13 殺戮加護・Ⅲ 小鬼
【紋「殺戮加護」を入手しました】
殺戮加護、それはバーサーカーに与えられる褒美。
甘美な栄光。
僅かな補助。
その効果は・・・
いいや、それよりは、このたけり狂う影の意識が戻るまでの出来事のほうが大事であろう。
まだ少しかかってしまう、意識が闇から脱出するまでに。
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冷ややかな、まるで隙間風のごとく細く強いそれは、火花をこぼしながら吹いていた。
洞窟の中で、「ヒュー」「ボッ」「メラメラ」と声がする。
生きているかのようだが、実際そうとも言える。
ここでは幾つもの種が芽吹き、花開き、枯れ、再生する。
その循環は正に血液そのもののよう。
鼓動を打つように、その火は、リズミカルに行進する。
辺り一帯の生命全てを焼き尽くし、その勢力を脈々と増している炎は、着実に影へと足を進めていた。
この規模の烈火が、人里に及んだとするならば、軽く一国が滅ぶこととなりかねない。
フレイムは、単体でこそ純粋な魔物としては中の上に入る強者。
それが、洞窟の幅十数mもあるようなこの大通路を埋め尽くしている。
魔王の軍勢、魔王の魔法かとも思えるほど厄介な現状。
そして、その炎を鼓舞するように、上空を見えない歪みが横切る。
ゴーストの派生、変異種。
ウィンドだ。
風弾というスキルを使いこなす魔物で、その見た目が本当に周辺と酷似するため、「暗殺者」などのイメージがついている。
そのウィンドが三体ほど、上空を飛び交う。
陸空占領された更にその後ろ。
甚大ともいえるほどの水、津波に近い感じではあるが、それはウネウネと波を伴い意図的に動いていた。
数は一体。
しかしその規模は、炎海の半分もあって、さながらキングスライムのようだ。
王冠とか、目とか、口とかがついているような、そんなポップかつデコレ―ショナルではないのだけれど。
ああ、もちろん、分裂はできるだろうけど、この個体に関してはそれをしないだろう。
精神系魔物、フレイム、ウィンドに続き姿を現したのは、体の殆どが魔力で製造された水。
リキッドである。
水と油ならぬ、水と火。
一触即発になりかねない一場面だが、フレイム軍団を食い散らかそうとはしないリキッド。
だって、それをしたら、牽制もとい、囮役がいなくなるから。
火の盾、風の直接攻撃、水の高威力遠距離猛攻。
それを全力で注ぐべきサンドバックはもうすぐ近くにいる。
もうじきSPが溜まり、狂乱が解ける頃合いか、それともまだか。
そんな事情は彼ら軍勢の知ったことではない。しかしながら、それを止めなくてはならない。
今も、進む道の横の小路から、毛の生えた尻尾と頭の一部がデカい魔物が出てきて、一斉に逃げたり戦ったりしている。
天井沿いからは蜥蜴がわんさか現れ、目から石化の光を放っている。
そして、影を挟んで自分らの反対側からは、大勢の蚊の大群が。黒い影のような霧のような、そんな物体が一閃、本物の影に凸る。
そして、頼もしい仲間がその蚊の後ろから。
ゴブリン達だ。
小さい体ながらも、その体には、スキル「俊敏」の恩恵がある。
小回りがきくし、何より繁殖力が高い。
この洞窟の一区画はゴブリンの巣窟だが、そこにはゴブリンクイーンという、Lv50台の、人間感覚で上の中に匹敵する魔物がいるが、彼女は一週間で約40匹くらい生む。
その戦力が今、影に集結しようとしていた。
ゴブリンの種類はとても多いが、ここにいるのは、一般と魔法使い、それと空間使いだ。
ゴブリンルーマー。
彼らは、珍しい希少種であり、そのスキルも珍妙な空属性がほとんど。
空属性は、どこにも属さない性質があり、それ故に他属性全てに強い。
とはいえ、「水が火に強い」というのと「空が他属性に強い」というものの比は1対1ではない。3対1くらいといったところか。
要するに、他の属性に強い代わりに、平均が低いということ。
それでも十二分に強いのだが。
そして、このルーマーなるゴブリンが使用するスキルは「両断」。
文字通り、物をぶった切るものだが、剣とかではなく、普通に遠隔操作で真っ二つにする。
つまりサイコキネシスの形が決まっているバージョン。
だが、これには欠点があって、レベルが自分より劣るものに対しては効果が大きくなり、自分に近い又は自分より格上になるほど威力が弱まる。
格上も、動きの阻害位には影響が出るが、それでも殺傷能力がない。
自分はスキル用に魔力を消費し続け、相手は動けないだけ。
なら、時間の問題で自分が負けるという、なんとも言えない代物だ。
だからこそ、ルーマーは純粋に切るスキル「斬首」も持ち合わせている。
このスキルはシャーマンも所持しているが、首だけ切るというよりかは、爪や剣の切れ味が、断罪の斬首刑位に良くなるというものだ。
そんな多彩なゴブリン達が散り散りに現れ撹乱する。
シャーマンやルーマーの阻害も功を奏し、いい感じにダメージを与えられている。
しかし、シャーマンや蜥蜴の光、今たちまち向かったフレイムたちの火が利いていないようにも思える。
その判断をしたのはリキッド。
即座にフレイムに戻るように指示する。
精神系魔物の勘なのか何なのか、スキルや紋の影響ではない念話のような意思疎通。
それによりフレイム軍団こと炎の波は、進行方向を変え引き返す。
浜辺のさざ波のような景色を生み出し、リキッドの前まで戻る。
相変わらず、影は荒れ狂う。
しかし、彼はまだ本気ではなかった。
今でこそ影操作で、爪のような刃のような漆黒が、床やら壁やらから出て、魔物達を貫通しているが、それは序の口に過ぎなかった。
影の立っている(生えている)ところから、陰が徐々に同心円を広げていく。
近くにいたビーバーとゴブリンの数匹がそれに落ちるように飲み込まれていく。
影操作にそんな機能があるなど知らない。
そんな風にリキッドは反応を示す。
しかし、これは影操作によるものではない。
影操作は、シャドーや闇属性を持つ魔物が、疑似的に体を伸ばして操るようなスキル。
よって、陰に口などの吸収口をつければ物の奪取も可能だが、それは到底できない。
実力でもなんでもなく、構造上、物理的に無理。
ならなぜか。
彼には魔吸収があったからだ。
聡慧指導のもと、彼自身も扱えるようになったもの。
今は本能のままに使っているが、その効果は絶大。
因みにいうと、空属性。
ルーマーのスキルと違って、欠陥があまりない。
スキルが魔力(MP)を使うことに後で彼は気づくが、このスキルのその消費量はほぼゼロに等しいのだ。
そんなものを影操作と同時に使う。
到底、魔物が成しえる技ではない。
それこそ、高位の魔物、若しくは魔人、いや、魔神? 魔王?
そして、その影はいよいよラストスパートと言わんばかりに猛攻反撃を開始する。
陰が分離し、そこからアーティファクトのように、黒い物体が生えてくる。
その個体はグニョンと歪みを生じたと思ったら、すぐさま手足を生やした。
そして、耳が生え、僅かながら羽根も生まれた。
狂乱モードのシャドーは、巨体に大きな二本の巻き角、黒い体に白い目で、口がギザ口という姿だが、今召喚された者は形こそ違えど、大まかなところは似ていた。
角は本体と同一。
顔は兎のよう。
目は白に近いピンクのような赤のような。
前足は二足の獣脚。
後ろ足は虫のような細い物。
身体の半分もないシンプルな尾がついており、角と同じくらいの羽根が背中にある。
体格はバビリアフラッシュカスターのように1m弱。
といった所の姿は正しく奇怪そのものであった。
そして、その眷属一つ一つが人間基準で上の下くらいはある。
さらにそれが5匹はいる。
これが? もし表に出れば? 少なからず、被害が出る。
たった五匹、されど五匹。
火も光も、魔法すら通じない。
そんな変怪、倒せるのか?
少なくとも、スキルや、水・風・闇などの魔法を使わずしてこれの対処は無理だろう。
その怪異は、皆に等しく罰を与える。
否、罰ではなく、狩りである。
本体の手には橙に発光する石塊。
今から始まるのは蹂躙劇である。