29 卍マジ卍
足の節々(?)が痛む。
この体は正直、便利ではない。痛覚耐性もあくまで耐性、無効じゃない。シャドーの時は核が飛散しているから、魔力の体を構築しやすいが、n人間の擬態は核が真ん中に集まるので、内側から損傷部へ治癒が始まる。ほとんど人間と同じだ。
だから、怪我と修復に多少のタイムラグが出てしまうのも必然。
(体の中にある爆弾石を破裂させて、そのエネルギーを留めて放ってみようって思ったは良いが……これマジで死にそうじゃね?)
なぜ俺が、燃える塊を抱いているかわかっただろうか。
(……だりい)
これが、率直な感想だ。
手を広げて突き出し、魔吸収の出口を出す。そうすると、魔吸収に収まり切らないものが溢れそうになる。しかし、それを魔力で蓋するようにすることで抑えている。
ボガフ、ボゴフ。そう音を鳴らして、魔法陣のような口から出でる、煮えたぎる炎。
妖精女王の魔法のお陰もあるが、より一層洞窟内が明るくなった気がする。
足が地面に少し埋まった。それによる影響で、地面が割れる。ズドンという重厚な震動は、俺の骨を振動させる。
(……まあ、骨無いんだけどね)
体の中身はなんとなくわかる。
変身した際に、少し肌を触ったが、なんかフニフニするだけで、一切中身を感じられなかった。
前にも言ったが(心の中で)、俺の中身は恐らく魔力の塊。
で、それが血のような液体をしていると推測している。
骨がない、臓器がない。だから何だ。その精神で俺は生きている。
だが不思議なもんだ。俺は元人間の頃の記憶を持っているのに、体の意味深構造に全く違和感を持っていない…
(あ、少しヤバいか。流れが乱れたみたいな感覚……腕が少し傷ついちまった)
傷口から赤い液が出る。これは留めていた爆発によるものではない。多分、魔吸収を蓋し続けられなかった反動が原因。
痛みに俺は顔を歪める。しかし補うように、徐々に傷が塞がる。やはり体力即時回復は偉大だ。
うむ。
痛みが引いたような、引いてないような? そもそもそんなに強い痛みでもないような?
そう思考するが、そもそも俺はだんだん痛みに慣れてきている。
それがこのスキルの効果だと言われれば、そうも思えるが、これは俺の我慢心も貢献しているのではないだろうか。
まあ、そんなことは全くどうでもいい。
とりあえずは、この作戦を成功させるまで。
「…*!**……***」
「……**!*……***!!*」
「***……!……***」
なにか、後ろの方で言っているらしいが、その内容が全然わからない。もはや拒絶するが如く、何も聞こえない。
相手の呪い声も何故か聴こえない。女王のお陰か?
ただ、俺の魔吸収内の爆音だけが、俺の鼓膜に、魂(?)に響く。
【スキル「忍耐」を取得しておきました】
【……交代し、私がその作戦で、対象を滅ぼしましょうか?】
なんか呟いたかと思えば、うるさいよ。
俺頑張ってんの。
もっと応援してよ……
さて、そろそろいいかな。
俺が破壊したのはざっと五十個ほど。
え、なんでそんな量の爆弾石を持っているかって?
決まってるじゃない。
洞窟を彷徨う間に、手当たり次第に集めていたからだよ!
掘削や存知の応用、影操作も合わせれば、壁一枚向こうにある空洞の石も全て回収可能!
するとどうか。
俺、今、千に少し届かないくらいは集めてんの。
笑えちゃう。
それ全部爆発させたら……まあ流石に制御できない。
俺含め、この洞窟全てが灰燼に帰されるかもしれない。よって、しません。
今の俺でも、五十の爆発したエネルギーを、閉じ込め続けるのはきっつい。
行き場を失ったエネルギーが溜まりすぎると爆発する、っていうのは想像しやすいだろう。
この異空間も万能ではない。磁石の同極を押し付けあっているような感覚に見舞われている。
でも逆に言えば、この魔吸収でそんなことになっているなら、これを出せばどうなるか……
俺はいける、そう思った。
だが……甘かった。
別に失敗したわけじゃない。
なら何が甘かったのか。
威力が弱かった?
いや寧ろその逆。
シャドーこと陰繁治は、そこそこの学力を持ちながら、計算を誤ったのだ。
では行こうか。
その怒涛の激動を見に。
「の……ろおお……いいい……」
「痒い、寒い」
「熱い、厚い、暑い」
「のろ……い……」
「届かない」
目の前の敵に、呪いは恐れた。
恐怖が恐怖した。
無数にある集合体がどよめき立ち、今は体を硬直させていた。
自分たちに、決定的な行動理論なんてない。
動き、喋り、ただただ生きる。
これほど苦しく、虚しいことはない。価値を、心を、見出せないのだから。
自分たちを認識したのは、つい数週間前。
ある時、自分たちが合体し、空中に鎮座していることを知った。
そこからはドミノが倒れるがごとく自然に、滝が落ちるほど必然に、呪った。
どこかの誰かの恨みが、自分を生み、操った。
無自覚、無意識の、透明な影で。
糸で。
自分たちは操られていると知った時、物凄く憤った。
もう意味が分からなかった。
とにかく凄かった。
体は束縛されているのに自由。
穿てる技も、自由自在。
吸い取れば何もかも万事解決。
自分という仲間がいるので、安心できた。
しかしどうだ。
今はどうか。
自分たちが、自分だけが、恐れている。
そこで思い知らされたのは、自分が人間だったこと。
死ぬのは怖い。
当然だ。
負の感情は重い。
当然だ。
それを背負うのも嫌い。
当然だ。
それらすべてを思い知り、なお、何もできない。
自分たちが何をしたのか。思い出した。
でも、それでも。
「酷い、憎い、辛い……」
悲しいことに、自分たちではどうしようもなかった。
体の奥底に寝うる何か。
攻めうる何者か。
それに抗うことを禁じられてもいるかのように。
ただ、祈るしかなかった。
自分は同じことを繰り返すだろう。
それでも、誰かを襲うのは虚しい。
ありきたりなことだが、勧善懲悪は、おとぎ話のような極端な物ほど実行されやすい。
その悪が自分であるならば、それを抹殺するものが出てきてくれる。
いつか来てくれる。
何年たとうが、待つだろう。
でも早いなら、それに越したことはない。
そう。
それが彼であるならば――――
自分は元ゲーマー。
引きこもりとまでは思わなくとも、世渡り下手でうまくいかない。
人付き合いは、得意不得意の天秤には置かない。
正直自分はモブだと思っている。
どこかの誰かの一ページ。
その端に、顔のパーツすら描かれずに、置かれるだけの存在。
それが、陰繁治の自意識だ。
その結果、アルバイトすらしているのに、自分を半ば「廃人」と思い込み、挙句の果てには「陰キャラ」を自己の中に勝手に確立してしまい、関係者以外の眼には写ることが無いと感じている。
結局これが功を奏したわけで……
否。
今はまだ霊化を生かし切れていない本人だが、後々これに救われるかもしれない。
だって、彼の影の薄さは、一級品。
彼の強さは、意外と計り知れない。
見えなくて見える。
ただそこにあるだけの影が、牙をむくなど、荒唐無稽。
その強さを認識できるのは、陰を認識している者だけだ。
「聞こえるか!? 聞こえてるか、わかんねえけど、とにかく離れろおおおお!」
爆音がもう魔吸収からはち切れんばかりに溢れる。
よって、存知だけでは彼らの声は聞こえない。
感じるのは波ではなく存在だから。
光だって一種の波だが、存知は物体を見る。
光の進みなんて全く関与しない。
「ふー、く、くうううううう!」
我慢、我慢……
それ以外は考えない。
どんな攻撃をされても、構わない。
痛めば耐えるのみ!
もう過去のだらしない自分は捨てる。
それを決意し、彼は大声疾呼。
「喰い足りないなら、喰っとけ!」
両手を広げて前に出し、親指同士をくっつけていたが、それを止める。
代わりに、両の掌を打ち付け、中指と薬指を曲げて手の腹をしっかりと合わせる。
(なんだ? しっくりとくる形…… 錬金術とか呪術とか拳法とか忍法みたいだけど……)
これは彼が無意識で行ったことだが、しっかりと意味はある。
後に知ることにはなるが、これは少しの原始的付与だ。
親指、人差し指、小指。
第一指、第二指、第五指。
その三つ。
すべては綺麗に腹を合わせている。
形成した肌は不自然なまでに規則的で、綺麗だが、顔はほぼ美少年。
この格好ではアイドルが変な悪癖全開で、中二病満喫しているとしか思えないが、それがかえっていい効果となっている。
しかし、鏡もないここでは、それを彼自身が知ることはない。
(さて、そろそろ行くか……一世一代の大博打)
自分は今、善行をする。
(誰かに優しくされるのは嬉しい。今までだってそうだ。でも、それと同じくらい、自分が誰かのために、なんかできるのは、素直に誇れる。自己満だが、こんなモブである俺自身に、価値を見出せるから、やめられない)
彼はこの世界に来て、いろいろ変わったらしい。
数週間ぐらい経ったが、彼にとっては長く感じただろう。
生まれてすぐ、あまり目立たない魔物へ転生を果たし、物理が利かないが光に弱かったため、何度も死にかけた。
でも、生への渇望や、それによる精神鍛錬。
己のゲーム魂に、生かしたいと思えるような良い者達との出会い。
それが彼を、陰だけの存在でなくした。
ーー生まれたのだ。
(価値に限らず、意思や推測、哲学や娯楽。無から生み出した存在が人間。でも、それにより醜さが生まれること。俺は嫌いだったが、俺は何処まで行っても人間だった)
何故悪はこの世から消えないのか。
それは単純。
この世から悪は消えないからだ。
人の体に病が発することほど当たり前。
どれだけ芽を潰しても、また蔓延るものが現れる。
しかし、悪が世界を支配できないのもまた、これと同じ感じ。
(世界からそれが消えなくても、「その芽を減らすことができる」っていうのは、しっかりと証明されてはいない。悪が多すぎるから……)
哲学をほっぽり、肉親がいない嫌な世界で、それでも生きようと思ったのは、ゲーム、それと知り合い、みつりの存在があったから。
(でもここは裏切らない。いや、何度も挫折させられそうだったし、友人がいなくて生きる意味を失いそうだった。これからも醜さを目の当たりにするだろう。だが、その境遇が、俺自身に刺激をくれた。ただのモブでいては駄目だという、生きがいをくれた。魔物という、新しい自分をくれた。そして、この手で悪を減らし、順風満帆な生活を送れる可能性すらもくれた)
そう、項垂れ、悩み、責任を感じる必要はない。
生きたいから生きる、変わりたいから変わる。
人間だからこその原動力・心。
彼のノリもテンションも、彼自身を支える。
勢い、刺激が彼を変える。
変わらない部分も多いが、根幹が変わるとき。
ここで、多くの者の命を守ることが、彼にとっての脱皮となる。
「ぜっっったい守る……両親他界・友人少数・仕事多々・生粋ゲーマーの怖さ思い知らせてやんよ!!」
ほぼやけくそ。
だが、それでいい。
陰は影らしく、陰キャは陽キャでもなく強く。
人は恥も何も、持つ必要はない。
ただ己の精神と社会の常識をすり合わせ、したきことをすべき個人。
(過去の時代は平成。バブルやパリピ、若者言葉を生んだ、柔軟世代……)
最大出力のエネルギーは、もうスキルなどの域を超越した。
(そしてこの世界でも、俺は挫けない)
最大限の感謝と、最低限の慈悲を以て。
強く在り、目立たず目立って生きていく。
その御心、この環境こそ、
「マジ、卍―――――――――」
合わせた掌が剥がれそうになるほどの風量。
目の前が白一色で、まさしく白飛び。
魔法やスキルの概念を覆す、ただ力に物を言わせる自然の猛威。
それを人為的に、繰り出すその技は、まさしく脅威。
吹きすさぶ力量は、「w」をつけてネットで晒すしかないほど、カオスで凄まじかった。
【個体:シャドーのLvが137になりました】
【スキル「防壁」取得。熟知してスキル「強化壁」を取得。熟知してスキル「強化障壁」を取得しました】
慌ただしく煙を巻き散らし、視界を奪ったのはほんの数分。
その時間はすぐに過ぎ、彼は気づく。
これはヤバいと。
自分が放った超エネルギー砲。
それは地面を、あの霊を、吹き飛ばすどころか……
「――――天井、無いんだけど」
目をぱちくり、こすって、もう一度。目薬が欲しい。
何かに俺は目を細める。俗に言う反射だ。
何が入ってきたのか。
それは何時間、何日、何週間見てこなかった。
懐かしい暖かさ。
人化しておいたという奇跡のタイミング。
それによる、生き返ったという、半身半霊の矛盾した言葉。
もう何億年も感じてなかったとさえ思える。
本当に、嬉しさだけがある。
「でも……あぁ……」
思い出す記憶。
諦めないでよかったという安堵。
人間に失望せず、もっと生きようと思う希望。
「……グズッ……ズズズッ……生ぎでで、よがっだぁ……」
日光は、幻想的に雨の代わりを担っていた。
それから……
割と呆れられても笑えないほど、長めに、泣いた。
肩から力が抜け、膝から落ち、膝で立ち、泣いた。
生まれてこのかた数週間。赤ん坊らしく、泣いた。
顔を少し屈める。当たり前のように落ちる滝は、首を伝う。
それが天光でありったけ光ると、そこには美貌が浮かび上がる。
その様は、哀愁でもなんでもない。こちらに母性を思い出させるくらいに、ただただ、喜ばしそうだった。
後ろから見ると、もみあげ・こめかみ周囲から伸びる、手のような髪で目が隠れ、髪先から滴が絶えない。
光の白と、彼の紺とも紫とも言えぬ黒が、コントラストを奏でるのは、想像に難くないだろう。
見事、彼は、守って見せたのだ。
ただ一人の、元男子中学生が。




