1
「ほっ、よっ、とっ」
軽快に足を動かしながら、片手で握った木刀を振るう
基本的には受けるだけに勤め、自分に向かってくる木刀の主を手を痛めないよう気をつけながら逸らしていく
攻撃に夢中になって防御が甘い位置をひょいっと小突くと、シルファリアは頬を膨らませて不満気に兄を睨んだ
「そう睨むなよ…お兄ちゃん悲しいぞ?」
「むぅぅ…また負けましたわ!」
「兄とはいつでも妹の壁となるものなのだよ」
「…私を守るって意味ですの?」
「それもあるが、お前にとっても行く手を阻む壁となろう。壁とは内外等しくそびえ立つもの…それが兄の矜持だ!ふはははは!!」
「むぅぅー!!」
ふてくされる妹の頭をガシガシと撫でながら、レオンハルトは空を見上げた
(こんな子供が戦闘訓練に明け暮れる、か。つくづく厳しい世界だぜ…兄として守ってやらないとな)
前世では一人っ子だったからか、2才違いの妹をレオンハルトは殊更に可愛いがっていた
それと同時に、遊び盛りの子供が来る日も来る日も訓練ばかり、というのもつい前世と比較してやるせなくなるのだった
精神が体に引っ張られてしまうのか、慎吾としての記憶はあれどこの10年の月日ですっかり自分がレオンハルトであることに馴染んだ今、前世の記憶は知識としてはあるが、すっかりと自分が「レオンハルト=フォン=グリムワルト」であるという認識である
「レオン様、こちらを」
「ああ、ありがとうマリー」
パッチリと開いた愛嬌のある黒い瞳と明るい茶色の髪をサイドテールに流した可愛いらしい侍女マリーベルがタオルを渡してくれる
グリムワルト家の侍女長(一人だけだったが、マリーベルが入ったため長がついた)のアマリアの娘である
まだ15才の少女で、幼い頃から我が家に仕えてくれているので姉同然の存在なのだがアマリアの教育のおかげで俺を未来の当主として支えてくれている
昔みたいに気安く話してくれないのは少し寂しいが、これも俺が騎士として一人前になるためだから、とマリー本人から公私はキッチリしましょう、と言われているので仕方ない
二人きりの時だけ、弟と姉のように甘やかしてくれるのは二人だけの内緒だ
シアにもタオルを渡しているマリーを見ながら、まだシアには少しだけ姉のように接する態度がちょっとだけ羨ましいと思った
「シア、ちゃんと汗を拭いとけよ。風邪ひくぞ」
「はーい、お兄さま」
「マリー、先に戻る」
「はい、レオン様」
二人に声を掛けてから、ゆっくり歩いて屋敷へと戻った