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第七章 ある日の観劇

 だいぶ日差しも暖かくなってきた頃、この街にオペラの一座がやって来た。首都では秋から春の間にオペラのシーズンを迎えるのだが、春から秋にかけては歌手や踊り子、楽団を各地に派遣して、地方で公演をしている。オペラの公演は、主に夜に行われていて、貴族も平民も、夕食後に観劇に行くことが多い。

 オペラの公演が始まって数日。この日の夜はソンメルソが友人とオペラを観に行くという事で、マリユスとユリウスも付いていくことになった。

 劇場は、敷地面積が広いのももちろん、天井が高い作りになっていて、沢山の人を収容出来るようになっている。舞台から客席を見ると、客席は扇状に広がっており、左右の壁には一階席、二階席、三階席とボックス席が用意されている。

 マリユス達が通されたのは、二階のボックス席。中にはゆったりとしたソファとテーブルが置かれていて、開け放たれた窓からは舞台がよく見える。


「それじゃあ、みんな座ってくれ」


 ソンメルソがそう声を掛けると、ソンメルソと一緒に来た人物ふたりがソファに腰掛けた。ソンメルソも腰をかけたわけなのだが、連れに対してこう言った。


「デュークはともかく、なんでメチコバールまで来ているんだ」

「それは私の台詞だ。私はデュークに誘われただけだ」


 険悪な雰囲気になっているソンメルソとメチコバールの間でおろおろしている、栗色の髪に肌の白い男性が、ソンメルソの友人のデュークだ。


「……デュークが呼んだのなら仕方ないな」


 そこで納得するのかとマリユスは思ったが、喧嘩を始められるよりは良いだろうと納得しておく。

 三人が落ち着いた所で、ユリウスがにこりと笑ってこう訊ねた。


「ところで、お飲み物をご用意いたしましょうか? デューク様が確かお酒は苦手とおっしゃっていたようなので、紅茶のご用意になりますけれど」


 その言葉に、デュークは嬉しそうに答える。


「それじゃあ、紅茶をお願いしようかな。

他のふたりはお酒でも良いけど」

「そうですか? では、ソンメルソ様とメチコバール様の分はワインをご用意いたしますか?」


 ユリウスがそう訊ねると、ふたりは少し考えてからこう答えた。


「俺も紅茶にする」

「私も紅茶の方が良いな」


 全員の注文が決まったところで、ユリウスはぺこりと一礼する。


「かしこまりました、只今準備致します。

それじゃあお兄ちゃん、スコーンとかの準備しておいて」

「うん、わかってる。

お茶請けはクランベリーのスコーンの発酵バター添えでございます」


 そう言って、マリユスはテーブルの上で持って来ていたバスケットを開く。その中に入っていた白いプレートを三枚、しっかり布で拭いてからテーブルに置き、その上にスコーンを二個ずつ、瓶に入った発酵バターをバターナイフで少しずつ、それぞれ置いていく。ティーカップとソーサーも、準備した。

 スコーンの準備が終わると、マリユスは閉じたバスケットを床に置き、また三人が座って居るソファの側に立って控えた。

 すると、ソンメルソが声を掛けた。


「観劇中ずっと立っているつもりか?

それも疲れるだろう。お前も座れ」

「よろしいですか? それでは、お言葉に甘えて」


 主人と同じように観劇中座っているというのは畏れ多いのだけれども、ここで下手に断ってしまうと逆に失礼になるような気がするので、マリユスは大人しく空いているふたり掛けソファに腰掛ける。

 そうしていると、紅茶の用意が出来たようで、ユリウスが三人の前に置かれたティーカップに紅茶を注ぎ、まだ紅茶が残っているのか、テーブルの上に乗せたポットにティーコージーを被せている。


「それじゃあ、舞台が始まるまで食べてようか」


 ソンメルソがそう声を掛けると、みな胸の前で十字を切って、紅茶に口を付け始める。

 ふと、デュークがマリユスとユリウスの方を見てこう言った。


「あれ? このふたりの分は無いの?」


 まさかそんな事を聞かれるとは思っていなかったので、マリユスは慌てて返す。


「我々の分は用意しておりません。付き人ですので、主人の前で飲み食いするわけにはいかないので」


 続いてユリウスも口を開く。


「食べて良いなら僕も食べたいですけど」

「ユリウスはそこで正直にならないで」


 マリユスとユリウスのやりとりを聞いて、デュークはくすくすと笑って居る。


「そっか。それじゃあ、僕のスコーンひとつ分けるよ。

半分で割ればふたりで食べられるでしょう?」

「え? いや、あの、お気になさらず!」


 寛大な言葉に慌ててそう返すと、ソンメルソとメチコバールも笑って、ソーサーの上にスコーンをひとつずつ乗せてマリユス達に差し出した。


「確かに、俺達だけ食べるのはずるいな。ひとつ分けるから仲良く食べろ」

「私のも良かったら。使用人とは言え、たまにはこう言う事があっても良いだろう」


 三人の言葉にマリユスは恐縮しきりなのだが、それを知って知らずかユリウスは大喜びだ。


「わーい、ありがとうございます。

お兄ちゃん、一緒に食べよ」


 さりげなくソファも勧められ座っているユリウスに、小声で、こういう催促はなるべくしないように。と言い聞かせはしたけれども、今回は既に好意を提示されてしまったので素直に受けることにする。

 紅茶は無いけれど、クランベリーの入ったスコーンは素朴な甘さで、心安らぐ物だった。


「あ、そろそろ始まるね」


 デュークがそう言うので窓の外を見ると、重い緞帳が上がっていくところが見えた。舞台が始まっても、観客は舞台を見ているとは限らない。そう言う物だというのはわかって居るのだけれど、マリユスの主人とその友人達は、飲食物をテーブルに置き、オペラグラスを広げ、観劇に集中する体勢に入っている。

 舞台に立っている人達が、こうやって観てくれている人が居るというのを知ったらどんな気持ちになるのだろうかと、マリユスはふと思った。

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