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微妙な短編シリーズ

お腹が痛くなるようなゴリゴリの人参

作者: 矮鶏ぽろ

 なぜそれが分からないんだ――。


 IQが高い人間は、それ故に普段の生活の中に疑問を抱いてしまう。それでも私は普通の人と考え方を合わせる努力を惜しまず生きてきた……。自分が他人より優れた知能の持ち主だと思ったことなど――一度もない――! そんな私のことを「天才」と呼ぶかどうかは分からないが……、


 今、目の前に解決すべき必要のある問題が、並んでいる……。


「この人参、固すぎるわ」

 ――!

「え、固すぎるだと?」

 固いではなく……固すぎるですと?

 スプーンにすくって恐る恐る口へと運ぶ。表面は温かくて柔らかいが、中の方は……たしかにゴリゴリとした歯触りがした。だが、そこから人参独特の甘みが口に広がっていく。


「いいや、ぜんぜん固くない」

 ゴリゴリしていて美味しいではないか。鼻で笑ってしまう。

「いいえ固いわ。ほとんど生よ。ゴリゴリするもの」

「いいや、よくできているゴリゴリ。人参は生ででも食べられる野菜だろ。野菜スティックとして食べる時もあるじゃないか。人参は固い食べ物だゴリゴリ」

 ゴリゴリ噛んで食べると、人参独特の甘みが口に広がる。

 ――このゴリゴリした食感こそが人参なのだ。なのになぜだ――。


 なぜそれが分からないんだ――。


「ジャガイモも中がシャリシャリするよ」

「え? あら。ほんとだわ」

 シャリシャリと噛む音までもが聞こえてくると、慌てて私もジャガイモを口へと運んだ。


「……美味しいじゃないかシャリシャリ。ジャーマンポテトって料理もこれくらいシャリシャリしているじゃないかシャリシャリ」

 シャリシャリ……。

 シャリシャリ……。

 シャリシャリ……。


「肉は……」

 なんだというのだ。また文句でもあるというのか?

 ――スーパーで買ってきた百グラム数百円(・・・)もする最高級牛肉サイコロステーキなのだぞよ?


「肉は、普通ね」


 ……普通……。それって褒め言葉なのだろうか。



 おおよその日本人が、市販のルーさえ使えば、まず間違いなく美味しく作ることができる伝統栄養食、「カレーライス」

 料理に少なからず自信がある私にとって、土曜日の夕食にカレーを作るなど、呼吸をするのと同じくらい容易いと考えていた。

 ――しかし!

 そのまさかのカレーにまさかのクレームが飛び交い、華やぐはずだった夕飯の食卓は冷戦硬直状態となったのだ――!


「具材が大きすぎるのよ。だから「圧力鍋使って」て言ったでしょ」

「圧力鍋だって?」

 ――あのピンが上がってシューシュー蒸気が吹出す奴を使えというのか――。


 会社にある第一種圧力容器――。安全弁からシューシューと音がすれば、どれほど恐ろしいことか――。考えただけで鳥肌が立つ――。


「いやだ、圧力鍋だけは使えない――!」

 安全第一だ。背に腹はくっつかない!

「だったらもっと具材を小さく切ってよ。それか、時間を掛けて煮込んで頂戴」

「――具材を小さくすれば、なにを食べているか分からなくなるだろ。それに、時間を掛けて煮込むなんて、省エネ……CO2の削減に反するではないか」


 妻はジューサーでカレーを作れとでも言いたいのだろうか? それはもはやカレーではなくなる。――ジャガイモと人参のポタージュだ。トロトロのジャガイモや人参なんて……入れる意味がない――。


「野菜の素晴らしさは味だけではない。食感を楽しむのも大切なんだ――」

「カレーにゴリゴリシャリシャリした食感なんて要らないわ。トロトロの方が美味しいでしょ」

 妻は子供を洗脳するのに成功しているらしく、二人の子供はうんうんと首を縦に振りよる――。

「柔らかい料理は歳をとって歯が弱くなってからでも食べられる! だから若いうちは固い物を食べたておいた方がいいじゃないか! 顎も鍛えられる!」

「夕食はトレーニングじゃないでしょ。顎を鍛えてプロレスラーにでもなるつもり?」

 プロレスラー?

 ちょっと何言ってるのか分からない……。


「カレーは飲み物だよ、お父さん」

 ――突然息子からの爆弾発言!

「な、な、なんだと――!」

 いったいどこの誰だ! 「カレーは飲み物」などと純な子供に吹き込んだやつは!


 カレーなんて、どこの自動販売機にも並んでいない! あったとしても缶詰だろ?

 ペットボトルに入って売っているところなんて、見たことないだろ?

 この辺に、そんな名前のお店なんか、ないやろ~!


「カレーは飲み物なんかじゃない。食べものだ――!」

 悔しかったら、真夏に汗だくになった時、水分補給にカレーを飲んでみろ~と言ってやりたい!


 ゴリゴリ……、シャリシャリ……。

 ゴリゴリ……、シャリシャリ……。


 ……だから、そんな目をして私を見ないでくれ……。「お父さんの作ったカレーって、美味しいね」って……嘘でもいいから言ってくれ……。


「……次からはやっぱり、わたしが作るわ」

「うん、僕、お母さんのカレーが食べたい!」

「わたしもお母さんのカレー、だーい好き!」

 ……。

 子供は正直で……よろしい……。私も妻の作るカレーが食べたい……。


 鼻をすすりながらお皿に残ったカレーを口にすると、またゴリッと固い歯応えがした。人参かジャガイモか……?


「……なんだ? 物凄く味が濃いなあ……」


 口の中で爆発的に広がる濃縮された甘口カレーの味――。――その正体はなんと、溶け残ったルーであった……。


 溶け残って芯があるルー……。他のお皿にはありませんように――と、切に願った。


読んでいただきありがとうございました!

ご意見、ご感想、ごポイント評価、お待ちしておりま~す!


あー、お腹空いた!

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― 新着の感想 ―
[一言] 『土足』より過去の作品も含めて色々と拝読しました。 私は特に、この作品がお気に入りです。 情景を頭に思い描くことを全く邪魔しない、美しく、テンポの良いあなたの文章が大好きです。 まだ、読み切…
2019/09/25 20:58 退会済み
管理
[一言]  成程、体験したことがあります。私に場合、祖母と母親との間でこのような状況が展開されたことがありました。結果祖母が勝ち、母は悔しくも祖母の作ったものを咀嚼していました。とても共感性の高い文章…
2019/04/14 23:51 退会済み
管理
[良い点] 相も変わらず、いいリズムからのーーあるあるオチ。 確かにあるある。 皿とか鍋の底に、ヤツらは存在しています。今日はカレー決定です。 [一言] オノマトペに脳がやられます。 あと、安全弁にニ…
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