11 殺戮加護・Ⅰ 海狸
【紋「殺戮加護」を入手しました】
殺戮加護、それは狂戦士に与えられる褒美。
甘美な栄光。
僅かな補助。
その効果は、今彼が無意識下のため直ぐに明かされることはない。
しかし、これは彼にとって大きな革命となることとなる。
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その影が暴れだしたころ、その洞窟のいたるところで、その根幹にそそられる者達が動きを開始していた。
毛があるもの。
鱗があるもの。
自然を操るもの。
群れるもの。
それぞれがそれぞれの縄張りから出向いてくる。
本能をビンビン働かせて、危険を排除すべく。
駆ける足音がする。それは茶色の毛を備え、頭部を発達させた、この洞窟でも一二を争う癒し系モンスター。
ビーバーことバビリアフラッシュカスターだ。
その数十体。
しかし、それだけではない。
その数十体の後ろ。この群体の主格であり、その体力量はおよそ進化前の比でない。
頭部が丸みを帯びる形から、四角に近い角ばった形へとなり、その固さも異常に高くなっている。
体格が一回り成長し、ステも物理特化になっている。
一般の冒険者たちの間では、中の上に分類される魔物。
「カストロイ」
この上位種が動くのは本当に珍しいはずなのだが、今回ばかりはヤバいと判断したのだろう。
実際、この狂化騒動は、彼にもこの洞窟にとってもヤバいから、どちらかが早く犠牲にならなくてはいけないのだけれど。
全てが本当に水の泡に帰す前に。
右、一直線、左、右、右。
次々と角を曲がり、ミスリルやブリル、コグルなどの鉱石が見える。
そして、赤く光る石が見え始めたとき、その光を吸い込むような巨が見える。
「…グオオオオオオ!!」
そこは惨状。
ここは劇場。
正に今来場。
影は、暴れまわっていた。
どれだけの成長を遂げたのか、カストロイには分りもしない。
しかし、その暴れる勢いには老いを感じさせないものの、力はあった。
経験を積んだような、そんな強さ。
そして、その影が使っていたのは、うねる様子の影の刃。
爪だ。
その斬によって、幾つもの蜥蜴、バビリアリザードの群れが粉砕されていく。
成している爪はさっきまでとは違うのだが、その事実はあの者の潜在能力しか知らない。
見事なまでの動作で、速さで、輪切りにされている。
正直、この時、主は一瞬心の中に微量の陰りを感じた。
モヤモヤするような感覚。
行きたくない。
生きたい。
そういうものだ。
魔物を始めとし、感情表現が苦手である動物に、感情とは曖昧なものである。
それが何か、そう聞かれれば生理現象でも拒絶反応でも何とでも言える範囲が微妙な代物だ。
でも、確かに存在する。
心とは、核とは、魂とは。
魔力などという、万物になれるものがあるこの世界。
生き物全てが感情を持っていてもおかしくはない。
汗のようなものを感じる。
一歩を踏み出す。
後戻りはできやしない。
あのものからはただでは済まない憎悪と食欲を感じ取れる。
彼のものも生きるのに必死。
でも、こちらも絶滅したくない。
ならば、することは一つ。
戦うのみ。
P…
【P1000を消費して、スキル「土響」を取得】
【Pを使い、スキル「土響」を取得】
【熟知した。スキル「土響」はスキル「土震」になった】
機械音声。
感情が籠っていない、人ならざる声。
それは世の声。
導。
その名は「自己顕示」。
どの生にだって備わっている、聞こえない声。
決してスキルなどの恩恵ではない声。
それは淡々と事実を述べる。
カストロイには考えがあった。
あれは肉体を持たない、いわば生けとし生けないものの一つ。
ならば物理的スキルは通じない。
脳…というよりは核・反射・拒否反応が教えてくれた。
そして自然と土の非物理スキルを取っていた。
これなら大丈夫。
実際、カストロイには「粉砕」「突進」のスキルもあり、光るだけではない。
耐久力にも自信があり、負けることなど考えていなかった。
それを考えたら不安になるから。
目の前では今、蜥蜴バーサス影の試合が終わったところ。
辺りに獲物がいないか確認している。
そして、そのまま人目を憚らず、いや、魔物目を憚らずに食事を始めた。
その時間5秒。
正確ではないが、およそその位である。
余りにも、早すぎる。
死んだら形すら残してくれない。
まあ、無惨な姿を晒さないでいてくれただけでも有難みの一種かもしれないが。
しかし、彼らが食べられている間に行きたかったが、遅かった。
もう、彼はこちらに気付いた。
音もなくスーっと近づいてくる。
冷静でいようと思ったのに、それでも、慌ててしまう。
急いで、僕たちに光を放つよう命令する。
これこそ、カストロイの真骨頂。
紋「指揮権」だ。
自分の進化前の下位種を統率するもので、それは純粋な攻撃手段、戦法が増え、威力が高まる優れもの。
これを前にしては、ほとんどの魔物が敗北、もしくは引き分けにならざるを得ない状況に持っていかれる。
個体個体の固さもあり、純粋な盾の濁流だ。
そんなものが、光を放ちだす。
地獄である。
それに、今は隊長自らが土震によってその相手を葬りに行く。
完全体制。
負けるはずがない。
そう、思っていた。
しかし、展開は違う方に傾き崩れてく。
最悪のほうへ。
光はおよそ効いているとは思えず、そのまま相手は地面に沈んだ。
恐怖が体を走る。
その悪寒は等しく、みんなを穿つ。
身体に少し石を含み、その強靭さでは無敵なビーバー群団も。
恐ろしい数の棘が湧いて出てくる。
それも自分の影から。
殺戮加護、爪、掘削、影移動、それ等により、下から、完全な形で貫かれた。
見事に、負けた。