~かくして魔女は師となった~
とにかく、魔女は死にたがっていた――
幼い頃から付き合いのある仲間は、先に他界し、彼女を真名で呼ぶ者は居なくなった。
かく言う彼女も、通り名で呼ばれ続けて数世紀が経つ。本名なんてとっくの昔に忘れていた。
こんな存在は、生きていると言えるのだろうか?
最早、死んでいるのと変わらないのではないか?
そう思い始めると、生きていても仕方ないとさえ思い始めるようになった。だから、魔女は死にたがっていた。
しかし、魔女が死ぬことは簡単ではない。桁違いな魔力のせいで、寿命なんて何世紀後に来るか分かったものではないし、人里離れた場所に暮らしていて、かつ無害であれば、人間はまず近づこうとさえしない。魔女狩りが居ると言っても、大アルカナの名を冠する二十二人以外は望みが薄い。そもそも彼らが相手にするのは賞金の付いた『悪い魔女』だけだ。基本的に無害であると断じられる彼女のことなど眼中にない。
では、自殺はどうか? 残念ながら論外だ。過去に自殺した魔女が居なかったわけではないが、自殺した魔女の体は、朽ちることなくこの世に存在し続ける。そして、魔女の体は教会の儀式の道具として使われたり、酔狂な貴族に『使われ』たりする。後者には絶対になりたくないため、彼女は自殺することを論外としていた。
綺麗に死にたいが、中々死ねない――
非常に厄介な悩みだなぁと悶々としつつ、日課の沐浴をしている時だった。
「うぅ……」
近くの茂みから声がした。
「誰だ? ここは人が踏み入っては良い場所ではないぞ?」
『魔女の森』と呼ばれているこの地域は、一番近い村でも、大人の足で一日はかかる。ただでさえ遠いのに、森の中に魔女がいるともなれば普通は寄り付かない。
道に迷った馬鹿者か、命を捨てた大馬鹿者か……どちらにせよ、魔女が手を差しのべるようなことはしない。
前者は、基本的に山のことを『金の落ちている場所』という認識しかなく、限りある資源を再現なく狩りつくしに来る。ここまで来るような者ともなれば、狩り尽くした資源は片手では足りないだろう。そんな奴らを生かしておけるほど、山は資源に恵まれていない。このまま山の肥しになれば良いとさえ彼女は思っている。
そして後者は更にたちが悪い。いくら魔女が助けようと骨を折ったところで、彼彼女らはまたやってくる。
魔女は、山に転がる屍の数が百を越えたところで数えることをやめ、救うことをやめた。
ただ、今回はどんな人間がここまで来たかは気になる。
一目見れば興味が失せるだろう。そう思って、声のした方へ魔女は歩みを進めた。
「今回の馬鹿は…………おい貴様、その傷はどうした?」
ただ、転がっていたそれは、明らかに今までの人間と様相が違っていた。
野山を歩き回れば、全身に擦過傷ができることはよくある。カエンタケに触れればやけどの痕のようになることもたまにある。
しかし、数日森をさ迷っただけでは到底傷が回復するはずなどない。だが、そこに横たわっている少年は、傷痕が夥しい量あった。
「助けて……死にたく、ない……」
それだけ言うと、少年は糸が切れた人形のように気を失い、ピクリとも動かなくなった。
「……………………その言葉、忘れるなよ?」
自分でもビックリするほどあっさりと、魔女は少年の言葉を受け入れ、その腕には似つかわしくない腕力で彼のことを持ち上げると、魔女は自分の住み処へ運んでいった。
少年の意識は既に遠いところにあり、帰ってこれるかは彼次第であるにも拘らず……