Karte.0 Phantom syndrome
いつの時代にも不治の病というものは存在する。
それは自力で克服できない病であり、未だに治療薬が開発されていない病。
即ち医者にも薬師にも救うことができない病だ。
例え未来では治せる病になっているのだとしても、その未来に「今の患者」が生きていないのであれば。
決して命を救うことができないのだとしたら、どのような処置を取ることが最善と言えるのだろう。
それがただの病であれば、そのように悩むこともできたのだろうか。
「殺せ! そいつはもう末期だ! 殺すしかない!」
「……くそっ! 死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇええええええ!!」
患者を救おうとする努力は、時に医者のエゴへとなりかねない。
彼女はきっと人として死にたかった筈だ。
こうして医者から怪物として見限られ、恐怖と殺意を向けられたまま死にたかったわけではない。
彼女には本当に悪いことをしてしまったと思う。
そんなことを思いながらも、この手から拳銃を放すことができない己の卑しさが恨めしい。
「俺は、人を救いたくて医者になったのに……」
仕方がないことだとは分かっている。
何せ患者を殺せる者なら誰だって医者と呼ばれる時代だ。
昔は当たり前だった患者を救うだけの医者はもういない。
ああ、けれど。
一体いつまで、こんな仕事を続けなくてはならないのだろう――?
◆◆◆
いつの日か時代は変わり、世界はとある病に脅かされた。
殺すことが唯一の治療法とされ、医者に戦闘技術が必要とされた災厄の病。
その名は『人間性乖離症候群』。
通称『怪異病』と呼ばれ、少しずつ人が人とは呼べない何かに変わってしまう奇病だ。