other 過去Ⅱ
「ふふふ、学校でそんなことは言っちゃ駄目だぜ? 赤ら顔」
昔っからなんか飄々とした感じがあって、不思議な雰囲気漂わせてる貞治だが、今日は一段と磨きがかってるなあ。
ああ、やば。
こんな修羅場で、まだ眠いなんて思ってる俺ガイル。
うーん。
俺こんな場所で止めに入れる人間じゃないしなあ。
まあ、彼のことだ。どうにかなるだろ。
「言ってくれるねえ…半端もん。これでも、今まで武道じゃ負けなしの俺だぞ。怒らしていいのか」
「どうぞご自由に。怒られるのは君だろうけど」
いちゃもんかますねえ、我が友よ…
それにしても、こっからだと色々見えて面白い。
今も睨みあう二人。
クラスの端端で固まる、仲良い者同士のグループが5個くらい。
中には全く気にせず、読書や勉強してるやつがちらほら。
そして俺。
うーん、なんか忘れてる気がしないでもない。
先生?
いや、担任の「折音 真由美」先生はまだ職員室だし…
あとはなんだろ。
まだ、登校時間だから他の生徒が何人か来てないのもあるか…
なんだろ。
こう、「ずおおおおお」って感じの違和感がする。
読んで字のごとくそんな擬音語がしそうな。
しそうな…
え。
そういえばいたね。マドンナ。
ええと、彼女を媒体として出ているこの只事ではないオーラ。
不味い不味い不味い!?
これガチギレどころか、ガンギレしとる!?
何でだ!?
俺の眠気が、尾すら引かずに、足を生やして走って逃げ去りやがったぞ。
クラスの数人が気づき始めた。
恐らく今俺が目を真ん丸にしているのも見て取れただろう。
因みに補足説明すると。
この、山椒中学では、弓道部や剣道部があり、その部で極めて趣味や高校推薦に使う人も多いそうで。
そして、何を隠そうこの笹峰凛も、剣道部に入っている。
まあその腕前も上々らしく、「笹峰の本気」も剣道の凛が余りにも強いから生まれた単語らしい。
なぜか体育ではそんなに本気にならなかったらしいが。
そんでもって、現在進行形で、赤井坂鉄の寿命が縮んでいくのが見て取れてしまう。
だって、彼女が机にかけてた長いカバンから、竹刀を取り出してんだから。
この学校の剣道部では、筋力増強のために、学校にいるときは竹刀を教室に持っていき、部活時間に体育館まで持ってくるといったことをしているらしい。
そのため、いつでも取り出せるってわけ。
何故か先生は許容してる。
絶対危ないと思うし、現に今、戦火が切られそうで怖い。
「はあ。もうなんでこんなに私って運が悪いの…」
呟き…
いや、もうほとんど聞こえないような声でそう言った。
確かに言った。
でも、彼女の言い方に含みを感じた。
何を思っているのか。聞きたかったがそれもやめた方が良さそうだ。
「おらあ!!」
『ゴッ』
鉄のパンチが飛ぶ。
見事に貞治の頬をそれは叩いた。
…
何だろうこの気持ち。
何故だろうこの感覚。
「なんで、そう喧嘩になるの? 馬鹿なの? 何も望んでないのに、むしろ普通に接してくれるのを待ってるのに。何がフィアンセよ。いつの時代の人よ!? いい加減にしてよ!!」
まくし立てるように言葉が出てくる。
手品のようだ、その後の赤野郎の表情なんかも含めて。
そして、最後の怒号に連なり、響いた音は、
「うぇ!?」
『ピシッ』
なんか断末魔聞こえたけど、痛そう。
そう思った時には、もう鉄は頭を抱えていた。
結構速くて、一瞬だけ見えたが、彼女の竹刀は確かに彼の頭を打った。
打つ姿勢はどう見ても剣道のものではなく、乱雑そうもに見えるが、その力は抑えられているように感じた。
だって普通、剣道では頭に防具着るし。
それ無い状態で打たれて、まだ息しているだけで済んだのは彼女の技量か。
とはいえ、竹刀を生徒に向けたことに変わりはない。
どう考えても、この状況を先生に見られるのは十中八九ダメだ。
しかし、今俺にそんな倫理観や理性はない。
「笹峰。一応、事の顛末の説明は俺が引き受けてやる、だから竹刀仕舞え」
「え、繁治、君…」
これはもう誰にも止められない。
そう、友情ほど、傷つけられて苦しいものなど、あんまりない。
周りがざわつき始める。
貞治も頬をさすりながら俺を見た。
そして当の鉄は、驚きと痛みで少し硬直している。
頭を抱えて。
「何かを愛するのはわからなくないが、傷つけんのは人にしていいことじゃない。この鉄くずが」
その瞬間、俺は二つの事をこなした。
一つ。
彼の頭についている手をどけた。
これにより、笹峰が与えてくれた「たんこぶ」という名の弱点が露わになる。
二つ。
弱点をあらわにしたボスモンスター(笑)にすることはただ一つ。
そこをつく!
最大出力で。
俺はげんこつを食らわせた。
そんなものが今なお痛い部分に当たればどうか。
答えはそう。
「ひぎあああああああああああああ!?!」
まあ、うん。
ちょっとやりすぎたかもしれん。
公民で「人権」の大切さをこれでもかってくらい言われたけど、まだまだ俺も子供か。
でも、この歳で人をぶん殴る赤井坂も大概だと思うけど。
はあ、笹峰にああは言ったものの、俄然やる気出んな。
俺は鉄くずを担いで、そのまま職員室へと向かう。
担任の折音先生を呼びに。
あ、でもまずは保健室に行くべきか?
でなきゃちょっとこいつが可哀そうだ。
そう思える俺ってば超優し……くはないな、うん。
階段を恐る恐る下っていき、保健室の前につく。
ノックを三回くらい。
戸が開いて中から若い男性が出て来た。
「おや、君は確か陰繁治君だっけ。そして彼はどうなってんの?」
少し物語チックなフワフワした話し方のこの人は「伊織 真」。
珍しいのか知らんけど、男の保健室の先生だ。
性格は温厚、女子からの信頼が結構厚い。
まあ、イケメンだからか?
正直、そんなことはどうだっていいが。
「ちょっと揉め事が、えっと、こいつお願いしても…」
相変わらず、陰キャラが出てしまう。
どうも、慣れた人でないと話すのが億劫になってしまう…
そんな俺の焦りを他所に、先生はまじまじと赤井坂を窺う。
「おう、任せとき……と言いたいが、何したらこうなるんだ? エライことになってんぞ」
俺が荷物のように背負っている鉄屑の頭部には、ボタンかと言うほどデカい赤円ができている。
たんこぶってこんな大きくなるっけ?
あんまり怪我とかしたくなくて、極力安全に生活してきたからよくわからんけど…こんなに大きくはならんと思うんだけど。
赤井坂は悶絶すらしていない。
失神中の彼を先生はひょいっと持ち上げ、スタコラサッサとベットまで持って行った。
そして振り向いてきた。
「これ、ちゃんと担任に言っとけよ?」
「…はい」