猟犬、吹き飛ぶ
まずは情報収集から始めよう。見たところここはしっかり整備もされていて人が通ることを想定しているようだ。それならこの道を進んで行けば人のいる場所へ辿り着けるかもしれない。
それにしても、この体やけにしっくりとくる。自分の体なんだから思った通りに動くのは当たり前だが……もしかして若返ってるのか? 今の状況的に何が起こっていても不思議じゃない。ひょっとしたら、肉体的に最高のポテンシャルを発揮できる歳までに若返っているのかもしれない。
「あれは……馬車か?」
少し遠くに馬車が3台ほど見えた。きらびやかな装飾が施されている馬車だ。
馬車なんて久しぶりに見たな。仕事で海外にいったときに一度見かけたが、その時の馬車よりも数段綺麗だ。
馬車は俺の横を通り過ぎようとしたが、なぜか通り過ぎる前に停止した。
前の馬車と後ろの馬車から甲冑に身を包んだ兵士が5人ほど降りてきた。
「貴様、何者だ? 王家の馬車が通る際は平伏すのが決まりとなっている。それを知らぬというのは異国の者か、あるいは王家に仇なす者か」
どうやらこの馬車は国のお偉いさんが乗る馬車だったようだ。ここは平穏に済ませるためにもこの国の慣しに従うか。
「私は旅をしている者です。国の慣しなどに詳しくなく、そのような慣しがあったとは知らなかったのです」
「旅人か……しかし、その格好どこから来た。見慣れぬ衣服だが……」
しまった……完全に忘れていた。この世界に全くそぐわない服装じゃないか。仕事用の黒のワイシャツに首元に毛皮の着いたジャケット。そりゃ怪しまれて当然か。
……黙らせるか。
「これはですね……」
服を見せるように一歩ゆっくりと兵士に近づき、最速の動きで兜と鎧の繋ぎ目に手をねじ込み、そのまま兵士を地面に叩きつけた。
「かはッ!」
「動くな! それ以上動けばこいつの頭と体がどうなっても知らないぞ」
兵士4人は剣に手をかけているがそれは抜いていない。もし、この兵士が一般兵であれば剣を抜いていただろう。しかし、こいつらの対応を見るに今捕まえているこの兵士は少なくともこの4人よりは階級が上のはずだ。だからこいつらも不用意に動けない。
集団に囲まれた時はその中で最も力のある者をねじ伏せるに限る。
「信じようが信じまいがそちらの自由だが、俺はここと違う世界から来た。つまり、お前たちの守る姫様の重要度も俺には関係ない」
重要度は関係ない。それはつまり、俺が姫様を殺そうと俺にはなんの影響もないという事だ。ここにいる兵士も皆殺しにすれば俺がやったとバレる事はないだろう。
「なかなか面白い人間がいるようね」
2台目の馬車から1人の女性が降りてきた。
「ひ、姫様お戻りください! ここは危険でございます!」
姫様と呼ばれたその女性は真紅の髪に少々勝気な顔をした女性だった。こっちの世界の基準は知らないが、地球では相当美人の類だろう。
「危険な状況を作らないようにするのが貴方たちの仕事なんでしょう? そんなものこうすればいいのよ」
手を上げたその瞬間、俺は体に凄まじい衝撃を受け後方に吹き飛んだ。
「王女は王女でも王国最強の魔術師という称号も掛け持ちなの。悪く思わないでね旅人さん」
ドラゴンの次は魔術と来たか。この世界はいろいろと楽しませてくれるみたいだな。