優性の法則
「うん、やっぱりダメみたい。」
「は?」
急な呼び出しにも、関わらず、君が来てくれたことが嬉しかった。
「どうやらここまでみたいなんだ。」
「何…いって……」
「劣性の形質(aa)の組み合わせで致死遺伝子って言うんだけど、僕の身体はそれでできてたんだ。本当は生まれてくることもできなかったはずなんだけど、制限付きで生きながらえてきたんだ。でもそれも限界みたいだ。」
挨拶だけはちゃんとしなきゃと思ってね、と言うと君はひどく狼狽した。
「だ、…だってお前、いつも変わらないし、そもそも何で急に…」
「時間が、ないんだ。」
そっと手を差し出す、肉が溶け落ちて、ただ腱と骨がぶら下がってるだけの腕を。
「ッ…そ、それでも、手術とか薬とか使えば…」
「これ以上は一回死なないといけない。」
「どういうことだよ?!」
「このまま身体を直さないと死んじゃうけど、直そうとすると身体が耐えられなくて死んじゃうんだ。」
「死んだら、また、蘇生すれば…」
「死んだら生き返れないんだよ、ヒトなんだから。だから、もう、どうにもならないんだ。」
たんたんと、事実を、現状を並べていく。
「お前は…それで……いいのかよ、」
目の前が一瞬真っ暗になった気がした。
「よくないよ……」
どっ、と怒りに近い感情が溢れ出てくる。
「もっと、いろんなものを君と見たかった、もっとたくさんのことを君としたかった、」
力の入らない手を握りしめる
「ずっと…君の隣で、笑っていたかったんだ……」
それでも…それなのに…
「ダメなんだ…」
自分が情けない
「いろいろ試したさ、君といれるなら、どれだけ苦しくても、痛くても構わない、でも、これでも無理矢理延ばした結果なんだ。」
「…諦めるのか?」
君は、静かに言葉をなげかける。
「君と、話すことに残りの時間を使うことにしたんだ。放棄したわけじゃない。これは、決断だよ」
「…なんで、もっとはやく…」
君の顔に触れると涙で指先が濡れた。
「そんな顔、させたくなかったんだ…」
やっぱりもっとはやく言えばよかったかな。もっと、強い身体だったら…もっと、君のためにやれてれば…もっと、何かいい方法が……
<もっと>が、頭のなかをぐるぐると駆け巡る。
「そう、伝えたいこと、伝えなきゃだね」
そのために、ここに呼んだんだ、今、ここにいるんだ、
「さよなら…君のこと、大好きだったよ。人のこと、すぐからかってくる君が、何かに向かって頑張る君が、ちょっとひねくれてるけど優しい君が、そうやって僕のことを思ってくれる君のことが……大好きだよ。」
「………」
「…もう、聞こえもしないんだ…最後に…告白の返事くらい、聞きたかったな……」
瞬間、ぎゅっと、折れそうなくらい強く、抱き締められる。
「そっか…僕は…こんなにも、愛されていたんだね…」
ぽろぽろと堪えていた涙が零れる。
「愛してくれて、ありがとう。」
震える腕で君を抱き締め返す。
「君のこと、ずっと、ずぅっと、愛している。」