14 殺戮加護・Ⅳ 小鬼王国
【紋「殺戮加護」を入手しました】
その音声が、とある影の脳裏に響いた刻、そこより数十分。
場所は、洞窟の迂路を進み、蔦や岩、水の滴る鍾乳洞を感じさせる棘を抜けた先。
その巧妙かつ狡猾な隠し通路を用いたその隠れ家は、一つの王国になっている。
王国は複数の部屋に分かれている。
アリの巣状の構造には、戦闘部屋、交尾出産部屋、武器作成部屋、食料倉庫部屋などなど。
しかし、そこに住まう者たちは、お察しのことだろう。
モンスターだ。
それも、ゴブリンだ。
体全体は、緑や青、中には赤に近い色の者もいる。
小柄な体躯に、貧弱そうな腕。
腹に浮かぶあばら骨は、その醜悪さを際立たせる。
そして動きも速く、足は腕に比べて剛健。
そのバランスは何とも言えない。
しかし、そこに確かに存在する。
「ウギャ、ウギャ、グルエエエエ」
固く湿った地面を、ペタペタと踏み、はしゃぐゴブリン達。
そのゴブリンだけでなく、多くの同種がその場にいた。
それぞれが思いのままに行動している。
兵士は気ままだ。
だからこそ操りやすい。
例えばそう、チェスのポーンのような。
キングすら超えるその手により、盤面のすべてを動かす。
(各員、列を乱すことなく堵列せよ)
その大広間にて。
彼は大体的に、その下命を耳に入れてやる。
横に立つゴブリンクイーンをそのままに。
それを受けて、命に従い、従順に整列し、行列を成す。
これは頂点にしてゴブリンを統括されし者。
王国には王が一人。
崇高で最恐。
悪小鬼王を種名とする、ゴブリンの主。
その強さ、権力は言うまでも無き。
彼がその境地に至ってからというもの。
脳なきスズメは、今や、能ある鷹は爪どころか身すら隠す頭脳明晰。
ゴブリンが、人の気づかぬ場所で、のうのうと準備を進める。
しかも、その増殖力とトップの強さは、魔物界でもスライムを除けば随一。
そんなものが解き放たれたいま、この洞窟内の危険指数は跳ね上がっている。
ゴブリンの族系は知能を持たないものが多い。
しかし、ここには知能持ちが多く集まった。
それ即ち、国が誕生するのも無理はなかった。
魔力を多く含むマナホタルという虫を集める為、ゴブリン採取隊を結成し。
肉などを取るため、人や魔物に集団で襲い掛かり。
挙句の果てに、この未曽有の洞窟を支配し、魔王へと至らんとしようとしている王様。
残虐非道で我田引水な思考の彼は、自分より格上と思しき者を許しはしない。
とことん追い詰めて、責めさいなみ、滅殺。
そういう魂胆だった。
でも。
あれは、あれだけは異常だった。
この地位まで生きてきた積年の歴史上、類を見ない。
精神系魔物は元が強く、でも人間には魔法やスキルを戦略的に使う者が多いため、そこまで存命しない。
しかし、あの超生物は、なぜか時々感知できなくなる。
闇属性を得意とするシャドーだからと思っていたが、そうじゃないらしい。
我が権能の一つ「能力査定」で、この王座より遠隔で見てみたところ、その検索を阻害された。
【ステータス 解析を阻害された】
帰ってきたその一瞬の景色と音声。
虚しいのは声色だけでない。
こちらの心が荒んだだけ。
能力査定の阻害など、聞いたことがない。
そもそも、この能力自体稀であるために、人種の文献や伝承にすらその明記が少ない。
なので、自己流で模索検証したが、今までの敵で、それはなかった。
考えられる結果としては、相手が妨害できるスキルや魔法を持っている、何らかの強力な紋を持っている、「能力査定」の上位互換が存在するとして、それを持っている。
もし最後だった場合、あれは知能があることになる。
あのような核が原子レベルで細かく、言わば魂だけのような存在に、脳や思考回路といった物はないはず。
なのに、あれはどうもおかしいと思ってしまう。
今までにないことに王は焦っていた。
(どうすべきか…)
(ここは、シャーマンとルーマーを使うしかないか…)
悩んだ結果がこれだ。
どうしようもない。
とりあえずは一般兵で牽制、絶対に勝てないであろうから、後ろより非物理での広範囲迎撃。
それでもだめならば、我自ら出向くしかない。
今、スキル「遠視」で見たところ、どうやらこの洞窟の猛者たちが到着し戦闘になっている。
蜥蜴に、尻尾の平たい鼠、蚊、それとこれは珍しい精神魔物の群れだ。
彼らもそれぞれの地より、種を守るべく参上したらしい。
我らが支配しようとした者達が今は協力してあの化け物に挑んでいる。
それならそれ等より強くあるはずの我がどうして怯えられよう。
今こそ侵略・蹂躙の時。
やらなきゃ、やられる。
すぐに送った隊が到着した。
果たしてどうか。
この戦闘において最も千載一遇とされる現在のチャンスは。
蹴散らされた。
見るも無残にゴブリン達が薙ぎ殺されていく。
そして、どんどん食べられる。
食べている本人はどういう心境なのか。
余り感情を読み取れないその白く鋭い瞳(?)は、どうも浮いているように感じる。
どこか自分ではないかのような。
それをどこかで感じたバテックゴブリン。
ここは行くしかない。
悲しみよりは憎しみが勝る。
アレの相手は、我にしかできぬ。
今もなお、彼方此方から出てきた黒い手首や謎の使い魔に翻弄され、食されていく魔物達。
それを遠視にて確認している王は、どういう感情を胸に持てばいいか迷う。
生態系が、全てが、崩れ去る。
そんな予感がするのは何故なんだろう。
主は歩みを進めた。
□□□
王国とは言っても、そこまで広いわけでもない。
正直、豪邸と冠するような家程度の広さであり、廊下と小部屋があるだけの場所だ。
いわゆるダンジョン・迷宮という物の良い例である。
その廊下は激しく入り組み、熟知するか、暗記・記憶しないと思うように進めない。
ゴブリン達は、それを毎日使うから覚えている。
上位種ならなおのこと。
廊下の中でも一際幅のでかい道を、その巨漢がお通りになる。
その側を、ぎこちない姿勢で同伴するのはゴブリンクイーン。
元の形態が、猫背で厳つい感じの動きをする矮小な生物であるが故に、人が作った衣服などを着ていると、違和感がただものではない。
それでも、下っ端たちには立派に見えるから不思議なものだ。
(さて、そろそろか)
右には大剣、左には鉄製だがミスリルコーティングの強力な盾。
頭には王冠を乗せた金の兜。
体にも、皮や緩衝材、鎖などを巻いている。
ローブも羽織っているため、重そうだが、その出で立ちには老いや疲労が全くない。
威風堂々たる姿を見て、クイーンも微笑む。
魔物の、しかも悪鬼の笑顔など誰得なのか…
こんな場面、人が見たら、寿命やメンタル、恋心やバイタリィティー諸々丸潰しになることだろう。
地球という国の、夢の国の住人達や可愛らしい動物らの物なら微笑ましいものだが、これを人が見たら嗚咽すること間違いなしだろう。
それはさておき、いよいよといった様子の王様。
目の前には大きな石扉。
音が鳴らない特注品であり、この隠れ王国の要。
それを開け、一歩を踏み出す。
遠くの方で音が聞こえる。
雄叫びや破壊・爆裂音といった、この先の幸運を願わせてもくれないような不吉な波。
それに身を震わせる。武者震いだろうか。
振り返ると、クイーンの何とも言えぬ表情がレンズに映る。
(絶対に我らの進行を邪魔させぬ。絶対にだ)
胸を決め、棘や蔦を抜ける。
恐怖と闘気を隠しながら、その巨体がノシノシと闇に消えていく。
とうとう、行ってしまった。