デート?
さっちゃんに会って、話をして、気は楽になった。一人で抱えていた荷物を、さっちゃんが半分、いや、それ以上持ってくれた感覚があった。それでも、私は修さんに気持ちを素直に話すことも、何か行動を起こすこともできなかった。普通に話はするし、いつも通りの行動をしているつもりではいる。ただ、一人で布団に入る夜は、どうしてもあのハグを思い出してしまう。修さんに、強く抱きしめてもらいたいと願ってしまう。そして、目が覚めたらそばにいてほしい、と寂しく虚しい気持ちに駆られてしまう。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
今日は家でお仕事をするのかな?と思いながらパンプスに足を突っ込んでいると、ペタペタと足音が聞こえてきた。
「あのさ」
「ん?」
「今晩、空いてる?」
「うん、特に予定はないかな」
「じゃあ、そういうことで」
「うん」
修さんから夕飯の誘いがあるのは、あのハッシュドビーフのとき以来だった。私は残業をしないように、午前中から仕事のペースを早めてこなしていた。午後二時過ぎ、会社に一本の電話がかかってきた。幼稚園からの電話だった。
「ごめんねふみちゃん!」
「大丈夫です。あ、携帯」
「ありがと!」
息子さんが熱を出してしまったらしく、私の先輩である北野さんは私から携帯を受け取って退社してしまった。心のなかで小さなため息をつく。スマホを持って、トイレに向かった。とにかく修さんに、定時に帰れないかもしれない、と残業になる可能性があることをメッセージで送った。それから、返信をチェックできる時間もなく、結局45分の残業をして、通勤快速に乗った。
メッセージは既読になっていたものの、それに対する返信はなかった。今から帰ります。と淡泊なメッセージを送る。するとすぐに返信が来た。待ってます。たった一文に心が躍った。同時に、自分を責めた。恋愛するつもりじゃなかったのかよ、何浮かれてんだ、と。今の私は、端から見れば気持ちが悪い。きっと口角が上がっているから。
ドアの前まで来て、なぜか罪悪感に駆られて、扉を開けられなかった。なんとなく、インターホンを押してみる。ピンポーン、と軽い音が鳴った。……出ない。部屋にいるはずの修さんが出ない。通路の壁にもたれかかって、部屋番号をぼおっと見つめる。悲しいことにそれは間違っていなかった。
「なにしてんの」
声のするほうに顔を向けると、いつも使っているエコバックを片手に持った修さんが立っていた。
「なに、なんかあったの」
「いや」
「あ、おかえり」
「ただいま。遅くなってごめんなさい」
「いいよ、大丈夫。てか俺も買い物してたし」
「ごめんなさい」
「時間指定してないから気にしないで。急だったし」
「ほんと」
「もういいって。とりあえず入ろう」
「ん」
修さんがドアの鍵を開けて入って、そのあとに続く。パンプスに消臭スプレーをかけて、靴棚にしまった。
「史果ちゃーん」
「なにー」
「着替えてちょっと出かけよー」
「うーん」
きっと冷蔵庫に食材を詰め込んでいるに違いない。さっきエコバックがかわいそうなくらいパンパンに膨れていたのを見て、今晩は何か作ってくれるのかな?なんて期待していた。ちょっと落ち込んで、やっぱり自分を責めた。
「出かけるって、どこに」
「それは秘密」
「教えてくれなきゃ着替えられない」
「んー、ジャージとかスウェットじゃなきゃいいよ」
「なにそれ」
「いつもの休日、って感じかな」
「休日じゃそれこそスウェットとかジャージなんだけど」
「じゃあ友だちとランチ、みたいな」
「んー、おっけ」
紺のプリーツスカートにシャツを合わせる。
「いいじゃんいいじゃん」
「修さんはそのままなの」
「よく見て」
彼が指さした首元には、小さめの蝶ネクタイがついていた。ブラックで小さめ、だけど悔しいほど違和感はない。何も反応できずにいると、やっぱダメかなという声が聞こえてきた。
「ううん、だめじゃないよ!似合ってる。てか似合いすぎてる」
「あ、そう?じゃあこれでいこ」
私はカーディガンを羽織った。修さんと駅まで歩いて、電車に乗った。どこに行くのかも知らされないまま、電子マネーを改札に通した。
「次降りるよ」
「あい」
どのくらいだろうか、一度乗り換えて30分以上は電車に揺られていた。西陽駅で降りて、人混みを切り開いていく修さんの後ろを歩く。一年前に日本一の高さを更新したグルースビルの最寄りだ。高級ブランド店や大手食品会社の体験施設が下層に入居していて、中層にはオフィス、上層はホテル、そして最上階は展望台になっている。だんだんとグルースビルが近くなってきて、ついに修さんと私はそこに入った。




