22:54
「今晩空いてたら飲もうぜ」
仕事終わりで疲れ切った侑太の携帯が震えた。電話をかけてきたのは、小学校から同級生の浩二だった。侑太は、次の日が休みだったため、即答した。席に着くと、とりあえず生ビールを頼んだ。
「俺、結婚することにしたんだ」
「まさか、できたのか」
「ちげえよ」
侑太は、浩二が一生独身でいると思いこんでいた。学生時代、多くの女性と関係を持っていることで有名だったからだ。
「決め手は?」
「ちゃんと俺のこと怒ってくれたの、彼女が初めてだったんだ」
「怒る?」
「ああ」
「母親じゃねえか」
「確かに一緒に保健所に行ったりしたけど」
「うん」
「でも、違うんだよ。確かに、母親からもらえなかった愛情をもらってるのかもしれない。安心すんだよな、一緒にいると」
「安心?母親と何が違うんだ」
「守ってやらなくちゃとも思う。なんか、うまく言えねえけどさ。彼女がいれば、もうそれだけでいいって感じがするんだ」
「究極の愛だな」
「だろ?」
浩二はにやっと笑った。侑太はそれが気持ち悪かった。
「お前にもいねえの?そういう人」
「いる。セフレだけど」
「セフレなあ」
浩二は懐かしそうに呟いた。
「重い話してもいいか」
「なんだよ、急に。どうぞ」
「……セフレ、妊娠してるかもしれない」
「はあ?お前生でやったのか」
「ちげえよ、破けたんだ」
「お前のそんなにでかかったか?」
「飲んだ勢いでやって、気づかなかったんだ」
二人はしばらく黙りこんだ。侑太はお通しの切り干し大根を一本ずつ箸で持ち上げては落として、持ち上げては落として、を繰り返していた。
「まあ……かなり薄いのあるしな」
浩二が沈黙を破った。
「もし、そのセフレが妊娠していたとしたら、その赤ちゃん見たいと思うか?」
「……見たいと思う」
侑太の答えを聞いて、浩二は静かに笑った。
「じゃあ答え出てるな」
「でも俺は人殺しになりたくないだけかもしれない」
「そりゃ誰だってそうだろ。じゃあ、その人と結婚してて、子どもができたら、おろせって言うか?」
「言わない」
「じゃあ、世間体なんて気にすんなよ。お前とその人の気持ちが繋がってれば、それが全てだと思うけどな、俺は」
「でも、だいぶ順番狂ってる」
「やってみねえとわかんねえだろ。素直に気持ち伝えてみてから、そのあとのことは考えればいいさ」
「うーん」
「彼女に正式な彼氏ができたとしたら、お前素直に喜べんの?」
「無理だ」
「じゃあすぐ行動だな」
その晩、侑太はアルコールが回らなかった。帰宅してすぐに、ウイスキーを飲んで寝た。
ちょっと話したいことがある。いつでもいいから来てほしい
携帯のメッセージに気が付いたのは、午前11時だった。侑太は、ゆっくりと着実に動き、シャワーを浴びてアパートを出た。
「ごめんね、急に呼び出して」
「いや」
侑太は、見慣れたドアを引くことに躊躇した。一つ深呼吸をして、部屋に入った。映子は、三回息を吸って吐いて、テーブルの上に細長い、体温計のようなものを出した。侑太は息をのんだ。
「いるの」
うっすら涙を浮かべながら、映子は話し始めた。
「ずっと考えてたんだけど、一人じゃ決められなかった」
「うん」
「会いたいけど、会いたくないっていうか」
「うん」
「侑太の意見を聞かせてほしい」
鼻水をズズっと吸い込む音だけが、部屋に響いた。侑太はすぐに言葉を返せなかった。
「ごめんね。急に言われても困るよね」
「いや」
「やっぱり、……会わないことにしようか」
映子は下腹を撫でながらそう言うと、夕立のように泣き出した。侑太はティッシュを差し出すことしかできなかった。三分くらい経っただろうか、映子が深呼吸をし始めたころ、侑太は話し出した。
「結婚しよっか」
映子はきょとんとした顔で侑太を見た。
「産んで?」
映子は静かに頷いた。




