001 町娘は逃げている
お苗は逃げている。
既に一刻半は過ぎているだろう。建物の陰に隠れて汗を拭い、大通りをこっそり右左右と見渡して・・・ようやく一息つく。
「ふぅ〜 逃げ切れたかな?」
追手の姿は見当たらない。
「そのようでございましょうか」
「うん、全くしつこいったらありゃしないよね。第一、作法だけならともかく、お華やらお茶やらお琴やら、学んだって役に立つとも思えない」
「そうでしょうか? 学べる時に学ぶ。それだけの機会があれのに勿体ないではございませんか」
「そうは言っても私は所詮・・・」
所詮? 言い掛けて、お苗は今自分は誰と話しているのかと、ゆっくり振り返る。
「逃げ切れてないうちから、安堵するのはいかがかと。私めがお命を狙う曲者でしたら、とうにあの世でございます」
目線の先には、背筋がしっかりと伸び、汗ひとつかいていない老婆が一人・・・・・
「な・・・かさん?」
「もう鬼ごっこは終わりです。さぁとっととお戻りいただけますか? お苗様」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
今日もいつも通りに響く、少女の悲鳴にだれも見向きはしなかった。
2018.07.05. 初稿