

 キャリアのもとに、最強を嘘偽りなく語り尽くす。


「『ヴェルディ』様だああああ!!」


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