第五十章 兄弟の結末
「こんにちは林檎さん。先日お借りした本、面白かったですよ」
八畳ほどの部屋の両側に古びた棚が置かれ、その上に古書や博物画、プレパラートに星座早見表が置かれた所。ここは都内に有るとある骨董店。ひとつの家に店舗がふたつはいっているところで、双子の骨董店として宣伝している。
ふたつのうち片方、西洋骨董店の方の店主、真利は、自分の店に差し入れを持ってきた、隣の東洋骨董店を営む林檎に、厚めの文庫本を差し出してそう言った。
林檎は持っていた紙箱を真利に渡し、それと引き換えに文庫本を受け取る。
「面白いって言って貰えて良かった。弟が一生懸命大学時代に書いた本だから、私も思い入れがあるのよね」
「あんなお話が書けてしまう弟さんなんですか、素敵な趣味をお持ちですね」
受け取った紙箱を店の奥に有るレジカウンターに置き、真利は折りたたみ式の木の倚子を出し、林檎に勧める。それから、お茶を淹れるために棚からカップとティーポット、茶葉を取り出す。
お茶の準備をしながら、真利は考える。あの話に出てきた兄弟は、どうなってしまったのだろう。考えながらつい俯くと、視界の中に自らの前髪が入った。翠銅鉱のような緑に、赤い光が浮かぶ髪。それを指で避けて、お茶の準備を続ける。
茶葉を入れたティーポットにお湯を注ぎ、蒸らしている間、真利はいつも座って居る、赤い布張りの倚子に腰掛けた。
「そう言えば、今日の差し入れはなんでしょう?」
林檎にそう訊ねると、林檎はにこりと笑ってこう答える。
「カヌレを買ってきたのよ。今日真利さんの妹さんが来るって聞いてたから。
妹さん、カヌレが好きなんでしょ?」
「ああ、なるほど。本当に友利はカヌレが好きなんですよ。お気遣いありがとうございます」
友利というのが、真利の妹だ。普段仕事が忙しい妹が、たまに店まで遊びに来てくれるのが、真利には嬉しかった。
そろそろお茶が出た頃かと、真利が立ち上がりチャイナボーンのカップと萩焼のカップにお茶を注ぐと、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
反射的にそう声を掛けると、入り口から入ってきたのは、白いけれども暖かい色味の髪をふわふわとゆらす、ぼんやりとした表情の女性だった。
「お兄ちゃん久しぶりー。林檎さんもお久しぶりです」
ゆっくりとした足取りで店の奥まで来る彼女を見て、真利はぱっと表情を明るくする。
「いらっしゃい友利。いま倚子を出して、お茶の用意をするからね」
そう言って、萩焼のカップを林檎に渡した後、真利は店のバックヤードに入り、木で出来た、丸い座面のスツールを出してくる。それを妹の友利に勧め、今度はティーポットを持ってバックヤードに入る。お茶が無くなったので茶葉の処理と、カヌレを載せるお皿を出すためだ。
シンクにあるゴミ入れにポットの中の茶葉を捨て、ざっと水ですすぐ。シンクの側に有る棚から出した三枚の小皿も一緒にすすぎ、食器類を布巾でしっかりと拭いた。
食器類と、取り出したトングを持って店内に戻り、またお茶の準備をする。小皿を並べ、トングで摘まんでカヌレを乗せる。それに金色の箔がまだらになっているフォークを添え、林檎と友利に渡す。
「わーい、カヌレだ」
小皿を膝の上に乗せて喜ぶ友利に、真利はくすくすと笑いながら言う。
「林檎さんが持って来て下さった物ですよ」
それを聞いて、友利は軽く頭を下げて林檎に声を掛ける。
「そうなんですね。林檎さん、ありがとうございます」
「うふふ、いいのよ。お口に合うと良いんだけど」
女性ふたりが話している間に、真利はティーポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。その時に立った香りを嗅いで、友利が訊ねる。
「お兄ちゃん、今日のお茶は何?」
「今日のお茶? ダージリンだよ。
去年は降雨量が少なかったらしくてね、美味しい茶葉に仕上がってるみたいだから」
「なるほどねー」
ティーポットに蓋をして、蒸らしている間、カウンター越しに友利と林檎のことを眺める。ふと、ある事に気づいた。
「あ、林檎さん。お茶が冷めてしまいますし、先に召し上がって下さい」
友利に気を遣ってか、林檎がまだお茶にもカヌレにも手を着けていなかったのだ。
「そういえばそうだ。林檎さん先に食べちゃって下さい」
「そう? それじゃあお言葉に甘えて」
にこりと笑い、林檎がカップに口を付け、フォークで小さく切ったカヌレを口に運ぶ。それを見て友利は期待の眼差しを真利に送る。
「もうすぐ準備出来るから」
真利が友利にそう言い、笑みを返す。
そう言えば、と真利が思い出す。友利用のカップをバックヤードにしまったままだった。ポットをレジカウンターの上に置いたまま、真利はバックヤードに入る。シンクの横にある棚の中から、友利用にとだいぶ昔に買った焼き物のカップを出し、すぐ店内に戻る。それから、真利は焼き物のカップにお茶を注ぐ。お湯を入れる前はシナモンを思わせるスパイシーな香りだったのに、注がれる紅茶は甘い香りだ。
七分ほどの量を注いだカップを、友利に渡す。
「お待たせしました」
「わーい、ありがとう」
嬉しそうに受け取る友利の手元をみて、林檎が不思議そうに言う。
「それにしても、見る度に思うけど不思議ねぇ」
「何がですか?」
きょとんとした真利に、林檎はこう言う。
「友利さん用のカップ、西洋骨董なんでしょう? それなのに、金接ぎがしてあるなんて」
まじまじと友利のカップを見ている林檎。その様を見て真利も、確かに不思議な物が有った物だと改めて思う。しかし、友利はふたりの言っていることがいまいちわからないようだ。
ぼんやりとしている友利が持っているカップには、歪な金色の線が入っていた。




