22:00
ジリリリ、と朝から耳が痛くなるほど目覚ましが鳴る。侑太はベッドから腕を出して、それを荒く止めた。
「ん」
大きな伸びをして、侑太は身体を起こした。そして、自分の左隣に視線を向ける。その先にいる映子の身体は窓のほうを向いていた。すぐに映子も身体を伸ばして、上半身を起こした。侑太はいつも下着一枚しか着けていないが、映子は必ず下着も服も着ていた。あなたとは、そういう友だちなのよ。という自身への戒めも込めて。映子は立ち上がって、洗面所で顔を洗い、軽く化粧水を顔に叩くと、カバンを持って部屋を出て行った。
侑太と映子は大学の同級生だった。ゼミが同じで話す機会も多くなり、卒業後にあった飲み会で、酒に飲まれた二人は流れで関係を結んでしまった。それ以降、そういうお友達として、二人は生きていた。
ベッドのコイルが軋む音と、荒い息遣いが薄暗い部屋に響いていた。いつもと何も変わらないはずだった。
「ごめん、破れてた」
侑太はぼそっと声を出した。映子は一瞬驚いた顔を見せ、
「ん、病院行くから大丈夫」
と冷静に返事をした。朝が来ると、映子は会社に電話を入れ、産婦人科に向かった。
「一回しか出しませんからね。今後はこういうことがないように」
新しい命が生まれるところで新しい命の可能性を絶つ。良いようには言われないだろうと覚悟をしていた映子だったが、いざ医者に強い口調で言われると、心の底から申し訳ない気持ちになった。
二週間後の同じ曜日に、映子は会社を休んだ。具合が悪いのは、アフターピルの副作用のせいだ。そう思い込み生活していた映子だったが、その日は気持ち悪さに耐えられなかったのだ。
「熱、測った?」
「測ってない」
この日はめずらしく、侑太が映子の住むアパートを訪れていた。
「体温計どこにあんの」
「その棚の真ん中」
「ああ、これか」
侑太はラックの真ん中にある救急箱を開け、体温計を取り出し、映子に渡した。体温計は、37.3度を示していた。
「微熱か。とりあえず寝てな」
「ごめん、ありがとう」
「いいって」
映子はうっすら勘づいていたが、気にしないふりをしていた。二週間経っているのに、アフターピルが成功した証となる消退出血がなかったからだ。そして、普段の風邪の症状とは少し違う感覚があった。気にせずにはいられないほど、とにかく、とにかく気持ちが悪いのだ。
「ねえ、失敗したかもってなったら、どうする」
「なにがよ」
似非関西弁のようなアクセント遣いで、侑太は笑った。
「あかちゃん」
今にも消えそうな声で、映子は答えた。
「赤ちゃん?薬飲んでないの」
「飲んだよ」
「じゃあ大丈夫だよ」
確かに、消退出血は三週間以内に起こるとされている。まだ、一週間の猶予があるのだ。それに、女の身体というものは精神的な影響を受けやすい。単純に遅れているだけだと思いたかった。
「もしも、の話だよ」
薬を飲んだのか疑われることも、もし赤ちゃんがいたらということも考えたくなかった映子は、その話を終わりにしようとした。
「そうなったらなったで、なんとかするよ」
侑太は普段の声よりトーンを落として、言葉を発した。映子は、なんとかするのは中絶費用のこととしか聞こえなかった。




