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恋をしますか、しませんか  作者: 如月ちえ
16/17

大事なもの

「史果のこと傷つけたくないし」

「そんなの、自分が傷つきたくないからでしょう」

「俺、本当にめんどくさいんだ」

「どういうふうに」

「なんか、季節の変わり目とか、仕事で忙しいとマイナス思考になっちゃって、嫉妬っていうか、俺の近くにいてほしいって思っちゃうんだ」

「私だってそんなに強くないし、私だって嫉妬はします」

「とにかく、こわいんだ」

 似ている、と思った。私も恋愛したくないのは、今の日本社会とか、親のせいとか、お金のせいにしてきた。でも、今わかった気がする。私は、私たちは、傷つくのがこわいだけだったんだ。

「両想いになることも」

「うん」

「幸せになることも」

「うん」

「目の前の下心っていう激流に呑まれて、気づいたら沖に出ていて、誰もいなくなってしまうことも」

「もういい」

「俺、ほんとにこんな、男で、もう男じゃないよな、最低だ」

「もういいって」

 修さんの大きな黒目が小さく揺れて潤んでいた。私は、震える肩を抱きしめることしかできなかった。

「沖に出て、助けも呼ばず、ずうっと浮き輪にしがみついてるんですか。隣を走る豪華客船のチケットも、持っているのに」

 それから数分、修さんの過呼吸が治まるまで、ずっと背中を擦っていた。この人は、これまでどんな恋愛をしてきたのだろう。どれだけ傷ついてきたのだろう。

「ねえ修さん」

「ん」

「初恋って、修さんにもあったよね。きっと、その相手のことを好きになった理由なんて、単純だったと思うんだよね。もしかしたら、理由なんてないかもしれない」

「ん」

「きっと、恋の本質って、そこにあると思う。誰にも止められない。理由なんて、ない。いらない」

「ん」

「どう?」

「ありがと」

 修さんの声が少し高くなって、笑っているように思えた。身体はそっと離れた。

「結婚したくなかったから、恋愛もしないつもりだったんだ。俺も相手もめんどくさいし。でも、史果のこと、好きだよ」

「それってさ、情けじゃないの?」

「情けじゃない。それに、情けは人のためならず、って良い意味だから」

「そういうことじゃない」

「ごめん。話逸れたね。付き合おうか」

「……セフレじゃだめなんですか」

「どういう意味?」

「やっぱり、わたしも、こわい」

「今度はそっちか」

「ごめんなさい、それに」

「それに?」

「女が男に縋り付いてるみたい。あのドラマみたいに。みっともない」

「そんなことねえだろ」

「あと、修さんの言葉、全部軽く聞こえる」

「……確かに、順番がおかしくなったけど、俺は史果のことが心の底から好きだよ。恋愛したくなかったのは俺側の理由だから。史果が魅力的じゃないとかそういうのじゃない」

「私は魅力的じゃない」

「史果はさ、どんな恋愛してきたの」

「かなり年上の人とか、絶対振られないだろうなっていう誰も選ばないような人とか、反動形成起こしちゃう人とか」

「反動形成?」

「小学生の男の子が、好きな女の子のスカートめくりしたり、その子の消しゴム隠したりするやつです」

「あー、好きと反対の行動しちゃうんだね」

「それが、大人になるとほんと、ひどくて」

「たとえば?」

「デートの時間になっても連絡なくて、女友達と会ってたり」

「なにそれただの浮気じゃん」

「いや、彼は女友達に好意を持ってないんです」

「どうして」

「私が彼から離れていくと、すごい連絡が多くなって」

「ああ」

「その女友達も私の知ってる人で、彼女に聞くと彼氏も一緒だったよとか、私にプレゼントされたものを自慢してきたよとか」

「なんか、その元彼の気持ちもわかんなくはないけど、結局史果は傷ついてるんだもんね。かなしいね」

「私、そんなやつに散々傷つけられても、結局彼を想ってしまうんです」

「わかるよ」

「修さんがそんな人だとは思わないけど、どっかで男性不信っていうか」

「そっか」

「でも、はっきりさせないと、修さんが傷つくことになるし」

「……史果も傷ついてる」

 そっと、肩を抱かれて、そのまま、強く抱きしめられた。

「お酒くさいよ」

「いいよ」

 修さんの匂いが、アルコールで鈍感になった鼻の奥をかすめた。

「俺、全部、全部受け止めるから」

 人は、人のぬくもりがなければ、きっと死んでしまうのだと思う。ウサギだと笑う人だって、きっと、このぬくもりがなければ笑えない。たとえ、人生の終わりにこの人と一緒にいなくても、私はこの人と一緒にいたい。そう思えた。

「俺と、付き合ってくれる?」

「はい」

「今日は隣にいて」

「朝にもう一回言ってくれる?」

「うん」


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