25 傷の匂い呪の香り
視覚良し。
聴覚良し。
嗅覚良し。
味覚……はわかんねえや。
食料ないし。
懐かしの感覚、ハッキリした意識。
体の隅々まで感じられる衝動に心震わす。
俺は見事、人化に成功した。
スキル「解析変化体」という名の擬態スキル。
因みに聡慧さんオリジナルのスキルらしい。
本当にすごい、素直に俺はそう思った。
肌の感触も完璧。
ぷにぷにの肌だ……信じられない。
前世の俺はアルバイトとかしていた故に、肌は質実剛健、いや、普通に剛健だった。
そんな俺が今では、最高級の杏仁豆腐、若しくはホタテの様に、艶やかで心地の良いクッションに。
見事だ……
嬉しきかなー、麗しき潤い肌!
屈んでみる、曲げてみる、回ってみる、見渡してみる。
ルックスの確認はできないが、動作に異常はない。
成功を噛み締め、手を握り締め。
そして遂に。
「ア、あー。あいうえおー。うん。声が出る、素晴らしい」
自然と笑みがこぼれ出てくる。
こめかみから首筋にかけて、かかる髪が肌をくすぐる。
しかしその一本一本すらきめ細やかで優しい。
俺は時を忘れて髪束を撫でていた。
魔力のほうは……えーと。
ほとんどないらしい。
別腹が空腹、みたいなよくわからん状態になってる。
体力も。
ひええ、恐ろし。
でも、どちらも回復してきている。
持っててよかった体力・魔力の「即時回復」。
俺は髪から手を放し、目の前に表示されているステータスプレートから目を離し、顔を上げる。
魔物の皮を羽織ったとはいえ、心なしか恥ずかしい。
服生成されないんかい……
俺の視線の先端は、妖精の女王。
後ろには、苦痛に顔を歪めつつも、懸命に俺の方を向く冒険者(?)二人組。
無言で突っ立っていても仕方ない。
早速、話すか……
いざ声に出そうとする。
だがしかし。
「え、ええと。あ、あの、その………………」
だめだ!?
ぜんっぜん喋れねえええ!?
何だこれ。
緊張が沸点超えてんぞ畜生!
目が相手と合わせられない……
ううう、陰キャの性質だ。
言いたいこと言えずに声だけ小さくなるぅ。
やべっ、無意識で霊化しそう。
ああ、声に出せたことを喜びたいけど、今はちゃんと会話すべきだよなあ。
うん、弱気になるな。
今は一大時。
俺が主人公だと思え。
「ええと、とりあえず、妖精さん達は武器を収めていただいてもイイかな?」
心機一転、声を割と大にして謙譲語調に言う。
その流暢さに驚いたか、武器を下ろそうとする妖精と、そうでない妖精がいた。
「えぇ……。俺は争う気はないよ? 無害無害。ほら、この子たち治したでしょ? アイムピースフル」
そう尋ねる。
それにハッとしたように、全員が下ろした。
彼女らは、このシャドーの言葉に耳を貸さなかったのではなく、純粋に今の光景に唖然としていたのである。
魔物なのに、千差万別に攻撃を仕掛けないこと。
魔物なのに、傷ついたものを回復水で癒すこと。
シャドーという気体系生物とはいえ、人化し喋っていること。
その全てが驚愕の象徴だった。
妖精は、地球では古来より、「悪戯好きな存在」「気まぐれ」「人間と神の間」という風な印象や伝承を持たれていた。
しかしこちらの世界の妖精は、確かに気まぐれでもあるかもしれないが、縄張り意識が強く、それでいて殆どが人間と親しい。
よって、人間より多くの情報も得ている。
そんな彼女らが心ひそかに宣言する。
「この魔物は異常だ」と。
そんなことは知る由もない一人のシャドーは、妖精達そっち除けで、二人組に話しかける。
屈みこむ俺。
それに少し怯えつつも、しっかりと壁にもたれて座る二人。
「大丈夫なら、何があったか聞かせてくれないか?」
「あ、ああ。誰だかは知らないが、傷の件に関しては恩に着……ぐ、ううう」
苦しそうに胸を抑える男子。
その容姿は、がたいが良く、それでいて気の優しそうな顔。
ゴールキーパーとか、バスケとか色々出来そうで羨ましい。
そんな彼も今では衰弱しきっている。
見るに堪えない。
横に座る少女も、無口そうな印象が相まって余計に辛そうだ。
「無理はしなくていいぞ?」
「……あ、ああ。少し待ってほしい」
「わかった」
そんなやり取りをする。
彼が落ち着くまでのその間、俺は彼を査定した。
そこで、俺はキョトンとすることになる。
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ステータス 人族 スワイフ Lv41 属・土 体質無し
※「呪詛」※
攻力78
防力209
体力682
魔力420
精力230
俊敏101
魔法:ウォール=アース・サンディック・サンド=ゲイル
スキル:防御・闘気術・魔力弾幕
P300所持中
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そう、呪詛。
人族と書いて「ヒューズ」と読むことについてはまだ分かるので、あえて聡慧さんには聞かない。
けれど、「呪詛」とかいう不謹慎極まりないことこの上なし・天をも貫くその単語に、俺は少々寒気がしている。
米印が気になってしまう。余程注意すべきものなのだろう。
そして、彼らの顔を歪める元凶であり、回復水も効かない異常状態だということ。
相棒に尋ねてみるか……
【・呪詛 状態異常の一種。生物的領域へ侵害し、全ての能力を徐々に減らす。高等なスキルや魔法により付与可能で、「キュアルン」以上の魔法等で解除可能】
【米印は状態異常を表します】
読み通りだったってわけだ。
しかし、またまたいろんな単語がステンドアップしているな。
俺は検索網へ、投げ入れる。
【・生物的領域 生物の表面から数センチメートル程内側、核の周囲にある、魔力が温存される範囲・臓器のこと。魔力・精力は主にこの中にあるエネルギー量を表す。そこから体外へ向けて発射する魔力をスキルと呼ぶ】
もう少し早く知るべきだったよね。
若干呆れつつも、いい情報を得られたとポジティブシンキング。
二人の様子を見守り続ける。
しばらくして、俺はハッと気づいた。
「キュアルン」……
聞いたようなと思ったら。
後ろで今俺のことを値踏みするように目を細めて浮いている、そのハイ・フェアリ。
彼女が持っていた魔法にそれがあった気がする。
「……あの。あなたは何者な」
「俺のことはいいから、あなたの技で彼らを直してくれないですか」
我ながら、人の話を聞かない奴だな。
だが時間はない。
遮って、彼女らを二人に誘導する。
辺りには生気があるものの、二人は刻一刻と命をすり減らしている。
痛みが嫌いだった俺から言わせればこんなのしょんどすぎるのだ。
マジ萎えみ、マジヤバし、マジがんなえ、って言うところ。
そんな彼らを放ってはおけず、急いで救命させる。
「女王様! 今はあの者の言うことを聞くべきです」
「なりふり構っている場合じゃないですよ」
「そうです! お気持ちお察ししますが、お急ぎを!」
「頑張って! 女王様」
辺りでキャッキャとはやし立てる子分達。
今は全員が俺を信じてくれているのだろうか。
俺が人を動かせるとは。
昔じゃ考えられないな……
過去は寧ろ、動かされる側だったし。
『繁治。これあそこに運んどいてくれ。それと、これはあっちにな』
アルバイト先の店長……
小柄で小太り、人当たりの良い優しい人で、かけている眼鏡がアンバランスだが似合ってもいた。
ザ・店長って感じ。
俺中学生だったのに、あの人はアルバイトさせてくれた。
ありがたかったな。
時給も少し弾んでくれたし。
山椒中学校の教師どもは、全員頭固くて「アルバイトダメ、絶対」って口を揃えて言ってたっけな。
苦手だった……
今じゃパワハラだって訴えれば勝てたかもしれないけど、そんな面倒なことは俺もしなかった。
いや俺両親いねーからって弁明したんだけどな。
全然聞いちゃいない。
まあでも、折音先生は理解してくれて、店長と口裏合わせてくれたっけ。
今じゃもう笑い話にしかならないけど。
「はあ、仕方ありません。魔物の言うことを聞くなど断じて認めませんが、人を手助けすることも定め。呪詛を解除しましょう」
魔物嫌いすぎるだろとか、能力査定持ってないのに呪詛分かるんだとか、心あるならはよ助けろやとか、突っ込みどころは山より高いけど、ひとまず暗黙の了解してくれたらしい。
妖精女王は二人のもとへ歩み寄る。
その姿勢が良すぎるあまり、美貌が際立つものの、顔が非常に不愉快そうで不釣り合い。
その表情、どこか俺にはむず痒かった。
彼女は一歩手前まで寄り添った後、白銀の杖に手を添え、二人に向けた。
「キュアルン」
その彼女の一言は、辺りを緑の優しい色一色で包み込む。そして二人の表情筋は徐々に復活し、眉間のしわも引いていった。
俺はすかさずステータスを念じ聡慧さんに頼む。
そこにはもう、米印は無かった。




